第八話 文学少女(他称結婚相手)攻略作戦〜会遇編〜
鬱々なる火曜日は、今現在俺の横で憎悪の炎をメラメラと燃やす一人の少女によってより一層強くなる。
早朝。昨日と同じような光景を見せつける風羅さんと上園を、俺と水元さんは廊下からそれなく見ていた。
そう、廊下を歩く人たちを引かせるほどの憎しみにその身を預けて。いや、俺は預けてないが。だって、毎日見てるからもう慣れたし。
だが、問題は水元さんだ。もし、俺がいなかったら彼女は何をしでかしていただろうか。考えるだけで恐ろしい……。
「水元さん、そろそろ戻ろうか」
これで何度目だろう。彼女が一歩前に出るのを見て、俺がそれを止めるのは。
取り敢えず、今のところは抵抗せず素直にそれ以上前進することはないが。なんというか、いつ爆発するか分からない爆弾を監視しているような気分だ。凄く……胃にくる。
それは、多分彼女も同じだろう。まだ理性を保ち、自身をどうにか止めている彼女の胃を考えると……病院に連れて行きたくなるレベルだ。いや、医者をここに呼びたいくらいだ。
これ以上は、見ていても仕方ないな。元々、水元さんは事実確認のために来ているようなもんだし。これ以上、いたずらに胃をボロボロにする意味もないだろう。
「水元さん、そろそろ」
「…………」
返事が無いので、俺は強引に修羅の顔をした彼女を引っ張り、霧茅のいるであろうD組へと向かった。
場所は、D組。道中、蹴珠を拾った俺は二人に事情を説明していた。
「なるほどね。だから、ストレス溜め込んだOLみたいな顔してるのか」
酷い感想である。確かに間違ってはいないが、年頃の女の子に対して言うセリフではない。
「にしても、本当に小夜さんが好きなんだね」
「当然ですよ!」
ここまで、沈黙という名のイライラパワーチャージを貫いてきた水元さんがようやく口を開いた。これは、嫌な予感が。
「ていうか何なんですか! あの小汚いゴミは! ゴミクソですよ! 世の中にはあんな人がいるんだと驚きましたよ! あんな形容し難い汚物が私たちと同じ世界に住んでることに苛立ちしか憶えませんよ!!」
まるでマシンガンのように言葉が弾となり連続して射出される。まさに人間機関銃……は言い過ぎか。
しかし、敬語ということを考えるに、まだどちらというと落ち着いている方なのだろう。
にしても、大声で何を言ってるんだこの子は。教室内の注目が集まるから辞めて欲しいんだが。
「まあまあ、落ち着いて。とにかく、冷静にならなくちゃ、良い作戦も思いつかないよ」
「もう作戦なんていいです! ナイフで一刺しすら生ぬるい! あんな奴はどっかの倉庫に一生閉じ込めておくのが一番ですよ!!」
いつの間にか、トンカチで"ポン"からナイフで"ブス"になっていた。
にしても、相当お怒りのようで。
「まあまあ。言いたいことは分かるよ? でも、昨日、凛が言ってたけど自分のことは大切にしなきゃ。本当に小夜さんの事を想ってるならさ」
「…………」
そんな暴走少女の言動にも慣れたのか、昨日に比べると慣れた様子で霧茅は彼女を宥める。
その言葉に、水元さんも我を取り戻しつつあるようだ。
「すみません。また、取り乱してしまって」
先ほどまで暴言を吐き散らしていた人と同じ人とは思えない変貌っぷりである。
だがまあ、変わるだけマシな気もする。一から十まで、好きな人にまとわりつく異性は徹底排除キャラな人だっているだろうに。いや、俺はそんな奴、漫画の世界以外で見たことないけど。
「よし、そろそろ朝礼始まるし、また昼休みにここに集まるってことでいいよな」
「はい」
俺も蹴珠も異論はない。
……そういえば、昨日もそうだったが蹴珠全然喋ってないな。らしくない。
つか、ここに来てから説明してる時もそうだったけど、ずっとぼーっとしているというか、心ここに在らずというか、なんか変だな。
まあ、いいか。そういう時もあるんだろう。
『金曜に言ってた読書部の件だけど、今日の昼休みに図書室でオススメの本を教えてくれるって。ああ、あと私は別件で行けないから、代わりに薫が橋渡し役をやってくれると思うわ』
以上、昼休みが始まって直ぐに教室に来た火七海さんの言葉である。
昼休み。飯をパパーっと一人で食べ、俺は足早に図書室に来ていた。理由は、当然火七海さんが言っていた人に会うためである。
それにしても、さすがは火七海さんといったところだろうか。行動が早いと凄く助かる。やはり、外見で人を判断してはいけないな。
しかし、どんな人なのだろうか。読書部に入っているというくらいだから、やはり典型的な文学少女っぽい子だったりするのだろうか?
というか、読書部って何する部活なんだ? 文字通り、読書をする部活なのか? それって、部活である意味はあるのだろうか。
「あー、香川くんー」
図書室に入ってすぐ、俺を呼んだのは不地方さんだった。
つか、名前間違えてるんだが。
「えっと、俺の名前は『九賀羽』ね」
「あー、ごめんねー。ついついー」
いつも通りのふわふわっぷりに、色んな意味で心配してしまう今日この頃。
正直、不地方さんに橋渡し役とか、失礼だが心配しかない。
「えーと、読書部の人なんだけど……あっ、おーい」
図書室ということで小声で呼んだ先、数冊の本を抱えてこちらに小走りで来る女子生徒が一人。
「紹介するねー、こちらは佐倉川璃奈さん。二年生だよー」
「佐倉川です。宜しくお願いします」
「あっ、えっと、こちらこそ宜しくお願いします」
その凄く礼儀正しい挨拶に、こちらもつられて頭を下げる。
落ち着きのある長くサラサラとした黒髪に、透き通るような白い肌。そして、全てを包み込む母性を感じる顔立ち。膝にかかるくらいの真面目さを感じる長さのスカートに、すらっとした細い足。
可愛らしくも落ち着きのある声のせいもあって、まさしく『清楚』という言葉が良く似合う女子生徒だった。
「えっと、取り敢えず座りましょうか」
「あ、ああ、そうだな」
彼女の優しい声に促され、俺と不地方さん、そして持っていた本を置きつつ佐倉川さんも一緒に座った。
完全にペースを乱されている。いや、自分で乱しているというべきか。
もしここに、蹴珠辺りがいれば少しは俺もいつも通りに振る舞えたのかもしれない。でも、あいつらはあいつらで今は水元さんと一緒に作戦を練っている……と思う。暴走してないだろうか。霧茅がいるから大丈夫だとは思うが。心配だ。
「初心者でも問題なく読める本、ですよね?」
「うん。最近、ちょっと本を読みたいなーって思ってさ」
「分かります。私も、この時期はいつも以上に本を読みたい欲に駆られますから」
「へえ、そうなんだ」
「はい。窓から入ってくる暖かな風を感じながら、物語の中へと入っていく。いつもと比べると、より一層その世界に入っていけるような気がするんです」
そう説明する彼女の表情は、確かに楽しいと感じているそれだった。
何故、そう思ったか。答えは簡単。昨日、そして今日の朝、俺は似た表情を見ているから。
「さて、おすすめの本ですけど。九賀羽先輩は、どんなジャンルの作品が好きですか?」
「ジャンルねえ……」
ファンタジー、コメディ、ホラー、ラブコメ、SF……。
そういえば、昨日の朝、二人が話していた時『伯爵』って言葉が出てきてたな。
伯爵、伯爵……。中世? いや、よく分からんから無難にファンタジーでいいか。
「ファンタジーかな」
「ファンタジーなら、これですね」
そう言って、彼女は先ほど抱えていた本の中から一冊を前に出した。
もしかして、どんなジャンルが来ても対応できるように予め準備していたのだろうか?
「タイトルは、『ありとあらゆる星々に希望を』です」
表紙には満天の星空とそれを見上げる少年が書かれた、文庫本サイズの作品。これなら、何処でも持ち歩けるし、手軽に読めそうだ。
「星々か。なんか、SFっぽいな」
「星座の名前はいくつか出てきますね。でも、中身は王道のファンタジー作品です」
「へえ……」
俺は、その本を手に取りペラペラとめくっていく。
やはり、そのページ数には圧倒されてしまう。これが、普通なのだろうが普段読まない人からすれば数百ページは多すぎる。まして、漫画とは違い文字を読むのだから、読むのにもそれなりの時間がかかるだろう。
「内容は、内気な主人公が空から消えた星々を探す旅に出る、という成長物語ですね。内容もそこまで難しくなく、そこまで重たい話でもないので、おすすめです」
「なるほど」
何はともあれ読んでみよう。案外ハマって速攻で読破してしまうかもしれない。
「分かった。えっと、これって図書室の本?」
「はい。なので、一週間しか借りられませんね」
「一週間もあれば読める、か? まあ、早速、読んでみるよ」
「はい。また、何かあったらいつでも言ってください。基本的に、昼休みと放課後はここに居るので」
「うん、ありがとう」
意外にも時間は経っていたらしく、時計を見ると五限目の始まりまであと少しといったところだった。
さて、教室に戻りますか。
「不地方さん、戻るよ」
「…………」
……不地方さん、いつの間にか寝てるし。
例によって放課後、俺たちはB組にて作戦会議を行っていた。
昨日は、水元さんの乱入があったためあまり話し合いは出来なかったからな、今日はちゃんとしよう。
「絞殺ですね。もちろん、犯罪者になりたくないので死ぬ手前でやめますが」
「いや、私なら溺殺だな。もちろん、ギリギリを攻めるぜ」
俺は信じないぞ。年頃の女子高生が、こんな野蛮な話をしてるなんて。
「こらこら二人とも、肉体的に痛めつけるのは無しだって言ってるだろ」
「絞殺にしろ溺殺にしろ、半分は精神的なものですよね?」
「そういうのを世間一般的には屁理屈って言うんだよ」
「屁理屈と決めつけるのを思考停止とも言うな」
「いや、少なくともこの場合は言わない……と思う」
ああ、今日も今日とて内容がズレていく……。
「なあ、蹴珠。なんか意見とかないか?」
「そうですなあ……」
そう答えた蹴珠は、心ここに在らずといった感じに明後日の方を向いていた。
どうしたんだ? 昨日からこんな、あまり反応しなくなってる感じだが。あれか? 好きなアニメが最終回を迎えてテンション下がってるとかか? それとも、買おうとしていたグッズが買えなくてとか?
うーむ、考えてみれば、蹴珠はテンション下がってる時はテンション下がってますよアピールしてくるタイプの人間だからなあ。とすると、ガチで凹むようなことがあったとか?
「なあ、蹴珠?」
「…………」
「おーい」
「……はっ、な、なんでござる?」
やはりおかしい。だけど、反応を見る限り本気で凹んでるわけじゃなさそうだ。とすると、何が原因だろうか?
「なあ、どうした? なんか、元気ないみたいだけど」
「えっ? い、いや、そんな事は無いですぞ」
「そうか、それならいいんだけどさ」
「…………いや」
いや?
「九賀羽殿。少し付き合ってもらえませぬか?」
「ああ、別にいいけど」
「では」
「ああ、そうだな」
表情を見れば分かる。他の奴らには聞かれたくないことなんだろう。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「わ、我輩も」
「野郎二人でトイレとかきも」
「うるせえ。たまたま、重なっただけだ」
言って、俺たち二人は廊下に出た。
特に不信がられてはなさそうだな。まあ、霧茅と木窯なら分かってても察して追求はしてこないだろうし、水元さんはそもそも興味ないだろうからな。
「で、なんだよ」
「ふむ……」
思いつめた、というと言い過ぎだろうか。その横顔は、何かを言うべきか言わぬべきか、そんな選択を迫られているものに見えた。
しかし、さすがにこの時間帯は廊下に誰もいないな。そのせいなのかは知らんが、微妙に寒い。
「九賀羽殿」
「うん?」
「二次元は至高ですな?」
「……ごめん、帰――」
「まってまってまって!」
言って、全力で蹴珠は俺を引き止めてくる。
いや、だってさ。凄い真面目な顔して『二次元は至高』って、さすがの俺も帰るよ。
「我輩、今から凄く真面目な話をしようとしているのに!」
「いや、その切り出しから真面目な話に持っていけるもんなら是非とも持っていってほしいわ」
「持っていきますぞ。何故なら、我輩だから」
「やっぱ帰って――」
「すみませんでした!!」
蹴珠渾身の斜め四十五度が決まった。いや、微妙に四十五度に到達していないが。
「分かったよ。分かったから、取り敢えず結論から頼む」
「ふむ、実は我輩、三次元に恋をしてしまってな」
「……いや、結論から頼むとは言ったの俺だけど。でも、サラッと言い過ぎじゃね?」
「九賀羽殿は、わがままですなあ」
悪かったな、わがままで。
つか、真面目な話だよな? この場に及んで、まだふざけたことを言うとは思えないし。
となると、問題は、それが誰なのかだが。
「じゃあ、誰を好きになったんだ?」
「それが、一年ということしかわからない」
「お前……」
「ろ、ロリコンではないですぞ!」
「いや、まだ何も言ってない」
「! ぐぬぬ」
ロリコンではないですぞ、が一年という学年に対してのものなのか、それとも容姿に対してのものなのかで話が少し変わってきそうだが……まあ、いいか。
「それにしても、蹴珠が三次元にねえ」
「うむ。一目見た瞬間に、身体の中を電流が駆け抜けたというか、何と言うか。とにかく、アニメのキャラを好きになるのとは全く別物の衝撃を受けてしまった、ようで」
「ああ、分かるよ。俺が、風羅さんに一目惚れしたのと似たようなものだろ」
「それとは、少し違うとおも」
「いや、多分同じだよ!? なんだよ俺と同じだと嫌だ的なあれか!?」
全く。一目惚れなら、一緒だっての。
「でもまあ、なんだ。そういうことなら、応援するぜ。風羅さん絡みで色々意見とかもらってるしな」
「ほとんど、役には立っていませんがな」
「自分で言うんじゃねえ」
しかしまあ、何と言うか素直に嬉しいというか。
やっぱ、似た境遇の人が近くにいると良いもんだな。
「さて、そろそろ戻るか。一応、トイレに行くっていう理由で出てきてるし」
「そうですな」
「そういや、なんで連れションなんてするんだろうな」
「また急ですな。うーむ、一人でトイレに行くのが怖い説とか」
「トイレの花子さんか。うちの学校、そういう噂は聞かねえけどな」
「いや、そうではなくて、ペーパーが無かった時に一人だと詰むからでは?」
確かに、それは怖いな……。
あとがき
木窯玲
推薦図書『桃太郎』
面白い。以上。




