第四話 新たなる春の予感を告げる小鳥を撃ち落とすための弾丸を撫でる彼らは平和なる一時に胡坐をかくことの危険性を身を持って知った悪役になり切れないであろう悪役と共に新たなる戦力となり得る者へ協力を仰ぐ
放課後。玄関口にて、俺は三人の友人を待っていた。いや、今日は主に霧茅を待っていたと言ってもいい。
あいつの交友関係、また気軽にものを訊ける友人の多さを考えれば、E組の好青年の名前や情報を知ることなど朝飯前だろう。
となれば、霧茅はここに情報を持ってくることになる。
そして、始まるのだ。
今日、この日から。風羅さんを掛けた聖なる戦いが。
「さあ、情報プリーズ」
「いや、急すぎだろ」
目の前に立っているのは霧茅である。続けて、横に大きいタイプの巨体を揺らし蹴珠が、そして欠伸をかきながら木窯が、こちらに向かって歩いてきた。
「じゃあ、E組の恋敵君について話すな」
「よよっ、待ってましたっ!」
蹴珠を華麗にスルーし、霧茅は続ける。
「恋敵君の名前は、上園龍だそうだ」
「カミソノリュウ? どう書くんだ?」
「上、園、いや"えん"か。で、"りゅう"は、ドラゴンだな」
龍って、かっこいい名前だな。
「で、他には?」
「あるぞ。上園は、最近一人暮らしを始めたらしい」
そんなのどうでもいい。つか、三年になって一人暮らしって家庭の事情ってやつか?
「他には?」
「上園は、普段本を読まないらしい」
「ということは、風羅さんに合わせて本に興味ありますよアピールしてたと」
「まあ、そうなるのかな」
「他は?」
「異性の幼馴染がいるとか」
なんですとっ! と話に入ったのは蹴珠だ。
恐らく、次の台詞は『幼馴染とか羨ましいですぞっ』といったところだろう。
「幼馴染持ちが現実に、しかも同じ学校に、しかも同学年に居たとは……」
違った。でも、まあ確かに言ってることはごもっともで、俺にとっても"異性の"幼馴染なんて漫画の世界だけという印象が強い。
……にしても、幼馴染か。これは使えるかも。
「なあ、その幼馴染は上園とどのくらい仲がいいんだ?」
「さあ? いや、でも幼馴染っていうくらいだしそれなりに仲良いんじゃねえの?」
「ほほう、九賀羽殿の言いたいことが分かりましたぞ」
「へえ、じゃあ俺が幼馴染を使って何がしたいか当ててみろよ」
「それはもちろん、上園氏の目の前で幼馴染ちゃんをりょうじ――」
「ちげえよ!!」
「九賀羽、お前……」
「いや、だから違うよ!? マジで。さすがの俺もそこまで鬼畜じゃねえよ!?」
「いや、逆に見直した」
そう来たか! 木窯らしいな! でも真面目に蹴珠の言ったようなことは考えてなかったからな!
つか、その『成長したな』って顔やめろ!
「まあまあ、その辺にして。凛、どうするんだ?」
「幼馴染と上園をくっつけるんだよ」
「つまんねえ、却下」
「つまんねえ!?」
「つまり、その幼馴染が上園に惚れてるっていう前提で、その手助けをしようって話だろ? そんな、つまんねえことよりさ、さっきの蹴珠の案を――」
「や、ら、ね、え、よ!!」
犯罪だよ! さすがの俺も、そこまで上園に恨みがあるわけじゃねえよ!!
つか、木窯も何ニヤニヤしてんだよ!
「いやでもよ。私らだって、せっかくお前の手助けをしてやるんだから、それなりに見返りとかあってもいいと思うんだよな」
「上園の前で幼馴染を無理矢理犯すことの何処に見返りがあるんですかねえ」
「私は精神的に満足する。蹴珠は早く捨てたいと思ってる童貞を捨てられる。霧茅は自慢の筋肉を見せつけられる。お前は上園を潰せる。ほら、ウィンウィンだろ?」
「ウィンウィンだろ? じゃねえよ! 蹴珠は犯罪者になるし、霧茅に至っては……つか、霧茅いらねえじゃねえか!」
「いやいるぞ。霧茅は上園を拉致って縛る役目がある。それに、蹴珠だって童貞捨てられるなら犯罪者にでもなるだろ?」
「幼馴染のレベルによりますな」
「よりますな! つか、お前二次元オンリーじゃなかったのかよ!」
「最近、人肌が恋しくなってきまして」
「都合良く恋しくなるな!」
まあまあ、とここでヒートアップしつつあった俺たちに割って入ったのは霧茅だった。
「取り敢えず、幼馴染ちゃんが上園のことをどう思ってるのかが先だろ?」
「じゃあ、幼馴染が上園に惚れてなかったら蹴珠の案な」
「だから、やらねえよ!!」
「いや待てよ。そもそも、上園が幼馴染のことを何とも思ってなかったら、蹴珠の案をやる旨みはないのか……やっぱ、蹴珠の案無しで」
「やらねえのかよ!! いや、いいけども!」
木窯は、よく自分で勝手に納得してコロッと意見を取り下げるんだよなあ。
いや、まあどちらにしろ蹴珠の案はやらねえけど。
「じゃあ、今日はそろそろ帰るか」
霧茅の言葉に、二人も「そうだな」と歩き出す。
なんか、疲れたな……。
「ん?」
二人に続いて歩き出そうとした霧茅だったが、何故かその歩を止める。
その顔は右を向いていた。
「どうした?」
「いや、都合がいいなって」
都合がいい? その言葉に疑問に思った俺は、霧茅の向いている方へと顔を向ける。そこには、こちらに向かって歩いてくる二人の女子の姿があった。
一人は落ち着きのある雰囲気の、眼鏡をかけた真面目そうな女子。その横を歩くのは、逆にどちらかといえばチャラい系の女子だった。
あの二人がどうかしたのだろうか?
「あれ? 薫じゃん」
続けて聞こえた木窯の声に、歩いてくる女子のうちの眼鏡をかけている方の子が反応を見せ、こちらに向かって小走りでかけてきた。
なるほど、眼鏡ちゃんは木窯の知り合いか。でも、じゃあ霧茅関係ない気が……。
「玲ちゃん、今帰りー?」
「おう。あと、名前で呼ぶな。つか、そいつ誰だ?」
言われて、眼鏡ちゃんは後ろから遅れて歩いてきた子の手を引っ張る。
「火七海輝耶ちゃん。私の新しい友達なんだー」
えへへ、と嬉しそうな眼鏡ちゃんの紹介を受けたヒナミさんは、対照的に素っ気なく俺たちに会釈した。
ヒナミカグヤさんか、どんな漢字を書くんだろう。という俺の疑問を察してか否か、霧茅がどういう字を書くのか彼女に質問する。
「"ひ"はそのまま火、"なみ"は七つの海で"七海"。"かぐや"は、輝くに有耶無耶の"耶"、ね」
まるで、最初から用意してあった文を読むかのようにスラスラと火七海さんは説明を終えた。
まあ、よく訊かれそうな苗字だからな。俺の『九賀羽』もよく訊かれるし。なんで、"くがばね"じゃねえの? なんて、必ず訊かれる。そんなの知らねえよ。自分の名字の読みの理由なんて。
「火の七つの海で火七海。これは大冒険の始まりを予感させますな!!」
「大冒険の始まりをー?」
「あー、先言っとくけど、こいつはスルーしといても問題ないからな」
「そうなんだー、了解ですー」
眼鏡ちゃんが、ふわふわしてて何か癒される。
つか、眼鏡ちゃんの名前はなんだろ?
「木窯、こちらさんの名前は?」
「ああ、忘れてた。不地方薫。ええと、字は……」
「不思議な地方に薫る花カッコ『薫るは難しい字』カッコ閉じ、て前に教えてくれたじゃんー」
「ああ、そういえばそうだったか」
不思議な地方に薫る花。面白い憶え方だな。つか、教えてくれたってことは、木窯が考えたものなのか。
と、名前紹介が終わったところで霧茅に何が"都合がいい"か教えてもらわないと。
「なあ、霧茅さっきの」
「ああ、そうだったな」
ごほん、と改まり、霧茅は火七海さんの方を向いた。
「輝耶ちゃんは、上園と幼馴染なんだよな?」
「えっ?」
ほぼ同時だっただろう。霧茅と不地方さん以外全員が、その唐突な発言に思わず声を漏らした。
「あのー、上園さん? ってー?」
数秒間の沈黙の後、最初に口を開いたのは不地方さんだった。
その喋り方のおかげか、瞬間的に固まった空気が一気に緩んだのを少なくとも俺は感じていた。
「ほほう、これは面白い展開になってきましたな」
「おいおいマジかよ」
「ああ、俺の友人の話が本当なら――」
「本当よ」
唐突に投げられた質問をようやく理解したのか、火七海さんは答えた。
「で、それがどうかしたの?」
「いや、ええと……」
ただ確認がしたかった。それじゃあ、理由にはならないだろう。かといって、目で俺にヘルプを求めてこられても困るんだが、霧茅よ。
というより、こういう場面において一番それっぽい理由を並べて穏便に済ませれるのはお前しかいないだろ。木窯はストレート過ぎてダメだし、蹴珠は空気を歪ませるだけだし、俺はそもそも言葉が出てこないし。
「いやさ、火七海は幼馴染として上園のことをどう思ってるのかって気になったんだよ」
な? と同意を求めてきたのは木窯だった。
ほら、やっぱりストレート、いや、今回は割とオブラートに包めているとは思う。木窯にしてはそこそこナイスだ。点数にするなら七十点と言ったところか。
一方、解釈によっては上園のこと好きなの? と捉えることも出来る質問をぶつけられた火七海さんは目に見えて動揺している。心なしか、その顔も紅潮しているようだ。
恐らく、この反応を見る限り彼女は上園のことを好き、とまではいかなくとも、少なくとも気にはしているのだろう。
「へえ、その反応はつまり上園のことが――」
「ち、ちがう! 私は別に龍のことなんて!」
「"龍"のことなんて?」
木窯の悪い笑みを浮かべながらの追求に、より顔を赤くし火七海さんは口をぎゅっと結んだ。多分、彼女は自分の想いに正直になれないタイプの子なんだろう。だとしたら残念だ。木窯に目を付けられたが最後、泣かされるとこまでいくのは確実だからな。
それにしても、こんな可愛く分かりやすい反応をする子がリアルにいたことに、俺は驚愕している。
それは、蹴珠も同じらしく、彼女を見つめながら呼吸を荒くしていた。……通報される前に落ち着け、蹴珠。
「玲ちゃーん、そんなに私の友達をいじめないでよー」
「いじめる? ちげえよ。私は、ただ火七海の力になりたいと思ってだな」
「輝耶ちゃんの?」
「そっ。火七海は上園のことが好きらしいからなー」
「だ、だから、別に好きなんて一言も!!」
「じゃあ、上園のことどう思ってるんだ?」
「そ、それは……」
そのくらいにしてやれよ。ここで、ため息混じりに木窯の肩をポンと叩いたのは霧茅だった。
このままじゃ、口喧嘩に発展しかねないからな。いや、俺もそろそろ止めようかなと思ってたよ。でも、こういうのは霧茅の役目だからなーって。
「悪い、輝耶ちゃん。ほら、玲も」
「……悪かったよ」
「べ、別に謝られる筋合いないし」
「おっ、ツンですな」
「ツン? 玲ちゃんー、ツンってなにー?」
「さっきも言ったけど、こいつの発言は総スルーでいいぞ」
「わかったー」
「分かってしまわれた!?」
このような場面において、蹴珠のナチュラルボケに木窯のナチュラルツッコミは効果てきめんだ。
だが、今回の場合、これで『はいお終い』というわけにはいかないのであって。
取り敢えず、普通に上園について訊いてみるか。
「話を戻すようで悪いんだけどさ、火七海さんは上園がここ数日、B組によく行ってるのは知ってる?」
「B組に? うーん……」
首を傾げ少し悩んだ後、何か思い出したように火七海さんは口を開いた。
「行き先は知らないけど、最近よく休み時間に出て行ってるわね」
「ということは、火七海さんもE組なの?」
「そうなんですよー。ちなみに、私もE組ですー」
何故、不地方さんが答えた。
クラスが同じですよアピールがしたかったからなのか。
「ええと。実は、俺はB組なんだけど、上園はある人に会うために毎時間B組に行ってるんだよね」
「ある人? ある人って誰よ」
食いついてきた。口調からも表情からも、興味津々とまではいかないが、訊きたいオーラを出していることが分かる程度には違いが出てる。
「会ってる人は、風羅小夜さん。女子で、読書家」
「読書家。ってことは、今日、龍が読んでた本って」
「そう。風羅さんから借りたものだよ」
火七海さんは少しイラついているようだ。となると、九割型彼女は上園に気があるということだろう。
彼女の性格は、今と先ほどの木窯とのやり取りである程度は掴めた。
いわゆる、漫画や小説のキャラクターによく使われる『ツンデレ』というやつ。蹴珠も言ってた通りだ。これは文字通り、ある人物に対し敵対的な態度を取る"ツン"と、好意的な態度を取る"デレ"の両面を持つ人の性格のことを指す。
一応、補足しておくが二重人格とは少し違うものだ。
それでだ。火七海さんは、そのツンデレに該当すると考えられる。そして、そういう人間にストレートな言葉はやめた方がいい。
ではどうすればいいか。そういう人間には遠回しに興味を惹かせ、こちら側の本来の目的に近づけることが重要になってくる。
まあ、つまり『仕方ないわねえ』と最終的に言わせるように仕向けるということになる。言い換えると『理由作り』だ。
「つまり、上園は風羅さんに気があると見て間違いない」
「へ、へえ。それで? まさか、まだ私があいつのことをす、好きだって言いたいんじゃ」
「いや、そうじゃない」
そう、ここで表面化すべきなのは火七海さんの気持ちじゃない。
「実は俺、風羅さんのことが好きなんだよね」
「…………えっ?」
これには、火七海さんも惜しみなく鳩が豆鉄砲を食ったような表情を返してくる。ここまでストレートに驚いてくれると、俺も嬉しいな。
「だから、幼馴染である火七海さんに風羅さんと上園を離すための手助けをして欲しいんだけど」
「離すって……」
火七海さんが本当に上園のことが好きなら、この要求に乗ってくるはずだ。何故なら、風羅さんと上園の距離が近づきつつある現状は、上園のことが気になっている火七海さんにとってもあまり宜しくない。
つまり、俺と火七海さんの目的は、アプローチの仕方は違えど向いてる方向は一緒ということになる。
加えて、火七海さんの性格を考えるなら、"九賀羽のため"というのを強調した今回の作戦ならば、自分の気持ちを知られることなく、かつ自分の想いに正直に動くことができる。
「俺からも頼む。大切な友人の初恋を成就させてやりてえんだ」
そんな俺の意図を汲んでか否か、ここまで静かに話を聞いていた霧茅がフォローを入れてきた。そういえば、途中で蹴珠か木窯が茶々入れてくると思ったがなかったな。
「初恋かー。ねえねえ、強力してあげよーよー」
「…………」
友人である不地方さんの説得には、さすがに心揺れるものがあるのだろうか。少し困ったような表情を見せた後、何かを決心したように彼女は息を吐いた。
「分かったわ」
これには、俺も心の中でガッツポーズを決めるほど嬉しかった。そりゃそうだ。一筋縄ではいかない相手の協力を得られたのだから。
ただ、「仕方ないわねえ」と言ってくれなかったことが唯一のミスか。いや、別にいいんだけどさ。
「よし。じゃあえっと、宜しくお願いします」
そういえば、名を名乗っていなかったっけ。今更だけど。すげえ、今更だけど。
「えっと、今更だけど俺の名前は九賀羽凛です」
「凛? 女の子っぽい名前ね」
「うん、よく言われる」
「クガワ? 字はどう書くんですかー?」
「数字の九に、加賀のがに、羽だ」
「九賀羽。くがばねじゃないのね」
「それもよく言われる」
じゃあ、ついでに俺らも自己紹介しとくかー、と続けて霧茅、蹴珠が二人に、木窯は火七海さんに自己紹介をした。
取り敢えず、これで上園の幼馴染の力を得ることが出来たわけだが、問題はどうやって二人の間を崩すかなんだよなあ……。
まだまだ多い課題に、俺は赤みがかった空を仰いだ。
あとがき
「"くがわ"って"かがわ"みたいですよねー」
「KAGAWA!!」
「それは!!」
「「UDON!!」」
「ええと、木窯の言うとおりスルーでいいからな」
「分かりましたー」
「やはり、分かってしまわれた!」
「微妙に俺も巻き添え食らった!」




