第四十四話 「ゆっくりでいいからな」
放課後。普通に歩けますよおかしい所ないですよアピールも虚しく、五限目と六限目を強制的に夕陽が照らす保健室のベッドの上で過ごさせられた。
本来ならば、ラッキーと思うべきなのだろうが、現在俺は一年の自称アイドルとの熱愛報道の渦中にいる存在。そんな俺が、後輩に殴られ蹴られ保健室送りにされたとなれば、噂に尾びれが付くことは避けられないだろう。
まさしく、状況の悪化と言わざるを得ない。
つか、あの後どうなったんだろ。水元は、最終的には落ち着いていたようだけど。
つか、今日だけで俺の知名度爆上げしてね? やべえな、俺もすっかり有名人じゃん。
……いや、望んでないけどさ。
「――凛?」
小声で、仕切り内に入ってきたのは霧茅だった。
やはりお前か。
「私もいるわよ」
続けて顔を出したのは、火七海さん。その後ろには木窯もいる。
木窯はともかく、そこは火七海さんじゃなくて蹴珠だろう、と思った。いや、全然いいんだけどさ。むしろ、野郎ばっかに心配されるよりよっぽどいいんだけどさ。
「お前、水元にボコボコにされたんだって?」
「お前、嬉しそうだな」
「なあなあ、どんなふうにボコられたんだよ」
「怜」
霧茅に目配せされ、木窯はそれ以上は言わなかった。
別に追求してもらっても良かったんだがな。そっちの方が、俺も気が楽だし。後輩に、しかも女子にボコられたのは事実だし。
「なあ、何があったんだよ。揺を怒らせるような事でもしたのか?」
「水元の性格を知ってるにもかかわらず、挑発するようなドM行為を俺がするとでも?」
「いや、でもじゃあなんで」
「俺が知りたいよ。『先輩と友人なら友人を信じる』とか訳の分からんこと言って殴ってきたのはあっちだ」
「んなこと言ってきたのかよあいつ。頭おかしい――って、元から頭おかしいか」
「でも」と、ここで火七海さんが口を開いた。
「そこまで訳の分からないことでもないんじゃない? 要は、先輩より友人が言ったことを信じるってことでしょ?」
「つまり、揺の友人が揺に何かを吹き込んだってことか?」
「まあ、そうなんじゃない?」
ならば、特定すべきは水元の友人か。
水元のブチ切れモードが早めに終わっていてくれるなら、特定はそんなに難しい話でもない……いや、警戒してるだろうし、簡単には教えてくれないか。
「なあ、凛。揺は、凛を殴ったことを反省してる」
「そうなのか。まあ、基本は優しいからな。たまに暴走するけど」
「ああ。だから、これ以上は――ほら、新聞部の件もあるし」
「霧茅?」
「心配なんだよ。お前だって、やり過ぎるところがあるから。だから、今回も揺とその友人に。それに新聞部にだって」
「確かに、九賀羽は中学の頃からたまに人が変わるよな」
「えっ? そうなの?」
「まあ、それなりにな」
珍しく言葉を濁した木窯に、火七海さんは小首を傾げるが、それ以上追求してはこなかった。
霧茅の心配は分かる。自覚してるし、やり過ぎるとどうなるかは中学の時に嫌というほど味わった。
だけど、だからこそ俺はアフターケアまで考えるようになった。痛みを与えられたなら、同等かそれ以上の痛みを与える。しかし、ちゃんと相手のことも考える。火七海さん相手に行った時にだって、ちゃんと考えて作戦を実行した。
ちゃんと修復できるように考えてから攻撃する。反撃する。復讐する。これが間違ってると?
「……分かってるよ。新聞部にだって、水元にだって、その友人にだって、何もしない」
納得はしていないようだった。再三、無茶苦茶しないと言っておきながら、火七海さんに対して攻撃したのだから、信用されなくて当然だろう。
「まあ、いいんじゃね。それよりも、新聞部についてなんだけどよ――」
「ああ、そうだった。一応さ、俺たちの方でもさっき螺咲さんに色々訊いてきたんだよ」
余計なことを。
「そしたら、一と――ああ、鍋上な。一緒のこと言ってたよ」
「つまり、タレコミと憶測で作成したと?」
「ああ。あと、あの記事は螺咲さんと一とで作ったらしい」
「……そうか」
真面目が売りの螺咲さんが、タレコミと憶測で記事を作るか? 先輩から書けと言われたって、彼女なら自分を貫いて書かないと思うんだがな。
つか、螺咲さん思いっきり関わってるじゃん。鍋上の屋上での発言から見て螺咲さんには内緒でやったものだと思ってたのに。じゃあ、なんで鍋上はあそこまで、俺が螺咲さんに訊きに行くのを拒んだんだ?
「ちなみに、鍋上はいたのか?」
「いや、何かの取材でその時はいなかったよ」
「何か分かった?」
火七海さんの期待を含めての言葉に、俺は首を横に振る。
余計に訳が分からなくなったというのが正直なところだ。矛盾に次ぐ矛盾。もしかして、螺咲さんの性格が違うのか? あの時、見せたものは仮初めとか? まさかな。
違う。行動に違和感。違和感が発生するなら、それは第三者によって強引に引き起こされている。
脳裏に浮かんだのは、魔術部の例。
脅されている?
「まあいいんじゃね? 今日は遅えし、また明日考えりゃいいだろ」
「確かに、暗くなってきたしね」
気づけば夕陽は消え、外はすっかり暗くなっていた。
最近、日が落ちるのが早いな。
「そうだな。凛はどうだ? 帰れそうか?」
「大丈夫だよ。むしろ、結構頭冴えてる感じ」
余計な情報が継ぎ足されて、混乱はしてるけどな。
「そういや、保険医に言わなくてもいいのかよ」
「起きて問題ないようなら帰っていいよだって」
「適当だな」
「そうだな。じゃあ、俺は鞄取りに教室に戻るよ」
「ああ、一分で戻ってこいよ」
「また、頑張ればいけそうな時間を指定してきやがったな」
「ゆっくりでいいからな」
霧茅の言葉を背に、俺は保健室を小走りで出た。
このまま、新聞部に特攻するのも面白いが、今日は疲れたからな。このまま、素直に鞄を取りに行くとしよう。
俺は、寒さに少し身体を震えさせ、そのまま小走りで教室へと向かった。
教室には数人の真面目な生徒たちが残って勉強していた。そんな彼ら彼女らに心配されつつ、俺は鞄を持って教室を出る。この反応を見るに、明日の朝はそれなりに覚悟して教室に入る必要がありそうだ。
「せんぱい」
出て直ぐ、目の前にいつも結んでる髪を下ろした女子生徒が一人。ぽつんと立っていた。
現在、うちの学校の一部を賑わす存在。星喰さんだ。星喰さんだが、自称アイドルである元気な星喰さんの姿ではない。心配そうに、不安そうに両の手を握り、小さく立っている。自己主張など無いその姿は、幼く弱々しく感じられた。
「あの……」
「悪い、大丈夫だったか?」
「えっ?」
「いや、なんか迷惑かけたなって」
「いや、迷惑だなんて、そんなことは……」
と、あまり長く話すわけにはいかないか。
また、"憶測"で記事を書かれるからな。
「私こそ、せんぱいにご迷惑を」
「そんなことないよ。昨日のことは、むしろ嬉しかったし」
「りんせんぱい……」
今にも泣き出しそうな目で、上目に星喰さんは言う。
もし、俺がイケメンなら、ここでギュッと彼女を抱き締めたりするのだろうか?
そんな思いを巡らせながら、俺はそれとなく辺りを見渡す。パッと見た限りでは、人はいないようだ。
「取り敢えず、新聞部の方は俺がなんとかするから」
「…………」
「もうちょっとだけ、我慢してくれ」
「……はい」
我ながら、中々の発言だと思う。
でも、そういう雰囲気というか、そうでも言っとかないと俺の気が済まないというか。
「せんぱい、私に出来ることがあれば言ってください」
「ああ」
ああ、風羅さんという存在がありながら、俺の気持ちは瞬間的に揺らいでいく。
彼女の仕草、言葉、声、姿。さすがは、アイドル。この子なら、直ぐにトップアイドルになれるよ。
「じゃあ」
返答を聞かず、俺はその場から逃げ出した。これ以上あの場にいたら、どうにかなってしまいそうな気がしたから。
今の彼女は、攻撃的だ。何も知らない俺にとっては、恐怖でしかない。
恐怖。そして、嬉しいという感情。満足感、幸福感。
それらを振り払うように、俺は廊下を走って行った。
翌日。
教室にてちょっとした歓迎会を受けた後、俺は螺咲さんに会うため二年D組へと来ていた。ちなみに、螺咲さんのクラスは、昨日の帰り道に霧茅から教えてもらった。
「九賀羽先輩……」
彼女にしては珍しく、何か後ろめたさのある表情で俺を出迎えてくれた。
いつもの凛々しさは何処へやら。彼女は、嘘が苦手のようだ。
「昨日、霧茅らにも訊かれたことを訊きにきた」
廊下に出て、俺は目を逸らし続ける彼女に言う。
容赦はしない。そんな、疑ってくださいと言わんばかりの態度を取っているお前が悪い。
「昨日の記事は、鍋上と螺咲さんとで書いたんだよな?」
「……はい」
「あの記事は、憶測とタレコミを元にして書いた。これも間違いないよな?」
「はい」
力なく、まるで否定の気持ちを抑えて肯定するように、彼女は首を縦に振る。
何故、そこまでして嘘を付くのか。一体、何がそこまで螺咲さんを苦しめるのか。俺には分からない。
「じゃあ、いつも一週間は同じものを貼り続けているにも関わらず、今回のを一日で外した理由はなんだ」
朝、校内新聞が掲示されている場所に向かうと、既に例の記事は無かった。
誰かがイタズラで外した可能性もあるが、そんなことをする理由が考えられない。
つまり、新聞部が意図的に外したということになる。まあ、どうせマズイと思ったからとか、教師陣から何か言われたなどというのが建前として出てくるだろう。
もし、今回の新聞記事の目的が、俺と星喰さんが付き合っているということを周知させるためだとしたら、一日貼っておけば十分だからだ。それは、昨日のクラスメイトや他のクラスの人らの反応を見てれば良く分かる。
「その、先生方や生徒から苦情が来たからです」
「それを予測出来ずに、新聞部はあの記事にゴーサインを出したんだな」
「…………」
自分の中で半分も納得出来ていない憶測はあまり言いたくなかったんだがな。黙りなら仕方ない。
「なあ、脅されてない?」
「――!?」
分かりやすい反応。顔をはっとあげ、彼女はこちらを見てきた。
「魔術部の件は憶えてるよな? ありもしない言いがかりを付けられ、廃部に追い込まれた」
「はい」
「あくまで印象だけど、鍋上さんも螺咲さんも真面目な人だと思う。だからこそ、今回の記事を書いたこと、それを公開したことには疑問符しか浮かばない」
「…………」
「ならば理由があるはずだけど、どうにも魔術部の一件が頭をよぎって仕方ない。直近で、部活関係で起きた事件がそれだからってのもあるけど」
「…………」
「まあ、口止めされてるとか、何かを人質に取られてるとかなら、無理して喋る必要はないけど。でも。それでも、俺は魔術部を復活させた"前科"があるからさ」
「…………」
「一応、それだけ言いたかった」
種まき完了。これで、全くの見当違いなら恥ずかしいことこの上ないが……まあ、こればっかりは博打も仕方ないか。
これで、何もアクションがなければ、多少強引に情報を引き出す他ない。やり方を考えるのがめんどくさいので、そういうパターンはごめんだが。
「じゃあ、俺はそろそろ」
「――九賀羽先輩……すみません」
「いいよ。あと、星喰さんにも謝っといて」
言って、俺は教室へと戻るため廊下を歩き出した。
螺咲さんが、そんなことを意図的にするはずが無い。彼女が深く頭を下げたのを見て、俺はよりそう感じた。
状況を整理しよう。
昨日、俺は新聞部に星喰さんと付き合っているというデマを流された。
しかし、恐らく新聞部は何者かに脅されて無理矢理記事を書いたと思われる。誰が何のために行ったのかは謎だ。
また、水元に理不尽に殴られもした。
割と本気でキレていたこと、そして友人がどうの言っていたことから推察するに、友人関連で俺が何かしたから怒っているのだろう。もちろん、これもデマだ。
二つの事柄が、繋がっている。なんて突飛な推測をするつもりはない。これらが同日に起きたのは、偶々であり、ただ運が悪かっただけだ。
では、俺は今日この時から、どちらの事柄の解決を目指せばいいのだろうか?
新聞部は暫く様子見でも構わないだろう。となると、水元か? なんか、また殴られそうで怖いんだけどな。
昼休み、そのようなモヤモヤを抱えながら、俺は横目に風羅さんのほうを見ていた。
先日、上園にもっと風羅さんと話すように、遠慮しないように言ったが、早速実行に移してくれているらしく、上園は成宮がいるにも関わらず、風羅さんの元に来ていた。
この行動による成宮の反応はというと、特になし。
いつも通り。寧ろ、表面上は歓迎しているようにも見えた。
まあ、これである程度は成宮に対して邪魔をすることができるだろう。本人が、上園の存在を邪魔だと思っているかどうかは知らないが。
「ふーん、あれが成宮ね」
唐突に背後から話しかけてきたのは、火七海さんだった。
別に気にはしないが、出来れば前から話しかけてきて欲しいものだな。
「合わないんじゃない?」
「どうだろ」
「珍しいわね。あんたが強く否定しないなんて」
「身近に霧茅という中身と外見が合致しない人がいるんでね」
「ああ、そういえば」
成宮は、霧茅をもう一段階チャラくした、という感じだ。あくまで、外見上の話でしかないが。
「でも、だとすれば龍はピンチね」
「いや、火七海さんてきにはピンチなのは寧ろいい事なんじゃ」
「そんな事ないわよ。色々、吹っ切れたし。もう、あまりそういう目で見れないというか」
「本当に?」
「……本当に」
簡単に諦められるものかね。少なくとも、俺なら無理だけどな。
「で、新聞部に関してはどうなの? あんたの事だから、どうせ直接訊きに行ったんでしょ?」
「さすがに、俺の性格も分かってきた感じで」
「まあ、一度やられてるし」
「それはあまり関係ない気が」
「そう?」
そうだよ。そうだろ? いや、そうなのか?
「まあ、取り敢えず、新聞部に関しては暫く放置でいいと思う」
「放置? なんで?」
「新聞部部員は真面目で頭もそれなりにキレる。鍋上は知らないけど、螺咲さんはそうだ。だからこそ、伝えたいことは伝えたから後は彼女らの判断に任せる」
「ふーん。九賀羽の考えとしては、裏で指示した人がいると考えてるの?」
「恐らくは。誰なのかは分からないけど」
「――タイミングを考えれば、成宮の可能性が高い」
「まあ、自然だよ。犯人が俺じゃなくて星喰さんのことを嫌いな人の可能性もあるから、まだ確定は出来ないけど」
「うーん、そっちの可能性もあるのね……」
新聞部を脅した。魔術部と同じパターンなら廃部にするぞと脅されたと考えるべきか。そうなってくると、生徒会長が怪しくなってくるが、星喰曰く、生徒会長はそこまで完璧な作戦を立てられる人ではないらしい。つまり、協力者がいることになる。
魔術部での一件以来、放置していた問題が、ここにきて重要な要素となってきている。もちろん、ここまでの推測が正しければの話だが。
「もう、思い切って問い詰めたら?」
「そうだな。思い切って……」
問い詰めはしないが、成宮が俺を邪魔だと思っているなら、敢えて邪魔をしてやるのも面白いかもしれない。
その反応を見て、成宮がやったのかどうかを判断するのも悪くないだろう。
「だけど、その前にやる事やってからだな」
「?」
先ずは、水元だ。成宮には上園もいるし、取り敢えず改めて水元を仲間に引き入れた方が色々と良さそうだしな。
さて、やることが決まったし、早速行動開始と行きますか。
「火七海さん、今暇?」
「暇じゃなきゃ、あんたの所になんて来ないわよ」
「成る程。じゃあ、俺のボディガードを頼みたいんだけど」
「それはイヤ」
「…………」
仕方ない。一人で行きますか。




