第二十三話 診療と日常
土日を挟んで月曜日。実は今日から中間テストが始まるのだが、風羅さん事件のおかげですっかり忘れていた。
おかげで結果は散々である。結果を見なくとも、はっきりと言えるほどに。
自業自得なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。この土日に、もうちょっと本気出して勉強してりゃ、もう少し良い結果になっただろうし。
まあいいや。切り替えて行こう。
俺は、今日テストを受けるためだけに学校に来たわけじゃないからな。
そう。風羅さん事件はまだ終わってない。
アフターケアを行うべき相手は、火七海さんだけではない。
「水元のクラスって何処か知ってる?」
質問をした相手は、二年B組の金潟さんだ。水元の同期で友人、かつ俺の知り合いというと、金潟さんくらいしかいないからな。
ちなみに、何故金潟さんのクラスを知っているかというと、いつだったかのラブレターを霧茅に渡してくれと頼まれた時、ラブレターに名前とクラスが書かれていたのを偶然にも見ていたからだ。
自分で言うのも何だけど、よく憶えていたな。そこまで、しっかり見たわけじゃないのに。
「……えっと、B組、です」
自信なさげに彼女はいつものように小声で答えた。
B組。ということは、クラスメイトだったのか。
「そっか。じゃあ、水元はまだいる?」
「いえ……」
「もう帰った?」
「はい……」
視線が定まらない彼女曰く、水元はもう帰ったらしい。
意外といえば意外だ。彼女の性格を考えれば、テスト期間ということで部活がない金潟さんと一緒に帰ろうとするだろうに。
まあ、そうじゃないということは、予想以上に彼女は精神的にダメージを受けているということなのだろう。
風羅さん事件が起きる前日、水元は木窯発案の上園と風羅さんの関係をギクシャクさせよう作戦に乗り、見事役目を果たしてみせた。
だが、結果として、それは風羅さん自身を傷つけることになってしまう。その、好きな人を傷つけてしまったという罪悪感から、気に病んでしまったのだろう。
俺が、今回水元に会いに来た理由はそれだ。こうなることを予想できたにも関わらず止めなかった罪滅ぼしのため、風羅さんと水元の間に立ち、関係を改善させようと考えたのだ。
と、考えごとをしていて気づかなかったが、金潟さん何かを言いたそうにしてるな。
「どうしたの?」
「い、いえ。ただ、何か、あったのかなって……」
「何か?」
「はい。揺ちゃん、朝から様子が変だったから」
そうか。朝から。
金潟さんがそう言うということは、よっぽど分かりやすく凹んでいたのだろう。これは、早くなんとかしないとな。
「金潟さん。今から大丈夫?」
「えっ……は、はい」
水元のために今から動くと察してくれたのか、彼女は力強く頷いてくれた。
「よし、じゃあ水元を追いますか」
「はい」
「――おいおい、またお前だけでやるつもりかよ」
不意の聞き覚えのある声に、俺はハッと振り返る。
そこに眠そうに立っていたのは、木窯だった。
「これでも、私も罪悪感? みてえの感じてんだよ」
「へえ、珍しい」
「あのな、私だって悪いと思う時は悪いと思うよ」
「分かってるよ」
「行こうぜ」
わざわざ訊かなくても知ってる。だから、呼びに行かなかった。木窯なら、俺たちを追ってくるか、もしくは一人で先に水元に会うって分かってたからな。
金潟さん曰く、水元は自転車でここから十数分の所に住んでいるらしい。となると、既に家に到着している可能性があるな。まあ、そうなったら金潟さんに呼び出してもらえばいいだけだが。
「へえ、ここが水元んちか」
予想は当たり、水元が通るであろうルートを金潟さんに先導させた結果、水元と合わずに水元家に到着した。
極々普通の一戸建て。見た目はまだまだ新しく、少なくともここ数年に建てられたものであることを予想させた。
「じゃあ、水元を呼び出してくれる?」
「はい」
「寄り道してる可能性とかはないのか?」
「まあ、どちらにしろ一応いるかどうか確認した方がいいだろ」
「まあ、そうだなな」
家にいなければ、待てばいい。
「にしても、結構いい所に住んでんだな」
「二階建てだし。兄弟とか姉妹とかいるのかも」
「兄、弟、姉、妹。どれが一番あり得ると思う?」
「あの性格を考えると、挟まれてると思う」
「少なくとも一番上はねえな」
「うん。さすがに、あれでお姉さんはねえよ――」
「お姉さんで悪かったですね」
唐突な声に、俺は驚きその方へと、玄関口に立つ制服姿の水元へと目を向ける。
「まさかの、お姉さんなのか?」
「そうですよ。これでも、下に二人居るんですから」
「そうか。じゃあ、尚更今後はもう少し落ち着きを持っていかねえとな」
「貶したことに対する謝罪は無しですか」
「いや、悪かったよ」
ため息を吐き、水元はこちらに向かって歩いてくる。
その様子を見る限り、そこまで凹んでいるようには見えない。先輩の前だからということで、無理しているのかもしれないが、そういうタイプでもないだろう。
「で、何か御用ですか?」
「いや、何と言うか……」
いざ本人を前にすると言いづらい。
「風羅――風羅さんに嫌われたから凹んでんじゃねえかなって思ってさ」
だからこそ、こういう時は木窯に助けてもらう。前からそうだ。木窯は、あまりそういうのを気にしない人だからな。
「凹んでいる?」
「うん。金潟さんから聞いたんだけど、朝から様子が変だったって」
「……ああ、そんな事ですか」
そんな事?
「あれは、この土日まともに勉強出来なかったから少し沈んでただけですよ。全く、いつきんも大袈裟だよ」
「……ごめん」
本当だろうか? 無理してるわけじゃないのだろうか?
「いや、でもよ。風羅さんに嫌われたんだぜ?」
「嫌われてないですよ。さやさや先輩が、そんな簡単に人を嫌いになると思いますか?」
「いや、それは知らねえけど」
「そうなんですよ。とにかく、さやさや先輩が原因で凹んでいるわけじゃないです」
「……でもよ。九賀羽から聞いたけど、ここ最近、風羅さんに会いに来てないらしいじゃん」
「テスト直前でしたからね。さやさや先輩も迷惑でしょうし」
「なんか、普通なこと言っててキモいな」
「しれっと酷いですね。こままん先輩」
「お前もしれっとあだ名使ってんじゃねえ」
見た目、口調、表情。いつも通りだ。少し疲れてるようだが、真面目にテスト勉強していたとすれば、そこまで不思議なことでもない。
本当なのか? 本当に、気にしてないのか?
「なあ、水元。怒ってないのか?」
「? 何がです?」
「俺たちは、上園と風羅さんを引き離すためとはいえ、水元も風羅さんも傷つける作戦を立てて進めた。本当なら、もっとやりようがあったはずなのに、これで大丈夫だって、俺たちは――」
「でも、それでいいと言ったのは私ですよ?」
「でもさ」
「女々しいですね。だから、風羅さんと知り合いにすらなれないんですよ」
「ぐっ、"しれっと"傷口に塩塗りやがった」
今日の水元は、口撃的だな。容赦がねえ。つか、やっぱ怒ってるだろ、これ。
「要件はそれだけですか?」
「いや、まあ、そうかな」
「では、私のことは心配なさらず。そんなことより、明日のテストの勉強を頑張った方がいいですよ」
言って、水元は家に戻って行った。
「んだよ、あいつ。人がせっかく心配してやってるっていうのによ」
「……なあ、木窯」
「ん? なんだ?」
「常に背後に気をつけてろよ」
「? どういうことだ?」
「いや、水元怒ってるなって話」
「??」
怒ってたけど。でも、凹んではいないようだからよかったよ。
いや、よくないけど。主に仕返しがくるんじゃないかという意味で全然よくないけど。
時は進んでテスト最終日。
解放された。というより、魂が抜けた感覚を得ながら、俺は自転車置き場にて友人たちを待っていた。
そういえば、テスト期間中は五十音順で席に座ることもあって、この一週間はまともに風羅さんを見てないな。
ああ、俺の目が風羅さんを欲している。
「あっ……」
違うんだ。風羅さんを欲しているのであって、女子なら誰でもいいというわけではないんだ。
あと、見てはいけないものを見てしまったような目でこちらを見ないでください、火七海さん。
「あっ、九賀羽くーん」
「久しぶり、不地方さん。それに、火七海さんも」
「久しぶり。ていうか、あんた酷い目してるわよ」
「いや、まあ、この一週間、まともに寝てないからさ……」
「全く。普段から勉強してないからよ」
「いや、いつもならテスト一週間前から勉強し出すんだよ。でも、何処かの誰かさんのおかけで色々と手につかなかったというか」
「そういうイレギュラーに対応するための日頃の予習復習でしょ?」
「俺はそこまで出来た人間じゃないです」
つか、毎日予習復習してたら、いつだってもうちょっと良い成績取れてるよ。あと、テスト前のイレギュラーに対応するために予習復習する人は少ないと思うんだ。
「よかったー。二人とも仲直りしたみたいでー」
「はあ? こんな奴と仲直りとか"絶対"無理」
「ひでえ言われよう。なあ、不地方さん。火七海さん、こんなこと言ってくるんだぜ」
「もー、輝耶ちゃん喧嘩はダメだよー」
「喧嘩とは違うし。ただ、こいつとは生理的に仲良くなれないってだけ」
「酷いな。俺は仲良くなれるなら火七海さんと仲良くなりたいのに」
「ほら、九賀羽くんもそう言ってるし、仲直りしようよー」
「無理!」
ご覧の通りである。上園がどうフォローを入れたのかは知らないが、火七海さんの俺に対する接した方は、一緒に作戦会議を行っていたあの頃にまで戻っていた。
もちろん、表面上は嫌われてはいるようだが。それでも、話してくれるということは、嫌いというわけではないのだろう。
「……そういえば、あんた風羅さんのことはもう諦めるの?」
「また、急だな」
「いや、私だって悪いと思ってるのよ。話を盛っただけじゃなくて、あんたが風羅さんのことが好きだってバラしちゃったし」
「ああ。でも、どうなんだろ。特にあちらからその事について触れてくる感じはないし」
「でも、確かに風羅さんは聞いてたじゃない」
「いや、それでも急なことだったしな。案外、忘れてたりして」
「それはないわね」
「どうして?」
「あんたが、もう少し女子の気持ちに敏感なら分かるかもね」
「そんなもんかね」
「そんなものよ」
女子の気持ちに敏感、か。
好きだって、そんな告白ちっくなことを簡単に忘れるわけがない、といった感じか?
でも、風羅さんは俺のこと、あの時始めて意識しただろうし、そこまで引っかかる言葉でもないと思うんだけどな。まして、俺が自分の口で言ったわけじゃないし。
「で、話を戻すけど諦めるの?」
「……迷ってる」
「そう」
「前にも諦めようとしたことがあったけど、無理だったからさ。多分、今回も同じでこのままズルズル引きずってくんじゃねえかな」
そう。ズルズルと。自分の気持ちをどうするか、迷い考え、また似たような失敗を犯す気がする。
「それより、火七海さんこそどうなんだよ」
「……えっ?」
「上園のことだよ。好きだったんだろ?」
「べ、別に、龍のことなんて私は!」
「あれー、好きじゃなかったのー?」
「薫は黙ってて!」
「はーい」
相変わらず、分かりやすい人だな。
火七海さん、顔が紅潮してるぞ。
「まあ、好きでもそうじゃなかったとしても」
「だから、好きとかそういうのはないから!」
「仲直り、出来そうなのかよ」
「……大丈夫よ」
少し考え、彼女は答えた。
本人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。
上園と知り合って、まだ日が経ってない俺の意見よりよっぽど信用があるからな。
もし、無理をして答えているのなら別だが、少なくともそうは見えない。本心から答えているように、俺には見えた。
「じゃあ、私はそろそろ行くわ」
「ああ、じゃあまた――」
「おっ、火七海じゃん」
「げっ」
「おいこら、露骨に嫌な顔すんじゃねえ」
「あー、玲ちゃんに霧茅くんに、えっと……」
「ヒントはサッカーですぞ」
「うーん……オタクの人?」
「ヒントどこいったし」
「わ、我輩だけキャラで憶えられてる……」
「いいじゃねえか。それだけキャラが立ってるってわけだし」
「嬉しいような悲しいような、複雑な気分ですぞ」
「いいじゃん。俺なんか、名前を間違えられたからな。しかも、二回」
「回数まで憶えてんのはキモいぞ」
「ひでえ」
「あーっ! 皆さんお揃いでどうしたんですか!」
「あー、水元ちゃんだー」
「お久しぶりです! ふっじー先輩!」
「水元、なんか元気になってる?」
「そりゃそうですよ! テスト終わりましたからね!」
「そりゃ良かった」
「ああ、早くさやさや先輩の顔が拝みたい」
「そ、そうか」
何はともあれよかった。
これで、元通り。いや、むしろ前よりいい感じになったかもな。
……本当に良かったよ。
本当に、な。




