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第三話 純真で寡黙な少女に忍び寄る雛形に対するは、個性の塊を従えし消極的で草食的な健全なる男子高校生

 翌日、朝。

 俺と、霧茅(きりがや)蹴珠(けだま)の三人は俺の席にてクソ野郎の登場を待っていた。

 ちなみに、木窯(こかま)は自分の席で爆睡していたので誘わなかった。いつだったか、移動教室ということで爆睡していた木窯を蹴珠が起こしたところ、いつもの倍以上の拳が蹴珠の身体に飛んできたのを見てからというもの、爆睡している木窯には近づかないという暗黙の了解が俺たちの間に出来ていたのだ。


「で、そのクソ野郎が来る確率はどのくらいなんだ?」

「九割だな」


 霧茅の問いに、俺は自信満々に答える。


「根拠は?」

「あいつが風羅(ふうら)さんに会いに来てから一週間。ほぼ毎日、朝は顔を出してるからな」

「それにしても、風羅たん可愛いっすなー」


 俺のチョップが、蹴珠のたぷたぷの腹に直撃する。


「可愛いには同意だが、今度同じことを言ったらお前のその汚ねえ口を削ぐ」

「言ってみただけっすよー。ちなみに、我輩は二次元にしか興味がないので心配する必要はありませんぞ」


 そういえば、こいつは『三次元はクソ』と一時期口癖のように抜かしてた前科があったんだった。

 でも、こいつが変な目で風羅さんを見るのは放っておけん。


「うむ。ふと思ったのだが、そのクソ野郎殿と風羅殿の会話は成立しているのですかな?」

「うーん、正直成立してるとは言い難いな」

「じゃあ、放っておいても問題ないんじゃ――」

「いーや、ダメだ。可能性があるなら早めに潰さないと」

「お前ら、もちっとボリューム下げろよ」

「やばっ」


 ハッと風羅さんの方に目をやる。しかし、読書をしている天使という構図に変化は無かった。

 だが、実はしっかりと聞いてましたというパターンもあるからな、気をつけよう。


 それにしても、朝は眠いな。特に春はヤバい。暖かな空気に、爽やかな風。喋るのを辞めたら、直ぐに瞼が仕事を放棄しようとするから困る。

 そんな、睡魔が大暴れしている空間で読書をするなんて考えられない。俺だったら、数秒で本に顔を落とすだろう。

 まるで天国。暖色系の背景に、ふかふかの雲が幾重にも重なる。

 奥には花畑。咲いているのは、チューリップ? なんだろうか。

 ……そのような花畑の真ん中で、風羅さんが小さく手を振っている。笑顔で。手を。

 ……。

 ねむいな。


「眠いから、何か喋ろうぜ」

「じゃあ、言い出しっぺの(りん)からどうぞ」

「お、おお。じゃあ、そうだな……しりとり、しりとりしようぜ」

「いや、それよりも何故『しりとり』と二回言ったのかについて議論を――」

「いや、普通にしりとりしよう」


 自分への確認のために二回言った、以外の理由があるとでも?


「では、私からいかせてもらう! しりとり、の、"り"、から輪廻転生!!」

(りゅう)、うるさい。じゃあ、次は俺な。そうだな。い、い……いいえ、それはトムの鉛筆です」

「英語の翻訳文かよ。つか、それは無しだろ」

「ダメか。なら、いか」

「シンプルだな。じゃあ、俺か。か、か、辛子明太子」

「辛子明太子の"こ"! こ!? こ!! 虚空俄然(こくうがぜん)!!!」

「柳、うるさい。あと、そんな四字熟語は無いって俺でも分かる」

「ふっ、仕方ない。ならば、コッペパン! が、食べたい」

「お前の願望じゃねえか! つか、んが付いたから無理して付けただろ!」

「コッペパンガタベタイ」

「言い直してもダメだ!」

「凛もうるさい。つか」


 お前ら前見てみ。

 急に小声になった霧茅に従い、俺は前、風羅さんの方を向く。そこには、本を読む大天使風羅さん、そしてその横には、『絶対的な領域を穢す者』ことクソ野郎が立っていた。

 我ながら、カッコ内を心の中に留めたのは良くやったと言わざるを得ない。過ちを犯す前に、少し落ち着こうか。


「ほほう。中々の好青年ですな」

「確かに、あれは勝てないな」

「なんで、既に諦めモードなんすか……」


 ボソボソと喋る俺たちは、好青年ことクソ野郎が口を開いたのを見て、逆に口を閉じた。


「いやー、いい読書日和だな」

「…………うん」

「えっと……」

「…………」


 知り合って一週間経ったにも関わらず、二人の会話が続かない。

 やっぱ、クソ野郎の性格的に風羅さんは合わねえよ諦めろ。つか、もう近づくな。風羅さんはな、静かに本を読みたいんだよ、この野郎。

 ほら、風羅さんも困って意識が本にいかずにそわそわしてるだろ。身体まで動いてるから、後ろからでも丸わかりなんだよ。だから、早く立ち去れ。


「間が痛いっすわー」

「性格的に全然合ってないな。これは、俺らが何かする必要はなさそうなあ」


 そう言って、霧茅が大きな欠伸をかました次の瞬間、風羅さんは読んでいた本を閉じてしまった。

 これは、風羅さんもさすがに堪忍袋の緒が切れたか?


「…………あの、これ」

「?」

「昨日、オススメの本教えて欲しいって言ってたから」


 そう言って、机の中から取り出した本を彼に差し出した彼女は、口をぎゅっと結び、頬を真っ赤に染めていた。

 あれ? そんな反応もするんだ。へえ。なんだろ。素直に新しい一面が見れたと喜べない。


「おっ、おう、ありがとう! 早速、読んでみるよ!!」


 一方の好青年さんは、喜びを隠す気もなく差し出された本を抱きしめ、笑顔で教室を出て行った。

 気づけば、始業のチャイムが鳴り響いていた。


「ええと、じゃあ、我輩は教室に戻りますわー」

「俺も。その、この話は、また昼休みにでも、な」


 なんで、今まで動かなかったのだろう。もっと、行動的になれば、俺にも彼女はあの反応を、あの嬉しさを抑え込むような反応を見せてくれただろうに。

 なんで、見ているだけで満足していたんだ。

 なんで、なんで、なんで……。

 俺は、どうして……。











 後悔だけが降り積もる。

 気づけば昼休み。俺の周りには、霧茅、蹴珠、木窯の三人が立っていた。


「ったくよお、たかが失恋だろ? しかも、一方的な自滅だし」

「そうですぞ。そうだ、これを境に今日から二次元へと旅だ――」

「まあ、こればっかりはな。しゃあねえよ」

「いや、でもさ……」


 ああ、もう! という声と同時に振り下ろされた木窯の平手打ちが俺の頭に命中する。


「いてっ!」

「うだうだ言ってんじゃねえよ! たかが失恋だろ」

「たかがじゃねえよ! 人生初の失恋だよ! 厳密には二度目だけど」

「同じだ!」

「いだっ!」


 木窯による二発目が容赦なく振り押される。もちろん、それは痛みの残る頭に直撃した。


「おいおい、これ以上頭を殴るなよ。凛が禿げたらどうするんだ」

「いや、私には関係ないから別にどうでもいい」

「ひでえ」

九賀羽(くがわ)殿が禿げたら……ぶふっ」

「おい」


 とても、失恋した人間に対する態度は思えないな。全く。まあ、これがこいつらだし、あまり認めたくないが少し気分もマシになったのも事実だからな。

 さて、気分を切り替えよう。これからは、風羅さんと好青年君の健全な恋愛を応援するんだ。


「つかさ、ふと思ったんだけど」


 そう口を開いたのは、腕を組んでいる木窯だった。


「昨日の復讐云々はどうなったんだ?」


 放たれた言葉に、俺は正体不明の衝撃に吹き飛ばされそうになるのを何とか抑え、その場にとどまることに成功した。

 そうだ。そもそも、今日好青年君の登場を待ったのだって、復讐のため、言い換えるなら風羅さんから好青年君を遠ざけるための情報収集のためだったじゃないか。


「お前らさ。今日の朝、そのためにこの場所でその"クソ野郎"を待ってたんだろ?」


 状況は何一つ変わってないじゃないか。

 だってそうだろ。風羅さんが本を貸しただけ。好青年君が本を借りただけ。それで、超嬉しそうにする好青年君と超感情を抑える風羅さんを見ただけだ。


 あれ? 俺、何でこんなに落ち込んでたんだ?


「別に話を聞いてる限り、風羅がクソ野郎といい感じになったわけでもねえんだろ?」

「あ、ああ。簡単に言えば、本の貸し借りをしただけ、かな」

「じゃあ、まだ大丈夫じゃん。つか、元々クソ野郎から風羅を奪うために行動しようとしてたんじゃねえの?」

「た、確かに……」


 木窯の言うとおりだ。

 別に風羅さんと好青年がいい感じでも問題ない……というわけではないが、少なくともまだ諦める必要はないじゃないか。


「いや、なんつうか……どうかしてたわ、俺」


 苦笑いの後、自然とため息が出てしまった。

 恐らく、風羅さんのあの嬉し恥ずかしさを噛み締める表情にやられたのだろう。全く、さすがは風羅さん。間接的に俺の感情に攻撃してくるとは。実は本当に天使なんじゃないのか?


「で、そのクソ野郎が誰なのかは分かったのか?」

「いや、少なくとも俺は見たことない奴だった」

「我輩もですぞ」

「じゃあ、少なくともB、C、D組の奴じゃねえのか……」


 うちの学年は、AからFまでクラスがあり、俺はB組、霧茅がD、蹴珠がCで、木窯がF組である。

 さすがに二人ともクラスメイトの顔は大方把握していると思われるので、俺も霧茅も蹴珠も見たことがない好青年はA、EもしくはF組ということになる。

 加えて、活動的で交友関係が広い霧茅が知らないということは、そこまで目立つタイプの人間でもないことも分かる。


「そういや、昼休みなのにクソ野郎こねえな」

「そういえば。どうしたんだろ」


 もうすぐ昼休みも終わりに近づいているが、今のところ好青年の姿は見えない。そういえば、午前中の休み時間には来ていたのだろうか。俺は死んでたから記憶にないが。


「しゃあねえ。じゃあ、私らから出向いてやろうぜ」

「えっ? いや、場所も分からねえのに」

「だから、クソ野郎は風羅から本を借りたんだろ? だったら、早く読んで感想を風羅に言いたいと思うのが普通なんじゃねえの?」

「なるほど、本を読んでるからここに来ないで自分の席にいると」

「そういうこと」


 すげえ、木窯冴えてる。いつもなら、的外れな発言をして蹴珠にツッコまれて、逆に理不尽なツッコミという名の物理攻撃を返すのに。


「どうしたんだよ(れい)。キレキレじゃねえか」

「はっ、まさか九賀羽殿の恋愛を成就させるために――」


 「ちげえよ」「ぐふっ」。

 蹴珠の言葉に、木窯の蹴りという名の暴力込みのツッコミがぶつけられる。昨日も見たやり取りだ。


「その割りには、協力的だな」

「まあな。だって、人の恋愛を邪魔するのって楽しそうじゃねえか」


 だと、思った。でも、俺からすれば理由なんてどうでもいい。向いてる方向は一緒だからな。むしろ、楽しんで二人の関係をぐっちゃぐちゃにして欲しいくらいだ。


「じゃあ、先ずはA組だな」


 こうして、俺たちは好青年の身元を割り出すため各教室へと向かうこととなった。






 場所は、B組の隣の隣の隣のE組。

 A組そして一応念のためにC、Dも回った後、俺たちはE組へと来ていた。

 教室に入ってすぐ俺の目に飛び込んだのは、窓際の列の一番後ろ、つまりB組での俺と同じ位置に座り、本を読む好青年の姿だった。


「あいつか?」

「ああ、間違いない」


 木窯に小声で答え、俺たちは怪しまれないよう一先ず廊下へと出た。


「E組か。だからどうしたって話ではあるけど」

「いや、E組なら友達が何人かいるからあいつが誰か分かるかも」

「さすが、霧茅殿の交友関係は広いっすなあ」

「お前も、それなりにいるじゃん」

「いや、我輩の交友関係は浅く狭くなので……」


 俺もだよ……と、そんなことは置いといてだ。


「じゃあ、霧茅頼んだ」

「おう、任せとけ」

「じゃあ、そろそろ戻るか」


 木窯の言葉に、俺たちは各々教室へと戻って行った。


あとがき


「凛の恋敵さんはE組か」

「ふっ、奴がE組とはな」

「まさか、これも計画のうちというのか!?」

「気づいたか、九賀羽大尉。奴は手強いぞ、心してかかれ」

「イエッサー、蹴珠大佐!!」

「……ツッコまねえぞ」

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