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第四十六話 最後には君が

 何故、その一連の流れが成宮(なりみや)の仕組んだことだと自然に思ったか。

 恐らく、無意識下で全ては繋がっていると感じていたのもあるだろう。直接、話して、彼は本当に天才なのか疑いつつも、何処かで成宮の異様性を感じ取っていたのだろう。


 天才である成宮によって、俺は窮地に立たされた。

 噂の内容は、金潟(かねがた)一輝(いつき)という後輩を、九賀羽(くがわ)(りん)が虐めたというもの。そこに尾ひれが付き、暴力を振るっただの、暴言を吐いただの、実は前から行われていたのだの。理由は、水元に殴られたからだの……。

 人の悪事は拡散と同時に、巨大化していく。前回の色恋沙汰と比べて、より一層、俺はそう感じていた。やはり、人は人を叩くのが好きらしい。


 さて、どうする九賀羽凛。負けるな九賀羽凛。まだやれるぞ九賀羽凛。

 ……いやいやいや、無理。事実、あの状況を誰かに見られていたとしたらそう取られても仕方ないし、金潟がこの状況を活用してこないと確実に言えない。昨日の水元や霧茅の話題を出した時のことを思えば、可能性もなきにしもあらずではあるが、やはり厳しいだろう。

 少なくとも、傍観か攻撃かの二択。弁護の言葉など、期待するだけ無駄というもの。


 ではどうする。諦めて、責められ続け、不登校にでもなるか? 水元なら、家に来るぞ。そして、刺す。刺される。


 現在、俺はトイレの個室にて頭を抱えているが、取り敢えず朝礼も始まりそうなので、教室に戻るとするか。

 しかし、この数日間で俺の評価が乱高下してる気がするな。











 教室に入った瞬間の、異様な視線。

 それは、時間経過と共に薄くなっていった。


 だから、昼休みになる頃には、すっかり噂も視線も感じなくなっていた。

 いや、当人が同じクラスに居るのに飽きるの早すぎじゃないですかね。

 そんなことを思いながら昼飯を食べ、俺は興味本位に廊下へと繰り出した。さすがに他の教室に入るほどの度胸は持ち合わせていないが、廊下くらいなら他のクラスの様子も、そしてあわよくば知り合いにあって、どんな感じかを聞けるのでは、と思ったからだ。


 しかし、数時間前まで死にそうな状態だったにも関わらず、直様こうやって行動を開始する辺り、耐性でも出来たのだろうか? ならば、それは余計なものだと言わざるを得ない。


「よう、蹴珠(けだま)


 まあ、最初に会ったのが蹴珠で良かったと、この時は思った。いつもなら、めんどくさいと感じるところなのだが。


「く、九賀羽殿……」

「うん? どうしたんだ? なにか――」


 言い終わる前に、蹴珠はその巨体を揺らしながら走り去って行った。

 なんだ? もしかして、急ぎの用事でもあったのか?

 まあ、いいか。いや、あわよくば、いつものように話をしたかったのだが……うまくいかないものだな――。


「――ん?」


 ごんっという鈍い音と共に、後頭部に突如走った衝撃。

 まるで鈍器にでも、とならなかったのは良かったが、全力で殴られたということは、痛みと衝撃から分かった。


 ふらつきながら追撃を予想した俺は、そのまま身体を振り返るように回転させる。

 その視線に水元を映しながら、俺は追撃のために振り上げられた拳を掴むことに成功した。


「――!?」


 所詮は一つ下の女子生徒。

 俺に掴まれた右手を、血走った目で睨みつけてくる水元は振りほどくことが出来ない。


「っ! 離せっ!」

「……」

「くそっ!」

「……殴るか」


 殴って黙らせた方が早いだろう。

 このまま、手を掴んでいるだけで状況が静まるとは思えない。というか、もうすぐ脚が飛んでくるはずだ。

 殴ろう。殴って。一発。顔面。鼻辺りを思いっきり。


「――やめろ!」


 手首を強く掴まれる感覚を感じて、俺はようやく自分が水元の手首を掴んでいる腕とは逆の腕を上げていたことに気づいた。

 そして、そのまま掴まれた腕を引っ張られ、俺の身体はまたもや回転し、掴んでいた男子生徒の方へと向いた。


「きりがやっ――!?」


 また、後頭部に鈍い痛みが走り、俺は前方に体制を崩す。だが、どうにか足で踏ん張り、そのまま倒れていくことを避けることに成功した。


「水元っ!?」


 ほぼ防衛本能。踏ん張った足で床をバネにし、そのままの勢いで拳が前へと、女子生徒の顔面目掛けて、出た。


 ――だが、ほぼ同時に視界中央に拳が一つ。刹那、視界の端に女子生徒が一人。

 三発目。四発目。五発目。

 鼻を中心に、広がる痛みを感じながら、俺はそのまま仰向けに床に激突した。


 ――また、これだ。


 ――また、これ。


 ――また、羽交い締めにされる女子生徒が見える。


 ――ボヤけていて何が何だか、分からない。


 ――誰かの声がするが、知っている声ではあるが、それが誰のものなのか理解する前に、ただそうしたかったから、俺は目を閉じた。











 対水元、二度目のKOを受け、俺は保健室に居た。

 起きた時の気分の悪さでいえば前回よりマシだが、痛みに関しては今回の方が強かった。

 精神的な痛みかって? いや、それもあるけど肉体的な痛みもそれなりにね。


「今のお前の状況を的確に表す一言。踏んだり蹴ったり」

「的確過ぎて反論の余地がねえよ」


 目の前では、木窯が隣のベッドに腰を下ろしていた。

 しかし、保健室で女子と二人きりというのに、どうしてこうもときめかなければ、ムラムラもしないのか。彼女は、実は男なのか?


「そういう反応が返せるなら大丈夫じゃね?」

「精神的にはな。でも、痛みは地味に残ってる」

「肉体的な痛みについては知らねえよ。つか、床に激突したって聞いたぞ」

「ああ。意識飛んだ理由はそれか」

「後輩の女子に殴られて、気絶した感想は?」

「絶食系男子のプライドは守られたので満足」

「ドMか」

「ノッたらこれだよ……」


 少し喋ったおかげか、痛みはそこまで気にならなくなってきた。だが、気絶するほど強打したのであれば、普通なら病院に行くべきなのだろう。


 ……行きたくないなー。


「それより、蹴珠の様子がおかしかったんだけど、あいつまた恋病か?」

「病気は言い過ぎだろう。いや、確かに、なんか今日も避けられたし」

「嫌われてんじゃね? アイドルと熱愛報道とかシネ、みたいに」

「いや、それはね……」


 いや、待てよ。蹴珠の好きな人って、一年でアイドルのように可愛いとか何とか言ってなかったか? いや、ていうか海水浴に行った時、思いっきり本人前にして唾液撒き散らして倒れてなかったか?


「そういや、蹴珠の好きな人って」

「星喰――いや土壊だろ?」

「そうでした」

「まあ、あいつの恋愛はどうでもいいけどよ。お前はどうなんだよ」


 どうでもいいのかよ。いや、今はどうでもいいけど。


「土壊とそういう仲だって噂を流されて、風羅に近づきづらくなったんじゃねえの?」

「近づきづらく……ていうか、元々、そんなに近づいてない」

「お前やっぱゴミだな」

「せめて、雑草ていってくれね?」

「無理」

「…………」


 精神的なダメージを受けたんだが。肉体的なダメージと相まって泣きそう。


「まあ、どうでもいいけど。ただ、上園みたいな奴にも、成宮みたいな奴にも負けるのは気に食わねえ」

「いや、別にお前が戦ってるわけじゃ」

「気、に、食、わ、ねえ」

「……そうか」


 気に食わない。俺だって、上園はともかく成宮に負けるのは気に食わない。

 上園は、極めて清純に恋愛をしている。だが、成宮は違う。俺と同じで、ライバルを蹴落としつつ恋愛をしている。いや、アタックしてるだけ俺よりマシだが……。それよりも方法が気に食わねえ。あんなやり方をされて、黙っているほど萎びた絶食系じゃねえ。


「でも、どうすりゃいい。水元という一撃必殺持ちの敵が徘徊してるし、霧茅も多分協力は無理。蹴珠は協力以前に使えない。……火七海さんくらいか? あと、月下もいるか」

「私が入ってないことは敢えて突っ込まねえよ」

「最初から戦力として期待しているという好意的解釈をしてもらいたい」

「いや、期待されても困る」

「どうしろと……」

「知るか」


 それより、と木窯は立ち上がった。


「もう、一人でやろうとは思わないんだな」

「一人……そうだな」

「考えろよ。頭打ってちょっとは目が覚めたろ」

「いや、どういう意味だよ」

「使える奴と使えない奴。利用できる奴と出来ない奴。使うべき奴と使うべきではない奴」


 その昔、木窯に似たようなことを言われた記憶がある。

 考えてみれば、その頃から俺はこいつをバカだと思わなくなったし、俺の思考回路がおかしくなったと……いや、人のせいはよくないな。


「じゃあ、私は腹減ったから帰るわ」

「唐突だな。つか、今日はパン買ってないのかよ」

「年がら年中、パンを持ってると思ってんじゃねえ」


 ツッコミ代わりの脳天直撃チョップ。

 怪我人だろうが容赦ない木窯のチョップは、俺の頭によく響いた。


 しかし、そうか。そうだな。

 火七海さんの時もそうだった。いや、いつだってそうだった。

 俺は使える人間と、使えない人間を見極めて、攻撃をしてきたじゃないか。


「じゃあな」

「ああ。また」


 保健室を出て行く木窯に手を振り、俺もかかっていた毛布を取り、ベッドから立ち上がる。


 取り敢えず、教室に行こう。また、誰かに会うかもしれないから、少しだけ気を引き締めて。











 誰もいない教室に入り、俺はそそくさと机の横に置いてある鞄を持ち上げる。

 どうやら、いじめにはあわなかったようだ。あんな噂が流れて、誰かが面白がって悪戯すると思ったのだが。さすがに、この時期の三年に、そんな余裕を持っている奴はいないらしい。


「さて、帰るか……」


 少しだけ寒さから身震いをし、俺は鞄を一旦机に置く。


 風羅さんは、どう思っているのだろうか?

 当時の俺は、『誰がやったのか』ということで、頭がいっぱいになっていた。だから、少しも風羅さんが俺に対してどういう想いを抱いたかを考えなかったのだ。

 いや、そもそも風羅さんが俺に対して、何らかの感情を持っているという前提が間違っている。

 気にも留めてないだろう。風羅さんは。

 それ以前に、後輩に手を出した同級生という、マイナスの感情を持ってしまったかもしれない。


 帰ろう。俺にはやるべきことがある。

 成宮に復讐するという、やるべきことが。


「…………」


 帰ろう。だから、鞄を持って前を向いた。教室から出るために。

 前を向いて、視界には窓とか机とか、あと扉とか映るはずなのに。そこには、風羅さんが映っていた。風羅さんが立っていた。

 気づけば前に。同じ教室に。

 幻想ではない。寝ぼけてはいない。頭を強く打ったせいではない。真実だ。本物だ。

 心臓が再び強く鼓動する。風羅さんは? 風羅さんは、俺のことをどう思っているんだ? 噂は所詮、噂だと思ってくれているのか? それとも、俺は後輩に手を上げる最低な先輩だと思っているのか?

 どうなんだ。俺は。訊きたい。聞かせてくれ。一言でいい。いつもみたいに言葉少なく。"はい"か"いいえ"でいいから。頼むから。俺は……。


 まだ、希望に縋り付いてしまうから。


「あの、大丈夫?」

「…………」


 大丈夫? だいじょうぶ? はい? いいえ?

 心配してくれているのか? 俺のことを? 風羅さんが? なんで? 俺の事を気にも留めてないであろう風羅さんが? どうして?


「なん、で」

「えっ、いや、えっと……」

「…………」

「九賀羽君は、そんな事しない……でしょ?」


 慎重に言葉を選ぶように、視線を上へ下へと乱し、風羅さんは、そう言った。


「…………」

「……えっと、もしかして――」

「いや、してない!」

「えっ? あっ、うん」

「全部、嘘だ。全部、デタラ――いや、少しは事実も」

「えっ?」

「いや、でも、何と言うか……」


 わけが分からなくなってきた。つか、素直に否定しろよ! 変なところで真面目だな、俺!


「とにかく、俺は金潟さんと"普通に"話しただけだから」

「うん。うん、そうだよね」

「だから、あっ、ちなみにこの前の星喰さんのも嘘だから!」

「えっ? そう、なんだ……」


 あれ、残念そう?


「だから、なんというか、とにかく! 全部、証明する! 全部、嘘だって! 作り話だって!」


 他に誰もいない教室で。静かな空間で。俺は、声高らかに宣言した。恥ずかしげもなく、惜しみもなく。


「うん、分かった」


 少し笑みをこぼしながら、風羅さんはそう答えた。

 何処か嬉しそうに。そう、応えた。


 ああ、また記事にされるかな? でも、今回は見逃してやる。むしろ、奨励してやる。


 俺は、幸せだ。


 今、俺は幸せだ。


 嘘偽りなく、幸せだ。


 だからこそ、声高らかに言ってやろう。


 『お前の作戦は失敗だった』と。

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