第二話 最低最悪の形で迎えた普遍的で一方的に幸せな日常の終わりと、それを阻止しようとする勇敢で滑稽な戦士の始まり
昔々の話。
俺は、近所に住んでいた女の子を好きになった。
一目惚れというやつだ。それが、人生初の一目惚れ。
楽しかった。当時は、好きという気持ちを自覚出来なかったけど、でも、その子と遊ぶのが他の子と遊ぶのより楽しかったのは憶えている。
彼女は、元気な女の子。いつでも、みんなの中心にいて、いつだって笑顔を絶やさない。
そんな子とどんなことをして遊んだか。それは、よく憶えていない。遊んだ記憶はあるのに、内容は分からない。
あるのは、楽しかったという記憶だけ。ずっと一緒にいたいという想いだけ。
でも、その願いは叶わなかった。
時間は進み、一週間後。
放課後。俺は自転車置き場にて、三人の友人を待っていた。
そう、放課後だというのに、いつもに比べると数段落ちたテンションで待っていた。外は晴れてるが、俺の心は土砂降りだ。これには、俺の心の湿度がやばい。ジメジメで、不快度指数急上昇と言わざるを得ない。
そりゃそうだ。いわゆる、恋のライバルというものが出来てしまった"らしい"のだから。
あれからほぼ毎日、午前、午後の休み時間、そして昼休みの終わり頃、放課後、彼は、否奴は風羅さんの元に現れた。
初めてその光景を見た時は動揺して冷静に見れなかったが、この数日に関してはさすがにその光景にも慣れ、奴の表情などを冷静に見ることが出来ていた。
それで分かったことだが、奴の表情には下心が見え隠れしていた。つまり、というか普通に考えたらそうなのだが、奴は風羅さんに好意を抱いていると見て間違いないだろう。
そりゃそうだ。あんな可憐な子、地味、そして寡黙という人によってはマイナスであろうポイントすら帳消しにしてしまうほどの可愛さを持っているのだから。
それは、地味な色をしてるけど無茶苦茶良い匂いを放つ花。俺は、花に詳しくないので、そんな花があるのかどうかは知らんが。
恐らく、今までも俺みたいに遠くから彼女を見守っている意気地なしはいたのだろう。二次元から飛び出してきたような、絵に描いたような女子生徒。一度視界に映れば、例えば一流アイドルのように、その全てに釘付けになるほどの。
全く考えなかったわけじゃない。その中に、俺のような彼女に惹かれた人の中に、活発で行動的な人がいないと。そんな都合の良い解釈を俺が今までしなかったわけじゃない。
ただ、彼女に会って数週間、今の一度も、そういうことが無いのなら、所詮は可能性だと見て見ぬ振りをしてしまうのも仕方がないのではないのか?
……悪いのは俺だ。行動的になれなかった俺が悪い。自業自得。
だが、じゃあもう終わりでいいのか?
行動的で明るい人が現れて、俺は勝てないと諦めてしまうのか?
答えは、否だ!
やってやろう、俺なりのやり方で。勝ち取って見せよう、俺の力で。
彼女いない歴、数十年の俺の力で!!
「よし、作戦会議といこうじゃないか」
「いや、何が?」
目の前には、俺の友人が立っていた。
霧茅公。本人曰く、見た目はチャラいが中身はそうでもないのが売りらしい。
でも、俺から見たら、割と中身と外見が合っていると思う。チャラいとは違うが、活発という意味では十分合ってる。
「作戦会議だよ作戦会議。あのクソ野郎を風羅さんから遠ざけるための」
「クソ野郎?」
このままでは話が進まない。ということで、霧茅に今日見た出来事を話すことにした。……と、思ったが、まだ二人ほど友人が来てないので、全員来てからにするとしよう。
数分後。
友人その二、その三である、蹴珠柳と木窯玲が来たので、俺は三人に事情を説明した。
「つまり、復讐ですな」
説明が終わり、先ず始めに口を開いたのは『ザ・おたく』と呼ばれている蹴珠柳だった。
ちなみに、何故『ザ・おたく』なのかというと、彼の体型、容姿、言動等が典型的なおたくのそれだからなのだとか。なお、本人はそう呼ばれることを寧ろ光栄な事だと思っている。どう考えても馬鹿にされてると思うのだが、本人が良いならそれでいいのだろう。
「いや、そもそもフウラ? は九賀羽の何ってわけでもないんだから、復讐というよりただの逆恨みだろ」
そんな正論ぽい発言をしたのは、『ザ・女男』こと木窯玲である。
こんな荒い口調だが、普通に女である。
こんな壁のような胸だが、誰がなんと言おうと女である。
はたから見ればただの女装した中性的な容姿の男だが、外も内も文句のつけようのないくらい女、だと思う。
「まあ、言い方は一先ず横に置いといてだ。凛は、その"クソ野郎"をどうしたいんだ?」
そして、『ザ・筋肉』の霧茅公である。
確かに、説明の中に俺がしたいことを入れてなかったから、そういう疑問が出るのも分かる。
そして、その答えは勿論決まっている。
「あのクソ野郎を、風羅さんから遠ざける」
「なあ、気になってたんだけど、クソ野郎って誰?」
「さあな、知らん!」
「お前に訊いてねえよデブ」
「おふぅ、今日も一段と刃のように鋭いツッコミ。あざぁっ――」
「うるせえ」「ぐほっ」。
蹴珠のボケに、木窯の蹴りという名の暴力込みのツッコミがぶつけられる。過去、何度も見ている光景なので、特に何も言わない。
「で、クソ野郎って誰?」
「正直言うと、知らない人だから分からん」
「おっ、我輩の答えが正解でしたぞっ!」
「だからどうした」
いやでもさ、と蹴珠に対する木窯の二度目の蹴りを止めつつ、霧茅が口を開く。
「何をするにしても、先ず相手が誰なのか分からねえと始まらなくね?」
「つかよ。先ず、風羅って子が誰なのか分からねえんだけど」
「まあ、簡単に言うと"天使"かな」
「次ふざけたら殴るぞ」
「すみません! でも、俺からしたら天使という表現もそこまで間違ってないです!!」
「で、その風羅ちゃんが、クソ野郎に犯されそうだと?」
「ちゃん付けしてんじゃねえ!」
ボヨン……。
俺の鉄拳が蹴珠の鳩尾という名の脂肪にヒットする。だが、効果はないようだ。
「つか、犯されるとは決まってねえ!」
「いやいや、よく考えてみてくだされ。九賀羽殿の言葉を借りるなら、そのクソ野郎殿は"活動的"で"好青年"で"イケメン"なのであろう」
「いや、イケメンとは言ってな――」
「だから危ない。風羅殿は、寡黙かつ男を知らない。つまり、押しに弱く、また心の何処かで異性に興味を抱いている可能性が高い。ということは、性欲盛んなクソ野郎殿に押され倒され、一線を勢い良く飛び越えてしまう可能性が――」
「どうでもいいけど、妄想キモい」
木窯の言葉に、蹴珠はゴホンと咳払いをする。
「その点について、霧茅殿。どう思われますかな?」
「えっ!? ここで、俺に振る!?」
「霧茅殿なら異性の一人や二人、いや二桁にのぼるほどのおなごを食ってきたのであろう?」
「おなごって……つか、俺を遊び人みたいに言うな」
「とか何とか言いつつ、とっかえひっかえだぜこいつ」
「玲も乗ってくるな」
このままでは、有耶無耶になってしまう。
俺は、大きくわざとらしく咳払いをし、皆の視線を集めた。
「取り敢えずだ。相手の、クソ野郎の情報が欲しい」
「ああ、頑張れよ。応援してるぜ」
「健闘を祈りますぞ」
「いやいや、みんなもうちょっと真面目に聞いてやろうぜ」
泣きそうだ。というか、相談する相手を間違えた気がする。いや、相談できる相手こいつらくらいしかいねえけど。
「でもよ、もう放課後だぜ? そのクソ野郎も、もう帰っただろ」
「いや、部活に入ってる可能性もあるから」
「つってもなあ。しらみつぶしに部活をはしごするより、明日改めて顔を確認した方が楽だろ」
「そりゃ、まあ、ごもっともで」
まあ、確かに明日でも問題ないか。焦っても仕方ないしな。
「まあ、こればっかりは木窯の言う通りだな」
「そうですな」
まだ、焦る場面じゃない。時間はたっぷりあるんだ。焦ったって仕方ない。
「じゃあ、帰るか」
霧茅の言葉に、二人も「そうだな」と歩き出した。
そうだよ。少し、熱くなってたんだ。落ち着こう。大丈夫。まだ、大丈夫。
あとがき
「クソ野郎っていう言い方だけどさ。他にも何かあったんじゃねえかな?」
「いや、あいつにはクソ野郎が似合ってる」
「他なら、ゲス野郎とか?」
「クズ野郎、ですかな?」
「ゴミ屑野郎」
「ヘタレ野郎」
「超クソ野郎」
「……なんつうか、お前らよく見ず知らずの人にそこまで暴言吐けるな」




