第三十九話 とある一般人の策略
十二日、放課後。
俺は水元と共に新聞部を訪ねていた。
「魔術部?」
新聞部というからには学校に在籍する生徒、まして生徒会長に関する情報、噂ともなれば、それなりに調べているだろう。
そんな新聞部に訊きたいことというのが、土壊椿さんが、部活一つ潰せるほどの作戦を立てることが出来るかどうか。つまり、頭が切れる方かどうかということだ。
昨夜、考えに考えた結果、違和感の正体が土壊さんが"一人"で、そのような作戦を立てられるほど頭が切れる存在なのか、また性格が悪い人柄なのかどうかということだった。そこが不透明だからこそ、彼女の説明に違和感があったということが分かったのだ。
では、どのようにして確かめるか。性格、人柄に関しては、彼女とそれなりに仲が良い人物に訊くのがいいだろう。上手くいくかは知らんが。
だが、その前に作戦内容、つまり魔術部から部員をオカルト部に移動させた方法について調べる必要がある。その作戦内容が高難度かどうかで、協力者がいたかどうかを判断することが出来るだろう。
本当なら魔術部唯一の部員である鑑さんに訊くのが一番だが、さすがに古傷を抉るような事をしたくはなかった。オカルト部部員に聞くのもありだが、同じ理由からダメだ。
そこで、新聞部だ。新聞部なら、魔術部の謎の同好会降格について調べているだろう。
「ああ。魔術部がここ一年で、部員一名になった理由を知らないか?」
「まあ、知らなくはないですけど……」
螺咲さんにしては珍しく濁すな。まあ、口封じが新聞部にまで及んでいても何も不思議じゃないか。
「九賀羽先輩は、魔術部をネタに記事を作れと言いたいわけでは――」
「いや、魔術部に関しては新聞記事作成のネタ探し云々とは関係ない」
「なら、大丈夫か……」
やはり圧力をかけられていると考えるべきか。
「そもそも、新聞部としては、今回の魔術部の同好会降格に関して取材とかしてないのか?」
「いえ、しています。しているからこそ、どうしてそうなったのか、経緯もある程度なら分かっています」
「じゃあ、その経緯を教えてくれ」
「……分かりました。しかし、その前に一つ約束をしてくれませんか?」
「約束?」
「はい。情報は教えます。ですが、"知る"だけで"動く"ことはしないで頂けますか?」
「どうして?」
「生徒会は、今回の事件を追求しようとする者に脅しをかけています」
……別に驚くことはない。
寧ろ、『やっぱりか』という気持ちの方が大きいほどだ。
「分かった。約束する」
「すみません……」
と言った螺咲さんは、あまり俺の言葉を信用していないようだった。まあ、俺はともかく水元に危害が加えられなければ、螺咲さんとしてはそこまで文句はないだろう。
もっとも、水元がこのまま黙って動かないとは思えないが。
「では、先ず魔術部部員がどのようにしてオカルト部に移動させられたかについてですね」
「移動"させられた"んだな?」
「はい、"させられ"ました。最初は、当然魔術部の部員たちも拒否していたようです……でも、生徒会、いや生徒会長も教師を利用し、部員たちが移動する理由を作っていったんです」
「理由?」
「例えば、女子に飢えていた部員を入部させるため適当な女子生徒を使って入部させたり、成績を向上させたかった部員には教師陣に定期試験の問題用紙を横流しさせたりしたそうです」
「それって――」
「そんなのおかしいですよ!」
ここまで黙っていた水元の声が部室内に響く。さすがの水元も、これには我慢ならなかったようだ。
「私も、そう思います」
「りん先輩! この事実を外に出しましょう! このまま隠蔽されて闇に葬られるのは納得できません!」
「そうだな――とは言えないな」
「どうしてっ!」
「先ず、第一に証拠がない。生徒の証言は証拠になり得ないし、偽装なんて学校側でいくらでも出来る以上、なんらかの、形として残っているものも全て抹消、もしくは書き換えられている可能性が高い」
「…………」
「それに、証拠探しに時間をかければかけるほど、生徒会、いや学校から目をつけられて、さっき螺咲さんが言ったように脅される」
「……でも!」
「マスコミに情報提供するのも有りだが、正直博打だ。ここまできたら、学校側が非現実的な権力、影響力を持っていると考える方が自然だな」
「だったら……だったら、鑑の想いはどうなるんですか! このまま、この先もずっと悔しい想いを、覚えのない濡れ衣を着せられ、仲間を奪われたまま、学校生活を送れと言いたいんですか!!」
昨日から、そうだろうと思ってはいたが。やはり、水元は鑑のことを気にかけていたか。
恐らく、何処かで鑑と自分自身を重ねているのだろう。今では、あまり見なくなったが、一度ハマれば暴走するのが水元だからな。過去、水元が今の鑑と似たような境遇に、過程は違えど立っていても不思議じゃない。
「水元。言いたいことは分かる。だけど、今回は――」
「相手が悪いと? そうですね。どう考えても、勝ち目なんてないですよね!」
「揺、落ち着いてください。私も、このまま魔術部が消えていくのは見たくない。でも、今回ばかりは、どうしようも……」
「どうしようもないから諦めると? まだ何も試してないじゃないですか!」
…………。
「いいです。私一人ででもやってやりますから!」
水元が部屋を出て行こうとしたので、俺はその行く道を塞いだ。
まだ、何も話は終わってない。
「どいてください。りん先輩」
「水元。俺は、魔術部の同好会降格の過程を表沙汰にするためにここに来たわけじゃない」
「何を言って――」
「俺が、やろうとしてることは一つ。魔術部を再び部活に戻すことだ」
「九賀羽先輩」
疑問符を浮かべる水元の後ろ、螺咲さんが立ち上がり言った。
「私が情報を話す代わりに、"動かない"と約束しましたよね?」
「そうだな。でも、螺咲さんの言う"動く"とは違う"行動"を取る予定だから心配無用だ」
「屁理屈が聞きたいんじゃないです」
さすがに真面目が売りの螺咲さんに、変化球は通用しないか。なら……。
「……今から言う言葉は、新聞部螺咲に対してのものだ」
「?」
「新聞部なら、多少のリスクには目をつぶれ。まして、特ダネを探したいのなら尚更な」
「…………」
上手く言いくるめただろうか。まあ、螺咲さんも心の何処かで思っていたことだろう。真面目なら尚更な。
さて、次は水元だ。
「さて、今後について話したいから……場所でも変えよう――」
「待ってください……」
螺咲さんが言った。
「私も手伝います」
「いいのか? 生徒会だけでなく、学校からも目をつけられかねないが」
「構いません。私は"新聞部"ですから」
どうにも、俺の言葉が彼女のプライドに火をつけたらしい。いや、俺の言葉が発火元じゃないかも知らないが。
まあ、どのみちこのネタを巨大新聞の特ダネにしてもらう予定だったからな。許容してもらわなければ、後々面倒になる。
「よし、なら今から作戦会議だ」
「あの、その前にもう少し詳しく、何をする気なのか説明してくれませんか?」
……ああ、そういえば、水元に説明してる途中だったな。
「鑑さんは、魔術部を復活させるために文化祭に出店しようとしたんだよな」
「はい」
「なら、俺たちがやるべきことは、魔術部を同好会に降格させた糞どもを潰すことじゃなく、魔術部を再び部活に昇格させることだと思うんだが――違うか?」
「……そうです」
「だろ?」
「でも、どうやるんですか? 魔術部が同好会である以上、文化祭に参加するためには他の同好会の協力を得なければならない。でも、魔術部に横の繋がりがあるとは思えなし、まして、『協力するな』と生徒会、もしくは文化祭実行委員から圧力がかかっていると考えるのが普通な気がするんですが……」
「いや、何も文化祭に無理して参加する必要はないだろ?」
俺の言葉に、水元も螺咲も意味が分からないといった顔だ。
そこまで難しいことは言ってないつもりなのだが。
「文化祭に参加する必要がないって、じゃあどうやって部活に昇格させる気ですか」
「そもそも、文化祭に参加したとして、必ずしも入りたいと思ってくれる生徒が出てくれるとは限らない。それこそ、何らかの活動に入っている人なら、大なり小なり魔術部に関する噂を耳にしてるだろうから、尚更難しいだろう」
「……確かに」
「そこで、俺が考えたプランが出てくる」
俺は、螺咲さんに了承を得てから、何も書かれていないホワイトボードにプランについて書いていく。
「流れとしては、こうだな」
プランA
オカルト部から部員を取り戻す。
プランB
新聞部に、オカルト部から魔術部への大量移入を取り上げてもらう。
「プランAは逆でもいいかな。オカルト部を乗っ取る、みたいな」
「いや、それってどうなんですか」
何故か、水元は呆れ顔だ。
「何が?」
「鑑が、元魔術部部員たちのことをどう思っているか考えなかったんですか?」
「いや、悪くは思ってないだろ?」
「それを憶測というんです」
「そうだな。でも、悪く思ってると考える水元の考えも憶測に過ぎない」
「そうですね」
水掛け論だ。
まあ、鑑さんの方は知らんが、元魔術部部員たちは鑑さんを"裏切ったことを"悪く思ってるようだけどな。
「じゃあ、こうしよう。魔術部を裏切った元部員たちをどう思っているか、今から水元が鑑さんに訊いてきてくれ」
「訊いてきてくれって……そんなこと、訊けるわけないじゃないですか」
「その辺りは、水元の会話力でどうにかしてもらってだな」
「……本気で言ってるんですよね?」
「ああ。一番良い方法だと思ってるからな」
「私が訊きに行かないなら、りん先輩が行きそうですし……いいですよ。私が行きます」
ため息をつき、水元は部屋を出て行った。
別に、そこまで訊きづらいことでもないと思うんだがな。
「九賀羽先輩。何か考えがあって、水元を鑑の元に行かせたんですよね」
「ん? いや、まあ、言葉通りの考えしかないよ」
「……そうですか」
螺咲さんは何が言いたいんだ?
まあ、別にいいけど。
「それで、プランAについてですが、何か具体的な案でもあるんですか?」
「ああ、あるよ」
「その案とは?」
「そもそも、魔術部を裏切った勢は好き好んで裏切ったわけじゃないだろ? 今だって、生徒会、それに教師陣の目さえ無ければ戻りたいと思ってる。もちろん、全員がそうとは断定出来ないけど」
「しかし、そうだと判断したのも、先ほどの先輩の言葉を借りれば憶測に過ぎませんよね?」
「まあ、確かに。だから、水元が帰ってきたら、直接オカルト部に行って気持ちのほどを確認してくるよ」
気持ちを聞くついでに、魔術部に戻すための準備もする。これで、魔術部とオカルト部に関しては大丈夫だろう。
問題は、生徒会、また学校側だが、学校に関してはそこまで大きな問題にしたくないだろうから、黙認してくれるだろう。学校側として何が一番避けたいかといったら、悪い評判が外に漏れることだ。
そもそも、今回のことに関しても学校側に視点を移すと、おかしな点がいくつかある。噂程度で成績関係で不正を働いたり、女子生徒を導入して色仕掛けを働くという、場合によって不順異性交遊に引っかかる作戦を了承、いや黙認するだろうか。
このやり方を無理矢理納得できる形に持っていくとしたら、魔術部に関する噂が事実だと分かったから、だろうか。その辺りは、元魔術部にでも確認すればいいか。多分、嘘は言わないだろう。
もしくは、学校側が魔術部を毛嫌いしていた可能性もある。しかし、それなら新たにオカルト部を作る理由がない。
となると、学校側が魔術部に関する噂の裏付けとなり得る証拠を手に入れたか、それとも学校側に魔術部に関する噂の裏付けとなり得る何かを提出した生徒がいると考えるべきか。
まあ、今はいい。とにかく、大事なのは学校側が手を出してこないということだ。
さて、そうなると問題は生徒会になってくるわけだが、昨日の土壊さんの話を聞く限り、魔術部を潰すことに関しては、あくまで楽しそうだから、或いは暇潰しのため、のように感じられた。
そうでなければ、あそこまで――方法については話さなかったが、ベラベラと自分がやったと喋る理由がないはずだ。
ある程度の情報を提供することによって、土壊さんは俺と水元に、潰されかけた魔術部を再建してみろよ、と挑戦状を叩きつけてきたのではないだろうか。
何はともあれ、水元の帰りを待とう。鑑さんの気持ちを確かめられれば、後はトントン拍子に事が運ぶはずだから。
やはり、俺の予想通り、トントン拍子に事が運んだ。
鑑さんは、部を辞めていった元魔術部部員たちに戻ってきて欲しいと思っていたし、土壊さんの策略により部を裏切ることになってしまった元魔術部部員たちは、許されるなら戻りたいと願っていた。
こうなれば、後は道を作り背を押してやればいいだけだ。
結果、今のオカルト部には元魔術部部員しかいなかったためスムーズに部員を移動させることが出来た。
後は、部室を広くさせることだろうか。さすがに、同好会落ちした魔術部の部室では、満足に活動することは出来ないだろう。
さて、こうして現在同好会である魔術部を元に戻すことに成功したわけだが……そもそも、今回新聞部を訪ねた理由は、部活を復活させたいためではない。あくまでも、土壊さんに対する違和感を払拭するためだ。
部活を復活させるというのは最低条件でしかないし、その条件を満たすための要素なら、昨日の時点で掴んでいた。水元が思った以上にハッスルしたから、部活としての復活を最優先事項にしたわけだが、個人的には土壊から話を聞いた際に生じた違和感の払拭のほうが優先順位は上だ。
「お姉ちゃんのキャラですか??」
目の前には、自称学園のアイドルこと星喰華こと土壊華さんが、サイドテールを垂らし小首をかしげながら立っていた。
以前、水元から土壊という名前の生徒会長がいると聞いた時、聞き覚えがあったので、会長以外に土壊さんがいないか螺咲さんに訊いてみたら、案の定、星喰さんの姉だと言うではないか。しかも、螺咲さんは星喰という名前は偽名であるということも教えてくれた。
ということで、解決したいことその二である、『土壊会長が一人で魔術部を潰せるのかどうか』を調べるため、妹である華さんに直接訊こうというわけだ。
「ああ。『見た目通り』とか、実は『頭が凄く切れる』とか」
「うーん、そう言ってもですねー」
さすがに、急に姉について知りたいと言っても不信感を持たれるだけか。まだ、知り合って間もないしな。
「いや、急にこんな事を訊いて答えにくいとは思うんだけどさ」
「…………」
「ちょっと、土壊さんに個人的に恨み――っていうほどのものでもないけど、そういうのがあってさ」
「……ほほう」
何かを考えるように、星喰さんは反応を示した。作り笑顔から素に。興味をそそる顔に。
水元から聞いた情報は、間違っていないようだ。星喰華は姉を嫌っている。そういえば、理由までは聞くの忘れてたな。
「つまり、せんぱいに協力すればお姉ちゃんを潰せると……」
「? まあ、そうなるな」
「…………」
「星喰さん?」
「……はっ。ご、ごめんなさい! 私、何か言ってました!?」
「いや、特には」
ということにしよう。アイドルなら『潰す』なんて単語を使わないし、多分聞き間違いだろうからな。
「分かりました。協力させていただきます!」
元気良く、全長およそ150後半の彼女はぴょんと飛んで言った。何この子、小動物? もしかして、金潟さんの親戚?
「ありがとう。それで、土壊さんの性格だけど――」
「"魔術部を一人で廃部寸前にまで追い込めるかどうか"、ですよね」
にやりと、星喰さんは言った。
なるほど、水元の言うとおり星喰さんは土壊さんの悪行を知っているようで。
「無理ですよ。お姉ちゃんは頭良いですけど、そういう一癖二癖ある事は出来ないタイプです」
「そうか。敢えて訊くけど、根拠はあるんだよな?」
「ありますよ。お姉ちゃんの友だちの月下さんにも同じことを訊いてみたら分かります。多分、全く同じ答えが返ってくると思うので」
月下さんと知り合いだったのか。まあ、月下さんは俺の中で霧茅の女バージョンみたいなイメージあるし、不思議でも何でもないんだけどさ。
「分かった。ありがとう」
「いえ。あの、せんぱいはお姉ちゃんに一泡吹かせようと思っているんですよね?」
「まあ、そんなところかな」
「失礼ですけど、出来るんですか?」
「……実は、もう既に一発決めてる」
俺の言葉に、星喰さんは目にみえて驚きの表情を見せた。恐らく、今まで土壊さんがやられたところを見たことがないんだろう。見た目、完璧人間っぽいしな。
「魔術部が部員一人になったのは知ってるだろ?」
「はい」
「実は、ついさっきオカルト部に移動した部員たちを魔術部に戻してきた。もちろん、一人残らず全員な」
「……えっ?」
「ちゃんとオカルト部の退部届けを出したし、魔術部への入部届けも出した。もちろん、承認されるだろう」
「…………」
「土壊さんとは一緒に住んでるんだろ? なら、帰ってから反応を見たら分かるんじゃないかな」
「……そうですね」
驚き半分、疑い半分といったところか。まあ、土壊さん自身は、魔術部が再び部活になったところで気にしないだろうけど。あくまでもお遊びの面が強そうだし。
「じゃあ、情報ありがとう」
俺は、まだ整理がついてない風な星喰さんと別れた。
これで、土壊さんに協力者がいることが確定したようなもんか。妹がああ言う以上、そうだと考えるべきだろう。
だが、なら誰が助言した? 同じ生徒会メンバーか? それとも、友人知人?
ああ、なんだろう。凄く面倒なことに首を突っ込んでるのに楽しい。
高校生になってもそう感じる辺り、俺はそういう人間なのだろう。
ならば、楽しもうか。どうせ、暇なんだ。毎日がイベント続きだった――ような気がする毎日と別れて、凄く感情を持て余してるんだから。
あとがき
紹介
一般人
一般の人。つまり、普通の人。より具体的に定義するなら、何の取り柄もない人、だろうか。
そう考えると、一般人という存在は、この世にはいないのかもしれない。




