第十八話 「君は、麺類の中では何が好き?」
俺は、風羅さんを諦められない。
先日、市内の図書館で彼女を見かけた時に感じた想い。それは、初めて彼女を見た時から何も変わってはいなかった。
"好き"という極めてシンプルな想い。強いて言うなら、それはより強い"大好き"に変わっただろう。
だが、同時にその想いは実らないと決めつけている自分もいた。
作戦の失敗。そして、時の経過と共に近づいた二人の距離。
もう、俺の入る隙間は存在しない。
では、この想いはどうなる? ずっと、心の奥底に仕舞っておくのか?
ずっと、違和感を抱えて残りの高校生活、いや人生を生きていけというのか?
俺は、どうすればいいんだ?
休日明けの月曜日、なんて無くなってしまえばいい。
そんな愚痴を心の中で呟く俺の目線の先では、先週ほぼ毎日見た光景が例によって繰り広げられていた。
およそ一週間前までは、水元がマシンガンのようにトークを風羅さんに向かって発射し、彼女を困らせていた。しかし、今ではその自慢の機関銃は仕舞われ、善良な後輩が尊敬する先輩に接するような和やかな空気が漂っていた。
ちなみに、聞こえてくる会話曰く、最近読書に目覚めたという設定の水元が、風羅さんに初心者でも楽しく読める本を訊いているらしい。
なんというか、水元が普通に風羅さんと話しているのを見ると目頭が熱くなるというか、なんというか。なんでだろう?
まあ、そんなことはいい。問題は、その光景にいよいよ、俺も精神的余裕が無くなってきたということだ。
以前なら、風羅さんが友人と仲良く話しているのを見ているだけでも、俺は心癒され、憂鬱な月曜日も乗り越えることができた。
だが、今は違う。風羅さんと話しているのは、俺の知り合いだ。他人ではない。
そういった要因からかどうかは知らんが、俺は以前のように微笑ましく、その光景を見ることができなくなっていた。
だから、俺は逃げるように教室を後にする。
俺が、そういう趣味を持っているなら別だが、はっきり言って居るだけで辛い場所に留まり続ける意味はない。
といっても、行くところがない。
霧茅も、蹴珠も友人といるだろうし、木窯はどうせ寝てるだろう。
こういう時、友人が少ないと苦労する。いや、居るだけマシなのはごもっともなんだけど、居たら居たで、次は数を望んでしまうのが人間であるわけで……って、何考えてるんだ俺は。
「あっ、加賀くんだー」
そして、都合良く知人が現れてくれることに、俺は色々とラッパー並みに感謝したいと思う。
yoyo、マジで感謝ー。
……マジですみません、全国のラッパーの皆様。
「久しぶり、不地方さん。あと、俺の名前は九賀羽ね」
「そうだったー、ごめんなさいー」
ペコっと、不地方さんは頭を下げる。
確か、作戦決行日以来だろうか。なんか、あの後色々あって、結局お礼とか謝罪とかちゃんと言えてなかったんだよな。
「あの、遅くなったけど、この前はありがとう。あと、怪我とか大丈夫だった?」
「えーと……あっ、大丈夫だったよー。だから、気にしないでー」
火七海さんと比べると、不地方さんは俺に対して怒ってはいないようだ。まあ、怒るようなタイプでもないけど。
しかし、こんなところ火七海さんに見られたら何て言われるやら……。
「あんた、何やってんの?」
見られました。フラグ立てて即回収。我ながらその完璧すぎる流れに拍手喝采です。
「いや、偶々会っただけだよ」
「あんた、前に薫とはもう会わないって言ったわよね」
「ああ……確かに。"近づかない"と、言った憶えがあるような、ないような」
言ってから思ったけど、この場面で重箱の隅をつついてしまう辺り、俺はよっぽど火七海さんのことが嫌いなんだろうな。
「そうね。"近づかない"と言ったわ」
オロオロと俺と火七海さんを交互に見る不地方さんの隣で、彼女は怒りを押し殺しながら続ける。
「でも、じゃあ今はどうなの?」
「会おうと思って会ったわけじゃない。それとも、廊下で"偶々"会うのもダメだと? それは、無理難題だと思うけど」
「会うのがダメとは一言も言ってないわ。ただ、近づくなと、話すなと言ってるのよ」
「不地方さんから話しかけてきたんだよ。まさか、それを無視しろと? そんな可哀想なことを不地方さんにしろと?」
「あんたはもう、その『可哀想なこと』を薫にさせてるじゃない」
「あのー、二人とも喧嘩はダメだよー」
「薫は黙ってて」と、火七海さんは不地方さんを背に隠すように前に出る。
これ以上はまずいか。時間潰しにはなるが、彼女をヒートアップさせて周りからの注目を得るのは恥ずかしいし。まだ、理性があるうちにこちらが降参の意を示さないと。
「分かった。じゃあ、今後は話しかけられても、適当に返すだけに留めるよ」
憎しみの視線をやる彼女を尻目に、俺は踵を返す。
よし、何も言い返してこないな。しかし、前も思ったが何をそんなに怒ってるんだろうか。
まさか、単純に俺が気に食わないとか? いやいや、まさか。
俺は、普通の平坦な人間だぞ。そんな俺が気に食わないとか、世の中の殆どの人が気に食わないのと同義になりかねない。
……まあ、単純に数少ない友人を利用されたのが許せないんだろう。
そういう人だっているさ。俺は理解出来ないけどな。
もし、霧茅や蹴珠、木窯が誰かに利用されたからって、それは利用された当人が悪いから、俺は別に利用したやつに怒りとかは感じない。まあ、そういった経験がないから、現時点では予測に過ぎないけどさ。
実は、この学校には食堂というものが存在する。というのは、前にも触れた気がする。
高校に食堂があるのが一般常識かどうかは知らないが、一応うちにもあることはある。だが、あまり食事関係で使っている人をみないというのが現状だったりする。
何故か。それは、高校生ならまだ親の作ってくれた弁当という食事方法が一般的だからである。
だから、わざわざ食堂に行く必要がないのだ。弁当があるのに、わざわざ食堂に移動して食べる人は少ないだろう。
それでも、食堂というシステムが続いている理由は、弁当だけじゃ足らない運動部勢。また、弁当を作ってくれる人がいない職員。そして、少数の弁当と縁がない学生がいるからだろう。
さて、俺は今食堂にいる。食堂にて、親の作ってくれた弁当を食べている。
弁当があるのに、わざわざ食堂に移動して食べる人なのだ。今の俺は。
でも、これにはちゃんとした理由がある。水元が弁当を持って、風羅さんの所に来たのだ。水元と風羅さんが仲良くしているのを見ると心が痛む俺にとって、これはかなり痛い。
だから食堂である。だからこその食堂である。俺は今日、食堂の新たな使い方を導き出したと言えるだろう。
……ふっ、今日もお弁当美味しいな。
「――前いい? 九賀羽君」
唐突な名字呼びに、俺は思わずブロッコリーを掴んでいた箸を止める。
俺に話しかけてきたのは、茶色がかったショートヘアのメガネをかけた女子だった。
彼女は、返答を待たずに持っていたお盆を置き、俺の目の前の席に座る。
「いやあ、まさかこんな所で九賀羽君に会えるとはね」
メガネ女子は、マジマジとこちらを見てきた。
なんか、恥ずかしいな……。
「あの、なんで俺の名前を?」
「うーん?」
いただきます、と手を合わせた彼女はメガネを外し胸ポケットに仕舞ってから、質問に答えずうどんを啜り出した。
「君の友達から、教えてもらったのだよ」
友達。恐らく、霧茅だろう。あいつのネットワークの広さは異常だからな。
「あれ? もしかして、私触れちゃいけない所に触れちゃった感じ?」
「いや、そんなことないよ」
俺は、止めていた箸を再び動かす。
霧茅の性格を考えれば、別に不思議なことでもないし、現状俺に被害が出てないから、別に気にすることでもない。
むしろ、女子から話しかけられるという貴重な経験が出来たのだから、霧茅には感謝すべきだろう。
「そりゃ良かった。さて、話を戻すけど九賀羽君は何故弁当を持って食堂に?」
「気分だよ。そういう気分だっただけ」
「ふーん」
間違ったことは言ってない。風羅さんと水元が楽しく昼食を取っているのを見てると気分が悪くなる。だから、ここに来た。
「私はさ、よくここに来るんだよねー。親は忙しいから弁当作ってくれなくてさ。別にいいんだけどね。ここのは、全部コストの割りにボリュームがあるから。味は……敢えて言わないけど」
よく喋るな。まあ、茶髪メガネだし。第一印象通りだけど。
こういうタイプは苦手なんだよな。霧茅タイプっていうか、人と喋るのが楽しいタイプ? いや、霧茅はオールラウンダーだからいいんだよ。だから、今の関係を作れたようなもんだし。
でも、多分彼女は違う。より喋り、よく動く。また、それを周りに自然に強要する。
決めつけは良くないけどさ。ただ、もしそうならちょっと面倒だな。俺は、恐らく明日以降もここに来るだろうし。
……そういや、彼女、連れはいないのだろうか? こういうタイプは、一人飯が大の苦手だろうから、友人を食堂に連れて来ていると思うのだが。
「おーい、九賀羽君?」
「えっ?」
「どうしたの? ぼーっとして」
「いや、何でもないよ」
もしかしたら、俺の嫌いなタイプとは少しズレているのかもしれない。そうだったら良いのだが。
といっても、明日以降も彼女が俺と飯を食う確率なんてたかが知れてるからな。考えるだけ無駄か。
「うどんと言えば、九賀羽君。君は、麺類の中では何が好き?」
「ラーメンかな。無難に味噌ラーメンが好きだよ」
「ほほう。私は、ラーメンなら豚骨かな。胡椒をかけてズルっと一杯」
「うん、豚骨も美味しいね」
「そうでしょ。そういえば、九賀羽君はテスト勉強進んでる?」
180度の話題転換に、俺はまたもや食物を運んでいた箸を止める。
何故、急に食べ物の話から勉強の話になるのか。それを考えるのも訊くのも時間の無駄なのだろう。何故なら、こういったことは彼女にとっては良くあることだろうからだ。
「ぼちぼち、かな。えっと」
「ん? ああ、名乗ってなかったね。月下一灯。月の下、一人で火を灯すって書くんだよ。かっこいいでしょ」
「確かに、かっこいいね」
月下一灯か。確かにかっこいいな。
「あと、私も同じくぼちぼち。今回は物理がキツくてさ。九賀羽君は物理選択?」
「いや、生物だよ」
「そうなんだ。私はさ、数学得意だから物理にしたんだけど、いやこれが予想以上に難しいんだわ」
うちの学校は、二年から生物と物理に分かれて授業が行われる。
俺は、もっぱら楽だと話題の生物を選んだ。ちなみに、物理を選ぶ人は高校卒業後に必要になってくる人だけであり、興味があるだけで選ぶ人は少ないのだとか。
「まっ、楽しいからいいんだけどね。それより――」
この人、なんか人生楽しんでるな。つか、また話題変わるのか。
「風羅ちゃんとは上手くいってんの?」
「…………えっ?」
「いやさ、私、風羅ちゃんと二年の頃、ちょっと付き合いがあってさ。だから、霧茅君が私に九賀羽君のことを話したんだと思うんだけど」
二年の頃、付き合いがあった? 風羅さんと?
なんだ。俺にとって、友人の知り合いでしかなかったのに、その一言で一気に存在が近く感じてきたぞ。
「あのさ、霧茅は月下さんに何て俺のこと言ったの?」
「九賀羽君が風羅ちゃんのこと好きらしいから、また気が向いたら協力してやってくれって、言ってたよ」
「協力か……」
「そっ。だから、こうして偶々食堂で君を見つけて、声をかけたってわけ」
「いや、でもなんで俺が九賀羽だって」
「私、A組なんだけどさ。ほら、体育はAとB合同じゃん? で、雨降った時は体育館で男女合同になるから、その時B組の子に訊いたんだよね」
なるほど。霧茅も粋なことするな。
「で、どうなの? 風羅ちゃんとの関係は」
「いや、そこまで変化はないっていうか」
「へえ。じゃあさ、私が協力してあげよっか。二年の時以来だけど、それなりに親交はあったし」
「うーん……」
そう言ってくれるのは、ありがたい。ありがたいけど。何と言うか、いや、かなりわがままな考えとは思うけど。
「いや、いいよ」
「えー、なんで?」
「自分でどうにかしたいからさ。やっぱ、自分のことだし」
「そっか。九賀羽君がそう言うなら別にいいけど」
自分でどうにかしたいというのは建前に過ぎない。
今までだって、人の力を借りてきた。おかけで、嫌われることもあった。
それでも、力を貸してくれるなら喜んで借りると思う。
だけど、風羅さんとのファーストコンタクトを大事にしたいという気持ちは、前から変わっていない。
もし、俺が風羅さんと既に知り合いのレベルに達しているなら、喜んで力を借りただろう。
だけど、まだそこに到達していない。
これは、わがままだ。慎重な性格である俺のわがまま。
「ご馳走様でした」
いつの間にかうどんを食べ終わっていた月下さんが、丁寧に手を合わせ言う。
あれだけ喋ってたのに、いつの間に食べたんだ……。
「じゃあ、また力貸して欲しい時は言ってよ。いつでも、力になるからさ」
メガネをかけ立ち上がった月下さんは、バイバイとお盆を持って立ち去った。
月下一灯さん、か。
やっぱ、人は見かけに寄らないな。
あとがき
『次回予告』
「胸をチラチラ見てくる男子ですよ」
「バレてるのか」
「動いたな」
「言い方は人それぞれだ」
「こう見えていたのか……」
「結局、過ぎたら全部一緒に感じるんだよな」
「……朝以外なら付き合ってやるよ」
次回「まるで、二人ともお婆ちゃんですな。HaHaHa」




