第二十八話 ビューティフルマジックシーサイド
七月二十五日、木曜日。
海の日を過ぎ、本格的に夏休みが始まって数日。
俺は、近くの海水浴場に来ていた。
「しっかし、あの子の胸はビーチボール並だな」
「実はビーチボールなのでは?」
「なるほど。でも、落ち着いて比較してみたらそこまで大きくなかったわ。精々……スイカ?」
「それは、美味しそうですな」
「確かに。凛もそう思うよな?」
「落ち着け。そこまで大きくねえから。精々、林檎二分の一程度だから」
ため息をつき、俺は共に海に来ていた友人その一、霧茅公と、その二である蹴珠柳にそう答えた。
「つかさ、凛もいつまでもビーチパラソルの影に隠れてないで出てこいよ」
「そうですぞ。せっかく海に来たというのに」
ごもっともである。
このクソ暑い中、"わざわざ"海に来たのに日陰でぼーっと体育座りで海を眺めているだけなのはつまらない。……つまらないのだが、なんせ俺は日光が嫌いだ。特に夏の日差し。外に出ているだけで疲れる様は、さながら毒沼を歩く勇者の付き人の気分だ。俺にとって、この時期の太陽は毒以外の何物でもない。
そもそも、こいつらに半ば強引に連れられなければ、俺はこんなところには来なかったのだ。正直、当初は割と真面目に断ろうとも思っていた。というか、去年は断った。しかし、その鍛え上げられた筋肉を見せびらかす霧茅と、その蓄え上げられた脂肪を見せびらかす蹴珠のセットを見たいというほんの少しの好奇心が、二人の――主に霧茅による強烈な説得に対し、首を縦に振ってしまう要因を作ってしまった。
殴りに行きたい。ほんの少しの好奇心を持ってしまった、ちょっとだけ過去の俺を。
つか、なんで野郎三人で海になんて来なくちゃいけないんだ……。なんの嫌がらせだ。誰による罰ゲームだ。
「霧茅はともかく、蹴珠は暑さとか平気なのかよ」
「我輩は意外と平気ですぞ」
「既に汗でテカテカなのにか?」
「それは、別に今に限った話ではないですぞ」
「確かに」
肌白い割にそこまで苦手でもないらしい。あれか、俺は痩せてるから、太陽光が、紫外線が毒となって直に体内を浸食しているのか。
「まあ、無理にとは言わないけどな。無理言って来てもらってるわけだし、あんま強く言えないわ」
「悪い。ちょっと、休憩したらそっち行くわ」
さすがに、俺もこのままじゃ精神的に気分が悪い。
くっそ、霧茅がもうちょっと性格悪けりゃ、俺も堂々と日陰でのんびりできたのに……。
「さて、じゃあ俺たちは近くでビーチフラッグスでも――」
「おーい、九賀羽ー」
遠くから、俺を呼ぶ男性の声。
それは、夢か幻か……。
「ありゃ、きりりん先輩とその仲間たちではないですか」
「おっ、揺ちゃんじゃん」
現実でした。
声の方に目をやると、そこには後輩の水元揺、水元の友人である金潟一輝さん、同期の月下一灯さん、そして先ほど俺を呼んだ、上園龍、そして見たことがない小さな女子が立っていた。もちろん、全員水着姿である。
「いやー、まさか霧茅くん達も来てたとはねえ」
そう言って、眼鏡の代わりにゴーグルを装着している月下さんは俺にチラッと視線をよこす。
なんだ? 俺がこの場に居るのが不思議か? いや、自分でも不思議だと思ってるけど。
「ほんと偶然だよな。あっ、そういえば一灯は柳と会うのは初めてか」
「蹴珠柳くんだよね。知ってる知ってる」
「ほほう。我輩もいつの間にか有名人に」
「いつだったか、体育の授業でサッカーボールが顔面に直撃して鼻血が凄かったとかなんとか」
「悪い意味で、だったな」
「うぬぬ……」
確か、ゴールキーパーをしていて、急なシュートに対応できずそうなったのだとか。
それにしても、不思議な組み合わせだ。
月下さんと上園、上園と後輩ズ。そして、後輩ズと月下さん。全部が全部、あまり考えられない組み合わせになっている。
というか、水元と上園が一緒に海に来てることが一番驚きだが、何があったんだ? まさか、俺の知らないところで和解してたとかか?
「えっと、"一応"紹介しておくと、こちらが霧茅公くんね」
そう言って、月下さんは上園に霧茅を紹介する。
霧茅側からすれば、過去、作戦実行の際に上園の顔は確認済みなので"改めて"ということになるが、上園側からすれば初対面だ。
「せんぱいー、私の紹介もしてくださいよー」
「ああ、そうだった。うん、じゃあ早速紹介しようか」
見知らぬサイドテールぴょんぴょん女子に言われ、月下さんは一つ咳払いをする。
「彼女は、一年の星喰華ちゃん」
「どうも、華ちゃんですっ!」
そう言って、星喰さんは元気良く目の隣で横ピースを決めた。あざとい。あざと可愛い。ピンク色の水着もあいまって、まるで、アイドルのような雰囲気を感じさせる。
「へえ、華ちゃんっていうの――」
「ふ」
ふ? 蹴珠か?
「ぶひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「!?」
「ど、どうした柳!」
「華たんの水着姿――ぐふっ」
「!? 柳先輩がなんか液体吐いて倒れました!?」
「水元、その表現は、あまりよろしくないからやめろ」
正しくは、唾液を吐いて倒れた、だ。いや、どっちにしろ汚いが、謎の液体よりはマシだろ。
「まさか、柳の好きな人って」
「お、おいやめろ。ここでその発言は、本人の数少ないリアル恋愛経験が消失する危険性があるからやめろ」
「お、おう、そうだな。取り敢えず、柳を運ぼう」
そう言って、霧茅と俺、上園とで運ぼうとするが……無理でした。
「くそっ! 汗で手が滑る」
「仕方ない。放っておこう」
蹴珠の扱いに涙が出そうになるが、太っているこいつが悪いので、涙が出そうになっても出ることはない。
「つか、華さんってアイドルなのか?」
「そう! 私はアイドル――」
「の卵だよね」
自信満々に答えようとしたアイドルの卵を遮る、ゴーグルを装着した月下さんの図。
なんだろう。レアな光景を見た気がする。
「まあ、華ちゃんに関しては後で個々で話してもらうとして」
言って、月下さんは辺りを見渡す。
「実は、火七海ちゃんと不地方ちゃんとも待ち合わせてるんだけど……」
言って、月下さんは辺りを見渡す。
それにしても、火七海輝耶さんに、不地方薫さん。この二人も一緒だったとは。ますます、誰がどう動いてこの面子になったのか気になってきたぜ。
「まあいっか。そのうち会えるでしょう」
月下さんは、早々と捜索を打ち切った。そう広くない海水浴場だし、前持って待ち合わせ時間等々を決めているなら、少し探せば見つかりそうなもんだが。
「さてさて、せっかくだし霧茅くんたちも一緒に遊ぼうよ」
「おっ、いいのか?」
「いいよいいよ、ねえ?」
「うん、俺は構わないよ」
「私もいいですよ。文句無しです」
「わ、わたしも……」
「わたしもおっけーです! やっぱり、アイドルといえば砂は――」
「よし決まり! じゃあ、何する?」
「ちょうど、ここにビーチボールがあるぜ」
「おお! やっぱりアイドルっといったらビー――」
「よし、三対三の変則ビーチバレーしよう」
自動的に俺は外された。いや、いいんだけどさ。むしろ、展開としては素晴らしいんだけどさ。
つか、星喰さんの扱いそれでいいのか。
「じゃあ凛、早いうちに復活しろよ」
ワイワイとあまり人の居ない場所に向かっていく霧茅ら六人の後ろ姿は、まさしく青春を謳歌する者たちのそれだった。ああ、なんか切ねえ……。
と、そんなキラキラした彼ら彼女らと入れ替わるように、フードを被った灰色のパーカー姿の女性がこちらに向かって歩いてきた。
「あんたは参加しないのね」
「そういう火七海さんこそ、コソコソとどうしたんだよ」
彼女は俺の目の前まで来ると、ため息を吐いて俺の横に座り、フードを取った。
パーカー姿の女性の正体は、火七海さん(髷付きバージョン)だった。
ピンポイント髷――というより、小さなサイドテールといった方が良いだろうか? とにかく、そのインパクトたるや、これならばあの上園をも撃ち落とせるであろうことを密かに確信するほどのものだった。
それプラス、パーカーイン赤ビキニだ。元々、美しい系の顔つきだった彼女が、その小サイドテールと灰のパーカー、更に派手な色のビキニという、少しロリっぽさとガサツさと色気を感じさせる、いわば良い化学反応を期待して無茶した結果、数パーセントの確立で大成功したという……つまり、可愛いということだ。
「私は別に……ただ、そういう気分じゃないだけ」
「今なら上園を独占できるかもなのに」
「べ、べつに龍は関係ないでしょ!」
「アタックできる時にアタックしとかないと、特にこの時期の海水浴場なんて棒に飢えたオンナどもがうようよしてるから、下手すりゃ……」
「下手すりゃ、なによ」
「夏開けたら、真っ黒かつ金髪化した上園の姿が!」
「日焼けかつ金髪? ……それはそれで――って、何言わせるのよ!」
「…………」
今日の火七海さんテンション高い。
「つか、不地方さんは?」
「薫は、木窯さんのところよ」
「えっ? 木窯もここにいんの?」
「直ぐ近くの海の家でバイトしてたわ」
「マジかよ」
バイトしてるって話はちらっと耳にしてたけど、まさかここでバイトしてたとは。
あれかな、焼きそばとか焼いてんのかな。
「で、なんか薫が木窯さんの手伝いするっていうから私だけ先に来たってわけ」
「危なくないか?」
「? なにが?」
「いや……」
不地方さんが接客業って、一番向いてない仕事なんじゃ。まして、そこまで混んでないとはいえ、この時期の海の家ならそれなりに忙しいだろうし。
ああ、客から「遅いぞ!」と怒鳴られるも、変わらずマイペースに物を運び続ける姿が目に浮かぶ。
「まあいいわ。それより、あんたこの数ヶ月間で何か風羅さんにアタックとかしてたの?」
「いや? それが、どうした?」
「それがって……あんたさ、好きなんじゃないの? 風羅さんのこと」
「そりゃ、好きだけど……」
好きだけど、気づけば数ヶ月が経ってしまった。
水元という障害があったからではない。夏休みに入ってしまってからというわけではない。何があっても、何がなくても、同じ結果だっただろう。
言葉を濁す俺に、火七海さんは呆れたようにため息を吐く。
「来てるわよ。風羅さん」
「えっ?」
「龍たちと一緒に。多分、今頃車内で読書でもしてるんじゃない?」
「…………」
「いいの? こんなところでボケっと海を眺めてて」
言ってくれるな、火七海さん。俺からチャンスを奪おうとした人には見えねえぜ。
にしても、月下さんはそんなこと一言も言ってなかったよな。言うタイミングが無かったとか? いや、月下さんなら適当なタイミングで風羅さんがいることを教えてくれるはず。
というか車内? 確かに、地元組の俺たちでもここに来るのに電車を使ったから、月下組がここに来るためには公共交通機関なり、親の車なりを使わなきゃ無理なのは確かなのだが。つか、それだと火七海さんたちはどうやってここまで来たんだという一抹の疑問も出てくるな。
「なあ、誰の車なんだ?」
「風羅さんの兄のだそうよ」
「……えっ?」
風羅さんの兄? 風羅さん、お兄さんいたの?
「確か、風羅朝野さんって名前で……私も、風羅さんの兄が連れて来てくれるって話しか聞いてないから、会ったことはないんだけど」
「そうか……」
どんな人なのだろう。風羅さんのように、読書家で寡黙な人なのだろうか。それとも、真逆のパターン?
にしても、兄がいるのか。意外といえば、意外かな。
それにしても、火七海さんは中々無茶を言うな。
「つか、兄がついて来てるのに、俺に風羅さんにアタックしろとか鬼かあんたは」
「別に、アタックしろとは言ってないし」
「いーや、そういうニュアンスだった」
「じゃあ、この場で訂正するわ。そういう意味は含んでません」
「くっ……」
なんか、いつぞやの仕返しを受けてる気分だ。やっぱ、引きずってんだろ。
「まあ、あんたがどうしようが私には関係ないけど」
このまま言われっぱなしは、俺のプライドが許せんな。何か言い返してやろう。
「いや、関係あるんじゃないか?」
「ないわよ」
「いや、あるな。俺が風羅さんとうまくいけば、上園は風羅さんを諦め、フリーになるだろ?」
「……そ、それがどうしたっていうのよ」
「あっ、そうだった。火七海さんにとって、"龍"は別に誰とくっつこうがどうでもいいんだったよなあ」
「きっ、急にどうしたっていうのよ。く、くくっつくとか、意味わかんないし」
「いやいやこっちの話だしー。気にしなくて大丈夫だしー」
「なんか腹立つ」
……なんか意味わかんない。
まあいいや。この話はここまでにしておこう。
「……つか、あいつら直ぐそこで遊んでたんだな」
ふと、視線を前にやると、三人三人に別れた霧茅たちが割と真面目にビーチバレーをしていた。敢えて、『楽しんでいた』という表現は使わない。
「水元、月下さん、星喰さん。対するは、霧茅、上園、金潟さんか」
コート後ろでそれっぽく構える星喰さんの前では、水元が上げた球をツーで月下さんが打ち返していた。月下さん、胸デカいな。……対する霧茅チームは、上園と霧茅が状況に応じてレシーブとアタックを行っていた。ちなみに、金潟さんは後ろの方でオロオロしているだけだ。相変わらずの小動物っぷりである。……身体の方は大人顔負けだが。
というか、あれは凶器の類だ。陸上部ということで既に適度に日に焼けた肌を覆うまだ少し幼さの残るチョイスである水色の水着が、逆に鋭利な刃物のような強烈なギャップを生み出している。
あの中で一番大人に近いのは何故か今でもゴーグルを装着している月下さんだろうが、それに引けを取らない、言い換えるなら素材型といえるのが金潟さんだろう。
水元と星喰さん? スク水着たら金取れると思いました。
「じゃ、私はそろそろ薫の所に戻るから」
言って立ち上がり、火七海さんはそのまま熱戦を横目にスタスタと歩いて行った。
さて、どうしようか。火七海さんと話していたら、少し気分も楽になってきたし、何だかんだ俺も身体を動かしたくなってきたからな、そろそろ動こうか。
やっぱ、今やってる試合が終わってからにしよう。
にしても、朝早かったからか眠いな。
少し目をつぶるか。
少し、そう、少しだけ……。
あとがき
星「まさか、登場して早速、次回予告を任せられるなんて、やっぱり私って未来の大スターなんだね☆」
星「一人だからちょっと不安とかもあるけど……でも、頑張っちゃうよ!」
星「ということで次回は、私こと星喰華ちゃんの魅力が更に深まる話です!」
星「あと、あの人の本性が明らかに!? 更に、まさかまさかの人物が登場しちゃったり……!」
星「次回『ゲキジョウヘンゲンラビリンス』」
星「楽しい楽しい海回は、まだまだ続いちゃうよ☆」




