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第三十五話 アイドルスーパーパフォーマー

 いつ以来かの夢を見た。遠い過去を再構築した夢。

 目の前に立っていたのは、昔々に一目惚れした女の子。

 顔には靄がかかっていたが、感覚的に彼女だと分かった。

 一緒に遊んだ。遊んだ。遊んだ。遊んだ。遊んだ。


 夢なんてそんなもんさ。女子だから男子だからではない。普通に身体を動かして、異様に身体は軽くて、気の向くままに、欲求のままに身体を動かして遊んだ。


 ああ、疲れた。疲れて休んでいたら、彼女が口を開き言った。


 言った。けど、何を言ったのかは分からない。分からない? 分からないのか?


 分からないさ。分からない。何も、何だって分からないさ。











 時刻は、九時過ぎ。

 規則的になり続けるめざましを止め、俺は極めて自然に両腕を上に伸ばした。

 窓から入ってくる朝の光は、今日がまた灼熱の晴天であることを知らせてくれる。

 今日も休み。学校は休み。でも、休みは後一週間ほどで終わり。

 素晴らしく、目覚めの悪い朝だ。

 良い夢は見たが、どうにも、早くも忘れかけている。


 人生で初めて一目惚れをした。いや、恐らく一目惚れをしただろう。一目惚れだっただろう。

 いつだって誰かと一緒にいた、笑顔が魅力的な女の子。

 何をして遊んだんだっけ? 何を話したんだっけ?

 名前は、なんだっけ?


 好きな子なのに、憶えていることは酷く少ない。もしかしたら、記憶を都合良く改ざんしているのかもしれない。

 そうは考えたくないが、何分(なにぶん)昔々の話だからな……。


 まあ、いいや。所詮は過去の話。


 さて、気だるいけど着替えるか。











 昼食を食べてから数時間後、暇だった俺は、目的もなく外に出て何の変哲もない住宅街を歩いていた。

 特に理由もなく。ただ、気分に身を任せ、前へ前へと歩いていく。

 俺は、ここで生まれ、ここで育ち、ここで思い出を作ってきた。

 だから知っている。ここは、時とともに変わりながらも、その本質は何も変わってはいないことを。


 遠くで子どもの声が聞こえる。公園が近いから、そこから聞こえてくるのだろう。

 この近くにある公園には、ブランコと滑り台くらいしか遊具はない。あとは、更地に公民館、ベンチが置いてある休憩所のような場所があるくらいだ。休憩所といっても、夏場は虫が大量発生するので、座って休んでいる人を見たことはない。虫を取って遊んでいる子なら見たことあるが。


 ……そういえば、初恋の子とよくここに来ていた気がする。

 でも、何をして遊んでいたのだろうか? 鬼ごっことかかくれんぼとか? サッカーとか野球とか?

 相手は女の子だけど、活発な子だったのは憶えている。

 俺は、どうだっただろうか。あまり、活発な性格じゃなかった気がするが。というより、人見知りしてた気がする。


 ――気づけば公園前に来ていた。

 公園内では、予想通り小学生くらいの子どもたちが走り回っていた。虫取りしている子供もいる。

 確か、あの時もこうやって走り回っていたような……。


 何気無しに来てしまったから、何となしにベンチにでも座って休憩していこうと思ったが、この中で一人ベンチに座って項垂れるのは色々とキツいものがある。

 少し時間を潰そうか。少し時間を潰して、学生が帰った後にでもまた来ようか。


 ――なんで? なんで、ここに拘るんだ? 別に、暑いし家に帰ればいいのに。


 余計な想いとは裏腹に、足は勝手に動いていく。

 そうだ、本屋に行こう。

 その足は、気付けばここから十分程度の距離にある本屋に向けられていた。











 陽も落ちたころ、俺は再び公園に来ていた。

 さすがに電灯が点くくらいには暗いこともあって、公園内に人の姿は見られなかった。


 そんな誰もいない公園に、少し胸を高ぶらせながら俺はベンチに腰を下ろす。

 さて、どうしようか。腹も減ったし帰ろうか。


 ――腹が鳴り、勝手に恥ずかしがり、俺はベンチから立ち上がろうとした。


「おっ、こんな時間に人が居るとは珍しいですねー」


 暗がりの中、こちらに向かってくる小さな人影が一つ。小学生ではない。中学生とか高校生くらいの。


「どうしたんですか? お疲れのようですけど」


 街灯に照らされたのは少女、いや高校生くらいの女子だった。

 真っ白な肌に、幼さの残る顔立ち。そんな彼女は、サイドに結んだ髪を揺らし、こちらを覗き込んでくる。

 星喰(ほしばみ)(はな)さん。海水浴に行った際に出会った、アイドル志望の一年の女子だ。


「ほらほら、仏頂面なんてつまんないですよ。はい、『にこっ!』」

「いや、悪いけど、今は『にこっ』て、したい気分じゃないんだよ」

「そんなのダメだめですよー。ほらほら、悲しい時こそ、辛い時こそ、元気ない時こそ笑え、ですよ。ほら、はい!」

「いや、はいじゃなくて……」


 この子に懐かれたのだろうか? それとも、アイドル志望だから誰にでもこうなのだろうか?

 とにかく、普段の俺なら歓喜ものだが、今の俺はちょっとそういう気分にはなれない。


「どうしたんですか? 私でよければ聞き手になりますよ?」

「俺としては、なんでこんな時間に、こんな所に星喰さんがいるのか聞きたいよ」

「私が? それはですねえ、実は秘密の特訓をここでよくやってるんですよ」


 あっさりと秘密の理由を教えてくれた。そうか、アイドルって歌ったり踊ったりしなきゃだもんな。

 しかし、意外と真面目にアイドル目指してるんだな。キャラ作りだけかと思ってたのに。


「あっ、今私のことバカにしました?」

「いや、凄いなって思った」

「えっ、そうですか? いやあ、そんなことないですよー」


 素直だなー。照れ臭そうに、口元隠してるし。


「それで、せんぱいは何でこんなところに?」

「強引に話を戻してきたな。まあ、いいけど」

「そうですよー。話したら絶対楽になります」


 楽になるか。まあ、間違ってないのかもな。まだ、知り合って間もない、中途半端な関係だからこそ、話せることもあるのかも。


「傷心だよ。動かずして失恋したんだ」

「! ……そうでしたか」


 少し驚いたように、彼女は言った。

 俺が恋愛するようには見えないんだろう。まあ、否定はしないさ。


「どう思う? 何もしてないのに、勝手に失恋して、勝手に落ち込むのは」


 全く、下級生に何を訊いてるんだろうか。少しイラついているのだろうか。

 何を、そんな意地悪な質問を――。


「普通じゃないですか?」


 ? 普通?


「何もしてなくても、勝手に失恋しても、勝手に落ち込んでも、それは普通の、極々普通の感情だと思います」


 普通。そうか、普通。何もせずに勝手に失恋しても、それは良くある話で、また落ち込むのも特別なことではない。


「そして、いついかなる時でも、そういった人を元気にするのが私です!」


 口角を上げ、自信ありげに彼女は答えた。

 なんでだろうか。少し元気になってきているのを感じる。何もしてないのに。ただ、彼女と話してるだけなのに。

 これが、アイドルか。アイドルパワーか。


「はい、じゃあここで良い『にこっ』のやり方について伝授しましょう」

「『にこっ』が固有名詞になってね?」

「そんなことより。はい、先ずは顔の横、目の隣くらいでピースサイン」

「こうか?」


 意外と恥ずかしいな、これ。


「ピースサインを寝かして」

「寝かす、横に」

「そして、とびっきりの笑顔。『にこっ!』」

「にこっ!」


 …………。


「せんぱいは先ず、自然な笑顔を作るとこから練習ですね」

「悪いかよ! 写真撮る時、自然な笑顔が作れずに一人だけぎこちなくなる人間で!」

「練習あるのみ。大事なのは、恥ずかしさを捨てることですよ」


 なるほど。今まで、恥ずかしがってきたからぎこちなくなってたのか。


「さて、そろそろお腹も減ってきましたし、帰りますか」

「それもそうだな」


 唐突ではあるが、事実腹は減ったからな。凹み疲れたし、帰るか。


「では、また。今度は、学校で会いましょう!」


 『にこっ!』と笑顔でピースサインをし、彼女はかけていった。

 アイドル志望の星喰華か。不思議な子だ。また、会いたくなるなんて。本当に不思議で、魅力的だよ。


 さて、俺も帰るか……つか、夜も遅いし、星喰さんを家まで送り届けた方が良かったな。

 全く、変なところで気が使えない。こういうところは、直していかないとな。


あとがき


星「ついでに次回予告もやっちゃいますよ! せんぱい!」

九「なあ、なんで俺は前回――」

星「大人の事情らしいです。深く考えたら負けですよ☆」

九「ま、負け?」

星「さて、次回から遂に新章、文化祭編の開幕です」

九「もうそういう季節か、早いもんだな」

星「早いもんですね。次回『とある新聞部の憂鬱』」

九「新聞部? 文化祭編は……?」

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