第三十一話 ウルフタイガーゴーストウォッチ
一方的な虐殺という枕詞付きの神経衰弱を終え、俺たちは完全に息絶えていた。
「何してんの、あんたたち」
買い出しから帰ってきたら、金潟さんが次のゲームのためにトランプを無表情でかすっている周りで、三人の野郎どもが地に伏せていた。
そんな人生上、そう何度も拝めるものではない光景を見て、火七海さんは何を思うか。
俺には、とても想像出来ない。
「あれ? 一灯は?」
そんな俺たちにかけられた霧茅の第一声は、俺たちを心配するものではなかった。
「月下なら、風羅兄と一緒に貴様山? に行ったぞ」
「木傘山にか?」
「よく分かったわね、零耶」
「いえ、このくらい。私は、輝耶様に仕える身ですから」
「そう。なら、野菜の下ごしらえを頼めるかしら」
「了解です!」
なんで急に野菜の下ごしらえの話になったのかよく分からないが、木七海さんが嬉しそうなので気にしないでおこう。
「なるほど、肝試しの準備に行ったのか」
「ねえ、肝試しって、ほんとにやるの?」
「あれー? 火七海、もしかして怖いのかー」
「そ、そんなことないわよ。ていうか、夜の山とか危ないし、高校生だけで夜出歩くのは」
「お前は子供か。おい、薫もなんとか言ってやれよ」
「肝試しやろうよー。面白そうじゃんー」
「私は留守番してるわ。ほら、荷物もあるし、一人くらい残ってた方がいいでしょ?」
「一人……か」
「な、なによ」
「帰化様山って聞いて、ずっと何かが引っかかってたんだけどよ」
「玲、木傘山な」
「そう、その木傘山。漢字で書くと、木に傘に山なんだけどよ」
「なんだか、凄く適当な説明ね」
「実は別の書き方もあるんだよ」
「別の書き方?」
「忌むに重ねるに山。忌重山。つまり、忌まわしいモノが大量に跋扈する山。ってこと」
「そ、そんなの、創作話でしょ。信じないわよ、私は」
「まあ、信じる信じないは自由だけどよ。こういう時に一人になるってことは、つまりそういうことなんだぜ?」
「…………」
火七海さんって、結構純粋だよな。
つか、火七海さんが留守番するなら、もれなく木七海さんも付いてくるから、あまり気にしなくていいと思うんだが。
まあ、月下さんがゴネるだろうから無理だと思うけど。
「わ、分かったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
そして、折れる火七海さん。
不地方さん並みに、詐欺に引っかからないか心配になってくるお嬢様だな。
と、話が終わったところで、霧茅はポンと手を叩いた。
「さて、じゃあ俺たちも木七海さんの手伝いでもしますか」
作るものはカレーなので、手伝いは数人いれば十分だろう。
俺は立ち上がり、台所に向かう霧茅の後を付いて行った。
時刻は十七時過ぎ。
月下さんと朝野さんが帰ってきたので、俺たちは少し早めの夕食を取り、後片付けをしていた。
「で、仕掛けはバッチリなのか?」
「もっちろん」
皿洗いをする霧茅の問いに、洗った皿を拭いている月下さんは調子よく答える。ちなみに、もうゴーグルはかけていない。
月下さんがそこまで自信よく答えるということは、それなりに楽しめるものになっているということだろう。
「安全面とかは?」
「それも大丈夫。一本道だし、普通に懐中電灯持ってればそうそう迷わないって、朝野さんも言ってたしねー」
「なら、大丈夫か」
そういえば、どういうタイプの肝試しをするのだろうか? 一般的には、何かを持って帰るタイプが主流だと思うのだが――というより、肝試し場所の確認ではなく、準備をしてきたのだからそういうタイプでほぼ確定だろうが。
「月下さん。肝試しって、どんな感じにやるの?」
「うん? まあ、普通の肝試しだよ。片道十分程度の山を登って、少し目立つ場所に置いてある人形を取って戻ってくるだけ。簡単でしょ?」
「人形?」
「さすがに日本人形とかそういうのじゃないよ? 普通の、可愛い人形」
いや、夜、しかも肝試し中となると、可愛い人形でも不気味な人形に様変わりすると思うのだが……。
「で、私と朝野さん、木七海さんは何かあった時のために入口、もしくは道中で待機」
「一灯は参加しないのか?」
「私はそういうタイプじゃないって、よーく知ってるでしょ?」
その言葉に何か言いたげな表情を返すも、霧茅は口を閉じた。
そういうタイプじゃない? あくまでも企画することが好きであって、参加はあまり好きではないとか?
つか、道中で待機とか、何かする気満々ですやん。
「で、基本二人一組で行ってもらうんだけど。男子は必ず女子と組んでもらうとして、それでも女子が四人ほど余るんだよね」
「四人か。まあ、仕方ないんじゃね?」
「まあね。ほんとは、全員が異性と組んで欲しかったんだけどね」
「まあ、こればっかりはな」
「仕方ないよねー」
極めて自然な流れで、男女ペアが確定した。
と、同時に大きな不安が俺の中に渦巻き始めていた。
橋元さんと金潟さんがペアになってしまったら?
そもそも、一番いいのはこの二人が霧茅とペアにならないのが最適解なのだ。たちが悪いのは、片方が霧茅とペアになること。これは、あまりよろしくない。
月下さんに頼んで、くじに細工してもらおうか。つか、くじで決めるんだよな? 独断と偏見で決めないよな?
「よし、洗い物終了。で、何時に行くんだ?」
「日が落ちてからだから、七時くらいかな」
「じゃあ、それまで何するかな……」
なんか、俺だけ苦悶してるなー。くそー。
とにかく、考えないと。先ずは、水元に肝試しの話をして――。
「九賀羽?」
不意に話しかけてきたのは、上園だった。地味に今回初めてだな、上園と話すの。
「どうした? 顔色悪いけど」
「えっ、いや……」
顔に出てたか。こういうの誤魔化すの上手い方だと思ってたんだがな。
……話すか。冷静に考えたら、水元と仲良く――いや、せめて嫌われないようにしたいと思ってる上園にとって、今の水元の状況は願っても無いチャンスだからな。水元には悪いけど。
「いや、まあ、そうだな。ちょっと話、聞いてくれるか?」
「おう、いいぜ」
俺は、それとなくみんなが各々くつろいでいるリビングの方に目をやる。
台所からなら、みんなに話してる内容がバレる心配もないだろう。つか、金潟さんと橋元さんの視線に挟まれる霧茅マジ主人公。
「水元の友人の金潟さんは知ってるよな?」
「ああ。あの、少し内気なタイプの」
「そう。その金潟さんなんだけど、実は霧茅のことが好きなんだよ」
「へえ。……ん? いや、でも霧茅には橋元さんがいるんじゃ」
「そう。でも、金潟さんはその事を知ってても、霧茅を諦めるつもりはないらしい」
「そうなのか」
さて、ここまでが前置きだ。
「で、ここからが本題なんだけど。さっきの神経衰弱で嫌というほど、金潟さんがどういうタイプの人間か分かったよな?」
「そういえば、金潟さん、キャラが少し――いや、だいぶ違った気が」
「そう。水元曰く、あれが本性らしい。いつもの内気なキャラは、あの性格を隠すためのものだとか」
「マジか」
「嘘だ」
「えっ?」
「いや、本性云々は嘘だ。水元に、俺も騙された嘘だ」
「えっ、ああ、そうなのか」
大して仲良くない人に冗談を言ってはいけない。
俺が、今学んだことだ。
「話を戻すけど、水元は金潟が暴走するのを避けたいらしい」
「確かに、今の金潟さんなら霧茅を奪うために何をするか分からないもんな」
順応力が高い人って素晴らしい。俺の言ってること、大概おかしいのに。
「でも、いいのか? 水元さんは、まだ俺のこと嫌ってるんじゃ」
「いや、むしろ――言葉は悪いけど、この展開を利用するんだよ。上園が上手く、金潟さんが暴走しないように立ち回れば、水元だって少しは上園のことを見直すはず」
「見直す、か」
「ああ」
「でも、どうすりゃ……」
問題はそこだ。
上園だって、俺が言えた義理じゃないが頭が切れる方ではない、と思う。
だから、どうしても俺と同じ問題にぶち当たってしまう。
だが、俺と水元と上園。三人の力を合わせれば? もしかしたら、予想出来る最悪の展開を回避することが出来るんじゃないだろうか。
三人で作戦会議を行う。三人なら、変えられる。
「……よし、作戦会議しよう」
「そうだな、作戦かい――えっ?」
先ほどまで腕を組んで悩んでいた上園による、俺よりも先にされた唐突な提案に、俺はただただ驚いた。
現在、海が見える大窓を右にし、丸テーブルを挟んで俺の前にそわそわしている上園、そして俺の左には目に見えてイラついている水元が座っていた。
場所は、例の海が見えるベストプレイス。巨大な窓から見える夕日によって朱色に染まった海は、俺たちに特別な感情を抱かせるだろう。
いや、今は無理だけどな。
「さて、作戦会議といこうと思うのだが」
「私は嫌ですよ。いくら、いつきんを止めるためとはいえ、上園と手を組むなんてあり得ないです」
「上園"先輩"な」
いくらなんでも、何も成果を上げてない状況で手を組ませようというのは無理難題だっただろうか。
といっても、さすがに今回の事に関しては、一人一人で解決できることではないと思うのだが。
「なあ、水元。何かを得るためには何かを我慢しなくちゃならない時だってあるんだぜ?」
「それは、まだ先の話であって、今現在の状況には当てはまりません」
「いやでもな。さすがに俺と水元だけじゃ、色々と限界があるというかさ」
「じゃあ、上園が金輪際さやさや先輩に近づかないと誓うなら協力しましょう」
「お前なあ……」
水掛け論だ。この達の悪い迷宮から抜け出せる気がしない。
かといって、妥協するわけにもいかない。俺には、上園に借りがある。さすがに、このまま借りを返さないわけにはいかないからな。
……はあ。仕方ない、悪役になるか。
「分かった。じゃあ、こういうのはどうだ?」
「?」
「協力しないなら、俺は金潟さんと橋元さんを意図してぶつける」
「……何言ってるんですか?」
「そのままの意味だよ。もし、ぶつかったら間違いなく金潟さんは負ける。しかも、再起不能になることは間違いない」
「……本気ですか」
「本気だよ? お前だって、俺が本気になったら容赦ないこと知ってるだろ?」
「おい九賀羽。さすがにそれは」
口出しする上園に、俺はそっと指を口に当てた。
大丈夫、任せろ、と。
伝わったかどうかは知らん。
「やっぱり、あなた最低ですね」
「少なくとも、上園よりは下だと思ってるよ」
「…………」
やっぱり、か。
とにかく、これで大丈夫なはず。水元の金潟さんに対する想いが本物なら、真面目に悩んでいるなら、これで大丈夫。
「……分かりました。"今回だけ"手を組みましょう」
……ふう、助かった。
「よし、なら早速、作戦会議だな」
「……そうですね」
嫌われたな。間違いなく。
でも、いいさ。もともと、風羅さんを取り合うライバル同士なんだから、嫌われたって問題ない。
「じゃあ、早速、今回の肝試しを無事終わらせるための作戦内容だけど――」
上園は、水元の方を向いて喋り出した。
これで、少しは関係が改善したらよいのだが。
上園の意見だが、結論から言うと金潟さんには諦めてもらおうというものだった。
「…………」
恐らく、少し前の水元なら直様、上園の意見をボロクソに叩いただろう。
しかし、今は違う。
水元自身も、心の何処かで金潟さんに諦めて欲しいと思っているのだろう。
霧茅の橋元さんに対する接し方を見たら分かる。金潟さんに勝ち目はない。付け入る隙などありはしない。
一友人として、叶わぬ恋を追いかけ続け、傷ついて欲しくないのだ。
「どうだろ、あまり良くない方法だとは思うけど」
さて、肝心の方法だが。それに関しては俺の方で案を考えさせてもらった。
肝試しにおいて、月下さん、霧茅の両名に協力してもらい、霧茅と金潟さんが二人きりで話せる空間を作り出す。まあ、つまり同じペアになってもらうということだ。
そして、霧茅には悪いが、適当なタイミングで金潟さんを振ってもらおうというものだった。
俺らがどうこう口出しするより、霧茅本人に直接言ってもらった方が確実だろう。
もちろん、それによって金潟さんが受けるダメージは想像出来ないほどのものだろうが、今後もジワジワと受けていくダメージに比べたら大したことはないだろう。
まあ、女子は打たれ強いというしな。大丈夫だろう。いや、全員が全員そうだとは言わないが。
「……確かに最低のやり方だと思います。でも、今はそれしか考えられない。それ以外が考えられない」
水元は、俺と上園の目を交互に見た。
「私は……賛成です」
息を飲み、言葉が口から放たれる最後の最後まで悩み、彼女は自身に決断を下した。
これで、作戦内容は決まった。となると、後は霧茅次第となってくるが、そこは俺の腕の見せ所といったところだろう。
正直、金潟さんの気持ちを知りながらいつまでも有耶無耶にするのも、良いことではないからな。
「じゃあ、次は月下さんと霧茅か」
「二人には俺から頼んどくよ。二人からより俺からの方がいいだろ?」
「そうだな。俺も霧茅とは今日初めて会ったばっかりだし」
水元に関しては、霧茅はともかく月下さんと接点がないため、この役には向かない。
まあ、俺が伝える役になるのは必然だろう。
「後は、金潟さんか」
「いつきんは、私が何とかします」
「うん。俺もできる限りサポートするよ」
霧茅に振られた後、金潟さんはどういう行動を取るか。
俺の予想では、元に戻ると踏んでいるが。果たして、そう上手くいくだろうか。
「じゃあ、行ってくるわ」
説得自体は、大して難しい話でもないと思う。霧茅の性格を考えれば。
月下さんも、霧茅と一緒に事情を説明すれば、納得してくれるだろう。
しかし、出来れば純粋に、可能ならば好きな人と、この肝試しを楽しみたかったな……。
あとがき
月「今回の担当は私らしいね。うん、次回予告担当っていうのも一回やってみたかったんだよ」
上「それはいいんだけどさ。なんで、俺がペアなんだ?」
月「大人の事情ってやつさ。さて、次回はどんな話なんだい?」
上「事情? えっと、次回はちょっとファンタジックな回らしい」
月「確かに、色んな意味でファンタジックになりそうだね」
上「九賀羽の胃が心配になってくるな」
月「胃薬でも買っていってあげようか」
上「ああ。次回――」
月「次回『マヨイビト』」
上「そこは譲ってくれないんだな」
月「タイトルコールには、次回予告の全てが詰まっているからね。では、次回もお楽しみに」




