第三十四話 リノ 二 イ、 リノ 二 ウ
八月十五日。日曜日。
俺は、霧茅、蹴珠、木窯から地元の夏祭りに行こうと誘われていた。
ちなみに、例によって発案者は霧茅だった。あんな事があったにも関わらず、変わらず俺を誘ってくれる霧茅は本当にいい奴だと思う。
そして、大丈夫か心配になってくる。金潟を振り、霧茅は大きな傷を負ったはずだ。それなのに、電話越しの霧茅の声に変化は全くと言っていいほど見られなかった。
あの日の夜から翌日帰りの車中まで、霧茅は珍しく誰とも口を聞かなかった。
あいつとは数年の付き合いだが、そんな姿を見たのは初めてだ。だから、俺は今回の選択を後悔していた。
していたのだが、今日あいつの声を聞いたことで、正直少し救われたと思う。選択ミスは間違いないのに。それでも、少し楽になっていた自分が、俺はますます嫌いになった。
さて、話を戻そうか。
現在、時刻は夕方六時過ぎ。既に、賑わいを見せている祭り会場の近くで、俺は三人の到着を待っていた。
やはり、夏真っ盛りということもあり、日が傾きかけているにも関わらず不快指数は全力で記録更新に向けて上がり続けている。
やはり、人口密度の高いところは嫌いだ。
「おーい、くがわんくーん」
思わず力の抜ける声で俺を呼んだのは、もちろん不地方さんだ。
なお、隣には火七海さんもいる。
しかも、どちらも浴衣姿というサプライズ付きだ。
「なにあんた、ぼっち祭りでもしてんの?」
「ぼっち祭りってなんだよ。つか、会って早々ぼっち決めつけとか失礼な奴だな。あと、俺は犬じゃねえ」
「やっぱり、くがわんくんのツッコミのキレは凄いねー」
「いやだから……まあ、いいや」
それよりも、浴衣姿についてツッコミか。
「綺麗な浴衣だな」
「不思議ね。あんたに口説かれても全く心が動かない」
「ほんとな。口説いたつもりなんて微塵もないのに、口説かれたと勘違いするほど心を動かすなんてな」
「やっぱあんたムカつく」
「行くわよ、薫」と、火七海さんは強引に不地方さんの手を引っ張り歩いて行った。
それに入れ替わるように、聞き慣れたいつもの声が俺の耳に入る。
「いやー、悪い悪い。着るのに手間取ってな」
そう苦笑いで答えたのは、甚平姿の霧茅だった。
なんだこのリア充。
ちなみに、他の二人は普通の服装だ。
「んだよ、九賀羽は普通かよ」
「普通で悪かったな」
「全く。着たくても着れない人もいるというのに!」
サイズなかったのか、蹴珠は。
「じゃあ、適当に見て回るか」
霧茅の一声に、皆は頷く。
なんだ、いつも通りじゃないか。
いつも通りだから問題ない。
いつも通りだからいつも通り楽しもう。
そうした方がいいのかもしれない。少なくとも、霧茅はそれを望んでいるだろうから。
焼きそばに、たこ焼きに、お好み焼きに、イカ焼き。りんご飴に、綿あめに、チョコバナナに、かき氷……他いろいろ。
「いやー、美味しいですなー」
久々に、満足顔の蹴珠を見た気がする。
「柳、あんま食うと太るぞ」
「もう、太ってますぞ」
「それもそうだ」
「やあやあ」
唐突な後方からの声に、俺たちは振り返る。
「やっぱり君たちも来てたんだね」
「おっ、一灯じゃん」
眼前に立っていたのは、意外にも普通の格好をした月下さんだった。
いや、服装は普通だが、頭には狐の面が付けられている。
「一人か?」
「まあね。たまには一人で祭りを楽しむのも悪くないと思ってさ」
「なるほどね」
霧茅の反応を見るに、そこまで珍しい事でもないらしい。
確かに、月下さんに祭りに誘う友人がいないとは思えないし、そういうものなのだろう。
「でもまあ、せっかく会えたんだし――そうだな、私と射的で勝負しない? 九賀羽君」
「……ん? えっ、俺?」
「そう。実は、九賀羽君に有益な情報を今持っていてね。君が勝ったら情報を公開しようじゃないか。なんなら、有益な情報に加えて、君が喉から手が出るほど欲しいだろう物も付けよう」
「有益な情報?」
「ヒントは、君の大切なモノに関する情報だ」
意味深長に、月下さんは微笑を浮かべた。
なんだかよく分からないが……まあ受ける理由はあれど、受けない理由はないか。
「分かった。その勝負受けるぜ」
「さっすがは九賀羽君。ではでは、ルールを霧茅君たちに決めてもらおうか」
「ほう、我輩たちが決めてよいのですな?」
「そうだよー、私が決めたら不公平でしょ? もし、特に無いなら私が決めるけど」
「凛派な俺たちが決めても不公平になりそうだけどな。まあ、一灯がいいなら、有難く決めさせてもらおうぜ」
言って、霧茅は二人を集め作戦会議を開始した。
しかし、射的で勝負するなら、例えばより価値の高い、または大きな景品をより多く取った方が勝ちとか、わざわざ考えなくてもルールなんて決まってきそうなもんだけどな。
「九賀羽君、九賀羽君」
と、そんな事を考えていたら、月下さんが小さくこちらに向かって手招きをしてきたので、俺は彼女の方へと近づいた。
「実は、さっき水元、金潟ペアと会ったんだけど」
小声で、月下さんは言った。
この場に二人がいることに特に疑問はない。まあ、あまり居て欲しくなかったというのが正直なところだし、逆に居るなら会って話がしたいというのも正直なところだった。
しかし、それを俺に言うということは、やはり月下さんも霧茅のことを心配していたのだろうか。
「私の目から見た限りじゃ、二人とも特にいつも通りだったかな。金潟さんも元に戻ってたし」
「そっか。良かった」
「うん。で、霧茅君はどう? 私から見たら、特に変わりないように見えるけど」
「俺も全く同じ感想だよ」
「そっか、でもまあ、中々難しいだろうけど、二人を会わせるようなことは避けた方がいいかもね」
「うん」
二人ともルール決めたぞー。
霧茅の声に、俺は月下さんから顔を戻す。
さて、どんなルールになったのだろうか。
「先ず、射的だけど。一回四百円で弾数は七発。景品は駄菓子からぬいぐるみまで色々だ」
「そこで二人には、獲得した景品の大きさに関連したポイントを稼いでもらいますぞ」
「まあ、つまり大きい景品を狙って高得点を狙うか、小さい景品を狙って確実に点を重ねるかってことだな」
この上なく分かりやすいルールだ。
ようは、数多くの景品を取ればいいのだから。
「うん。分かりやすいルール設定ありがとう。じゃあ、早速勝負しますか」
こうして、月下さんとの射的バトルが幕を開けたのだった。
「月下が、ここまで射的が下手だとは思わなかったよ」
結果は、俺が四点、月下さんが零点とあっけなく俺の勝利で終わった。
つか、月下さんの弾、一発も景品に擦りもしなかったぞ。
「勝負なら金魚すくいとか、他にも色々あっただろうに」
「何故、この勝負を選んだのか疑問が残りますな」
いや、本当に何故この勝負を選んだのか。
「い、いやさ。この日のために、ゲームセンターで鍛えてきたんだけどさ……」
「シューティングゲームか。なら、水元とか上手いんじゃなかったか?」
「そういえば、水元凄かった記憶が」
「そうなんだ。なら、来年に向けて弟子入りでもするかな」
ははは、と渇いた笑いを見せた月下さんに、勝負直前の自信満々な表情は見られない。
「さて、負けたんだから約束通り情報を公開しないとね」
そう言って、月下さんは手に持っていた紙袋から一枚の写真を取り出し、前に出した。
その、インスタントカメラで撮ったであろう写真には、一人の清楚という言葉が、大和撫子という言葉が、文学少女という言葉がよく似合う、浴衣姿の女子が写っていた。
そう、風羅さんだ。
「ど、どこでこれを……」
「さっき、偶然会ってね。せっかくだから三枚撮らせてもらったの」
「さ、三枚も!」
「私に勝った君に一枚あげよう」
「おっ、おおおう!」
「落ち着け、九賀羽。キモいぞ」
「この写真が貰えるなら、キモくても!!」
「手に負えねえ」
「いや、喜んでもらえて何より。さて、もう一つの報酬だけど――」
ふるふると震える手を抑え、俺は改めて月下様の方を向く。
「浴衣姿の風羅さん、上園君と一緒にいたよ」
「…………えっ?」
急転直下で現実に引き戻された俺の手は、震えるのをやめた。
「えっ、なんで」
「さあ? 理由まで詮索する必要は、私にはないからねー」
「いや、まあ、そうか……」
俺は、ボディバッグに丁寧に写真を仕舞った。
上園と風羅さんが、月下さんの言葉をそのまま受け取るなら、二人きりで祭りに来ていたということになる。
しかも、風羅さんは浴衣姿だ。風羅さんが、進んで浴衣を着るとは思えない。つまり、誰かに半ば強引に進められて着たということ。
誰だ? 風羅兄か? いや、そういうタイプには見えなかったし。
「色々思うならさ、会って訊けばいいんじゃないかな」
「そ、そうだな。会って訊けば」
訊けば? それでいいのか?
訊いてどうする。それで、二人きりで祭りに来たという事実が変わるのか?
会っても、現実を見るだけで何も変わらない。寧ろ、ダメージを受けるのはこちらじゃないか。
聞かなかったことにすればいいじゃないか。浴衣姿の風羅さんは幻想だ。鞄の中の写真は、幻想を切り出したに過ぎない。
……無茶苦茶だな。
「まあ、花火までは二人ともそこら辺を歩いてるだろうし、嫌でも会うことにはなるだろうけどね。浴衣姿の美女なんて目立つし」
「そういや、龍の方も甚平姿だったのか?」
「そうだよ。いやー、上園君も顔はそこそこいいからさ。和装の美男美女。ほんと注目の的だったよー」
「へえ。それは見てみたいな」
和装の美男美女? そうだ。俺は、それを見に行くんだ。
決して、風羅さんと上園に会いに行くわけじゃない。ただ、見に行くだけ。どれだけ似合っているのか、見に行くだけ。
「行こうぜ。まだ、花火の時間まで余裕あるし」
「行って、煽ってこようぜ」
「いや、煽る必要はないから」
ほら、三人も行きたいって言ってるし。だったら、行かない方がおかしいじゃないか。
俺は、いつものように、同意するように頷いた。
二手に分かれて和装姿の美男美女を捜索すること三十分。祭り会場は、そこまで大きくないのだが、如何せん人が多過ぎるため移動に時間がかかってしまっていた。
「どうだ? そっちは」
「全く。ほんと、ここにいんのかよ」
綿あめを片手に持った霧茅の問いに、俺と一緒に捜索していた木窯は気だるそうに答えた。
この人口密度と暑さだ。歩くだけで、体力と気力がゴリゴリ削れていくのが分かる。
「……少し考えるか」
綿あめを食べながら、近くにあったベンチに霧茅は腰を下ろした。
俺も、道中でなんか買えばよかったかな。
「なあ、凛。風羅さんって、こういう人口密度の高いところって苦手だと思うか?」
「……そうだな、苦手だと思うよ」
少し迷ったが、俺はそう返した。
風羅さんの性格を考えれば、このような場所に長居するとは思えない。まして、浴衣姿で注目を浴びているとなれば、なおさら帰りたいと思うだろう。
もしかしたら、もう帰ったのかもしれないな。
「なら、あそこに居るかもな」
「当てがあるのか?」
霧茅は、自信満々に頷いた。
「ほら、ここの近くに虚夜神社ってあるじゃん。実は、あそこって絶好の花火鑑賞スポットなんだよ」
「知ってる。でも、あそこは霊が出るっていう話が出てから、夜に入る人は殆どいなくなったんだろ?」
「ああ。だからこそ、二人が行く可能性が高い」
「風羅って、霊とか大丈夫なタイプなのかよ」
「……いや、それは何とも言えないけど」
と霧茅は言うが、そうとも言えない。
肝試しのこと、また火七海家での事を考えると、風羅さんは寧ろ進んでそのような場所に行きそうだ。
つまり、おそらく霧茅の言うことは当たっている。
上園が霊とか信じるタイプかどうかは知らんが、そういう場所があり、また風羅さんが大丈夫なら、あいつは何も言わずそこに行くだろう。
「まあ、めんどいけど行くだけ行ってみるか」
「珍しいな。木窯が渋らないなんて」
「面白いものが見れそうだからな」
「面白いもの、か。俺はあまり見たくないな」
二人の会話を聞きながら、俺は少しずつ、自分の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
今までも終わりを感じたことは何回かあった。しかし、終わったことはなかった。
でも、今回ばかりは違う。終わりは、本当の終わりとなる。
四月から続いていた物語が終わってしまう。
完全に閉ざされてしまう。
「さて、行きますか」
綿あめを食べきり、霧茅は立ち上がった。
人口密度の高さと不快指数の高さにクラクラしながらも、俺はどうにか二つの足を地につけ、歩き出す三人の後に付いて行った。
すっかり日の落ちた砂利道を、虚夜神社に向かって歩けば歩くほど、人の影は少なくなっていく。
喧騒も祭囃子も、すっかり遠くのものとなってしまっていた。
そのような寂しさの残る道を更に歩き、俺たちは遂に、大きな年季の入った鳥居の前に辿り着いた。
「階段か」
そう漏らした木窯を始め、さすがに体力に自信がある霧茅も、これにはまいった表情を見せていた。
急な石の階段の先は、暗闇に包まれ何も見えない。何処まで続いているのか、登り切るまで、どの程度の時間を要するのか、考えるだけで汗が滴り落ちるほどだ。
「悪い、九賀羽。私はパス」
「我輩も、さすがに、疲れました、ぞ……」
蹴珠に関しては、既に脱水症状で倒れそうなほど、汗でぐっしょりと濡れていた。
そんな、疲弊している蹴珠に水の入ったペットボトルを差し出しつつ、霧茅は一つ息を吐いた。
「どうする? 凛」
結局、最後は自分に選択権が回ってくる。
そんなこと、考えなくても分かっていたはずだ。
それなのに、俺はその問いの答えを持ち合わせてはいない。
「登るよ。ここまで着いて来てくれて、ありがとう」
だが、自然と言葉は出てきた。
優しさからか、お礼の言葉まで添えて。
「別に、お前のために付いてきたわけじゃねえよ」
「そうだぞ、凛。俺らは、和装姿の美男美女を見るついでに、絶好の花火鑑賞スポットに行くためにここまで来たんだ」
霧茅は、俺のためにここまで来てくれたのだろうか。
蹴珠は? 木窯は?
いや、今更そんなことどうでもいいさ。
「……そうだな。じゃあ、行ってくる」
結局、背を押されなきゃ、俺はここまで来なかったんだ。
そして、今は背を押されたからこそ、事実を確認するチャンスを得られたんだ。
行かなきゃ悪いだろ。例え、どんな理由で三人がここまで来たとしても。
俺は、固い固い階段を登り始めた。
疲れも気怠さも鬱陶しさも、今は気にならない。
機械的に、無機質に、ただ足を上げ前に出していく。
心臓の高鳴りも、気づけば収まっていた。
意外にも段数の少なかった階段を登り切り、俺は一つ息を吐く。
夜が立ち込める境内に、人の姿は見当たらない。
時折吹く、生温い風が、木々を揺らし音を立てるだけ。
本当に、ここに人がいるのだろうか。それも、二人も。
誰も居ない。誰にも見られない。誰にも邪魔されない。
このような空間に、人がいるのだろうか。
呼吸を整え、歩を前に出す。
瞬間、背後から影を作るほどの光が差し、大きな破裂音が境内にこだました。
花火が打ち上げ始められたのだ。
連続して打ち上げられる花火は、今立っている場所からよく見えた。
綺麗に、色鮮やかに、美しく。
次々と、花が夜空に咲いていく。
こんな煌びやかな光景を、誰とも共有出来ないのか。
少し勇気を出せば、そのような欲求も叶ったのではないだろうか。
……俺は、身体を再び神社の方へと向き直し、歩き出す。
ここよりも、もっとよく花火が見える場所があるはずだ。
それは、予感というよりも確信。
何かに引き寄せられるように、ただただ花火を横目に歩いて行く。
ああ、歩を止めたい。
好奇心が混ざる想いを止めたい。
傷つくくらいなら、知らない方がいい。
もう、後戻りは出来ない。
闇夜を照らす、火の光。
続け様に光るそれは、闇夜に紛れる二つの影を照らした。
重なり合う、顔と顔。
覗き込むように少し屈んだ男と、恥ずかしそうに目を見開く女。
時が止まったような。それでも、連続して照らされるそれは、俺の脳裏に深く刻まれた。
……良かったのかもしれない。
これで、ようやく諦められるのだから。
ようやく、終われるのだから。
あとがき
風「……えっと、次回はアイドル志望の子が出るみたい」
風「次回、『アイドルスーパーパフォーマー』」
風「次回も、お楽しみに」




