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第四十一話 究極的な片想いの最果ては、希望でも絶望でもない半永久的に続く不変なる夢からの、極々普通の覚醒

 九月三十日、月曜日。

 昼休み、俺は最近よく風羅(ふうら)さんに会いに来るという成宮(なりみや)の情報を得るため、霧茅(きりがや)蹴珠(けだま)と共に自分の席にて風羅さん付近の様子を伺っていた。

 ちなみに、木窯(こかま)は自分の席で爆睡していたので誘わなかった。いつだったか、移動教室ということで爆睡していた木窯を蹴珠が起こしたところ、いつもの倍以上の拳が蹴珠の身体に多数飛んできたのを見てからというもの、爆睡している木窯には近づかないという暗黙の了解が俺たちの間に出来ていたのだ。


「で、その成宮とか言うのが来る確率はどのくらいなんだ?」

「九割くらいじゃね? 上園がほぼ毎日来るとか言ってたし」


 霧茅の問いに、俺は答える。


「毎日ねえ。本当に気づかなかったのかよ」

「いや、本当に気づかなかった。多分、成宮は凄く影の薄いキャラなんだと思う」

「それにしても、風羅たん可愛いっすなー」


 俺のチョップが、蹴珠のたぷたぷの腹に直撃する。


「可愛いには同意だが、今度同じことを言ったらお前のその汚ねえ口を削ぐ」

「言ってみただけっすよー。ちなみに、我輩は例によって二次元にしか興味がないので心配する必要はありませんぞ」

「知ってるよ」


 二次元絶対主義だろ? 知ってる。


「うむ。ふと思ったのだが、その成宮殿と風羅殿の会話は、上園殿と同じように成立しているのですかな?」

「うーん、どうだろ。でも、ほぼ毎日来てるってことは多少なりとも会話にはなってるんじゃないかな」

「風羅殿も大変ですな。見知らぬ男と喋らなければならないとは」

「そうだな。あと、殿じゃなくて姫な」

「風羅姫」

「おお、なんかカッコいい」

「ひめー、ひめー。影の薄い男が来ておりますぞー」

「知らぬ。引き取らせよ」

「お前ら、もうちょっとボリューム下げような」

「やばっ」


 ハッと風羅さんの方に目をやる。しかし、読書をしている女子高生という構図に変化は無かった。

 だが、実はしっかりと聞いてましたというパターンもあるからな。気をつけよう。


 それにしても、昼は眠いな。特に秋はヤバい。暖かな空気に、爽やかな風。夏の暑さを超え、少しずつ見えてくる冬の色。喋るのを辞めたら、直ぐに瞼が仕事を放棄しようとするから困る。

 そんな、睡魔が大暴れしている空間で読書をするなんて考えられない。俺だったら、数秒で本に顔を落とすだろう。

 まるで天国。暖色系の背景に、ふかふかの雲が幾重にも重なる。

 奥には花畑。咲いているのは、ヒマワリ? いや、何だろう、わからないや。

 ……そんな花畑の真ん中で、風羅さんが小さく手を振っている。笑顔で。手を。振って……。

 …………。

 ねむいな。


「……眠いから、何か喋ろうぜ」

「じゃあ、言い出しっぺの(りん)からどうぞ」

「お、おお。じゃあ、そうだな……連想、連想ゲームしようぜ」

「いや、それよりも何故『連想』と二回言ったのかについて議論を――」

「いや、普通に連想ゲームしよう」


 自分への確認のために二回言った、以外の理由があるとでも?


「では、私からいかせてもらう! 読書!」

(りゅう)、うるさい。じゃあ、次は俺な。そうだな。読書、読書、図書館には雪の精が集まってきました」

「なんで急に物語が始まるんだよ。つか、それは無しだろ」

「ダメか。なら、図書館」

「シンプルだな。じゃあ、俺か。学校」

「スッ、クールゥ?? オゥッ、スクールガァールゥ!」

「柳、うるさい。スクールガール。女子高生。女子高生といえば、スカート」

「ソックスですぞ!」

「お前の好みじゃねえか!」

「ブラックソックス!」

「ホワイトは邪道か?」

「ホワイトは中学生までですな」

「全国のホワイトソックス着用者を敵に回したな」

「二次元絶対主義なので関係ないですぞ!」

「二次元にも白ソックス着用者くらいいるだろ」

「……はっ!」

「柳うるさい。つか」


 「お前ら前見てみ」

 急に小声になった霧茅に従い、俺は前――廊下側、風羅さんの方を向く。そこには、本を読む風羅さん、そしてその横には、つい最近見たことのある人物が立っていた。


「あれが影が薄い??」

「確かに。むしろ濃そうだな」

「つか、昨日の怖い人じゃないっすか……」


 風羅さんの横に立っていた茶髪の男は、昨日俺に殴りかかろうとしてきた水元を止めた男だったのだ。

 チャラそうな、風羅さんとは真逆なタイプ。むしろ、彼が風羅さんをいじめていたとしても不思議ではないような。いや、見た目で人を判断するのもどうかと思うが。


「無理だな」

「無理ですな」

「おい」


 早くも諦めムードな二人に、俺はため息を着く。

 むしろ、上園よりも楽だろう。あんなヤンキーもどき。いくら、いじめから救ってくれたとはいえ、風羅さんから願い下げなのは聞かなくとも分かることだ。


「とか何とか考えてんだろ」

「えっ? いや、何が」

「『あんなチャラ男。ほっといても大丈夫だろ』って」

「お前、いつの間に読心術を!」

「さっき習得した」

「すげえな!」

「当然。俺は何でも出来るからな」

「マジかよ、初耳なんだが」

「当然。何でも出来るのは俺じゃなくて、あいつの方だからな」


 目を細め、霧茅は小さく成宮の方を示す。


「成宮って名前、ずっと引っかかってたんだけど、ようやく思い出せたよ」

「もしかして、知り合いか?」

「知り合いだったら、名前を聞いた時に思い出せてる。そうじゃなくて、成宮は俺が中学の時に有名だったんだよ」

「有名? 成宮が?」


 どういうことだ? 中学の頃、有名? いや、霧茅と同じ中学だったけど成宮なんて知らない。つか、有名って……はっ、もしかして喧嘩か? タッパはあるし、見た目的にも喧嘩強くても不思議じゃないよな。


「あいつは何でも出来たんだよ。勉強や運動はもちろん、何をやらせても完璧にこなす。完璧人間」

「完璧人間」

「だけど、中学三年のある時、成宮は何かをやることを止めてしまった」

「ん? 何かって何だよ」

「何でもだよ。事情は知らねえけど、でも、とにかく勉強も運動も"本気で"しなくなって、ただただ普通に過ごすようになった。まあ、今までの、まるで芸能人のような扱いから、一気に一般男子中学生にまで落ちたってことだよ」

「…………」


 全てを完璧にこなせた人間が、ある日パタリと完璧にこなすことを止めてしまった。

 天才の考えることは、いつだって凡人には理解出来ないものなのかもしれないな。


「そんな"元"完璧人間が風羅さんに近づいた理由はなんだ?」

「そりゃ、凛や上園と同じ理由だろ? それ以外なら……本?」


 再度、風羅さんの方を見て霧茅は呟いた。

 現在、成宮は風羅さんと本について話し合っているようだ。先ほどまで風羅さんが読んでいた本を指差しながら話している所を見る限り、間違いないだろう。


「成宮の趣味が読書ってこと?」

「まあ、そういう可能性もあるんじゃね? "偶々"読書家である風羅さんを知り、"偶々"その時いじめにあっていた風羅さんを助けた」

「出来過ぎですな」

「まあ、捻くれた考え方をするなら全て成宮が仕組んだとも取れるな」

「我輩は捻くれてないですぞ」

「誰もそうは言ってねえよ」


 だが、もしそうなら目的は風羅さんと仲良くなる、或いは俺や上園と同じく恋人同士になるということになるだろうか。

 それにしても、もしそうならやり方に問題があり過ぎる。いじめを演出し、それをネタに近づこうとか、風羅さんの事を考えれば出来るわけがないだろうに。


「とにかく、情報収集だな」


 当たり前のように言って立ち上がり、霧茅は蹴珠と共に帰って行った。

 確かに、まだ決めつけるには早過ぎる。焦る必要なんてない。俺に比べて、知り合ったばかりの成宮など……など?


 本に精通してる成宮が? いじめから救ってくれた成宮が? 見た目に反して、優しげのある"であろう"成宮が? 俺に比べて、遥かに男らしい成宮が?


「なんもねえじゃん」


 俺と風羅さんの間に何かあったか? 初めて話した時の印象最悪だったぞ? ちゃんと話したのだって、海水浴行った時だけで、それ以降まともに話せてないだろ。

 俺が、一方的に思っていただけで、当の俺自身は何も行動してないじゃないか。上園も成宮も、風羅さんのために動いているのに、俺は何もやってないじゃないか。

 こんなの、風羅さんからの印象なんてないようなもんだろ。


 また、姑息な手を使って引き離そうとするのか?

 自分でアタックしても仕方ないから、せめて誰も寄り付かないようにするのか?

 考えてないのはどっちだよ。俺だよ。自分勝手に行動してるのは、紛れもなく俺だよ。


 俺は何も――。


「おい」


 不意の高めの声に、俺はハッと視線を上げる。

 目の前に立っていたのは、先ほどまで風羅さんと話していたはずの成宮だった。


「あんま、困らせんじゃねえよ」


 少し怒りが含まれているよな調子で言って、成宮はそのまま教室を出て行った。

 困らせるな? そうか、なるほど、そりゃバレてたよな。

 "風羅さんを"困らせるなよ。

 なんだよ、見た目に反して優しいじゃん。


 しかし、まあ、上園よりたちが悪いぞ。こいつ。











 現時点で俺が知るべきことは、成宮が風羅さんに好意があって近づいたのかどうかということである。

 もし、好意を持って近づいたわけではないのならば、むしろ喜ばしいことですらあるからだ。風羅さんにとって、数少ない読書仲間になるのだからな。むしろ、必要ないだろうがアシストしてやりたいくらいだ。必要ないだろうけど。

 だが、もし、成宮が好意を持って風羅さんに近づいたのなら? それは残念ながら喜ばしいことではない。俺にとっても、上園にとっても、水元(みなもと)にとってもだ。

 上園の時も思ったのだが、やはり清楚で純白で影が薄いとならば、狙う人は当然――というより多数出てきても仕方ないだろう。

 上園も、俺も、成宮も、水元も、そういう中の一人に過ぎない。具体的には違うだろうが、そういう人物像に惹かれたのは事実だろう。


 加えて、誰にも奪われたくないと思うはずだ。


 風羅さんの性格がそうさせる。そう考えさせる。

 独占欲を刺激する何かを、風羅さんは持っている。




 あくまで、俺の感想だけどな。










 数日後、俺は何気無しに風羅さんと成宮のやり取りを見ていた。

 あれからほぼ毎日、昼休みに、成宮は、うちのクラスに来ていた。クラス内で、ちょっとした話題になるくらいには回数を重ねていた。

 まるで、一時の水元のように。


 結局、霧茅の情報網を持ってしても、成宮の目的は分からずじまいだった。

 蹴珠のオタ網も、木窯の謎網も、水元の後輩網も、新聞部の調査力も、何一つ情報を得られなかった。


 別に、成宮に友人がいないわけではない。あんなチャラ男なんだから、当然異性同性の友人くらいいる。もちろん、不良仲間とかじゃない。

 しかし、友人も何も知らないらしい。追求しても『趣味が合うから』という返答だけなのだとか。


 それらを加味して、どう考えるか。

 偽装してるのか、正直な気持ちなのか。

 成宮の内面的な性格が読めない以上、ある程度確定させることが出来ない。そう、調べようとするにも、俺は成宮のことを知らなさ過ぎる。


 そう考えると、上園は凄く分かりやすかった。反応が、とにかく露骨過ぎて、見てて恥ずかしいくらいに。俺と似ていたのもあるだろうか。

 成宮はどうだろう? 表情に変化はあるが、そこに下心は感じられない。動きにも別段おかしな点は感じられない。

 考え過ぎなのだろうか? 本当に、趣味が合うから近づいただけなのだろうか?


「水元は、どう思う?」

「好きだろうがそうじゃなかろうが、何らかの意図を持って近づいた時点で極刑です」


 真顔の水元さん曰く、風羅さんに近づいた時点で極刑らしい。

 ということは、俺や上園も極刑確定なのか。


「しかしなあ、上園の時と違って風羅さん楽しそうだぞ?」

「いや、いやいや、俺の時も楽しそうだったぞ?」


 当の本人曰く、そうらしい。いや、自分で言うなよ。確かに、楽しそうだったような気もするけどさ。


「というか、何で上園先輩までここに居るんですか。上園先輩は、廊下から監視する立ち位置でしょう」

「俺はそんなストーカー紛いのことはしねえ」

「嘘ですよね」

「冗談じゃないのか!?」

「上園、"先輩"呼びに昇格したとはいえ、まだまだ嫌われてることに変わりないぞ」

「まじか、凹む」

「そういう反応が帰ってきたことに、私も凹みます」

「もうだめだ、悪口にしか聞こえねえ」


 さすがの上園でも好意的解釈は出来なかったようで。

 つか、そんなことよりも、成宮だ。


「上園はどうだ? 成宮について」

「そんなことより、成宮って名前の人、芸能人にいませんでしたっけ?」

「知らねえよ! つか、話題が唐突過ぎるよ!」

「強面、仏頂面、鉄仮面。やっぱり、芸能人にいますよ」

「何をもって確信したんだよ! 最初の三単語、全く関係ねえじゃねえか!」

「呪文、か?」

「呪文、か? なわけねえだろ! つか、ならより一層意味分からねえよ!」

「世の中には分からないことの方が多いらしいです」

「ああ。だから、俺も成宮の目的はよく分からない」

「お前らやる気ゼロかよ!」


 ダメだ。議論すら発生しない。

 にしても、二人がこういう反応を示すということは、やはり成宮が好意を持って風羅さんに近づいたとは考えづらいのだろうか。

 もう、本当に俺も分からなくなってきたよ。


「まあ、存在が気に食わないんでちょっかいはかけますけどね」

「俺もそうする。あいつのおかげで、昼休みに風羅さんに会いづらくなってるからな」

「別に、会いづらくても構いませんけどね」

「俺は困る」

「私は困りません」

「風羅さんは?」

「気にしてないんじゃないですか?」

「ひでえ」

「つか、別に昼休みに会わなくても、それこそ放課後とかでもいいだろよ」

「そうですよ。いや、それも困りますし、辞めて頂きたいですけどね」

「いや、たまに偶然を装って会ったりはするけどさ……」


 上園が話を止めた。

 ということは、そういうこと。


 成宮だ。いつの間にか、喋りに夢中になっていた俺たちは、こちらに向かって歩いて来ていた成宮の事に気づかなかったらしい。


「な、何のようですか」

「……いや」


 初めて、成宮は口元を緩めた。


「お前らがうじうじしてる間に、風羅は俺が貰っていくからな」


 昨日とはまるで真逆。笑みを浮かべ言った言葉は、先制であり宣誓であり、俺たちの口を閉じさせるのに十分なものだった。


 なるほど。これが、成宮か。

 よし。思ったよりも、天の上の存在ではなさそうだ。


 これなら、どうにかなりそうだ。


 つか、そんな正々堂々と言ったら水元に刺されるぞ。

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