第三十話 ユウガニキラビヤカニオシトヤカニ
水元曰く、火七海さんはいいとこのお嬢さんらしい。そんなお嬢様は、当たり前のように別荘も持っているらしく、せっかくだから一泊していきなさいよという話になっていたらしい。
ちなみに、それだと上園が唯一の野郎になってしまうので、風羅さんのお兄さんに車係兼上園の話し相手として、今回参加してもらったのだとか。
つか、 上園だって一人二人くらい海に誘える友人がいるだろうに、何故誘わなかったし。
あれか、一人でハーレムを満喫したかったとかそういう理由か。そいつは、けしからんな。
「話の流れから察するに、我輩たちも一緒に別荘に行く感じですかな?」
「ああ、どうなんでしょう。私は、てっきりそういう方向で話が進んでいるものだと」
「いや、多分そうなると思う。いくら上園でも、今日初めて会った風羅さんのお兄さんと二人きりで一夜を共にするのは中々気を張るだろうし」
「ほほう。このままでは、ホモホモしい展開になってしまうと」
「九賀羽さん……」
「いや、そういうニュアンスで言ったんじゃねえよ!? つか、お前も露骨に距離開けてんじゃねえ! マジで苗字プラス『さん』付けはやめろ!」
まったく、こういうのはそういう風に解釈した方がだな……まあ、いいか。
「とにかく、俺たちも別荘に行く流れになるのは確実だろうな」
「そうですね。それで話を戻しますけど、何か策とかはありますか?」
「そうだな……」
俺たちが一泊する流れになるなら、当然橋元さんも霧茅に押されて一泊するに決まってる。となると、二人の衝突は避けようがなくなってくるわけだが。
「そういえば、月下さんが今夜肝試しをするとかなんとか言ってましたね」
「定番ですな」
「俺たちがいなかったら、参加者の半分が同性とペアを組むことになってたな」
「……今でも男女比率が微妙に悪いですね」
「そうだな。で、ペアはくじで決めるのか?」
「そこまでは。でも、恐らくそうなるかと」
「確率的にないし、もしそうなったとしても再抽選させられそうだけど」
「もしペアになったらリアル幽霊が出ますね」
「なんだろ、ネタをネタとして処理できねえ」
修羅場とかそういう問題じゃなくなってきそうだ。まあ、さすがにないだろうけど。
つか、俺たちを入れた面子で二人一組のペアを作ると、風羅兄も参加するとして『男5:女9』とかいうバランスの悪い分け方になるんだな。となると、女子のペアが二つ出来るのか……。
あれ? 確率結構ある感じ??
「とにかく、出来るだけ二人だけの状態を作らないように気をつけましょう」
「それなら簡単そうですな」
「そうだといいな」
俺の言葉に、蹴珠は疑問符を並べる。
大体、こういう場合というのは、なんやかんやで上手いこといって、二人だけの状態が出来てしまうものだ。
それにしても、初めての異性とのお泊まり会なのに素直に楽しめそうにないのが辛いぜ……。
海に来たら何をする?
答え、何もしない。
なんやかんやで予想通り、俺たちは火七海さんの別荘に招待されることになった。
ちなみに、橋元さんも一緒である。最初は遠慮していたのだが、霧茅と一つ屋根の下で一夜を過ごせるというポイントが大きかったようで、最後には――顔には出さなかったが、喜んで快諾していた。
さて、今俺たちは火七海さんの"使用人"が運転するワゴン車で目的地に向かっているわけだが……。
「いやー、火七海さんって結構なお嬢様だったんだなー」
「お嬢様キャラ。まさかリアルで、しかも学生のうちに会えるとは……感激ですぞ!」
「いやー、まじすげーわー」
木窯だけ棒読みだった。
いや、つか、別荘という単語を聞いた時点で、そこそこの金持ちの家庭の子だということは予想できたけど……まさか、使用人までいるとは。
俺の許容範囲を超えてやがるぜ!
「別に普通でしょ? 私の知り合いとか、使用人付きの人ばっかだし」
「いや、火七海さんの知り合いと俺らを同じ土俵に上げちゃダメだろ」
「??」
「いや、"??"じゃなくて……」
これが、金持ちクオリティか。真面目に疑問に感じていないらしい。
「それにしても、火七海さんの使用人さんは美人ですね」
「そうだよねー」
橋元さんによる唐突すぎる使用人に上げに同意したのは不地方さんだった。
ちなみに、現在車内には助手席に火七海さん、二列目に木窯、不地方さん、橋元さん、三列目に俺、霧茅、蹴珠といった感じのメンツとなっている。
さて、そんな突然の褒め言葉にも、バックミラー越しに確認できる使用人さんの表情は変化しない。
恐らく、もの凄く真面目な方なのだろう。俺たちに軽く挨拶して以降、使用人さんは一言も口を開かない。外見もスーツにネクタイ姿と、見事なほどに中と外が合致した女性だった。
いや、女性という表現はあまり適切ではないのかもしれない。いくら、クールで大人っぽいといえど、所詮は"大人っぽい"。どうにも、その顔つきから少し幼さも見え隠れしているのだ。
そして、そんなクールな使用人さんをご主人様は快く思っていないらしく。ため息をついてから、彼女は使用人さんの方を向いた。
「ねえ、友人の前でも笑顔くらい作れない?」
「…………」
友人の前"でも"、か。
つまり、火七海さんの前では表情豊かということか。なるほど、これがギャップ萌えというやつだな。
「ねえ、聞いてる――」
「私は輝耶様の付き人です」
やはり外見通りの低くクールな声で、使用人さんは続ける。
「輝耶様に尽くし、輝耶様のために生きる。ですから、輝耶様以外に本当の私を見せたくないのです」
これぞ使用人といった忠誠心であり、ここから百合百合しい展開が始まることを予感させる発言だった。
だが、一方の火七海さんは、まるで何度も聞いているかのようにため息を返しただけだった。残念ながら、百合百合しい展開は期待出来そうにない。いや、期待してないが。
「ま、まあ、あなたがそう言うなら別にいいけど……」
そして、使用人さん相手でも火七海さんのツンデレは発動した。これぞ、生粋のツンデレーである。
「というか、訊くタイミングなかったから訊いてなかったけどさ、使用人さん名前はなんていうの?」
「おっ、霧茅殿ナイスタイミング。このままでは、"使用人さん"が定着してしまいますからな」
いや、ほんとナイスタイミング。
俺の中では既に使用人さんが定着しつつあったからな。
「…………」
「いち社会人として、名を訊かれたら名乗るべきよ」
「……すみません。私の名は、木七海零耶だ」
「キナミ? もしかして、火七海の木版か?」
「ああ。木七海は、火七海家に代々仕える家柄だ。ちなみに、零耶という字は輝耶様と一文字違いだ」
「そりゃ、すげえな」
「そうだろう。名を名付けられた時から、私は輝耶様に遣える運命だったのだ」
「いや、俺が言ってるのは名字の――まあ、いいか」
木七海さんてきには、主人と名前が一文字違いということの方が大事なようだ。
それにしても、ほんと何者なんだ火七海さん、いや火七海家は。
つか、なら月七海や水七海、金七海、土七海に日七海もいるのか!?
「なあ、月七海――」
「ないわ」
「……そうっすか」
速攻で否定された。この速さから察するに、過去俺みたいな少年漫画的思考を持った人は多数いたのだろう。
「それよりも、そろそろ着くわよ」
海岸沿いを走ること十分程度だろうか。
同じく、海岸沿いに建てられた木造の、それなりに大きな建物が視界に入ってきた。
……まあ、今更驚くこともないけどさ。でも、やっぱすげえし、やべえ。
その一般家庭が持つマイホームよりも大きな火七海家の別荘の前で、俺たちはただただ驚いていた。
いや、車内ではあんなこと思ったが、やはり目の前にすると、スケールというか、住んでる世界が違うというか、リアリティに欠けるというか……とにかく、言葉が出なかった。
「ほら、ボーッと突っ立ってないで行くわよ」
唯一いつも通りの火七海さんに先導され、俺たちは中へと入っていく。
「――すげえ」
素直な感想を誰が口にしたのかは分からない。ここで言えることは、俺も全く同じ感想を持っているということだけだ。
外観通りの広さを持つリビングに、まだ明るくキラキラと輝く海を身渡せる巨大な窓。開放的という言葉がこれほどまで似合う光景を、俺は初めて見たと思う……。
「おおおお! すげえ! ソファじゃん!!」
「ダイブ欲がヤバいですぞおおお!」
「よし、ダイブしろ。私が許す」
「したら殺すぞ」
「ブヒッ!?」
その静かな殺気の怖さたるや。木七海さんならやりかねない。
「で、これからどうするの?」
何故かゴーグルを装着したままの月下さんが言う。
いや、どうするのって、あんた海で遊ぶ気満々やん。
「私は買い出しに行くわ」
「もちろん、私もお供します」
「じゃあー、私もお供しますー」
「では、我輩もお供を――」
「殺すぞ」
「!?」
無条件で殺気を向けられる蹴珠マジ可哀想。
つか、飯は俺らで作らなきゃなのか。
「じゃあ、買い出し組と残る組で分かれる感じで」
「なら、俺は買い出し組の方にするわ。一人くらい男手がいた方がいいだろ?」
「じゃあ、私も買い出し組にするわ」
「…………」
橋元さんの一言で殺気を放つ人が増えました。怖いです。俺の隣に立つ、一見小動物な子が凄く怖いです。
「じゃあ、霧茅と火七海さんと……使用人さん?」
「一灯、木七海さんだ」
「なるほど。じゃあ、霧茅と、火七海さんと、木七海さんと、不地方さんと……」
「橋元よ」
「なるほど。じゃあ、霧茅と――」
「いや、一々最初から言わなくていいから」
「確かに。じゃあ、五人が買い出しに行ってくれるということで、私たちは静かにお留守番してるとしましょうか」
「当然だ。輝耶様の別荘に傷一つでも付けてみろ、貴様のその身体に倍以上の傷を刻んでやるからな」
「ほいほーい。りょうかいでーす」
木七海さんの物騒な発言に対する、月下さんの軽すぎる返し。
なんつうか凄いわ、この人。
「じゃあ、行ってくるわ」
お前らマジやることやったら覚えとけよ、という目を向けながらも、木七海さんは呆れた様子の火七海さんとその他買い物組の後をついて行った。
木七海さんて、思ってた以上に子どもっぽい性格なのかもしれないな。
「さて、じゃあ早速だけど朝野さんに質問です」
買い物組が別荘を出て行ってすぐ、月下さんは朝野さんの方に向き直る。
風羅朝野さん。風羅さんの兄ということで、物静かそうな見た目をしているのだろうなと思ったら案の定、俺の予想は面白いくらいに的中した。
眼鏡をかけており真面目さが売りと言わんばかりの顔つきに、少し地味目の服装。
風羅さんは気持ち抜けている部分を感じさせるが、朝野さんは隙なしの万能さを感じさせる。
兄妹と言われる前から兄妹だと分かるほどの、少なくとも俺にとっては、そんな人だった。
「この辺りで、肝試しに使えそうな場所ってありますか?」
「肝試し?」
どうやら、朝野さんは肝試しの話は初耳らしい。
にしても何故、別にここの人間でもないというのに、月下さんは朝野さんに訊いたのだろうか? もしかして、車中でそういう話でも出たのか?
「そうだな……ここなら、すぐ近くの木傘山とかどうだろ。なあ、小夜はどう思う?」
名前呼びに一瞬反応してしまったが、兄妹なんだから別におかしなことでもないな。
「……いいんじゃない?」
一方の風羅さんは少し考えた後、素っ気なくそう答えた。
別に兄相手だからといって、話し方が変わるとかそういうのはないようだ。ちょっと残念。
いや、それよりもだ。もしかして、この辺りは風羅兄妹にゆかりのある地なのだろうか。
「あの、朝野さんってこの辺り詳しいんですか?」
「うん? ああ、昔ここで暮らしていたんだよ」
「そうそう。だから、私も何かいいスポットがないか訊いたんだよ」
朝野さんが昔ここで暮らしてたってことは、風羅さんもここで暮らしてた経験があるってことか。
「さて、木傘山か。では、朝野さん少し付き合ってもらえますか?」
「別にいいけど、準備かい?」
「はい。さすがに私一人じゃ色々と効率が悪いので」
「分かった。じゃあ、明るいうちにさっさとやろうか」
「ありがとうございます。では、私たちは木傘山に行ってくるので、みんなちゃんとお留守番してるんだよー」
そう言い手を振りながら、ゴーグルをしたままの月下さんは朝野さんと共に出て行った。
これで、別荘に残っているのは、俺と蹴珠、木窯、水元、金潟さん、風羅さん、星喰さん、上園となった。
「ちゃんとお留守番って言っても、そもそも特にやることないしなあ」
辺りを見渡しながら言ったのは上園だ。
ちなみに現在、蹴珠は腕を組んで窓から海を見て、木窯は眠そうにソファに身体を預け、水元は爆発物を見るような目で爆発物のように今にも爆発しそうな金潟さんを監視し、風羅さんは当たり前のように壁際に立って読書をしていた。
一部、緊張感に包まれているが、大体、各々自由にしているといったところだろうか。
……あれ? 星喰さんは?
「っドーン!」
「いでっ!」
ぐおっ、背後からの奇襲か!?
「どうです? 愛のボディアタックは?」
「愛は痛い時もあるってことが分かったよ」
「ふふっ、良い返しですね」
いや、まさか会って間もない子にスキンシップされるとは思いもよらなかったよ。痛かったけど。スキンシップというより、一撃見舞われたと言った方が正しいけど。
でも、こういうの慣れてないから超嬉しいし、超恥ずかしい。
つか、風羅さん見てないよな? 読書に夢中になってるよな? 別に会って間もないとはいえ、後輩の女の子ときゃっきゃしてるところはあまり見られたくないぞ。
「さて。せんぱいっ、何して遊びます?」
「そうだな。タックルの練習以外がいいな」
痛いのはイヤだ。つか、この子いつまで俺の背中に引っ付いてるつもりなんだ。このままだと、前屈みにならざるを得ないんだが。
――いや、正直言うとずっとしてて欲しいです。
「あれ? せんぱい、意外と根に持つタイプですか?」
「いや、そういうタイプでも――」
「やることならありますぞ!」
まさかの、意外にも海を見ていた蹴珠から返答が返ってきた。
そういや、蹴珠って星喰のこと好きなんだっけか。いや、なんか今の俺凄い悪いことしてるな……。
「あるのか? いや、先に言っとくけど別荘の探索とかは無しだぞ」
「いやいや、それよりも……」
もったいぶる蹴珠は、そのまま近くに置いてあった鞄から何かを取り出した。
「トランプですぞ!」
「……まあ、いいか」
反応に困った理由は、溜めたわりにトランプかよ! というツッコミをしたかったが、それでも現状トランプしかやることないし、敢えてツッコミは控えておこうという思いからだ。
つか、海に遊びに行くのにトランプを持ってきたとかどういうことなんだろうか。もしかして、常備してるとかだろうか。なら、準備が良いとしか言えないが。
「さあさあ、何をやりま――」
「あの、私も参加していいですか?」
「もちろん、いいでござっ……あっ、はい、いいでござ――いいです……」
蹴珠から敬語を引き出したのは、爆発物というより限界を迎え、ある種の悟りを開き、最早何をしても不思議ではない表情の金潟さんだった。
いや、本当に目が据わっているというか、光が消えているというか。小動物金潟さんの面影が完全に消失したというか、見た目変わってないのに、目の前に立つのが金潟さんかどうか決めつけられないというか。
「じゃ、じゃあ、ババ抜きでも――」
「神経衰弱しましょうか」
「えっ、いや、で――」
「"神経衰弱"で決まりですね」
蹴珠、諦めろ。神経衰弱で決まりだ。
そして、この神経衰弱は間違いなく……荒れる。
あとがき
火「まさか、私が連続で次回予告を担当することになるなんてね」
木「全くですね。依頼した人間は、後で私が始末しておきます」
木「ああ、私も手伝うぜ」
霧「こらこら、訳が分からなくなるから乱入しない」
火「? まあ、いいわ。それより、次回はどういう話なの?」
木「私が調査したところによると、次回は私が輝耶様と"二人で一緒に"カレーを作る回らしいです」
火「嘘よね?」
木「……未来は今からでも変えられます!」
火「面倒だから変えなくていいわよ」
木「ぐっ」
火「次回『ウルフタイガーゴーストウォッチ』」
木「カレーを作るのは本当ですよ!」




