第3話 その前の寄り道
空き地のような駐車場に入り、車が止まる。
見舞いの花の仕事に直行するのかと思いきや、エンジンを止めてキーを引き抜いた怜は、
「ちょっと時間あるから、先にお昼食べていこうか」
そう言って、一葉が何か答える前に車を降りていってしまった。
車が入ったのは、昔ながらというような小さな喫茶店。病院へ行く途中の脇道にある店だ。
こんなところに、こんな店があったのか。
とりあえず車を降り、感心するでもなく店を見上げる一葉に対し、怜は慣れた様子で中へと入っていく。追いかけるように中に入ると、ちりん、と小さくドアのベルが響いた。
「お、いたいた」
店内を見回した怜は、窓際のテーブルに近付き、軽く手を挙げる。
「秀さん、修三さん」
テーブル数はそう多くない。五人ほどがかけられそうなカウンター席と、三、四人がけの円卓が四つ程。
その一つで談議に花を咲かせていた老人たちのグループの、入口側に腰かけていた男性二人がこちらに顔を上げた。どちらがどちらか分からないが、親しそうに手を挙げた怜に、左側に腰かけていたガタイのいい老人が、驚いたように背もたれから体を起こす。
「なんだよ、怜じゃねえか」
少ししわがれ気味の太い声。見た目に合った、いかにも、な声だ。
「あら、本当」
「怜ちゃん、久しぶりねえ」
奥側に座っていた残りの女性二人も、ともに相好を崩す。
「芳江さんに、明子さんも。皆元気だった?」
「元気元気。この前も老人会のゲートボールで優勝しちまって、こりゃあお迎えもまだまだだなって話してたとこだ」
「俺はいい加減早く来てほしいんだけどな」
「あら、そんなこと言わないで、修三さん。この前、デートしましょうって話したところなのに」
「そうよ、初デートはどこがいいか、て私も明ちゃんから相談されてるんだから」
老人たちは次から次へと言葉を継いでいく。
店内に、他の客はいない。ゆったりとした音楽が流れる中に、大声で言い合う声が響く。
そこに、怜は自然に入っていった。
「ええ、何なに? 二人ともいつの間にそんなことになってたわけ?」
「おう、お前が知らない間にそういうことになったんだよ。なあ、修。何だかんだ言ってやることはやってんだよ、こいつは」
「ああ? 何だと?」
修三と呼ばれた老人が、照れを隠すように眉を寄せてみせる。それに、はは、と怜が笑う。
「ここ、ちょっとお邪魔してもいいかな」
言いながら、怜は空いているテーブルからイスを移動させた。
「何だよ、またたかる気か? タイミング計ったように昼時に来やがって」
「人聞きが悪いなあ、たまたまだよ。それに、出してやるって言われたら、そりゃ甘えるでしょ」
「よく言うぜ。こっちだってここに来るのはたまなのに、いつも知ってたように顔出しやがって」
大仰な様子で顔をしかめたのは、秀と呼ばれた老人だ。だが、「俺たちのことをいいカモだと思ってんだよな」と続いた言葉には嫌そうな様子はない。口ではそう言いつつも、目じりのシワは先程より深くなっている。
「皆近くの老人会の人たちで、たまにこういうお茶会に混ざらせてもらってるんだ」
「はあ、そうなんですか」
もう一つイスを寄せながら怜が軽く説明してくれたところで、店員が注文を取りにやって来た。
初めから決めていたらしい怜はメニューも見ずに注文してしまい、一葉はランチメニューの中から適当に注文する。
店員が去ったところで、
「ところで、見ねえ顔だな」
ようやくそこで修三がこちらを見上げて、訝し気に声を上げた。
「新しい子分か?」
「はは、子分って。どちらかと言うと、弟分でしょ。ね?」
人懐っこく言われ、はあ、と一葉は曖昧に反応する。
そこで、ね、と言われても。子分も弟分も、どちらにしろ正しくはない。
自身が寄せたイスに腰かけながら、もう一方には一葉に座るよう促し、「まあ、それは冗談として」と怜は続けた。
「彼には、ちょっと前からうちに来てもらってるんだ」
「うちって、「花屋」とか何とかいう、あれのことか? お前、あんな怪しい商売まだ続けてたのか。客来んのかよ」
「結構需要あるんだから。この前だって、岩田のおばあちゃんに植木鉢の花を届けたとこなんだよ」
「ああ、あの割れた植木鉢? あれ直したの怜ちゃんだったの?」
「そんな小っせえ花の依頼ばっか受けてたってやっていけねえだろ」
「そういう小さな依頼こそ大事にしなきゃ。こういう商売は、信用の積み重ねだからね」
言ったところで、「お待たせしました」と注文の品が運ばれてくる。それに、怜が「お、来た来た」とテーブルを空けた。
一葉が注文したのは普通のミートパスタだ。対して、怜の前に出てきたのは、何か得体の知れない大きなハンバーガー……のようなもの。
「一葉くん、そんなちょっとでいいの?」
既に食べ始めている怜は、不思議そうに聞いてくる。
「俺のやつ、ちょっとあげようか?」
「……いえ、結構です」
「そう? 足りなかったら遠慮せずに言ってね」
「はあ、ありがとうございます」
一応はそう答えるが、お願いすることは絶対に無いだろうなと一葉は思った。
怜が注文したのは、パンの間にハンバーグと焼魚が入り、さらにトマトとポテトサラダらしきものに加え、何種類かのフルーツ、そして、そこになぜか餡子がふんだんに挟み込まれた、一体何の料理なのかも分からない代物だった。
注文の際に「ばくだんサンド」と言っていたので、いろんな具材が入っている爆弾おにぎりをイメージしたもののようだが、それにしても、挟まれた内容が多岐に及び過ぎていて、互いが互いに味を破壊し合うのではないかと思えるラインナップである。
「相変わらず、すげえ味覚だな……」
美味しそうに頬張る怜を、少々引き気味に見るのは修三だ。しかし、感想は皆が同じようで、それぞれに奇怪なものを見るような目で怜を見ている。
「そう言うけどね、案外美味しいんだから。皆、見た目に騙されてるよ」




