第9話 終えた初仕事
冒頭、少し怜視点です。
子どもは寒さに強い。
いくら晴れているとはいえ、今日の日中の最高気温は一桁台だったはずだ。軽く上着を羽織って帽子を被っただけの彼らが、この寒空の下をああまで元気に走り回れるのは、寒さを感じていないからだろうか。
背中を丸めて首をすくめつつ、怜は心底不思議な気持ちで、病院の外の小さな広場を走り回る子どもたちを眺めていた。
走るといっても、病院の「外」にいる元気な子どもとは少し違う。歩くよりも少し早い小走り程度だ。
管に繋がれることも、時には車いす移動になることも日常茶飯事な彼らにとっては、こうして外を自由に動き回れること自体、貴重な時間の一つなのかもしれない。
それでも、入院服を着ていなければ、見た目は「外」にいる子どもと何も変わらない。
ベンチに座っていた足元にボールが転がってくる。それを「すみません」と取りに来た子に渡してやって、また背もたれに身を預ける。
子どもの成長は早い。少し見ない間に、見違える程に大きくなっている。
今ボールを取りに来た子は確か、前に見かけた時には自分の腰程の身長しか無かったはずだ。座っているから正確ではないが、並んで立てばもう胸の下辺りまで伸びているかもしれない。
ボールを追いかけて走り回る子どもたちを眺めながら、怜は少し前に「子分か」と言われた少年のことを思い浮かべた。
さすがに、最初から一人で行かせたのはやり過ぎたかな。
まだまともに花屋の仕事はしてもらっていない。少々反省しつつ、それでも概ねは、まあ大丈夫だろう、と思っている。
彼はまだそれ程大人でもないが、子どもでもない。それで仕事が全うできないということは、恐らく無いだろう。
―――弟分、か。そんなこと、よく言ったもんだ。
はは、と自嘲気味に笑って、怜は走り回る子どもたちに再び視線を戻した。
子どもの成長は早い。それはきっと、そばで見ている親ですら、事あるごとに実感してしまうことだろう。
いつもそばにいるから、いつの間にか成長していた子どもの変化に驚きもするし、逆に、そんな変化に逐一気付くこともできる。
―――では、もしそうではなかったら。
子どもは、少し目を離している隙にあっという間に大人になる。そばで見ているからこそ、大きくなっても気付ける我が子だ。
だが、もしそうではなかったとしたらどうだろう。
親は、大人になった我が子に気付けるか―――。
◇ ◇ ◇
病院の棟と棟の間は散歩用のスペースになっているらしい。
草木が程よく整えられた中に小道が伸び、芝生も広がっている。そう広くはないが開けた場所もあり、いずれも入院患者らしき子どもたちがボールを追いかけて遊んでいた。
彼らの親なのだろう、そばでは大人たちが話を弾ませつつ、ちらちらと子どもたちの様子を見守っている。
そんな親たちから少し離れたベンチに、怜はいた。
病室を出て待ってみたが、怜が戻る気配は無く、電話をかけてみても呼び出し音が続くだけで繋がらない。
しばらく近くをうろうろしてどうしようかと思っていたところに、ふと廊下から見下ろした窓の外にその姿を見つけ、降りてきたところだった。
相変わらず、空はきれいな青である。ただ、その色が心なしか薄いことが、冬の昼下がりであることを感じさせた。
陽が注いでいるとはいえ、やはり外は冷える。上着のポケットに手を突っ込み、隙間から入り込む風を少しでも防ぐように身を縮めて首をすくめる形で座っている怜は、動き回る子どもたちを眩しそうに目を細めて眺めていた。
「怜さん」
声をかけると、首をすくめた形のまま、眩しそうな顔がこちらを向く。
「あ、終わった?」
「終わりました」
それに「そう」と軽く頷いただけで、怜には一向に立ち上がる気配がない。
「花は渡して花瓶に挿してきましたけど、こんなところで何してるんですか。電話も繋がらないし」
「うん? 電話? もらってた?」
ガサゴソと上着やズボンのポケットを探って、「あ」と声をあげる。
「さっきまでは持ってたんだけどな。車に置いてきちゃったみたいだ。ごめんね、探させちゃったかな」
「それは、まあ」
戻ると思っていたところになかなか戻らなければ、探すよな、普通。
そう思うが、かと言ってそれ以上追及する気にならないのは、一葉の方も怜が戻らないことをそれ程気にしていなかったからだろう。
用は既に済んでいたし、まあそのうち合流できるだろう程度で、電話が繋がらなくてもそれ程焦っていたわけでもない。
―――とはいえ、なんでわざわざこんなところに。
病室は六階だ。院内をわざわざ一番下まで降りて、しかも外である。
寒そうに背を丸めながら、それでもあえてこんなところにいるのは少々不思議でもある。
「ちょっとね。あまり得意じゃないんだよね、病院のニオイ」
そう思っていたのが分かったのか、遊ぶ子どもたちの方に視線を戻しながら怜が言った。
「あの、どこ行っても消毒のニオイが満ちてる感じっていうの? 何回来ても慣れないんだよねー」
口調はあくまで軽い。だが、どこか遠くを見るような眼差しが、単純な言葉の裏に何か別のものがあるように感じさせた。
「何か嫌な思い出でもあるんですか?」
何気なく聞くと、怜の瞳が静かにこちらを向いた。
「なんで?」
「なんで、ていうか―――」
考えるより先に口から出た一言だったが、こちらを向いた怜の瞳には形容しがたい不思議な色が宿っている。
「別に大した理由はありませんけど、よくあるじゃないですか、そういう設定」
「設定?」
「身内が亡くなったとか、事故で運ばれたとか。登場人物が病院に対してそういうトラウマを持ってる設定の話、よくありますよね」
怜は、ああ、と小さく漏らすと、「そういう設定ね」と笑った。
「確かに、そういう設定の話、多いね。でも、残念だけど俺のはそんな大層なものじゃないよ。純粋に消毒のニオイが好きになれないってだけだ」
「はあ、そうですか」
なら、さっきの顔は気のせいか。怜がそう言うのなら、そうなのだろう。
そもそも自分には、そんな微妙な人の機微を読み取るほどの勘は備わっていない。
「さて、「見舞いの花」も渡したし、そろそろ行くか」
パン、と軽く両膝を叩いて怜が立ち上がる。そのまま、冷えで固まった体をほぐすように何度か伸びをして、ふうと息をつくと、いつもの人懐っこい笑みをこちらに向けた。
「それで、どう? 大丈夫そう?」
一瞬何のことか分からず、怜を見返してしまう。だが、それもほんの一瞬のこと。
見舞いのことに決まってるだろ、何のためにここに来たんだ。
自分で自分にそんな突っ込みを入れ、「大丈夫です」と縦に首を動かした。
「毎週水曜のこの時間に、あの病室に「見舞いの花」を届ければいいんですよね?」
確認するように言うと、「ああ、違うよ」と怜は首を横に振った。
「しつこいようだけど、ただ「花を届ける」ことが花屋としての仕事じゃない。真実あのおばあちゃんのお見舞いをすることだ。一葉くんがするのは、吉野のおばあちゃんを「花で見舞う」ことだよ。そこを、間違えないようにね」
「―――分かりました」
「よし、それじゃあよろしく」
ポンと一葉の肩をたたいて身を翻し、歩き出したところで一つくしゃみをする。「寒っ!」と言って鼻をすすった怜のあとを、一葉は続くように駐車場に向かった。
これで、「【2nd Flower】花屋の見舞い」を終わります。
実際の花はあくまで依頼に付随するもので、花に付帯された「意味」を成立させることに、花屋の仕事がある―――。
花屋として、ひとまずの初仕事を終えた一葉ですが、次はどんな「花」を用意することになるのでしょうか。
引き続き、シアワセを売る花屋をよろしくお願いします!




