第四十二話 文学少女(唯一無二)攻防作戦〜再覚醒編〜
十月八日、火曜日。
気温もすっかり落ち着いた秋のひと時、俺は眠気眼を擦りながら、先ほどまでスリープモードだった頭を起こしていた。
第……四? 六回? 脳内作戦会議。
本日の議題は、成宮を風羅さんから遠ざけるにはどうすればいいか、だった。結局、そこに行き着いた辺り、俺は、もうどうしようもないらしい。でも、それしか知らないからな、仕方ないと割り切るしかないだろう。
ちなみに、会議参加者は俺のみ。俺A、俺B、俺C……俺Gまでいたかな。
さて、前振りはここまでにして結論から言おうか。
『無理』。
今回の会議の結論は、『無理』だった。
データが少な過ぎるのもあるが、如何せん成宮の弱点というか、何をどうすればいいのか全く思いつかなかったのだ。
上園の時は、それなりに作戦も考えついたものだが、やはり失敗続きだったのが効いているのだろうか。何も思いつかなかったのが事実だ。もしかしたら、あまり乗り気でないのも効いてるのかもしれない。
脳内会議始まって以来の失態。
最悪の展開に、目覚めも悪いというものだろう。
だが、昨日の成宮の発言を真に受けるのならば、ダラダラと作戦会議している余裕は無さそうだ。
ともすれば、上園と水元で共同戦線を貼りたいところだが、まああの二人が組むとは思えない。強引に組ませても面白そうだが、今ここで博打を打つ意味をあまり感じられないのが正直なところだ。
では、どうするか。
思い切って、先に告白でもしてしまおうか、なんてあり得ない事を考えても仕方がない。
霧茅らに相談しようか。それとも、火七海さんにでも相談しようか? 思い切って、月下さんというのも面白そうだ。面白いだけで終わりそうだが。
まあ、いい。昼休みだし飯を食おう。
……飯といえば、成宮は風羅さんが飯を食べ終わった頃を見計らって来てるみたいだな。
例えば、先に水元が風羅さんと飯を食べ、そのまま談笑を始めたらどうするだろうか。
ビビっているのかもしれないが、水元は成宮が現れてから、一緒にご飯を食べようと風羅さんを誘わなくなってしまった。
ちなみに、上園は成宮と似たようなタイミングでくる。しかも毎回、微妙に遅れるため、廊下から指をくわえて見ているしか出来なくなってしまっているわけだが。
もし、先に誰かが風羅さんと話していたらどうなるだろうか? 成宮は空気を読んで? 去って行くだろうか。
それとも、気にせずいつものように話しかけるだろうか…………。
「――華ちゃん、愛のチョップ!」
「いてっ」
後方から、愛のチョップが俺の脳天を襲った。
「どうでしたか??」
「愛はピンポイントアタックだと思った」
「おお、なかなかの返しです」
そう言って、背後からひょこっと顔を出した星喰さん。今日の髪型はサイドテールではなく、ツインテールだった。
「ひとりでお弁当ですか? 誰かと一緒に食べればいいのに」
「残念ながら、そんな都合の良い知人はいないんだよ」
「いないんですか。はあ、仕方ないですねえ」
と言った星喰さんは、ドンっと可愛らしい弁当箱を俺の机の上に置いた。
なるほど、この子は今から俺の席で一緒に弁当を食べるつもりなのか。うーん、嬉しいんだけど、場所とタイミングが悪いな。
かといって、断れるような悪い性格は持ち合わせていないけどさ。
「きょうっのおべんとうはー?」
「コロッケ」
「ざんねん。正解は、おにぎり×3(かけさん)でしたー」
「少なくないか?」
「もちろん、おかずもデザートもありますよ」
「おかずはコロッケか」
「コロッケ推しですか。でも残念。正解は、野菜と野菜と野菜と野菜でしたー」
「ベジタリアンか」
「野菜は肌にいいらしいですから」
シャリシャリシャリシャリシャリシャリ。
「野菜といえば、マヨネーズとかドレッシングとかあるけど」
「最初にマヨネーズを挙げたということは、せんぱいマヨラーですね?」
「残念。ドレッシング派だ」
「それは残念です。ちなみに、わたしもドレッシング派ですよ」
「そうか」
「はい。ドレッシングって単品でも美味しくないですか?」
「どうだろ。そもそも単品で食べる、いや飲むものじゃないからな」
「なめるだけですよ。さすがに飲んだりはしません」
「俺もさすがに、ドレッシングを飲むという意味では言ってない」
シャリシャリシャリシャリシャリシャリ。
「そういえば、せんぱい」
「うん?」
「風羅せんぱいのこと好きなんですか?」
「! っぐっ!」
つ、詰まりそうになった……。
さっきまで野菜の話をしてたはずなんだが。
「良い反応です。せんぱいは、良いリアクション芸人になれますよ」
「リアクション芸人のハードルを下げすぎだな」
「そうですか? すみません、にわかなので」
アイドル目指すくらいなら、そういう番組も見た方がいいと思う。という素人コメントは心の中だけで言っておこう。
「さて、話を戻しましょう。ズバリ! せんぱいは、風羅せんぱいのことが――」
「声がデカイ」
とっさに星喰の口を抑える俺。なんかベトベトしてるのは、ドレッシングのせいだろう。
「すみません。でも、やっぱりそうだったんですね」
「……ああ、そうだよ。つか、いつ気づいたんだ?」
「そりゃ、文化祭の時とついさっき。せんぱいが、風羅せんぱいをチラチラ見ていたので、そうなんだなあ、と」
「マジか……」
俺、チラチラ見てたのか。全く意識なかったんだが。
「でも、ライバルは強そうですね」
「いや、まだライバルとは決まってないよ」
「成宮せんぱいの事じゃなくて、上園せんぱいのことですよ」
「……もしかして、月下さんに訊いたか?」
「正解。いやー、月下せんぱいって口が緩いですねえ」
ふふふふ、と星喰は悪そうな笑みを浮かべる。
しかし、そんなことを調べてどうするつもりだろうか? まさか、俺の応援をしてくれるとか? いやいや、まだ対して交流もないのに、そんな事をしてくれるか?
いや、まあ一緒に飯を食ってる時点で、色々とおかしいといえばおかしいのだが。
「それで、俺が風羅さんを好きだからどうなんだ?」
「はい。助けてもらったお礼もありますので、少しアドバイスを」
「大袈裟だな。それに、礼なら文化祭でもらったろ」
「いえ、文化祭デートは結局、出来なかったじゃないですか。なので、改めてこの機会に」
そういえば、文化祭デートしてないのか。色々、バタバタしてたからすっかり忘れていた。
「じゃあ、アドバイスを頂こうか」
「はい! 月下さんからもらった三人の情報を元に、私が考えた最高のアドバイスです」
「そのアドバイスとは?」
「風羅せんぱいと話してください」
「…………」
はなす?
「どういう意味だ?」
「どういう意味もこういう意味もなく。ただ、話せばいいんです。いいですか? せんぱいは、物事を深く考え過ぎてしまう癖がありますよね? でも、二人のライバルが出現し、うち一人はガツガツくるタイプということで、もうあまりゆっくりと考えてる暇はありません。ここまで来たら、もう当たって砕けろ精神で行くしかないんですよ」
「ああ、そういう……」
話す。直接、話をする。
今更? 俺が? いや、そもそも出来るのか?
出来ないだろう。
「有益なアドバイスありがとう。でも、それを実行に移すことは俺には出来ないよ」
「出来ない? いえ、ただ話すだけですよ? なにも、風羅せんぱいを口とけとかそういう話ではないですし」
「それが出来ないんだよ。そもそも、俺は風羅さんを好きになってから、一度も自分から話しかけたことがない。それどころか、普通に話したことすらそんなにないんだよ」
数ヶ月前に彼女を好きになってから、今の今まで自分の力で、ストレートに彼女を振り向かせようとしたことなどない。努力したことなどない。
考えるのはいつだって、邪魔者の排除。排除して、不安要素を取り除いて、それから考えればいい。あわよくば、その過程で、何かの間違いで、何かの偶然で、彼女とお近づきになれれば、そういう関係になれればと。
いつだって人頼みで神頼み。自分頼みなんてしたことがない。
本当は好きではないのでは、とも考えた。
でも、作戦が失敗した時も、嫌われた時も、今も、好きだと、心からそう言える。一度、距離を置いたからこそ、好きだと分かってしまう。
「そんなに難しいことですかね?」
「難しいよ。正直、あまりコミュニケーションとか得意じゃないし」
「そうなんですか? でも、私から見れば、あまりそうは思えないんですけど……」
「それは、単に星喰さんが話し上手なだけだと思う」
「いやだなー、褒めても何も出ないですよー」
星喰さん、露骨に嬉しそうだな。照れ臭そうに、口元隠してるし。
でもさ、事実だよ。俺には難しい。風羅さんに対する、上園や水元、成宮のように話し下手な人に対して話を盛り上げることなど出来ない。
俺には、何も出来ない。
「でもじゃあどうするんです? 黙って見てるってわけにもいかないですよね?」
「ああ、そうだな。どうしようかな……」
成宮を、風羅さんから遠ざける方法。
風羅さんを傷つけない方法。
誰も、傷つけない方法。
俺は? 別にいいよ。それで、不穏分子が取り除かれるなら。
「難しいですね、恋って……」
いつの間にか弁当を食べ終わっていた星喰さんは、弁当箱を片付け始める。
可愛らしいデフォルメされた動物たちが描かれた包みでぎゅっと結び、星喰さんは口元をハンカチで拭った。
「大丈夫ですよ」
――すっ、と。
ただ、何も考えずにその光景を見ていた俺の思考の隙間を辿るように、彼女はそっと自分のおでこを、俺の額に付けてきた。
「応援してますから」
時間にして僅か、一秒半程度。
最大接近させた顔を離し、星喰さんは弁当箱を持って教室を小走りで出て行った。
一瞬の出来事。思い返すように、噛み締めるように、俺はその記憶だけに集中した。
微かに残る、匂いと温もり。
アイドル志望の彼女は良い匂いがした。アイドル志望の彼女は温かった。
しかし、その記憶の一部分に残る違和感。
『応援してますから』。
言葉とは裏腹に、彼女の表情は何処か悲しげで。普段から笑顔を絶やさないからこそ、その違和感は強大な印象を残していった。
もしかして、と。あり得ない言葉が頭を過る。
違う。そんなことはない。あり得ない。何処に、そんな要素が……。
新たに目覚める想い。今は、まだ自覚しないでおこうか。
俺は、残っていた昼食を勢い良く食べ始めた。
「話すだけ?」
「そう、話すだけ」
放課後。俺は、初めて上園と共に下校していた。
別に、偶々会ったから一緒に下校しているとかではない。今日の昼休みに、星喰さんから貰ったアドバイス『風羅さんと話すだけ』を、自分ではなく上園に実行してもらうため、わざわざ放課後に上園と帰っているのだ。
そう。"わざわざ"、上園と。
そういう理由がなければ、対して親しくない野郎と一緒に帰ったりはしないさ。
「うーん、でもさ。風羅さん、成宮と話してる時、普通に楽しそうにしてるし」
「お前さ、それ水元にも言ってたろ」
「いや、まあ……」
「一人より二人、だろ? 風羅さんは、お前と話す時だって楽しそうだよ」
ずっと見てきたから分かる。成宮よりも、風羅さんは上園と話してる時の方が楽しそうだし、嬉しそうだと。
「つか、もう事実恋人みたいなもんだろ、お前ら」
「こ、恋人!?」
あれ? まさか自覚なし? 祭りの日にあんな事までやっといて。
「いや、一緒に祭り行ったり、人気のないところで花火見たり、他にも……いろいろ」
「いろいろ!? いや、してねえよ!? 別に、祭りだって輝耶に強引に連れてこられただけだし」
強引に? あの火七海さんがねえ。
「じゃあ、浴衣も強引に着せられたと?」
「ああ。つか、なんで知ってんだよ」
「浴衣姿の"美男美女"が居るって月下さんから聞いたんだよ」
「ああ、なるほど」
つか、比較的嘘が苦手な上園が、ここまでストレートに否定するということは……じゃあ、俺が神社で見たあれは見間違いだったのか?
見間違い。例えば、よくある話で髪とかについたゴミを取ろうとして接近した、とか? 確かに、あの時の俺は冷静ではなかったが……。
「だから、俺と風羅さんは、まだそういう関係じゃねえ」
「"まだ"ね」
「はっ……い、いや、まあ、まだ……そう、"まだ"だ!」
「そうか、なら"まだ"がまだじゃなくなるようにしなくちゃな」
心からの言葉で無い。だが、今は上園に成宮の邪魔をしてもらわなければならない。そのためには、上園にもっと積極的に動いてもらわなければ。
「……でもさ、何でそこまで俺に言ってくれるんだ?」
立ち止まり、上園は訊いた。
なんで。
上園からしたら、俺は風羅さんとのいざこざの件で知り合った、知り合って数ヶ月の知人。そりゃ、そんな知人Aがここまで言ってくれたら、不思議に思うよな。
「決まってる。上園が、うじうじしてるからだよ」
「うっ……確かに」
うじうじしてるのは、俺だよ。
「だから、頑張れよ。応援してるから」
「……ああ!」
何処か恥ずかしそうに天を仰ぎ、上園はまた歩き出した。
応援か。成宮を潰すための応援。恋の成就など願っていない。
また、傷つけることになるのだろうか。また、傷つくことになるのだろうか。
季節は秋。冷たく乾いた風は、より一層、俺の今の気持ちを助長させた。




