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シアワセを売る花屋 ~あなたの願い、叶えます~  作者: TEN
【3rd Flower】卒業は花屋に

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第1話 あまりにも場違いな存在

 「施設」には、いろんな子どもがいる。


 親に見放された子ども、幼くして身寄りを無くした子ども、本来保護されるべき相手から避難してきた子ども―――。


 だが、どんな事情でやって来たにせよ、一つだけ全員に共通していることがある。それは、時が来れば必ずそこを出て行かなければならない、ということだ。


 どんな事情でやって来たどんな子どもでも、高校卒業と同時に施設を出ることを余儀なくされる。だからそれまでに、自分の力で生きていく力を身につけておかなければならない。


 一人で生きていくために、よそ見をしている暇など無い。

 社会に出れば、助けてくれる人間は誰もいないのだ。




 ◇   ◇   ◇




 思えば、その日は始まりからいつもと違っていた。


 いつも同じ時間にセットしているはずの目覚ましが鳴らず、住んでいる安アパートを出るのが三十分遅れた。さらに、こんな時に限って、いつも通っている道が全面通行止めになっている。

 戻って迂回し、駅前の踏切を渡り終えた頃には、時刻は普段より一時間は遅いという頃になっていた。


 気持ち急ぎ足で角を曲がって、一葉(かずは)が花屋の通りに入ると、ちょうどビルから自分と同じくらいの女子が出てくるのが見えた。


 女子高生―――?


 それが女子高生だと分かったのは、その女子が制服を着ていたからに他ならない。


 凝ったデザインの制服だ。多分、普通の公立高校に通う生徒ではない。ひと目で、私立の金持ち学校に通う生徒であることが分かる。


 花屋が入るビルには他にテナントがいない。つまり、このビルから誰かが出てくるとすれば、それは花屋に用があったということになる。なるのだが、しかし―――。


 通りを向こう側に去っていく女子高生の後ろ姿は堂々としていて、この薄暗い通りにはあまりにも似合わない。

 しかも、今は平日の午前中。普通なら既に学校が始まっている時間だ。


 あんな女子高生が、花屋に一体何の用だったのだろうか。


 怪訝に首を傾げながらもビルの階段を上がり、一葉は花屋のドアに手をかけた。が、その瞬間。


 ど……っ!


「―――……っ!」


 ドアを開けるなり、とてつもない勢いで腰のあたりに衝撃がぶち当たり、思わず息を詰まらせる。


「なん―――」


 だ―――? と一葉は口を開きかけるが、それを全部言い切る前に、下から先に声が上がった。


「あれえー?」


 この場には不釣り合いな甲高い声。

 ぶつかって、ぎゅうっとしがみついてきた形のまま、くりくりとした大きな瞳がこちらを見上げている。


 髪を耳の辺りで二つにくくった小さな女の子だ。年は多分、四、五歳くらい。


 小さな子ども特有の甲高い声で言う相手は、「あれえ? あれれえ?」と何度も首を傾げながら同じ言葉を繰り返している。

 その間も、一葉にしがみついた手はそのままだ。加減を知らない小さな手は、相変わらずがっちりと一葉の腰を掴んでいる。


 なんでこんなところにこんな子が。ていうか、この状況は一体。


 状況を呑み込めない一葉は、成す術なく入口に棒立ちになったまま、頭にいくつも疑問符を浮かべる。

 一葉を見上げてしきりに首を傾げていた女の子は、だがそこでようやく腕を離し、こちらを指差して後ろを振り返った。


「れいくんじゃなーい」


 れいくん―――?


 首を捻りかけたところで、女の子が振り返った先の相手がやってくる。


「だから言ったでしょ、(そら)。シャチョーはいつ来るか分からないんだから」

「だって、おもとさんも、おとやおじさんもいるのに、きてないのはれいくんだけでしょ?」


 ああ、れいくんって、そのれいくん―――。


 女の子の言う「れいくん」が、つまり花屋の社長である怜のことであると、(すみれ)との会話でようやく気付く。


 ……にしても、れいくんて。なぜこんな小さな子にそんな風に呼ばれているのか。


「……おい宙、なんで俺がオジサンなんだよ」


 奥にいた音弥(おとや)が目を(すが)めて言うのが聞こえた。


「えー、でも、おじさんはおじさんだもん」

「おいコラ、どういう意味―――」

「宙、飛びつくのはちゃんと相手を確かめてからにしなさい。迷惑かけちゃうでしょ?」


 音弥の言葉を完全にスルーの菫は、宙と呼ばれた女の子の頭をポンと軽く撫でる。


「ほら、お兄ちゃんに謝って」

「はーい。ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げられ、とりあえずは「大丈夫だよ」と返してやる。しかし―――。


 戸惑う一葉に「ああ、ごめんね」と菫が顔を上げた。


「この子、私の娘」

「え、娘?」

「そ、娘。なによ、私が母親なんて似合わない?」

「いえ、似合わないというか……、娘さんなんていたんですね」


 菫が母親をしている姿を想像するのが、単純に難しい。他意はなく、純粋に驚いてしまう。


 そんなやり取りをしていると、


「おはよう」


 後ろから入ってきた怜がそこで足を止め、「あれ、宙ちゃんがいる」と首を大きく横に傾けた。


「あ! れいくんだー!」


 一葉の足元にいた宙がぴょこんと跳ね、弾けるような笑顔で飛びついていった。それを受け止め、怜は軽々と宙を抱き上げる。


「れいくん、おはよー!」

「うん、おはよう。宙ちゃん、しばらく見ない間にまた大きくなったね」

「うん! このまえねえ、かくかく山のえんとつにとどくようになったよ!」


 かくかく山のえんとつ、というのがどこの何なのか分からないが、「やっぱり! そうだと思ったよ」と調子を合わせる怜はさすがである。


「なおちゃんと、ゆきちゃんも、このまえ、とどくようになったっていってたよ。りのちゃんは、いまかぜでおやすみなの」


 話の内容に脈絡が無いのは、このくらいの子どもに特有の傾向だ。それに怜はいちいち反応を返してやっている。


 一葉は少し()()()()ような気持ちでそれを眺めていた。







「また保育園がね、例のあれよ」


 菫が言ったのは、場が一旦収まってからだ。


「水道系統がね、またイカレちゃったみたいなのよ。どこも詰まったようにしか出ないし、出ても泥水だって言うの。トイレも手洗い場も給食施設も全滅」

「またか、多いね」


 聞いていた怜が振り返って言った。


「それでまた休みなの?」

「そうなのよ。とりあえず今日、修理の業者が来るみたいなんだけど、また一日お休み。急にそんなこと言われても困るってのねえ」

「よくあることなんですか?」


 一葉が聞くと、「古いところだからね」と菫はため息をついた。


「認可外だし、仕方がないんだけど。普段は融通利かせてもらってるし」


 言いながら、おもちゃで遊ぶ宙を見る。

 どこから出てきたのか、ここには宙用のおもちゃが常備されているらしい。床には既に点々とおもちゃが転がっている。


「だから、今日は宙、ここで遊ばせててもいい?」

「もちろん、それは全く構わないよ」


 尋ねた菫に、怜はいつものように軽い調子で頷いた。


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