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第十九話 「まるで、二人ともお婆ちゃんですな。HaHaHa」

 火曜日、のイメージは夕暮れ。

 今日も今日とて、俺の視線の先では昨日とほぼ同じ光景が繰り広げられていた。

 ちなみに、聞こえてくる会話曰く、最近読書に目覚めたという設定の水元(みなもと)が、風羅(ふうら)さんに初心者でも楽しく読めるとオススメしてもらった本の感想を、水元にしては抑えつつ語っていた。

 素晴らしい。大変素晴らしい光景なのだが、問題はまだ残っている。

 ちなみに、俺の問題ではない。俺が見てて気分悪いとか、そういう話ではない。

 上園(かみその)だ。あいつが空気を読んで風羅さんに会いに来なくなってから約一週間が経った。ということは、そろそろ来るんじゃないだろうか。……と、思っていたのが数分前の俺。

 なんと、上園は先週の火曜日と同じように、風羅さんがせっかく同性と話しているのに邪魔してはいけない、とまだ考えているのかどうかは知らないが、教室前まで来たところで踵を返して戻って行ったのだ。

 これには、俺もびっくりである。もう、いい加減あいつも風羅さんと本の話をしたいだろうに、風羅さんと水元の関係を尊重し退いたのだ。

 いや、水元が居なかったら引き返さずに会いに来てるけど。それでも、水元は風羅さんに朝、昼休み、そしてランダムで各休み時間に会いに来ているから、殆ど上園が風羅さんと話す時間はないようなものだ。

 もしかしたら、上園は凄く優しいのかもしれない。風羅さんは友人が少ない。俺が確認した限り三人しかいないはずだ。だから、そんな数少ない友人とのひと時を邪魔したくないのかもしれない。

 いや、むしろ風羅さんが楽しそうに話しているから、深読みして自分と話すより水元と話している方がいいと考えた可能性もある。

 俺だったら、そう考えてしまうと思う。


 もし、あいつが俺と似たようなタイプなら。慎重に行動するタイプなら。

 いや、そんな筈はない。だったら、風羅さんに簡単に話しかけられるはずが……。


 どうでもいいな。うん、どうでもいい。

 俺と、あいつの思考が似てるかどうかなんてどうでもよすぎる。

 取り敢えず、いずれは水元と上園がバッティングするだろうから、俺はそうなった時、水元が暴走しないよう監視しなければな。

 それが、今の俺の役目だ。


 ……地味にキツい役目だ。











「ほっといていいんじゃねえの?」


 昼休み。上園が風羅さんと接触しようとしない現状についていつものメンバーに説明したところ、そのような言葉が木窯(こかま)から返ってきた。

 ごもっともである。例えば、明日にでも上園が水元がいる時に風羅さんに会いに来たとしても、水元が前持って決めていた作戦を実行すればいいだけの話だからだ。

 時が来たらやる。こなければ、来るまで楽しむ。


「それはそうなんですけど。でも、嫌じゃないですか。毎回来るんですよ? さやさや先輩は気づいていない感じですけど、私からしたらバレバレなんですよ。例えるなら、胸をチラチラ見てくる男子ですよ。本人は、バレてないと思ってても見られてる方からすれば、分かってるんですよ」

「大丈夫だ。お前の胸は、そんな存在感ねえから」

「例えですよ」


 なるほど。……つか。


「バレてるのか」

「おまえ、いつの間に私の胸を」

「木窯殿でないことはたし――」


 ぐほっ。

 久々に木窯の鉄拳が、蹴珠(けだま)の腹部に命中した。

 しかし、バレてるのか。そうか。同じクラスの巨乳内海(うつみ)ちゃんにもバレてるのか……。

 でも、それはそれで……。


「話を戻しますけど、とにかく目障りなんですよ。それに、上園は私がいない時は、さやさや先輩に会いに来てるんでしょう?」

「そうなのか? (りん)

「ああ。会いに来てるよ」

「ほら。私は、それが許せません」

「ふーん。まあ、許せない理由はよく分かんねえけど、それなら良い方法があるぜ」


 木窯曰く、良い方法。

 ……あっ、そうか。意図して作戦を実行すればいいんだ。


「上園より後にフウラサンに会いに行けばいいんだよ。で、作戦を実行する」

「なるほど、盲点でした。あと、フウラサンって一つの名前みたいに繋げないでください」

「言い方は人それぞれだ」

「…………」


 相手がこないなら、自分から。

 となると、作戦実行タイミングをこちらである程度コントロールすることが出来るわけか。


「なあ、なら作戦を実行する時は俺たちが見守ってるっていうのはど――」

「めんどい」

「……。分かった。じゃあ、俺と霧茅(きりがや)、蹴珠で見守り役、つまり水元が暴走した時のアシスト役をしよう」

「いいんじゃないか。まあ、(ゆるぎ)ちゃんなら、ちゃんとやれるだろうけど」

「我輩も構いませんぞ」

「…………」

「こかまー、頼むよー」

「……朝以外なら付き合ってやるよ」


 よし、これでオッケー。

 あとは、作戦実行タイミングか。


「じゃあ、(れい)の了解も得られたことだし、明日の昼に実行な」


 はやっ!

 でも、思い立ったが吉日。今日やるわけじゃないけど、早いに越したことはないか。


「分かりました。じゃあ、明日の昼に実行ということでお願いします」


 水元は、深々と俺たちに頭を下げる。

 周りに嫌いな奴がいなければ、良い後輩で居てくれるのだが……。明日、滞りなく作戦が進むことを祈ろう。


 ……そうだ、一応霧茅に月下(つきか)さんのこと確認しとかないとな。


「そういや、霧茅。お前、月下さんに俺のこと話したのか?」

「ああ。もしかして、ダメだったか?」

「いや、別にいいけど」

「誰だよ、つきかって」

「霧茅の知り合いだよ。月下一灯(ひとひ)さん」

「変な名前だな」

「そうだよな。でも、漢字で書いたらカッコいいんだぜ、一灯ちゃん」

「ふーん、別にどうでもいいけどな」


 そう言った木窯は、目に見えて興味なさげだった。


「それよりさ、今月ももう半分経っちまったな」

「そうですね。なんだか、最近日が経つのが早いです」

「まるで、二人ともお婆ちゃんですな。HaHaHa」


 ごふっ。

 木窯と水元のダブルパンチが蹴珠にヒットする。

 つか、地味に水元の蹴珠に対するファーストタッチになるのか。

 ファーストタッチがグーパンチて嫌だな。


「日が経つのが早いと感じるのは、充実してる証拠だってよく言うな」

「言わねえよ。なに、くせえセリフ吐いてんだよ」

「確かに、嫌なことを感じている時でも、振り返ってみれば意外と早く過ぎたなと感じますもんね」

「揺ちゃんの言うとおり。結局、過ぎたら全部一緒に感じるんだよな」


 今更だけど、何の話をしているんだ。

 でも、確かに水元の言う通りで、振り返ってみれば、時間は等しく流れてるんだなと感じる。ただ、現在進行形で楽しい、充実してると感じているなら時も早く進み、辛い、苦しいと感じているなら時は遅く感じるものなのだ。

 つまり、どのタイミングで早い遅いを考えるかの違いだな。

 って、なに持論を心の中で展開してるんだ、俺は。


「凛はどうだ? この数ヶ月は早かったか?」

「あっ、それ私も気になります」


 思いついたように、霧茅が訊いてきた。

 この数ヶ月ねえ。確かに、いつもに比べたら濃厚な四月と半月だったけど。でも結局、さっきの持論通り、今のタイミングで振り返るなら早かったとしか答えられないんだよな。

 そりゃ、霧茅はそういうことを訊きたいんじゃないだろうけど。

 訊きたいのは、充実してたかどうか。

 当時、時が過ぎるのが早く感じていたかどうか。

 なら、答えは簡単だ。


「早かったよ」

「そっか」


 と、答えた霧茅の顔は何処か嬉しそうだった。

 全く、俺自身が充実してることが嬉しいなんて変な奴。まあ、霧茅っぽいけどな。こいつは、そういう奴だ。


「さて、そろそろ時間だな」


 霧茅の言葉に、時計を見るともうすぐ昼休みが終わりそうといったところだった。

 ほんと、時というのは早く進むものだな。











 翌日。水曜日。

 なんやかんやで昼休み。弁当をサッと食べた俺は、上園が教室に来てから、霧茅たちのいるD組前に向かった。


「来たか?」

「ああ」


 既にD組前には、霧茅、蹴珠、木窯、水元の四人が集結しており、作戦実行の時を今か今かと待ち望んでいるようだった。


「よし、じゃあ俺たちは廊下から隠れて見てるから。頑張れよ、揺」

「私の言った通りにすりゃ間違いないからな。いつも通りにやれよ」

「頑張るのですぞ」

「はい!」


 まるで、グラウンドに選手を送り出すチームメイトである。ただ冷やかしに行くだけなのに。

 そんな、三人から激励を貰った水元はB組に向かって歩き出した。


「私たちの出る幕は無さそうだな」

「ああ。大丈夫そうだ」


 と、木窯と霧茅は言うが、はっきり言って俺は心配が絶えない。

 水元は、上園を確認した途端豹変するからな。とにかく、最初だ。水元が、上園を捉えてもリアクションを起こさなければ、第一段階はクリアといっていい。


「……小夜先輩」


 教室前で一つ息を吐き、静かな声で小夜先輩と呼びかける。

 その声の調子に変動はなく、恐らく第一段階はクリアのようだ。


「こう見えていたのか……」


 俺は今、黒板とは反対側の扉の近くに木窯と立っている。

 また、霧茅と蹴珠は堂々と教室前で談笑してる振りをしながら中の様子を見ていた。


「にしても、分かってたことだけど、ここからじゃ何も聞こえねえな」


 ここから見えるのは、水元の横顔と上園の顔だけ。

 まあ、それだけ見えれば異変が起きたらすぐに分かるのだが。

 ……そういえば、異変が起きたらどういう感じに水元を止めるか決めてなかったな。

 まあ、みんな心の中で水元は大丈夫だって思ってたんだろう。

 俺も、心配は絶えないが、水元なら最終的には作戦を成功させると思ってるからな。


「動いたな」


 上園の表情が変わった。何処か、気恥ずかしそうにしている。

 一方の水元は、どうだろう? してやったりと言った顔だろうか。

 これは、上手くいってると見ていいのだろうか?


「おっ、上園のやつ帰ってくぞ」


 作戦成功らしい。上園は、苦笑いを浮かべながら歩き、教室を出て行った。


「よし。じゃあ、私らも帰るか」


 良いものが見れた、と言わんばかりの木窯は、上機嫌に霧茅たちの方へと歩いて行く。

 俺も自分の席に戻るとしようか。


 席に戻る途中、俺は教室を出て行く水元の横顔を視界の端に捉えた。

 さぞ喜びを噛み締めていることだろう。その予想と反し、彼女の顔は沈んでいた。

 声はかけなかった。その水元らしくない表情に衝撃を受けたから。

 元気が取り柄の女の子。そんな彼女が見せる暗い表情。

 俺は席に着き、自然といつものように風羅さんの方へと目をやった。


「…………」


 机に突っ伏していた。

 初めて見た。眠たいのか? そんなわけないだろ。

 傷ついたんだよ。風羅さんは。上園が好きかどうかを訊かれ、自分の気持ちを見ずに即座に否定し、その勢いで言った言葉に後悔する。

 作戦を木窯の口から聞いた時点で、こうなることは分かっていた筈だ。

 だけど、実際に目にすると、酷く心に来る。

 水元もそうだったんじゃないか? だから、あんな顔をしていたんじゃないのか?


 でも、これは必要なことだ。

 上園を引き離すためには、風羅さんを傷つけなければならない。

 ここまで二人の間が接近した以上、もうそれは避けられない。


 本当にそうなのだろうか。他に、方法は無かったのか?


 教師が来たのを確認し、俺は机の中から教科書を引っ張り出した。

 テスト前。集中しなきゃな……。











 放課後。

 いつものように、終礼が終わると同時に教室を出て行った風羅さんを見送った俺は、複雑な気持ちで帰り支度をしていた。

 作戦は成功した。今まで、俺が関わった作戦は例外なく失敗してきたことを考えれば、成功という事実に喜ぶべきなのかもしれない。

 しかし、それによって、確かに前回も傷ついた人が出たが、前回と違い今回傷ついた人は、傷ついて欲しくなかった人だからか、素直に喜べない自分がいた。

 止めるべきだったのだろうか? 本当に、風羅さんのことを、そして水元のことを考えるなら、止めるべきだったのだろうか?


 浮かんでは消える自問に、自答する術は持っていない。

 俺は、帰り支度を済ませ教室を出た。


 出たところで、俺の目は立ち止まって話を聞く風羅さんを捉えた。

 珍しい光景。風羅さんが、放課後に誰かと立ち話をしている。

 話をしているだけなら、そこまで驚きもなかっただろう。だが、問題はその相手だ。


 風羅さんと話をしていたのは、火七海(ひなみ)さんだった。


 何を話しているのか。面識は無いはずの二人が話す内容。事務的なことだろうか?

 気にはなった。しかし、九賀羽(くがわ)アレルギーである火七海さんの視界に入るわけにもいかず、俺は二人のいる方向とは逆の方に向かって歩き出した。


 二人は、真剣な面持ちで何を話していたのだろう?

 新たな疑問は、気づけば既にあった疑問の上書きを始めていた。


あとがき


『次回予告』


 朝。珍しく凄く早く学校に着いてしまった俺は、暇を持て余し校内をぶらついていた。


 数分後、我が身に降り注ぐ悪夢など知らずに。


 数分後、我が身に最大の選択を迫られることなど知らずに。


 ただ、少しそわそわしながら歩いていた。


次回「…………」

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