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シアワセを売る花屋 ~あなたの願い、叶えます~  作者: TEN
【4th Flower】花屋が売る花

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第5話 依頼の余波

 ビルを出ていく奈菜子(ななこ)を窓から見送って、(れい)は「青春だねえ」と呟くように笑った。


「下手くそだけど、一生懸命な感じが」


 青春。


 その単語を口の中だけで呟く。青春というものが何なのか、一葉(かずは)にはあまりピンとこない。


 窓の外を見やったまま、怜は瞳を細めている。


「―――羨ましいんですか?」


 言うと、怜がこちらを振り返った。その瞳には不思議な色が宿っている。


「面白いことを言うね。そう見えた?」

「違いましたか?」


 怜はそれには答えず、はは、と笑うと、「一葉くんは、まだ青春真っ盛りだね」とまたおかしなことを言い始めた。万年青(おもと)は、そんなやり取りをただ静かに聞いている。


「俺は、学生じゃありませんけど」

「別に、学生であることが青春ってわけじゃないと思うよ? 未来に縛られてない感じっていうか、真っ直ぐで、一生懸命で、今を生きてますって感じっていうかね。そういうのが青春じゃないかな。若いよね」


 混じり気のない笑顔で、そう言われる。

 一葉は怜から目を逸らした。手近にあった花屋のチラシを、用もないのに適当にパラパラと捲る。


「怜さんにもそういう時はあったでしょう」


 細めた瞳を、怜がさらに細くしたのが分かった。見えないどこか遠くを見ているような感じだ。


「あったかな、忘れちゃったな。でも、あったとして、俺の場合、覚えてる程価値のあるものでもなかったかもしれないな」


 チラシを捲っていた手が止まる。

 それは、忘れてしまいたいということだろうか、その時代を。


「―――怜さんは、その頃の自分が嫌いなんですね」


 言って、そこにあったチラシの束を手に取る。


「これ、配るんですよね。場所は駅前でいいですか?」


 話を打ち切るように言った言葉に、「うん、ありがとう」と答えた怜の声は、微かに笑みを含んでいた。


 適当に掴んだそれを脇に挟んで、入口に向かう。音弥(おとや)はまだ戻ってきていない。

 着替えて戻れば、またプロポーズの花に頭を掻きむしるのだろう。いない間にあった話など、何も知らずに。


 外に出る間際に、一葉は振り返った。


「さっきの依頼、どうするんですか?」

「うん?」

「多分、諦めてないと思いますけど」


 一旦は引き下がったが、あれは納得しているという顔ではなかった。元より、あれくらいで考え直すのなら、初めから花を依頼しようだなんて思っていないだろう。


「うーん、どうしようね」


 考えるように言った怜は、「まあ、」と続けた。


「もう一回来たら、考えるよ」

「―――そうですか」


 怜がどうするつもりなのか、答えを求めていたわけではない。それだけ聞いて、一葉は外に出た。




 ◇   ◇   ◇




 話を終わらせたかったらしい一葉が、チラシを配りに外に出たあとだ。


 脇に新聞を挟んだままパーテーションの向こうにコーヒーを淹れに行くと、万年青が先に淹れて待っていてくれた。「俺も大概だと思いますが、」と思わず苦笑いしながら、怜は片腕を組む。


「万年青さんも、物事の二、三歩先を行く人ですね」

「ふふ、こういうことには目ざといもので。すみません」

「いえ、ありがとうございます」


 笑顔で軽く頭を下げて、湯気の揺れるコーヒーを受け取る。


「―――少し前と、変わりましたね」


 そちらは自らの湯呑だ。急須を傾けてゆっくりとお茶を注ぐ万年青が、目は手元に向けたまま穏やかに言った。

 変わった、という対象が誰なのかは確認する必要もない。


「そうですね、いい傾向です」


 瓦屋の豆の良さをこれ程活かせるのは万年青さんしかいないな―――と、受け取ったコーヒーを傾けてそんなことを思いながら、怜はふっと笑った。


 本当に万年青の言う通りである。その頃の自分が嫌いなんですね―――、あんな、感情を(あらわ)にしたような言葉を口にするようになるとは。


「このまま、いい方に転がってくれるといいんですけどね」


 笑って言う怜に、ふと万年青がこちらに視線を向ける。


「社長にとっての「いい方」とは、()()()ですか?」


 何気なく言われた言葉に、一瞬時が止まった。

 だが、それはほんの一瞬。なぜなら、自分にとっての答えは既に決まっている。


「―――そうですね、多分、万年青さんが考えているのと同じ方だと思います」

「そうですか」


 いつもと変わらず穏やかに笑う万年青は、それ以上何も言うことはしない。手元に視線を戻し、「新作が出てまして、つい買ってしまいました。お一ついかがですか?」と千元堂(せんげんどう)のひよこ丸を勧めてくれる。


 それを「それじゃあ、いただきます」と受け取り、ひょいと口に放り込んだ。瑞々しいマスカットで口の中がいっぱいになる。


「おっ、マスカットまるごと入れたか。斬新だな。でも、ひよこ丸の良さを潰すどころか、逆に引き立てているところが、さすが千元堂ですね」

「ですね」


 言い合って、それぞれコーヒーとお茶を傾ける。

 それで、会話は終わった。


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