第4話 気になること
「そうだとしても、私は遠慮しておくわ」
「あれ、明子さんだけは味方だと思ってたのに、そんなこと言っちゃう?」
「だって、怜ちゃんは若いからいいけど、さすがにそんなもの食べたら、ねえ。年寄りの胃には堪えるわ」
「そうかなあ」
言いつつ、大きく掬ったポテトサラダと餡子をまた口に運ぶ。そもそもパンに具材が収まりきっていない。決壊した中身は崩れに崩れて、何が何やら分からなくなっている。
「まあ、騙されたと思って一回食べてみなって」
そんな怜に、賛同しようとする人間は誰もいない。一葉も何も言えずそれを見ていると、隣の秀にそっと小突かれた。
「お前の兄貴分はとんでもねえ舌してるな」
「……そうですね」
兄貴分、ではないですけど。
思ったが、わざわざ否定するのも面倒で、とりあえず適当に頷いてしまう。
「ほらほら、冷めちゃうよ。あなたも食べて」
「―――あ、はい」
いただきます、と手を合わせて食べ始めるのを、見ていた芳江と呼ばれた女性が「感心ねえ」と呟いた。
「うちの孫なんて、手を合わせるどころか、一緒に食べようともしないわよ。自分の分だけ持ってさっさと部屋に行っちゃうんだから。帰ってきても、ろくに挨拶も無しよ」
「ったく、近頃の若いもんは礼儀がなっとらん」
「まあた、その話? それ言い始めたら年寄りの証拠だよ」
「お前はそう言うがな、本当にどういう躾を受けてきたんだと言いたくなるようなガキばっかりだぞ」
「そもそも親がそういう教育を受けてきてないんでしょう」
「そうそう。子どもの顔を見れば親の顔が分かるっていうのもよく言ったもんよねえ」
「うちの近所のコンビニなんて、平日の昼間だっていうのに詰襟の学生服を来た高校生たちがうろうろしてて、「ばばあ、邪魔だ」なんて乱暴な口叩いて。邪魔なのはそちら様よ、て言い返してやったわよ」
話を聞きながら、自然と、先程河川敷で見かけた男子高校生たちの姿が思い浮かんだ。
ああいう集団は、わりとどこにでもいる。
「さすが芳江ちゃんだな。尻込みするどころか、言い返してやるなんて」
しきりに頷く秀に、怜もばくだんサンドを咀嚼しながら頷く。
「まあ、コンビニはいつ行っても開いてるし、何でも揃ってるもんね。目の前に駐車場の空いたスペースもあるし、たむろしやすい場所だから。ちなみに、その、芳江さんが会ったっていう高校生たち、何人くらいのグループだったの?」
「そうねえ、五人くらいだったかしら」
「五人か。男子高校生がそれだけ集まってたら、確かにちょっと場所を取るかもね……。ねえ芳江さん、そのコンビニって、よく行くの? もしかして、その男子高校生たちもいつもいる? たむろしてるところを見かけたの、初めてじゃなさそうだけど」
「行くのはたまだけど、あの子たちを見かけるようになったのは秋頃からかしらねえ。最近は毎日のようにいるわ」
「ふーん。それじゃあ―――、」
やたら突っ込んで聞くな。何がそんなに気になるんだ。
ミートパスタを口に運びながら、ちらりと怜を見やる。あえてなのか、たまたまなのか、芳江の話をどんどん掘り下げていく怜に、一葉は軽く首を傾げた。
最初はスプーンが盛んに動いていたはずなのに、今ではその動きが完全に止まっている。両肘をついて話を聞く様子は、どこか前のめり気味だ。
コンビニに高校生がたむろしてるなんて、話題としてはありきたりなものなのに、何が怜の興味を引いたのだろうか。
「前から思ってたんだが、ああいう連中はなんで街中でうろうろするんだ? 制服を着たなら学校に行けよ」
誰が最初だったか分からない。分からないが、そんなことを思っていたところでなされた呟きに、なぜか全員から視線を向けられ、一葉は「え、」と止まった。
「―――何ですか」
「何って、お前が一番そういうもんと近いだろうが」
「どうなの? 実際」
と、言われましても。
実際のところ、自分自身はそちら側に属していたわけではないので、どうなんだと聞かれても答えられることは何もない。だが、全員からじっと見られて何も返さずにいることもできず、とりあえず思ったことを言っておくことにする。
「……単純に、学校に行くのが面倒でサボっているというわけじゃないから、じゃないですか?」
「あら、どういう意味?」
「サボっていることがステータスというか、反抗したい年頃というか。それ自体が目的なんだと思います。制服を着てサボるっていうのは、それだけで流れに逆行してみせることができますから」
「何の流れにだよ」
「さあ、世間の流れとか?」
「―――あるいは、何か別に、そうする特別な理由があるから、とかかな」
いつの間にか食べることに戻っていた怜が、こぼれた具材をかき集めながら言った。
「そうする理由……?」
軽く眉を寄せる一葉に、怜は目線を下げたまま、手と口を動かしながら答える。
「例えば、そう、そういうパフォーマンスとか」
「何だあ、そりゃ」
「だってほら、私服でうろうろするより、制服を着てる方がサボっているっていう状況は分かりやすいでしょ? 知ってる人が見れば、どこの学校の生徒かも分かるし」
「つまり、パフォーマンスしてみせるためにわざわざ制服着てうろうろしてるってのか?」
「何のためにそんなことする必要があるの」
口々に言い合う老人たちに、怜は「さあ、そこまでは」と笑った。
「まあ、そもそも、そんなものに意味なんてないのかもしれないしね」
薄く笑う怜は、そのまま再び口と手を動かし始める。
店員がやって来て、六人分のグラスに水を足し、また離れていった。
その間に、老人たちの会話は別の内容に移る。新たな話題の中心は、驚台を走る路線バスの間引き運転についてだ。
先程までと同じく、怜はその中に自然に入り込んでいる。
それは、一葉がミートパスタを食べ終わるまで続いた。




