第二十四話 修復と呼応
テスト明けの月曜日。五月も、もう終わりだな、と時間が流れる速さを改めて実感している俺の視線の先では、先々週辺りから見るようになった光景が繰り広げられていた。
風羅さんと、水元。先輩と後輩。好かれる人と好いている人。
端から見れば微笑ましい光景に、例の事件を体験した後の俺はそこまで不快な気分にならずに見れていた。
吹っ切れたのだろうか? それとも、あんな形とはいえ、風羅さんと話せたのが一番の要因だろうか。
何にせよ、昼休みにわざわざ食堂に行く必要がなくなったのは大きいな。めんどくさいんだよ。一々、移動するのは。
「なんかいいよな。こういう先輩後輩の姿って」
そうそう、いいよな……って。
「上園!?」
「大声出すなって。ああ、気づかれたか」
目線の先、先ほどまで談笑――いや、例によって一方的に水元が話していただけだが、二人ともこちらを向いていた。
片方は、不思議そうな顔で、もう片方は縄張りを守ろうとする獣のような顔で。
「仕方ない。外で話そうぜ」
「ああ、そうした方がよさそうだ……」
俺たち二人は、水元に見送られながら教室を出た。
何の用だろうか? 爽やか笑顔なところを見ると、前回のように悪いことでの話ではないようだが。
「――仲直りしよう」
廊下に出て、開口一番、彼はそう言った。
「この前の――先々週のゴタゴタのせいで、なんか俺たちって微妙な関係になってただろ? だから、改めて仲直りしようって」
「ああ、そういう」
上園の性格を考えれば、仲直りしようと関係を改善しようとしてくるのは分かる。
それは嬉しいことだ。だが、やはりこちらとしては、仮にも恋敵である上園とはあまり仲良くしたくないというのが正直なところではあるのだが。
まあ、親友になろうと言われてるわけじゃないし、そこまで難しく考える必要もないか。
「分かった。仲直りしよう」
「おう!」
嬉しそうに、彼は白い歯をこぼした。
かつて、好きな人との関係を崩そうと行動を起こした人間と仲直りしようとする。しかも、表面上ではなく心から。
本当に優しい人だな、上園は。とても敵う気がしない。
「じゃあ、仲直りついでに、一つ相談したいことがあるんだけど」
「相談? なんだ?」
「えっと、水元さん、だっけ? あの子、俺のこと嫌いなんだろ?」
やはり、上園も気づいていたか。まあ、そりゃ毎回目が合うたびに睨まれてりゃな。
でも、別に水元は上園という存在が嫌いなわけではない。"風羅さんと仲良くしている"上園が嫌いなのだ。
恐らく、風羅さんと親しくない時の上園と出会っていたら、ここまで嫌いになることもなかっただろう。案外、懐いていた可能性もありそうだ。
「上園が嫌いというか、風羅さんと仲良くしてる異性――いや、同性もかな? が嫌いなだけなんだけどね」
「どっちにしろ嫌われてはいるからな。何と言うか、風羅さんと話が合うなら、俺とも合う気がするんだよ」
残念ながら、水元は風羅さんと話したいがために話を合わせてるだけなんだよなあ。
第一、合う合わないの問題ではないし。
「つまり、仲良くなりたいってことだよね」
「仲良くなれればそれが一番だけど。でも、最悪、今の目があったら睨まれる関係からは脱したいかな」
「ああ、それは分かるよ」
「だから、俺と水元さんの関係改善のために協力してくれないかなって」
無理だな。というか、やるだけ無駄だろう。
人間、妥協も大事だぞ。水元に会うたびに睨まれるのは嫌だろうけど。こればっかりはどうしようも……いや、無理でもないのか?
「分かった。俺から、水元にそれとなく話しとくよ」
「ああ、頼んだ」
そう言って、上園は軽く頭を下げた。
ふっふっふ、いい気味だ。……じゃなくて。
水元は、そもそも風羅さんに近づく、または風羅さんと自分のイチャイチャタイムを邪魔する奴が嫌いなだけであって、さっきも考えたけど、上園自体はそこまで嫌いでもない筈なんだ……多分。
そりゃ、最初はトンカチでポンしたり、ナイフで一刺ししたり、監禁したり、恥部を写した画像をネットにばら撒いたりしたいとか何とか言ってたけど。でも、彼女にとって大事なのは風羅さんとイチャイチャ出来ることであって、上園が邪魔をしないという意思さえ見せれば、そこまで攻撃的にもならないんじゃないだろうか?
もちろん、上園と風羅さんを金輪際近づけさせない、というわけではない。水元の上園に対する警戒心が解かれたら、徐々に上園が居ても問題ないことを分からせればいいだけだ。
上園には、色々と悪いことをしたからな。ここは一つ、真面目に手を貸してやるとしよう。
……というか、本当に上園は水元との関係を改善したいという思いだけなのだろうか? そんなわけないよな。
「つかさ」
「ん?」
「実は、水元が居たら風羅さんに気軽に会いに行けないから、水元との関係を改善したいんじゃねえの?」
「なっ!? そ、そんなことないぞ! お、俺は単純に風羅さんと仲良くなった水元とも色々と話をしたいなと思ってだな……」
火七海さんばりに分かりやすいな。さすがは幼馴染。いや、幼馴染だからって性格が似てるわけでもないのだけども。血が繋がってるならともかく、そういうわけじゃないし。
「ヘエ、ソウナノカー」
「棒読みかよ! ほんとだから! マジだから!」
「まあ、どういう理由せよ、ちゃんと協力はするけどな」
「いや、理由は大事だ!」
自分から振っといてなんだけど、めんどくさくなってきた。
「ああ、分かってるよ。純粋に水元さんとの関係を修復したい。あわよくば仲良くなりたいだけ、だろ?」
「そうそう。だから、決して風羅さんは関係ない!」
それが本音だったら、俺は嬉しいのだが。
まあ、いいや。
始業のチャイムが鳴ったので、俺は上園と別れ水元と入れ替わりで教室へと入った。
昼休み。風羅さんと一緒に食べるために弁当を持ってうちのクラスにやってきた水元を半ば強引に連れ、俺は食堂に来ていた。
「正直、いつ叫んでやろうかと思いましたよ」
「いや、悪かったよ。ほんとに」
食堂の一角で、水元は不機嫌顔で弁当を食していた。
不平不満をこぼしながらも、本気で拒否しない水元は実はいい奴なんじゃないかと錯覚するが、もし俺が上園だった場合はこうはいかないだろう。
最低でも、教師の介入が発生することは確実だ。
「で、話ってなんですか?」
「えーと、上園についてなんだが」
「帰ります」
「いや、話だけでも聞いてってよ」
「嫌です」
「じゃあ、せめて導入部分だけでも」
「拒否します」
「じゃあ、拒否権を取り上げます」
「私の権利を犯すことは何人にも不可能です」
「マジかよ……」
「当然です。だって、私ですよ?」
「凄え自信だ!」
……と、くだらない掛け合いをしてる場合じゃなくて。
「いや、割と真面目に話だけでいいから聞いてくれないかな」
「……分かりました。そもそも、内容如何によっては私にとってプラスになるかもしれませんしね」
「先に言っとくけど。ごめんなさい。ご期待には添えられそうにないです」
「……私には回答を拒否する権限があります」
「なあ、お前今日授業で法律について習ったろ」
「? いえ、単に法律がマイブームなだけですよ」
「法律がマイブームってどういう……いや、今はいいや」
今はいいやって言ったけど、何がどうなって法律がマイブームとなったのだろうか。いや、マイブームなんて自然になるものだし、訊いても納得のいく答えは返ってこないか。
俺は、焦げ目のついたピーマンを俺の弁当箱に移動させようとしてきた水元の箸をそれとなく防御し、話し始める。
「仮にさ、上園が風羅さんを何とも思ってないと考えて――」
「その仮定はあり得ないので、それ以上言わなくていいですよ」
「仮定にあり得ないもあり得るもないよ。で、続きだけど、もしそうだったとしても水元は上園の事が嫌いか?」
「想像に難しいので、答えられません」
「例えを変えるよ。例えば、霧茅や蹴珠が風羅さんのことが好きなら、お前は二人のことを嫌いなるか?」
「嫌いというより、敵視するでしょうね」
「そうか。嫌いになるんだな」
「何と無く、りんりん先輩が何を言いたいのか分かった気がしますよ」
さすが水元。察しがいいな。
「水元。お前はいつだったか、俺とは良いライバルになれそうだと言ったよな」
「言いましたね。その時も、今日みたいに誘拐された気がします」
「せめて、連れて行かれたって表現にしてくれね? まあ、とにかく。なら、それは上園にも当てはめることは出来ないのか?」
「午前。朝礼が終わって、一時限目が始まる前。りんりん先輩は、上園に呼ばれて廊下に出て行きましたよね」
「ああ、出て行った」
「その時に、上園から私と仲直りしたい、もしくは良い関係を築きたいから協力してくれと言われた」
「ああ、間違ってない」
「せっかくなので、私も例え話をしましょうか」
水元は箸を置いた。弁当箱には、ピーマンだけが寂しく残っている。
「例えば、上園がさやさや先輩とむすば、むす、む……」
「おい無理すんな。例えなら、他にもたくさんあるだろ!」
「そうですね。例えば、りんりん先輩の親を殺した容疑者に上園が上がっていたとします」
「例えとはいえ、人の親を故人にするな」
「すみません。では、上園がきりりん先輩……いや、りゅう先輩をいじめているという噂が立っていたとしましょう」
「本人には失礼だけど、大分現実的な例えになったな」
「そしたら、りんりん先輩は上園のことを当然許しませんよね?」
「取り敢えず、俺なら先ず噂が真実かどうか確かめようとするだろうな」
「では、上園がいじめているという証拠を掴んだとします。どうしますか?」
「止めさせる」
「そうですよね。それが普通の反応です。まあ、実際に行動に移せるかどうかは別にして、一般的にはそういう感情になるでしょう」
「ああ。で、これがさっきの話とどう繋がってくるんだ?」
簡単ですよ。と、水元は弁当箱の中のピーマンを転がしながら続ける。
「私に置き換えると、りゅう先輩はさやさや先輩です」
「……いや、上園は別に風羅さんに対して悪いことはしてなくね?」
「してますよ」
「即答かよ!」
「奴が現れたおかげで、さやさや先輩の聖域が穢されてるんですよ?」
ああ、なんか俺が数週間前に思っていたことと同んなじこと言ってるし。
だからこそ、否定しづらい……。
「いや、言いたいことは分かるよ。でも、だからといって上園と仲良く出来ない理由にはならなくね?」
「りんりん先輩は、友人をいじめていた人と仲良くできるんですか?」
「いやだから、そこまでのことをあいつは別にしてない――」
「してますよ。少なくとも、私から見れば同レベルのことをやっています」
「遂に自分基準で判断してると認めやがった!」
「物事を計測するのはいつだって自分です」
「ごもっとも過ぎて反論の余地がねえ……」
ダメだ。俺じゃ、水元を説得出来そうにねえ。
かなり無茶言ってるようで、結局は嫌いの一言に行き着くあたり言い負かしようがない。
どういう形であれ筋が通っている人間を論破するなんて、今の俺には無理難題だ。
「まあ、そういうことなので、上園にはりんりん先輩から無理な希望だと伝えておいてください」
「…………なあ、ピーマンってなんで嫌われてるんだろうな」
「急に話題を転換しないでください」
「いや、つか――」
俺は、水元による二度目のピーマンの進軍を阻止し、話を続ける。
「たまには、答えを変えてみないか?」
「はい?」
「ピーマン=不味いの図式を変えるんだよ。過去の経験から得た"ピーマンは不味い"という絶対的な刷り込みを変えるんだ」
「無理です」
俺の熱弁虚しく。ピーマンは、俺の陣地に追いやられた。
「ごちそうさまでした。では、お先に失礼します」
ささっと弁当箱を片付け、水元は食堂を出て行った。
ふむ。ピーマン云々から、上手く上園とも仲良くやれるという話に繋げる予定だったのだが。
ごめん、上園。俺には、お前の助けになれないらしい。
「今の俺の気持ちと、ピーマン(おまえ)の気持ちは似てると思う」
「うんうん。私もそう思うよ」
急な声に振り返った先。口元を緩ませ立っていたのは、メガネ系女子、月下さんだった。
「さあ、私に君の悩みを打ち明けたまえ」
寂しく残っていた水元のピーマンをひょいと口に運び、彼女はそう言った。




