第10話 終わりは次の始まり
少し前から姿が見えなくなっていた怜は、駐車場に停めた車のところにいた。
「こんなところにいたんですか」
卒業式の会場から、ここは少し離れている。
車にもたれるようにして遠くの卒業式の風景を眺めていた怜は、一瞬視線を一葉に移して、そしてまた卒業式の方に目を戻した。
「―――やっぱり、卒業式っていいよね」
呟かれたような言葉に、一葉は率直な感想を述べる。
「さっきの、本気だったんですね」
「ひどいな、嘘だと思ってたの?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど。何がそんなにいいのかなと思って」
「なんか、終わりだけど始まりって感じしない? 新しい季節を感じるっていうか」
「ああ、まあ言われてみれば、そうですね」
駐車場には溢れる程に車が停まっているが、あちらと違ってこちらは風の流れが聞こえそうな程静かだった。
同じ卒業式会場であることに変わりはないのに、あちらとは完全に切り離されているようだ。
「怜さんの高校時代ってどんな感じだったんですか?」
「うん?」
「いや、全然想像できないなと思って」
言うと、怜はふっと笑い、遠くを見るように瞳を細めた。
「そうだな、いたって普通の生徒だったよ。冒険することも無茶することもないような、無難な生徒」
「それは―――」
うん? と怜がこちらを向く。だが、一葉はそこで言葉を止めた。いえ―――、と言ってその先を続けるのはやめておく。
さしてそれを気にしていない様子の怜は「ああ、そういえば―――」と何かを思い出したように顔を上げた。
「答辞読んだな、卒業式で」
「答辞って、それ普通の生徒どころか、かなりの優等生じゃないですか……」
「そう?」
聞き返してくる怜は、何でもない顔をしている。
「まあでも、相当ふざけたやつ読んだんだけどね」
「ふざけたやつ?」
「そう。卒業バンザイ! 以上! みたいな感じのね。人って、ものすごく怒ると赤を通り越して紫になるんだよ、知ってた? あはは、思い出したら笑えてきた」
誰の顔を思い浮かべているのか分からないが、どうやら本気で言っているらしい。ひとしきり笑ったあと、怜はようやく車にもたれていた体を起こして、ぐんと伸びをした。
「ま、何事も、終わりは次の始まりってことだね」
そのまま腕を伸ばし始める怜に「はあ」と曖昧に返事を返して、向こうの卒業式の方に視線を戻す。
終わりは次の始まり―――、それは確かにその通りだと一葉も思う。
自分の場合は、高校卒業は文字通り一人立ちを意味していた。
施設が面倒を見てくれるのは高校までだ。それ以降は自分の足で立っていかなければならない。
自然、施設で育つ子どもたちは、そうでない子どもよりも早く大人になることを余儀なくされる。
そういえば、手紙が来てたな―――。
封を切らないままどこかに置いて、そのままになっていたことを思い出す。中身はきっと近頃の様子を確認するものだろうが。
最後にひと伸びして腕を下ろすと、怜はこちらを振り返った。
「仕事も終わったし、そろそろ帰ろうか」
上着のポケットからキーを取り出して、怜が運転席に乗り込む。
一葉も助手席に乗り込んでから、「一つ聞いていいですか?」とシートベルトを締めていた怜の方を見た。
「なんであのコンビニだったんですか? 生徒がたまり場にしそうなコンビニは他にもあるのに」
「ああ、それか」
車のエンジンをかけてから、怜がこちらを見る。
「ちょっと前に、老人会の芳江さんが言ってたでしょ? 秋頃から近所のコンビニに高校生がたむろしてて迷惑してるって。芳江さん家の近所のコンビニと言えば、宮ノ下のとこのあのコンビニなんだ」
「でも、それが北高の生徒とは限らないですよね」
「いや、それは、学ランの生徒がって言ってたから―――て、あそうか。一葉くん、あの時は北高の制服が学ランって知らなかったんだっけ」
軽い調子で言う怜に、そういえばあの時、よくある話なのに随分掘り下げて聞くんだな、と思ったことを思い出した。
「先生からの依頼があったのって、あのお茶会よりずっとあとのことですよね?」
「そうだよ?」
当然のように肯定する怜は、それが何? と言いたそうな顔をしている。
「ま、どこに何が転がってるか分からないからね。だから、人は面白い」
言ってから、なんちゃって、と笑い、サイドブレーキを外す。
同じように菫を通して受け取ったのだろう、運転席のドリンクホルダーには、コーヒーの空き缶に挿された一輪の折り紙の花があった。一葉とは色違いの、青い花だ。
ふと、そこに目をやり、怜がその表情を緩める。
「―――春だねえ」
最後にそう呟いて、怜は車を発進させた。
そういえば、あの喫茶店で老人会の人たちと話していた時、怜はこの卒業の花に繋がりそうなことをいろいろ口にしていました。
さて、「【3rd Flower】卒業は花屋に」、いかがでしたでしょうか?
次回より、花の依頼「以外」の部分のお話が出てくるようになります。
そして、「ある一点」に向かって、少しずつ物語が進んでいきます。
引き続き、お楽しみいただけますと幸いです。




