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第四十七話 想像以上に茨道

 新聞部を脅したのは生徒会長だ。水元を唆したのは金潟だ。噂を拡散したのは成宮、かな?

 そして、全てを裏で操っているのも、成宮だ。


 朝、少しだけ早く登校した俺は、新聞部部室に来ていた。

 いつだったか、新聞部の朝は早いと聞いていたが、どうにも俺の記憶は正しかったようだ。


「おはようございます。九賀羽先輩」

「早いね……螺咲(にしざき)さん」


 礼儀正しいハキハキとした声は、俺のまだ眠気にやられている脳によく響く。

 前回、会った時に比べると、完全に元に戻ったと感じられる。だからこそ、期待というのも膨らむというものだった。

 もっとも、答え合わせのようなものだから、回答に対して驚きは無いだろうが。


「何か御用ですか?」

「いや、ちょっと訊きたいことがあって」

「例の校内新聞のこと、ですよね。すみません。前回は、あんな態度を取ってしまって……」

「いや、別に気にしてないから」


 螺咲さんは、深々と頭を下げた。

 彼女の性格を考えるに、あんな嘘を付く、いや事実を隠すような真似したくはなかったのだろう。だが、そうせざるを得なかった。何故なら、脅されていたから。


「それでどうなんだ?」

「ええ。新聞部に脅しをかけてきたのは、生徒会長、土壊(つがい)先輩です」

「そうか」

「その様子だと、既にある程度の検討は付いていたようですね」

「そりゃ、前科持ちだからな。嫌でも連想するさ」


 予想通り、圧力をかけてきたのは生徒会長だったか。


「それで、土壊先輩を利用したのが成宮先輩と」

「さすがは新聞部。成宮のことも知ってたか」

「名前だけですが……。それより、他に調べて欲しいこととかありませんか?」

「他に? そうだな……」


 ないな。現時点で彼女は使えるだろうが、今は特に思いつかない。

 悪いと思っているから、こうやって積極的に言ってくれるんだろうが、それはまたの機会に甘えさせてもらおう。


「特にはないかな。また、思い付いたら言うよ」

「そうですか。分かりました――」


 あと、と螺咲さんは、立ち去ろうとした俺に続ける。


「揺も――揺も誰かに騙されていると思います」

「ああ、俺もそう思うよ」


 だから、勘違いはしないでくださいと。あわよくば、仲直りしてくださいと言いたいのだろう。

 そうしたいのは山々だが、もうそれは不可能というものだろう。既に、昨日殴られているし。そろそろ教師陣が介入してくるだろうからな。そもそも、もう会うこともないかもしれない。

 まあ、それでも、成宮に関する問題が解決した後、機会があればどうにかしたいとは考えているが。


 しかしまあ、全てが終わっても、果たしてそんな余裕が俺にあるのかどうか……。


「とにかく、今は成宮だ」

「はい」


 成宮は生徒会長を利用し、新聞部を脅して俺と星喰が付き合っているというデマを流した。

 そして、俺が水元関連で金潟に問い詰めたのをネタに、今度は俺を最低の先輩に仕立て上げた。

 二段構えで、成宮は俺を潰すことに成功した。いや、一時的に成功したというだけで、結果は失敗と言ってもいいだろう。現に、俺はまだまだやる気だからな。

 もちろん、ここまであいつが予測し、そうなることを望んでいるのなら話は別だが。

 だが、ならばやり方が雑という他ない。生徒会長を巻き込み、水元という爆弾を巻き込んだ。明らかにリスキーだ。天才というなら、もっと楽で確実でデメリットのない方法などいくらでも考えついただろうに。

 まるで、何らかの意図があるかのように。上園を無視し、俺だけここまで、やり過ぎと言わんばかりの、あらゆる手で潰しにかかる理由は何だというのだろうか……。


 …………。


「成宮は、ライバルを消すために"邪魔者"である俺に対して間接的に攻撃してきた」

「?」

「どうしてだ? どうして、俺を邪魔者だと認識したんだ?」

「それは……」

「普通に考えれば、邪魔者、いや一番やっかいなのは上園だろ。俺なんか、遠くで見ているだけだからな。本当に、邪魔者な俺を潰すために作戦を行ったのか? わざわざ、やり過ぎなくらいに」

「生徒会長を利用、という点もおかしいですね。土壊先輩視点で考えれば、メリットよりデメリットの方が遥かに大きい」

「魔術部を復活させた俺が憎いから、という理由も考えられるけど、土壊さんがそんな子供みたいなマネをするとは思えない。その程度で、余計な、バレれば危ない道を選ぶとは思えない」

「確かに、不自然な点は多いですね」


 何故、そんな単純な疑問点に気がつかなかったのだろうか。何故、巻き込まれた人の立場に立って考えられなかったのだろうか。何故、みんながみんな、好き好んで、自分に嘘偽りなく動いていると決めつけていたのだろうか。

 何故、俺は俺がやっかいだと決めつけていたのだろうか?


「別の理由があるのか? 上園ではなく、俺をターゲットに選んだ理由が」

「新聞部に廃部を理由に記事を書かせたこと。そもそも、上園先輩ではなく、九賀羽先輩を選んだ理由」

「霧茅曰く、成宮は天才だ。いや、天才らしい。なら、こんなリスクまみれの方法を、対して難敵でもなんでもない恋敵を潰すために選択するとは思えない」


 天才という言葉が、彼を俺の中で神格化したのか。異常性をも見逃すほど、俺は盲目になっていたのか。

 だとすれば真意は何だ? 俺を選択した理由は?


 成宮は、天才であり、天才の考えることなど分からない?


「土壊先輩は、成宮先輩に協力した。しかし、そこに土壊先輩の意思は感じられず、また行動にはデメリットしか存在しない」

「つまり、他の誰かの意思がある可能性がある。そもそも、土壊と成宮に交遊があるのかどうかも怪しいし、成宮が何処で"土壊の事"を知ったのかも気になるな」

「調べてみる価値はありそうですね」

「頼めるか?」

「はい!」


 待ってましたと言わんばかりの返答に、俺も口元が緩む。

 普段、真面目で無愛想なこともあって、余計に瞬間的に見せる笑顔に魅力を感じてしまうのだろう。


 止まっていた時間が動き出したようだ。ずっと行ったり来たりを繰り返していた時間が。

 これなら、あるいはあいつに一泡吹かせられるかもしれない。


 早速、計画を立てているのか何か作業を始めた彼女の邪魔にならないよう、俺は静かに部室を出て行った。


 出て行った――部屋から出た直後、目の前に現れた男子生徒にぶつかりそうになったのを、俺は何とか堪えることに成功する。


「っと……上園?」


 そこに立っていたのは上園だった。こんなところで何をやっているのだろうか。


「いやー、悪い。まさか急に出てくるとは」

「いや、俺の方こそ……それより、新聞部に用か?」

「新聞部じゃなくて、九賀羽に用があるんだよ」


 俺に用? まさか、金潟に関してか? いや、もしかして昨日の放課後のことを見られたのか? だったら面倒だな。

 そんな嫌々オーラが顔に出ていたのだろうか。上園は、苦笑しながら続ける。


「そんなに嫌な話じゃないし、長い話でもないよ」

「そうか、なら良いんだけど」

「うん。と言いつつ、嫌な話から入るんだけど……九賀羽は、金潟さんにそこまで強く何かをやったってわけじゃないんだよな?」

「強くの基準次第――って……そうだな、噂通りの事はしてない」

「ならいいんだ。いや、俺は信じてたぜ?」


 あくまで確認。俺、いつの間にこいつにここまで信用されるようになったんだ? って、前からか。


「いやさ、何でこんな事確認したのかっていうと……ほら、やっぱ友人が理不尽に悪く言われるのは気分良くないし。それに……」

「それに?」

「いや、やっぱいい」

「いや、気になる」

「いや、これを言ったら俺が不利になる」

「いやいや、そんな事ないって。大丈夫大丈夫」

「いやでもな……九賀羽って、風羅さんのこと好きだろ?」

「そりゃ……って」


 なんかついつい認めたけど、上園は俺が風羅さんのことを好きなの知らなくね!? つか、急に訊いてくるなよ! 会話の流れが自然過ぎてびっくりしたわ!


「まさかバレてねえと思ってる?」

「そりゃ、もちろん」

「凄い自身だ。でも、さすがに分かるよ。九賀羽が風羅さんを好きだと考えれば、今までの行き過ぎた行動もある程度理由が付く」

「いや、つかねえだろ。つか行き過ぎって……否定はしねえけど。でも、絶食系だぞ? 今までだって、そう何度も動いてきたってわけでもねえし」

「まあ、俺も何となく、そう思ってただけなんだけどな」


 こいつ嵌めやがったな。まあ、別にいい。バレて困るかと言えばそうでもなく。また、バラしたくなかったかというとそうでもないからな。というよりは、そこまで意識がいっていなかったと言うべきだろう。


「で、話を戻すけど。俺が悪く言われてて、だからどうなんだ?」

「ああ、そういう話だったな。ほら、俺にも何か協力出来ないかって」

「協力なあ……」

「ないのか? もしかして、諦めてるとか?」

「いや、やる気はあるんだけど」


 今まで俺が何をしてきたかを知っているからこそ、‘協力したい』と言ってくるんだろうが、上園なあ。いや、協力してくれるのはありがたいんだけど、何処で使うかっていうとなあ……。


「まさか、俺が信じられないとかか?」

「いや、さすがにそれはない。けど――」

「けど?」

「いや、まだ明確に作戦とか立ててないんだよ。だから、今はまだいいやって」

「そうか。じゃあ、仕方ないか」


 そう。別に協力して欲しくないというわけではない。

 ただ、作戦が無いというのもあるが、他の面子に比べると信用度が、どうしても一段階下がってしまうのだ。

 やはり、上園はライバルだからな。信用度がどうというより、俺に協力することによって、風羅さんにとっての印象が何らかのプラスになるのが怖いのだろう。


「まあ、強いて言うなら水元が今どういう状況なのかが知りたいかな」

「水元さん? ああ、そうだな――」


 何かを言いかけ、上園は止まった。口を微妙に開けたまま止まった。

 嫌な予感というものが、背筋を這う。

 しかし、迷っていては進めない。俺は、サッと背後に振り返った。


「よう、意外と仲良いんだな……」


 成宮は、そう眠そうに言った。

 予想は外れ。水元ではなかった。だが、ある意味水元よりも会いたくなかった人物かもしれない。


「なあ、何の話してたんだ?」


 興味深そうに? いや、分かり切ったように。成宮は、ニヤニヤとそう言った。


「いや、対した話は――」

「成宮にどうやったら勝てるかって話してた」

「九賀羽!?」


 事実を、というより挑発まがいの発言をした理由を逢えて作るなら、『苛立っていたから』というほかない。

 別に、目に見えて苛立っていたわけでもないし、そういう気分だったわけでもない。だが、成宮の姿を見た瞬間、何処かで怒りに近い感情が湧き出たのだろう。

 そのくらい曖昧な。勢いに任せて言った発言だった。


「へえ、俺に勝てるかって話ねえ」


 対する成宮は、別に怒るわけでもなく、不満顔でもなく、不愉快さを前面に押し出すわけでもなく。ただ、何か思考を巡らすように、俺たちを下目に見た。


「そんなに嫌だったのかよ。星喰さんと恋人同士だと言われるのが。後輩を虐めた最低な先輩だと噂されるのが」

「星喰さんと付き合ってるのかって訊かれたのは嬉しかったよ。あんな美少女とそういう仲だなんて噂されることは、今後チャンスすらないだろうからさ。最低な先輩だと揶揄されるのは……まあ、意外と皆、俺に興味ないことが分かって、ちょっと精神的にダメージ受けたかな」


 珍しく良く喋る。そこまで張り合う必要などないのに。今はまだ、ただただ大人しくしてればいいのに。


「さっすがは、九賀羽君。噂に聞いた通りだな」

「噂、ね」


 せっかく話す機会が持てたんだ。ちょっと、つついてみるか。


「そこまで言うことないんじゃないか? せっかくだし、同じ風羅さん大好き組として仲良くしようぜ?」

「俺に勝つ方法を考えていた奴と仲良くは出来ねえなあ」

「そうか。せっかく、風羅さんの良いところについて語れる仲間が出来たと思ったんだけどな」

「何を企んでいるのか知らねえけどよ。もう、お前の負けは確定したようなもんだし、無理せず静かに過ごしたら? もう、傷つくのは嫌っしょ?」

「そう言うなよ。ほら、風羅さんを好きになった理由とか教えてくれよ」

「好きになった理由ねえ……」


 さあ、どうでる? 言っとくけど、その場しのぎの適当な発言なんて、俺と上園の"目"にかかれば直ぐに嘘だと見抜いてやるぜ。


「まあ、なんつうの? 雰囲気? ほら、読書してる時の風羅ちゃんってさ、なんつうか、すげえ神秘的っていうか」


 照れ臭そうに、茶色の髪に手をやりながら成宮は続ける。


「そりゃ、側だけじゃねえよ? 実際に話してみても、他の女と違って、着飾ってねえんだよ。純粋? っていうかさ。そういうところに惹かれた」

「そう、か……」


 少なくとも、俺の目はそれを嘘だとは判断しなかった。

 そうだ。知ってる。実際に話した回数は数える程度しかないから着飾ってるかどうかは知らないが、他は同意だ。

 疑いの余地など何処にもない。それが嘘だと、そう決めつけるだけの要素など俺の中には存在しない。


「はあ、この事は誰にも言うなよ。あいつらにバレると、マジうるせえから」


 そう言って、成宮は去って行った。

 嘘ではない。ならば、ここまでの行動は、やはり全て純粋に見る必要があるのだろう。

 極めて単純に、成宮は俺を脅威だと考えた。だから――あれほど好きだから、成宮は考えつく手を試したのだ。


 やはり、人を側で判断していけないな。


「マジで好きなんだな……」

「ああ。それより、上園は水元が今どんな状態か。あと、訊けそうなら、何故、俺をあそこまで目の敵にしてるのか調べてきてくれ」

「えっ? あ、ああ。分かった」


 繋がったかもしれない。成宮を負かす道筋が。

 ただ、それは茨の道。実に俺らしく、また実にエピローグに似合った物語だと思う。

 まだ、困惑の目を向ける上園は、無理矢理納得したのか立ち去って行った。


 これでいい。成宮を負かすという点では問題ないだろう。後は、あわよくば水元をどうにか出来れば。水元との仲をどうにか出来ればそれでいい。




 そう、これでいい。俺は、いつだって間違ってきたのだから。

 いつだって、最悪の展開を自ら進んできたのだから。

 どうせ、叶わぬ恋ならば。しかし、諦められぬ恋ならば。自らの手で終わらせてみせよう。


 行き場のなくなった恋に、終わりの時を。

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