第2話 仲間という家族
「もちろん、それは全く構わないよ。宙ちゃんがいると空気も明るくなるしね」
おままごとをしているらしい宙の相手をしながら頷いた怜は、何でもない様子で答える。それに「助かるわ」と返す菫の調子も同じく軽い。
当の宙は、そんなやり取りがなされていることなど関係なしで、すっかりおままごとに夢中だ。
マジックテープで切り離せるようになっているプラスチックの果物や野菜を皿に並べ、「いただきます!」と怜と二人で手を合わせて食べ始める。そこに時々音弥が巻き込まれているが、宙の納得する反応ではなかったらしく、何度もやり直しをさせられている。
「それにしても、なんか久し振りね、シャチョー」
おままごとを眺めがら、菫が言った。
確かに菫の言う通り、怜は近頃出かけていることが多い。
何がきっかけかは知らないが、少し前から「婚活」に興味を持ち、忙しい日々を過ごしているからだ。
婚活パーティーや街コンが開催されると聞けば、どんな小さなものでも飛んで行って参加する程の積極振りである。
怜の見た目ならそんなところに行かずとも引く手数多だろうにと思うが、そういうことではないらしい。
とにかく、そんなこともあり、怜が花屋に顔を出すことは、日ごろよりさらに珍しいことになっていた。
「ああ、今日はちょっとね、お客さんが来る予定だから」
客、と聞いて、一葉の頭に先程見かけた姿が思い浮かんだ。
「そういえばさっき、女子高生が出てきましたけど、それですか?」
「女子高生?」
「ちょうどこのビルから出てくるのを見たんですけど、違いました?」
答えると、「ああ、なるほど」と頷いた怜は、どうしてか音弥の方を振り返った。
「奈菜子ちゃん、来てたんだ」
声をかけるが、音弥はふんと鼻を鳴らしただけで知らん顔だ。予想していた反応なのかもしれない、怜は軽く笑うと、顔をこちらに戻した。
「それは多分、俺の客じゃなくて音弥のお客さんだね。俺のお客さんだったら嬉しかったんだけど」
楽しそうに笑いながら怜が言っていると、
「ねえねえ、」
後ろから小さく袖を引かれ、一葉は首を回した。
「おにいちゃんは、だれですか?」
小さく首を傾げて見上げてくる瞳は純粋そのもの。それは、久しく触れていなかった眼差しだ。
が、聞いてくる宙に、一葉が反応するより先に音弥が尖った声を上げる。
「おい、なんで俺はオジサンで、そいつはお兄ちゃんなんだよ」
「やっぱ年食って見えるんじゃない? 中身はあんたの方がよっぽどガキなのに。分かってるわねえ、宙」
「ああ? 何だと?」
そんなやり取りも関係なく、宙は一葉の袖を引っ張る。
「ねえねえ、おなまえはー?」
再び聞かれ、膝を折った。目線を合わせて、名前を答える。
「俺の名前は、一葉だよ」
「かずは?」
「うん、そう」
「そっかあ、それじゃあ、かずおにいちゃんだね」
ああ―――。
思わず、瞳を瞬く。
場所を変えて、またそういう風に呼ばれるとは思っていなかった。
去年まで、周りにはこれくらいの子どもがたくさんいた。別段可愛がっていたわけでもなく、どちらかというと年長者の義務感に近い形で面倒を見ていただけなのに、彼らはなぜか、自然と一葉の周りに寄ってくるのだ。
それをこんな風に思い出す日が来るとは。
見つめてくる瞳を見返したまま止まっていると、「このお兄ちゃんはね、」と怜が宙の頭にぽんと触れる。
「ここの、新しい仲間だよ」
「なかま?」
「そう、仲間。仲間っていうのは、家族ってこと」
「かぞくー?」
「うん、花屋っていう一つのおうちに住む家族だ」
家族―――?
宙に説明する怜を、思わず一葉は見返す。
本当に意味が分かって言っているのか、「それじゃあ、宙も?」と尋ねる宙に、「そうだよ」と怜は頷いている。
「だから、かずお兄ちゃんとも仲良くしてあげてね」
「うん、宙、なかよくする!」
「よし、いい子だ」
言って、宙の頭をぽんぽん、と軽く二、三度撫でる。
家族―――、一葉の中でその言葉は、血縁関係にあるものを表す言葉だ。それ以上でも、それ以下でもない。
だからこそ、そんな言葉を口にした怜に不思議な気持ちになる。
それを、花屋のような関係に当てはめて考えたことは、今まで一度も無かった。
◇ ◇ ◇
―――仲間っていうのは、家族ってことだよ。
先程、怜が口にした言葉だ。
菫の知る限り、花屋の社長は元々そんなことを言うような人間ではない。それをわざわざ口にしたからには、それなりの理由があるのだ。
怜と変わって、宙の相手はいつの間にか一葉になっていた。
怜に「仲良くしてあげて」と言われたこともあるだろが、花屋に来るとすぐに怜に寄っていく宙が、しばらく見向きもせずに一葉と遊んでいるのは、宙に対する少年の姿勢がかなり親しみやすいものだからだろう。
積極的に関わる、というのとは少し違うが、少年には小さな子の扱いに慣れていると思わせるようなところがある。子どもの目線を知っている、とでも言うべきか。
じゃなきゃ、あんなナチュラルに膝を折って、宙と目線を合わせるなんてできないわよね。
「意外だよね」
さして意外でもなさそうに、隣に立った怜が言った。
視線の先にいるのはやはり、宙に接する一葉だ。その怜をちらりと横目に見やる。
「あの子、何かあるでしょ」
隣の怜にだけ聞こえる声で言った菫に、怜が振り向く。その瞳が不思議な色に笑うのが見えた。
「なんで?」
なんで、て……。また、この男は……。それはそれで、もうほぼ答えみたいなもんじゃない。
怜がこういう風に質問に質問で返す時は、説明するつもりのない事情が絡んでいる時だけである。
ここに来てそれなりに長い。花屋の社長がどういう人間か、それくらいは知っている。
だが、たいていのことは際どいものでも基本的に隠すということをしない怜がだんまりを決め込む時というのは、ろくな事情が絡んでいない時でもある。
後々のことを考えると、もっとツッコんででも聞いておいた方がいい気もするけど……。
しかし、菫がそれ以上を追求する前に、入口の方で「いらっしゃいませ」と言う万年青の声が聞こえた。
「あ、来たね」
待っていた客が来たのだろう。
するりとすり抜けるように軽い足取りで入口の方に向かう怜に、菫はどうしてかため息をつかずにはいられなかった。
出会いの場というと、今ではマッチングアプリが当たり前だと思いますが、この作品は平成終わり頃の時代設定のため、今から10年程前ということで、婚活=婚活パーティーや街コンが主流、という設定で進めさせていただきます(もしかして、10年前でも古い…?)
事実と多少異なる部分があるかもしれませんが、大目に見ていただけますと幸いです……!




