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第二十五話 呼応と維持

「さあ、私に君の悩みを打ち明けたまえ」


 背後からの月下(つきか)さんの声に、俺は少し驚いた。だが、冷静に考えれば、食堂にて彼女と遭遇することは何ら不思議ではない。だからこそ、俺の驚きは"少し"で済んだのだろう。


「いや、特に何も悩んでないよ」


 現時点での、俺の月下一灯(ひとひ)評は、"有用だが信用出来ない"である。

 先日の風羅さん誤解事件の時、彼女には大変お世話になった。彼女の説得があったからこそ、俺の用意した作戦が問題なく遂行できたといっても言い過ぎではないだろう。

 しかし、だからといって心を打ち明け、悩みがあれば素直に頼りにしようと思うほど壁は低くなってはいない。

 もちろん、俺が今抱えている悩みなんて、そんな大それたものじゃないし、何よりこれは俺自身の悩みではなく、上園(かみその)の悩みである。

 何かに警戒して、慎重にいく意味はあまりない。

 まあ、どちらにしろ、例によって彼女は俺と水元(みなもと)の話を聞いていた上で、話しかけてきているのだろう。だから、そもそもこんな思考をする意味など最初から無いのだろうが。


「ふふーん。私には分かるよ。君は今、ある悩みを抱えている。加えてそれは、表面上は他人の悩みでも、追求すれば君自身の悩みともなるものだ」

「具体的だな。意地悪しないで、素直に聞いてくれてもいいと思うんだけど」

「意地悪してるつもりはないんだけどね。ほら、こういうのは私から余計な善意を持って訊くのはNGだと思ったからさ」

「気遣いどうも。でも、俺みたいにストレートに訊く気があるなら訊いて欲しい人もいるんだよ」

「確かに。その辺りは難しいところだね」


 なんだか、心理学に片足、いやつま先を突っ込んでる気分だ。いや、俺は心理学の『ノ』の部分も知らん人間だが。


「で、一応聞くけど何処から聞いてたの?」

「嫌だな。人を盗聴魔みたいに言わないでよ」

「一言も、そのようなニュアンスを持って発言した訳ではないけどね」

「そうかな。あ、ちなみに最初から聞いてたよ。『いつ叫んでやろうかと思いましたよ』から」


 序盤も序盤じゃねえか。つか、その時から居たのに気づけなかったのか、俺は。


「じゃあ、話を全て聞いた上で、俺に助け舟を出してきたってことだよね?」

「そうそう。で、乗る?」

「乗っても大丈夫かどうか確かめてからにするよ」

「慎重だね。まあいいけど」


 言って、ようやく月下さんは隣の椅子に座った。

 正直、いつ座るのだろうかとずっと気になってました。


「先ず、確認から。現在、水元ちゃんに風羅ちゃん絡みで嫌われている上園くんは、その状態をどうにかしたい。そして、あわよくば水元ちゃんと仲良くなりたい。だから、さっきまで君は水元ちゃんを説得していた」

「うん。合ってるよ」

「しかし、水元ちゃんは予想以上に手強かった」

「うん」

「まるで、ピーマンを食べるのを拒む子どものように」

「ああ、まあ、合ってる、かな?」


 正直、ピーマンを子どもに食べさせる方がよっぽど簡単だと思う。


「ふむ。これは難題だね」

「…………」

「いやだなあ、そんな顔しないでよ。私が提供する船は豪華客船だよ?」

「の皮を被った泥舟だと思う」

「ふーん。そこまで言うなら、私の秘策を聞かせてあげよう」


 自信ありげに、彼女は腕を組んだ。

 顔を見る限り、成功すると確信を持てている作戦なのだろう。

 さて、聞かせてもらおうか。何者にも突破出来ない絶対防壁を持つ水元の牙城を崩す秘策を。


「さて、秘策の前に――君は夏休みに海とか行ったことある?」

「……えっ?」


 拍子抜けとは、まさに今の俺の感情を言うのだろう。

 自信に満ちた表情から語られたのは、豪華客船へのチケットのような輝かしい体験への言葉ではなく、全く別の、例えるなら、船で海へ行く予定が、急転して車で山に行くことになったといったような、全く関連性のないものとなった質問だった。

 しかし、寄りにもよって夏に海に行ったことがあるか、か。


「子どもの頃に一回だけ。数年前、いや十年以上前の出来事になるのかな。それっきりだよ」

「なるほど。じゃあ、海に――いや、海水浴に行きたいと思ったことはある?」

「ないよ」

「即答だね。海は嫌い?」

「海というより、夏の海水浴場が嫌いと言った方がいいかな。夏の太陽の下に出たくないし。海水浴場みたいな人口密度の高いところが嫌いというのもあるけど」

「なるほどね」


 少し考える素振りを見せ、月下さんは立ち上がった。


「もうすぐ、六月だね」

「そうだね。で、作戦は?」

「私の考える作戦は、夏休みにならないと実行に移せないのだよ」


 言い終わったと同時に昼休み終了五分前のチャイムが鳴り、月下さんは手を振りながら食堂を小走りで出て行った。


 …………。

 いや、せめて内容を語れよ。つか、この締め方嫌な予感しかしねえよ。それに、夏休みまで待たなくちゃなのかよ。


 結局、通りがかった船は豪華客船ではなくハリボテだったらしい。

 俺は、弁当の残りを口に押し込み、教室へと帰るため立ち上がった。











 放課後。

 俺は、いつもの友人ズに上園の水元に対する悩みをどうすれば解決できるかを訊いていた。


「無理だな。諦めろって言ってやれ。それも優しさだぞ」

「そうですな。さすがの我輩でも、それは無理だと断言できますぞ」

「まあ、上園には悪いけど。こればっかりはな」


 木窯(こかま)蹴珠(けだま)の返答は予想できた。でも、まさか霧茅(きりがや)にも無理と言われるとはなあ。さすがに、今回ばかりはどうしようもないのか。


「つかさ。つまり、お前、上園に相談されたってことだよな」


 そういえば、まだ俺と上園が表面上は仲直りしたことを話してなかったな。


「いや、色々あってな。仲直りしたんだよ」

「ほほう。男と男の熱いツキアイですな」

「友情な。あと、付き合いとも突き合いとも取れる発音すんな」

「ああ、突き合ったのか……」

「ちげえから! つか、何が突き合うだよ!」

「何をって、それはお前が一番よく知ってるだろ?」

「知らねえよ! あと、木窯目を逸らすな!」

「片方が棒を片方の穴に突き合う? 卑猥ですぞ、九賀羽殿」

「具体的に言うんじゃねえ!」

「なあ、男と男が突き合うってなんだ? 何のネタだ?」

「霧茅、悪いけど今は話に入ってこないで」

「『後でじっくり実演を交えて説明してやっから』」

「やっぱり、卑猥ですぞ」

「おまえらがな!!」


 全く、なんで放課後にこんな話をしなきゃならんのだ。

 つか、俺、何の話してたんだっけ?


「まあ、"突き合う"に関しては後で訊くとして。(りん)は、上園の助けになりたいと思ってるんだよな?」

「まあな。一応、迷惑もかけてるし」

「かけている? やっぱり、ひわ――」

「卑猥なのはてめえの脳みそだ!」


 俺のツッコミという名の拳が、蹴珠のたぷんたぷんの腹に直撃するが、例によってダメージはないようだ。


「つってもよ。あの、水元だぜ? 上園を拉致監禁したいとか、拷問したいとか、ネット上に個人情報を流したいとか言ってた奴が、今更上園を許すか?」

「そこまで言ってたかな……まあでも、確かに(れい)の言う通りだよな」

「ふむ。まして、仲直りなんて夢のまた夢ですな」


 三人の言う通りだ。無理難題。俺だって、諦めろと上園に言ってやりたい。

 しかし、このままじゃ上園だけでなく、今後俺にまで被害が発生する可能性があるのだ。水元は、恐らく例外なく俺も徹底排除しにかかるだろうし。そうなっては、風羅さんとはお近づきになることは半永久的に不可能となってしまう。

 やはり、それは困るのだ。いや、凄く困るというわけではなく、まだ自分の気持ちに整理がついてない今、もしもの時に備えて可能性は増やしておきたいというかなんというか、自分でも何が何やら分かってないけど。

 でも、嫌なのは確か。どうにかしたいと思っているのも確か。

 それが、上園のためか、自分のためかは何とも言えないところだが。


「でもさ、上園が風羅さんに近づけないということは、つまり俺が風羅さんに近づけないことと同義なわけじゃん?」

「ああ、そうなるのか。上園だけでなく、凛にまで被害が現在進行形で及んでいると」

「それって、余計にめんどくなってね? つまり、風羅に会う許可を水元に二人分取らなきゃならねえってことだろ?」

「許可か。片方が良いなら、もう片方も良いにならねえかな?」

「そんなに甘くねえだろ。あの、水元だぞ? 妥協しても一人が限界だろ」


 俺らの中で、水元(ゆるぎ)というキャラが強大になりつつある気がする。

 まるで、村人として出会ったキャラクターが、実はラスボスだったかのように。……いや、村人ではないな。中ボス、もしくは道中の変に強い雑魚キャラといったところか。


 それにしても"許可"か。知らない人からしたら、水元って何者? ってなりそうだ。ちなみに、正解はごくごく普通の、少し野蛮な考え方を持つ女子高生だ。


「まあ、揺だって性格が悪いわけじゃないんだ。ちゃんと話せば分かってくれるって」


 霧茅に、昼の俺と水元のやり取りを見せても、まだ同じことが言えるか訊いてみたい。


「とにかく、今すぐに何か出来るっていうのは無理だな」

「ふむ。こればっかりはいくら幾多の困難を乗り越えてきた我輩達でも一筋縄ではいきませんな」

「"達"は余計だな」

「では、"我輩"?」

「いや? 蹴珠以外」

「酷いですぞ!」


 長い目で見るべきか。でも、夏になったら月下さんが何か仕掛けるらしいしな。

 さて、上園には何て言おうか。そもそも、人の悩みを勝手に他の奴らに話してる時点でな。

 何と言うか……俺の悪いところな気がする。直さねえと。


「さて、じゃあ帰りますか」


 霧茅の言葉に、俺は前を向き歩き出す。

 上園への言い訳を考えながら。











 翌日、昼休み、俺は様子を見に来た上園に、水元と話したが長丁場になりそうだということを話した。

 それに対し、少し残念そうな表情を見せるも、上園は直ぐにいつもの明るさで俺のフォローをしてくれた。


 上園は優しい。しかし、そんな優しさを持ってしても水元の警戒を解くことは出来ない。

 果たして、こんな介入不可能な状態を、月下さんはどうやって解決しようというのだろうか。

 一当事者として、楽しみである。もちろん、その場のノリで言った可能性もあるだろうが、どうにも彼女がそういうキャラには見えない。霧茅とダブっていることもあるのだろう。




 さて、気づけば六月まであと数日。こんな調子で、梅雨を抜け、期末テストが終わり、夏休みが目前に迫ってくるのだろう。

 三年生にとって、踏ん張りどころの夏休みが。


 いつもとは一味違うであろう、夏休みが。

 いつものように、何事もなく俺を出迎えてくれるのだろう。

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