第三十七話 とある魔術部の衰退
放課後。
マイナー部活回り第一弾に指名されたのは、魔術部と呼ばれる部活だった。
何故だろう。向かう前から気が滅入っているのだが。
「ここですね」
例によって手作り感満載かつ禍々しい札が、扉の前に取り付けられていた。
腐りかけの木の板に、墨のようなもので書かれた『魔術部』の文字。扉の前を通り過ぎるもの全てに、謎の力を与えているような。そんな印象を受けた。
「なあ、何故にここが一発目なんだ?」
「もし仮に、魔術が本当に使えるのなら、この上ない特ダネじゃないですか」
「もし仮にそうだったら、偽装する必要なんて全くないな」
ため息を吐き、抜けていく力を押し戻すように力を込め、俺は扉を開けた。
ギィッ、と軋む音と共に、エアコン特有の機械的なヒンヤリとした風、そして古本屋のような匂いが、部屋の中からじわじわと俺の身体に襲いかかった。
早くも扉を閉じたくなるのを堪え、俺は意を決し、電気の付いていない部屋の中へと入って行く。
「誰もいない?」
部屋の大きさは、新聞部部室と変わりない。
中央に机、周りに椅子、机上に紙が散乱の図も変わりない。
あるとすれば、棚に置かれた数々の、それっぽい置物たちだろうか。さすがにホルマリン漬けはないようだが、何処に売っているのか、一瞬訊きたくなるような不思議な物まで棚には置いてあった。
「留守みたいだし、今日はもうかえ――」
「だれ?」
背後からの声に、俺の身体は一気に覚醒し、背後へと反射的に身体を回転させる。
恐らく、人生上最速スピードでの動きだっただろう。そのくらい、自然に無駄のない、かつ目的達成のため迅速な行動だったと思う。
そう自画自賛した理由は、単純にそう自分が感じたからじゃない。
声をかけてきた相手の反応が、露骨に驚いたものだったからだ。
長い黒髪は、当然目元よりも長く、その伏せ目がちな目元を隠し、その白くか細い腕と脚は、木の棒を連想させるほどのものだ。
「い、いや、悪い」
「――って、なんでりんりん先輩が謝ってるんですか!」
「いや、だって驚かしたみたいだし」
「それは私たちだって同じです!」
どうやら、俺以上に水元は驚いたらしい。珍しく涙目になっている。
そんな彼女を見て悪いと思ったのか、ここで驚かせてきた張本人が再度口を開いた。
「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは、なくて……」
ここに居た俺たちに話しかけてきたということは、つまり彼女は魔術部部員なのだろう。だが、俺の思っていた部員のイメージと彼女の第一印象はかけ離れていた。
いや、髪型はあっている。だが、中身が違う。もっと――偏見ではあるが、陰気な人が部員なのかと思っていたのだが。
これでは、魔術部というより文学少女じゃないか。
「取り敢えず、中に入ろうか」
今日は比較的涼しい方だが、それでも夏の暑さを感じる廊下にいれば、自然と汗が出て来るほどだ。まあ、単純に気まずかったというのもあるか。水元が、予想以上にびっくりしているのもあるし。
「先ず、あなたは魔術部の部員でいいんだよね?」
俺の質問に彼女は頷く。
と、ここでようやく水元がため息混じりに口を開いた。
「この子は、二年の鑑夏江ちゃん」
「また、友人か」
「いえ、友人というより、一年の時クラスメイトだったってだけですよ」
また、気まずくなる情報、もとい発言が……。
「そうか。えっと、俺は九賀羽凛。三年だ――」
直後、彼女は、鑑さんは肩を震わす。
寒さからではない。明らかに、『三年』という単語に反応した。
この反応に、俺は目線で水元に疑問を投げるが、どうやら水元にも理由は分からないようだった。
仕方ない。取り敢えず、今はその事については触れないでおこうか。
「えっと、まあ急に俺らが来てびっくりしたとは思うけど……」
「…………」
明らかに様子を伺われている。
まるで、こちらが捕食する側、そしてあちらが捕食対象のように。
「いや、実は文化さ――」
「!?」
前髪に隠れた目を見開き、彼女は一歩後退する。
おかしい。先ほどの、『三年』という単語に対する反応。そして、今の、恐らく『文化祭』という単語に対する反応。
一見、全くもって普通の、なんの変哲もない単語に対してこれだけの反応を見せるということは……何かあった?
だが、発言者の俺が理由を訊いて答えるとは思えない。明らかに、"三年の"俺に対して警戒しているからな。となると、ここは――。
「水元、頼めるか?」
「当然ですよ」
水元も、彼女の異様な反応が気になるのか、珍しく真面目な面持ちで頷いた。
取り敢えず、俺は部屋を出た方が良さそうだな。
「ああ、悪い。ちょっとトイレに」
これが今の俺に出来る、精一杯の自然な退却。
俺は、二人の反応を見ないようにそそくさと部屋を後にした。
あれから十分程度経った頃、部屋への扉が見える位置でウロウロしていた俺に話しかけてきたのは、霧茅だった。
「いやー、不審者かと思ったぞ」
「悪いな、ご期待に添えれなくて」
「期待はしてないから大丈夫だ」
そうか、大丈夫か。
それよりも、俺は部屋の中でどんな会話が繰り広げられているか気になって仕方ない。
「こんなところで、どうかしたのか?」
「いや、まあ、ちょっとな」
まあ、霧茅はそこまで詮索してこないから、適当に流しても問題ないだろう。
別に相談に乗ってもらってもよかったが……霧茅には既に色々世話になってるからな。それに、何でもかんでも頼るのもどうかと思うし。
「そうか。まあ、立て込んでるなら今度でいいか」
珍しく、呟くように霧茅は言った。
なんだろうか。つか、俺に用があったのか? 気になる……えど、今は魔術部だ。
「なんか急用か」
「急用なら今言うよ。……なんつうか、噂話を小耳に挟んだから、一応、まあ今の凛には関係ない話かもしれないけどさ」
「そうか。まあ、また今度聞かせてくれよ」
おかしい。霧茅は、ぼかさないタイプなんだが。
まあ、噂話らしいし、言うか言わまいか迷ってるだけかもしれないが。それにしても、らしくないな。
「じゃあな」
言って、やはり迷いの見える色を表情に含みながら、霧茅は立ち去った。
どうしたのだろうか。ここまでくると、逆に気になって仕方ないんだが……。
「りんりん先輩?」
「うおっ!?」
限りなく細い感覚の隙間から話しかけてきたのは、水元だった。
いや、久々に本気で驚いたわ――って、さっきも驚いたか。
「全く、今から真面目な話をするっていうのに」
「驚いたのは俺のせいじゃねえぞ」
「私の"せい"ですか?」
「いえ、違います……」
水元なんか怒ってる?
「取り敢えず……まあ、ここならあまり人も通りませんし、ここで話しましょうか」
「ああ、聞かせてくれ」
話すということは、鑑との会話が成功かつ成立したということだろう。
さて、どんなとんでも話が飛び出してくるのやら……。
魔術部。
ここ五年間の所属部員数の推移は、七、九、八、十、一。
今年が"一"。言い直すと、今年度が"一"。
どうしてか。
新しく設立されたオカルト部に、部員を吸い取られたかららしい。
ここまでは魔術部の衰退の話。
ここからは、鑑夏江さんの話。
魔術部に、かつての活気を取り戻そうと考えた彼女は、"文化祭"にて魔術部の宣伝をすることにした。
だが彼女は、ある"三年"生に『ルール』を盾に強く止められ、文化祭出店を取り止めたのだとか。
そのルールというのが以下となる。
『部員数が五人以下の活動は部活と認められず、同好会として扱う』
『文化祭に同好会が出し物をする場合、最低三つの同好会で、合同で行わなければならない』
ルールなら仕方ない。
そう言った俺に、水元はある『補足』を教えてくれた。
「部活が同好会に降格するかどうか決まるのは、年度末なんですよ」
そして、もうひとつ。
「魔術部が鑑さん一人――いや、五人以下になったタイミングは、今年の五月です」
つまり、現時点で魔術部はまだ部活として扱われていなければならない。
このことを、鑑さんに『ルール』を説明した三年生は知っているのだろうか。
理不尽な、今回の事件。
もし、螺咲さんに出会わなければ。もし、そういう選択を取らなければ。もし、水元が魔術部のことを知らなければ。
この問題は、一生表には出なかったのだろうか?
そんな、運命のようなものを感じたから、という率直な感想を持った俺は、そのまま、彼女に『ルール』について説明したであろう三年生の元へと向かった。
「ここですね」
水元に案内され、俺は『文化祭実行委員会』が活動しているという空き教室の前に来ていた。
電気が付いているため、中に誰か居るのは分かったのだが、文化祭実行委員会が活動しているにしては、室内から音が漏れなさすぎる気が俺はした。
「いるんだよな?」
「ここ最近は毎日活動していると――私の友人Bからの情報ですが」
「まあ、開けりゃ分かることか」
俺は、なんの躊躇いもなく扉を開けた。
先ず、目に飛び込んできたのは、椅子に座り長机に向かって何か作業をしている男女数名。
まさしく、真面目な作業中といったような、ピリピリとした空気が漂っていた。
「――――ん? 何か用かな」
俺が扉を開けてから、少し間を開け、向かって一番奥に座っている眼鏡をかけた男子が反応をした。
真面目。知的。あとは性格悪そうで、プライドが高そう。
俺の直感が、こいつが鑑に色々言った三年生だと言った。
「ちょっと、実行委員長に話があるんだけど」
「実行委員長は僕だが……話、ね。いいよ。外で話そうか」
意外にも快く了承した彼は、そのまま立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。
「僕もそれなりに忙しいから、端的に頼むよ」
「ああ、確認したいだけだから直ぐ終わると思うよ」
委員長が扉を閉めたのを確認し、俺は早速、魔術部の件について訊いてみることにした。
「魔術部部員の鑑に、色々言ったのはお前だな」
特に反応は無かった。
いや、厳密には俺の予想する反応ではなかった。
彼は、まるで記憶を辿るように、斜め上に視線を移したのだ。
ワザとらしく。
「――ああ、あったね。そうそう、魔術部。いや、強く言ったつもりはないんだが、随分怖がらせてしまったようで、謝ろうと思っていたんだよ」
気持ち悪いくらいの作り笑いを顔に貼り付け、彼はそう答えた。
「そうか。ちなみに、魔術部は今は"部活"ではなく"同好会"なんだな?」
「ああ、そうだよ。同好会だから、単独で文化祭で出し物をしたいという彼女の要望を却下した」
「じゃあ、部活から同好会に降格する条件とタイミングも、もちろん知ってるよな?」
「知ってるよ。条件は部員数が五人以下かどうか。降格タイミングは年度末だ」
「なら、魔術部が今年度始めに何人いたかは?」
「…………」
彼は、ため息をついた。
「彼女も同じことを言ってたよ。でも、"学校としては"去年の三月時点で魔術部部員は五人以下になっていた。これは紛れもない真実だ」
「そこまで言うなら、教師に確認しに行っても同じだろうな」
「ああ、無駄な行動だと思うよ」
そもそも、と彼は続ける。
「こちらとしては文化祭に出るなとは言ってないんだ。ただ、部活としては出れないってだけで、そこに拘る理由が僕には分からない」
再度、ため息をつき、彼は扉を開けた。
違うよ。鑑さんは、拘ってなんかない。ただ、事実を捻じ曲げられたことを悔しがっているんだ。
「じゃあ、僕は戻るよ」
再び部屋に戻る彼を水元が止めようとしたが、俺はそれを制止した。
「いいんですか、これで――」
「今はな」
ここで問い詰めても同じだろう。
ここまで部員の増減時期に対し自信を持って答えたのなら、恐らく"学校としては"今年の三月時点で魔術部の部員数は五人以下となっていたのだろう。
では、水元の――鑑さんの証言はどうなる?
「水元。部員が五人以下になった時期に関しては鑑さんから聞いたんだよな?」
「はい。鑑さんは、確かに五月に五人以下になったと。もう少し詳しく言えば、五月の半ばに四人から退部届けを出されられたと」
鑑さんが嘘を言っているとは思えない。そもそも、鑑さんが嘘を付く理由が存在しない。
「鑑さんが、どんな事を言われたか、どんな状況で言われたも気になるな」
「普通に説明されただけじゃ、あそこまでなりませんからね」
「ああ。とにかく、この問題に関わっている人間が他にもいるはずだ」
そのためには、魔術部についてもう少し詳しく調べる必要がある。
……どうしたものか。二つも問題を抱えて。
二学期からは平穏に過ごそうと思っていたのだが、性格のせいか否か、そうもいかないようだ。
あとがき
紹介
魔術部
部員数の問題から、正式名称は魔術同好会。
活動内容は不明だが、新聞部作成の部活紹介曰く、魔術や呪術、その他不思議なことに興味がある者求ム、とのことらしい。




