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第三十六話 とある新聞部の憂鬱

 九月十日。二学期が始まって早一週間。

 残り残る暑さに嫌気が差しながらも、クーラーがよく効いた教室。そんな天国のような場所で、今日も俺は席替えがあったにも関わらず変化のない席で窓の外を眺めていた。


 さて、そろそろ帰ろうか。クーラーの効いた教室で残って勉強をする生徒の振りも飽きてきたしな。


 俺は、通学用の鞄を持ち上げ、そっと教室を出ようとした――ら、前からセミロングの長さの髪を揺らめかす女子生徒に強引に廊下に引っ張り出された。


「私の勘も鈍ったものです」


 俺を熱風が待機する廊下に引きずり出したのは、最近髪を伸ばし、髪型だけ風羅さんに似てきた後輩、水元(みなもと)(ゆるぎ)だった。


「そうか。そんなことはどうでもいいから、俺を引っ張り出した事について説明願おうか」

「悪いとは思ってませんよ?」

「この程度で悪とは思わねえよ」

「良かったです」


 そう答えて、俺の手を離し水元は歩き出す。

 まあ、意味もなく引っ張り出した――言い換えると意味もなく俺を探していたとは考えにくいから、恐らく何かちゃんとした理由があるのだろう。

 早くも額に浮かぶ汗を拭い、俺も同じように歩き出した。











「近く、文化祭があるのは、さすがに一般から距離を置くりんりん先輩でも知ってますよね?」

「言うほど一般から距離を置いてるつもりはねえ。あと、そのくらい、ちゃんと知ってるし」

「良かったです。もう、文化祭の出し物を決める時期ですからね。これで知らなかったら、私どうしようかと」

「よかったな。どうもしなくていいぞ」


 酷い言われようだ。と、同時に少し安心もした。

 あの肝試しから一ヶ月以上が経過したが、実はこうやって水元と話すのはそれ以来だったりする。だからこそ、俺は水元に嫌われてないかと心の何処かで常に心配していた。俺はあの時――上園と協力してもらうために悪人を演じた結果、水元に嫌われることなど気にしないなんて思ったが、それでもやはり嫌われるのは嫌だった。

 結果に関しても同じだ。大事な友人を傷つけてしまったのだから……。だが、この様子だと、少なくとも大丈夫なのだろう。ショックのあまり、不登校にでもなっていたらどうしようかと思ったが。


 そうこう思考しながら歩いていると、ふとある部屋の前で水元は歩を止めた。


「ここは、新聞部の部室です」

「……らしいな」


 扉には【新聞部】と、手作り感満載のダンボールで作られた看板がかけてある。

 こういったものは、学校から支給されるものと勝手に思っていたのだが違うのだろうか。札くらい、100均でいくらでも買えるものだろうに。


「私の友達の一人が新聞部所属なんですよ。で、今回彼女からちょっと相談を受けてまして――」

「それより中に入ろう。暑い」

「それもそうですね」


 長くなりそうな話を打ち止め、水元はノックしてから扉を開いた。開いた瞬間、冷たいひんやりとした空気が俺の身体全身を包み込む。やはり科学の力は素晴らしい。俺は水元に続いて中に入り、さっと扉を閉めた。

 部室自体は大した広さはなく、中央には大小様々な紙が乱雑に置かれた木製の机が一つ。そして、その周りには棚がいくつかある程度で、部屋は人が五人横に並べる程度の広さしかなかった。

 そして、その机に穴が空くくらい視線を送っている女子生徒が一人、椅子に背筋を伸ばして座っていた。


「おーい、にしちゃーん?」

「…………」

螺咲(にしざき)ちゃん!」

「――ん?」


 二言目で水元の存在に気づいた螺咲さんは、ハッと俺たちの方へと顔を向ける。


「なっ、だ、誰ですか!」

「水元、話が通ってないみたいだけど」

「いや、ちゃんと前もって話しましたよ。ええと、ほら。この前、凄い使える先輩がいるって説明したじゃん」

「…………」


 俺は、この子に利用価値を見出されていたようだ。そして、そのことを何の躊躇いもなく本人の前で言ってくるとは。

 俺だって、ちゃんと傷つくんだぜ?


「あ、ああ、そういえば。先輩も、急に怒鳴ってすみませんでした」


 立ち上がり、螺咲さんは丁寧に頭を下げた。

 なんだろ、この子、実は新聞部じゃなくて書道部とか剣道部に所属してんじゃないの? 掛け持ちなの? だったらすげえし、何故新聞部なのか素直に気になる。


「では、誤解も解けたことですし、早速、にしちゃん。説明してくれる?」

「はい。取り敢えず、二人とも椅子に座ってください」


 了解を得たので、俺は触っただけで軋む椅子に座った。

 ちなみに、この部屋には椅子が合計四つある。当然、全てボロい。


「茶の一つも出せなくてすみません。なるべく、短くまとめるますので、少しの間、私の話に耳を傾けて頂ければ」

「あ、ああ、分かった」


 丁寧過ぎて丁寧過ぎて。いや、水元がおかしいんだけどさ。


「先ず、今の私が置かれた現状について説明します」


 目を瞑り、思い返すように螺咲さんは語り出した。

 これは、思ったより深刻な相談なのかもしれないな。











 螺咲さんの凛々しい声による相談内容を簡単に纏めると、『先輩を助けてやって欲しい』というものだった。

 これだけだと、さすがにあれなので、もう少し詳しく説明しようか。

 新聞部は現在、文化祭に向け巨大新聞というものを作成中らしい。そして、巨大新聞というだけあって、そこに載せるネタも大ネタから小ネタまで様々なものを載せようということになったらしい。

 しかし、小ネタならともかく、新聞部が想定する大ネタなどそう簡単に見つかるわけがない。だが、螺咲さんの先輩は、既に文化祭実行委員に、『大ネタから小ネタまでの様々なスクープ記事を載せた巨大新聞を作る』と言ってしまっているため後戻りが出来ない、言い換えると新聞部のプライドが許さないため、先輩は現在も古今東西、学校中を駆け巡っているのだとか。

 それを不憫に感じた――水元曰く、真面目が人の身体を手に入れたと呼ばれるほどの生真面目人間である螺咲さんは、先輩を助けるために大スクープを探そうと、様々な人脈を使って調査しているらしい。


 と、まあそんな螺咲さんに友人である水元は、俺という使い勝手の良い先輩を紹介したというわけだ。――いや、自負してるわけじゃねえよ? 完璧なる他称だよ?


「で、どうです? 何とかなりそうですか?」

「いや、どうって……」


 螺咲の希望は、先輩のプライドを守ることだ。

 それは、つまり特ダネをスクープしろという選択しかなくなってくる。

 だが、正直にいうと無理だ。使い勝手が良いことが、必ずしも万能であることとイコールとは限らない。そもそも、言うほど俺は使い勝手良くないし。


 ――と言いたいところだが、せっかく後輩が頼ってくれているのに、早々と無理と決めつけるのも良くないよな。それに、肝試しのこともある。ここは、罪滅ぼしとは言えない罪滅ぼしのような罪滅ぼしも兼ねて、出来る限りご期待に添えるとしようか。


「先ず、螺咲さんとしては、やっぱり小ネタ集にしました、というパターンは無しなんだよな」

「はい。自分勝手で申し訳ないですけど、そこだけは譲れません」


 真剣な眼差しを見るに、本気で譲れないらしい。さて、どうしたものか。

 一見すると、螺咲さんの希望に答え、かつ現実的な方法を取るという条件をクリアするなら、自分たちで特ダネを作り出すほかないように思える。

 プライド云々の話である以上、実行委員に売り文句の変更を掛け合うという方法は意味をなさない。

 かといって、本人を説得してどうこうなるとは思えないし、なるなら螺咲さんが既にやってるだろう。……いや、やってないか。やってないな。うん。

 ……しかし、新聞部という活動に情熱を注いでいるであろう先輩と、真面目な螺咲さんが作り話を了承するかというと、かなり厳しい。

 二人に黙って、こちらで勝手にやったとしても、螺咲さんのようなタイプならいずれ気づくだろう。こういうタイプは勘がいいと相場が決まっている。


「ちなみに今、にしちゃんは何してたの?」

「私ですか? 私は、小ネタの方を頼まれていたので、それの下準備を

「へえ。ちなみに、どんなネタなの?」

「インタビュー記事です。ほら、一年にアイドル志望の、つが――星川(ほしかわ)(はな)さんって子がいますよね?」


 星川華。アイドルを目指している一年生か。海に行った時に知り合って、夏休みの終わり頃に公園で絡まれたから、よく覚えてる。


「知ってる知ってる。確か、同性人気が地に落ちてる子だって」


 ……女子界は怖いな。


「でも、アイドルだからそんなの気にせず、自分のスタイルを貫いてるとか」

「はい。そんな自分を曲げない彼女からのオファーで、今回インタビューすることになったんですよ」

「へえ……って、あっちから頼まれたんだね」

「そうですね。でも、ここまで個性の強い人は中々いないので、こちらから取材を頼むのは恐らく時間の問題だったと思います」


 なるほどね。そう考えると、あの笑顔にも深い意味が……。


「で、どうです? 今の話を聞いて、何か思いつきましたか?」

「そうだな。アイドル志望の子を取材するっていう情報は、今後何らかのプラスになると思うよ」

「当たり障りのない、かつ中身の無い回答ですね」


 悪かったな。当たり障りのないつまらない回答で。

 これは、あれだぞ。咄嗟に話を振ったお前が悪い。俺はアドリブ能力糞なんだよ。


 だがまあ、アイドルにインタビュー云々はどうでもいいだろう。

 勝手にしてくれといった感じだし。それを、特ダネにする方法は俺には考えつかん。……いや、どんなインタビュー風景になるかは個人的に気になるところだが。やっぱ、『にこっ』てやるんだろうか。


「取り敢えず、帰ってから色々考えてみるよ。ちなみに、答えはいつまでに欲しい?」

「そうですね……文化祭が二十八なので」

「最低でも二十五、六か」

「そうですね。あまり日がなくてすみません」

「いいよ、別に」

「そうですよ。使える人は使っていかないと」

「水元、俺だって怒れるぞ?」

「いや、そういう意味じゃないですよ? にしちゃんはあまり人を頼らないから、そう言っただけです」

「言い訳になってねえ……」


 まあ、いい。

 今日が十日だから、リミットまで約二週間。

 やれなくはない。偽装するなら考えはあるし、本気で特ダネ狙いなら、先輩を説得の方向に持っていくまでだ。

 後輩がやれないなら、同期の俺がやればいい。

 …………そもそも、先輩とは誰なのだろう。いや、名前を聞いても十中八九、知らない人だろうが。











 翌、十一日。

 昼休み、作戦を練るため、俺は水元を食堂に呼んでいた。

 何故、食堂かって? 飯も一緒に食うからだよ。


「こんな、おしとやかで美少女な後輩とご飯を食べられるなんて、りんりん先輩も成長しましたね」

「そうたな。前半はともかく、後半は俺もそう思うよ」


 例によって人の少ない食堂にて、俺と水元は長机の端の方に座っていた。

 つか、前にも一緒に食ったことあるよな?


「率直な意見を聞きたいんだが」

「私の意見はいつだって率直そのものですよ。なにものにもフィルタリングされない、ね」

「ねっ。じゃねえよ! 何処が率直――いや、言うほど間違ってもねえな!」

「そうでしょう、そうでしょう」

「ああ、否定できねえ」


 『使える先輩』という言葉に、飾り気なんて微塵にも感じねえよ。


「じゃあ、早速訊くぞ。水元は、ネタを偽装した方がいいか、それとも先輩を説得するか、どっちがいいと思う?」

「二択ですか? 選択肢の少なさは、率直な意見の妨げにしかならないと思いますよ?」

「悪かったよ。じゃあ、質問を変えよう。今回、何が最適解だと思う?」

「特ダネ……と言いたいところですが、現実的に、かつ客観的に考えて、説得辺りが無難ですかね」

「何故?」

「特ダネは言わずもがな、難易度が高すぎます。私たちでどうこう出来る問題には見えません。偽装は、嘘を嫌うにしちゃん相手にしてはいけないこと一位なのでダメ。まあ、つまり消去法ってやつです」


 その回答は、俺も考えた。

 現実的に、かつ客観的に、それでいて無難な選択は、先輩の説得だ。だが、先輩のキャラクターが分からない今、この選択は場合によっては特ダネを探すことと同等の難易度になってしまう。

 もし、先輩が螺咲さんのような真面目が足生やして生活しているタイプのキャラクターなら? 俺や水元に説得出来るとは思えない。


「もし仮に、先輩が螺咲さんタイプならどうする?」

「私は確かめられる可能性について議論するのが嫌いです」

「その設定は初耳だ」

「私も人前で告白したのは初めてです」

「初耳なわけだ」

「まあ、でも、考えて見てください。これ以外に方法がありますか?」

「…………」


 偽装だろう。螺咲さんと友人である水元は、あくまで彼女の性格を考えて、その選択を捨てている。

 それは正しい。依頼者のことを無視して、より良い選択をする意味などないからだ。もし、その選択を取れば、それはただの自己満足に過ぎない。

 だが、それはあくまで螺咲さんに見破られるという前提での話。バレなければ、それは問題になり得ない。


 ……俺が考えた選択は、偽装ではなく"半偽装"だ。

 つまり、純粋な特ダネではなく、多少脚色した特ダネを作ろうということになる。

 この選択こそ、俺が俺なりに考えた、螺咲さんにとっても、先輩にとっても最低限の目的達成を兼ねた選択。


 もちろん、達成難易度の高さはそれなりにはあるのだが。


「その顔は、もうそれなりの案を考えついていますね」


 思考を読まれた。そんなに顔に出やすいか? 自覚ないんだが……。


「聞かせてください。よっぽどの事じゃない限り、私は協力しますから」


 一瞬、脳裏に過った、数ヶ月前の出来事。

 ……今回は、ああはしないさ。絶対にな。











 俺の考えを聞き、水元は暫く腕を組み黙っていた。


「……いいと思いますよ」


 水元は、気を利かせるタイプではない。さっきも自称した通り、歯に衣を着せない人間だ。


「でも、そう簡単に特ダネのタマゴを見つけられますかね」


 そう、この作戦の最大の問題はそこだ。

 元がなければ、一から十まで偽装となってしまう。それは出来れば避けたい。何故なら、嘘だとバレた時の螺咲さんの精神的なダメージが想像出来ないからだ。

 嫌うとか、嫌わないとかじゃなく、バレた後の新聞部への生徒、教師の目。

 半偽装ならば、それとなく納得はしてくれるだろう。

 楽観的だろうか? まあ、でも螺咲さんの要求に対する妥協点を取るなら、この選択しかないと俺は思っている。


「取り敢えず、ネタを探しにマイナーな部活でも回ってみますか?」

「そうだな」


 メジャーな部活のネタだとインパクトにかける。特ダネは特別だから特ダネだからな。見たものに驚きを与えないと。


 こうして、俺と水元はマイナーな部活を回ることになった。

 しかし、マイナーな部活か。全く、想像出来ないな。


あとがき


紹介


新聞部


主に学内の行事、例えば体育祭や球技大会から、身体測定、体力測定、定期試験、そして今回のように文化祭などを独自に取材し、新聞を作成している。

部員は現在、四名おり、三年の部長を中心に活動を続けている。

特に大会等も無いので目標なくやっているというのが現状だが、部長、そして螺咲(にしざき)が真面目に活動を行っているため、特に活動をサボることもなく、生徒から好かれる校内新聞を作成するため、日々精進している。

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