第1話 自分
一葉が育った施設は、驚台からそう離れていないところにある。
電車に乗って一度他線に乗り継ぎ、三、四つ程行ったところだ。顔を出そうと思えば、いつでも出せる距離にある。
その距離を、一葉はこの一年、一度も訪れていない。
捨てられたも同然で預けられた場所だ。思い入れも、それ程無い。
一葉が施設に入ったのは、三歳の時のことだ。
それ以来、高校卒業までの約十五年をそこで過ごした。
兄に、連れられてきたのだという。三歳で施設に入ることになった、その時。
外には車が一台停まっていて、少し年の離れた様子の兄が弟の手を引いてやってきたのだそうだ。
―――この子をお願いします。
それだけ言って弟の手を引き渡し、兄はすぐにその場からいなくなったらしい。
警察を通じて身元を調べたらしいが、何も分からなかったのだという。だから、自分が本当はどこの誰なのか、一葉は知らない。
「由良」という名字は施設の園長にもらったもので、「三歳」という年齢すら、当時の一葉がそう申告したためにそうなっているだけで、確かなことは分からない。
ただ一つ、名前が「一葉」だと分かっているのは、着ていた服にそう書かれていたからだ。少しつり上がり気味の整ったきれいな字で、それは書かれていた。
一葉がそれらの経緯を聞かされたのは、中学に入った年のことだった。
捨てられた当時の、「一葉」と書かれた服をどうするかと聞かれて、一葉はいらないと答えた。
反抗心からではない。単純に必要ないからだ。
切れた縁にすがりつく程、その繋がりを必要としてはいない。




