第十七話 「それは……こう、ぐわわわわって」
残された想いの行き先は何処だろうか。
諦めるといって簡単に消えてくれる想いなど、果たして想いと言えるのか。
おかしいのは誰だ? 間違っているのはどちらだ?
土曜日。
中間テストが近づきつつあるというのに、俺は友人たちと一緒にゲームセンターに来ていた。
現在、蹴珠と霧茅はエアホッケーで爽やかに汗を流し、木窯は太鼓を鬼の形相で叩いている。
ちなみに、俺はプレイヤーに襲いかかってくるゾンビを倒すシューティングゲームの前に居るのだが。
「…………」
俺の目の前で、無表情でトリガーを引き、ゾンビ軍団を蹴散らしているのは水元である。
なんだか、凄く怖い。襲いかかってるゾンビよりも数倍怖い。カチカチカチカチ、という無機質な引き金を引く音がより一層恐怖を助長させている。
そして、そう感じているのは俺だけではないらしい。俺の横で、変貌した彼女を見守っている金潟さんも俺と似たような表情をしているのだ。
何故、陸上部である彼女がこんなところにいるかというと、今日は部活はオフらしく、せっかくのオフだから遊びに行こうと水元に連れられてきたらしい。
ちなみに、初ゲームセンターなのだとか。彼女の性格的に、このようなうるさいところは苦手だろうから、高二で初ゲーセンだったとしてもそこまで不思議ではない。
「……ちょっとミスった」
ゾンビを掃討し終え、そんなやり込んでる人のようなセリフを吐き、水元は銃を戻した。
「どうです? りんりん先輩も一緒に」
「いや、遠慮しとくよ」
いつもの表情に戻った水元に、俺は答える。
間違いなく足を引っ張る。いや、むしろ出番がなく終わる可能性すらあるか。
「それにしても、偶然って怖いですね。まさか、いつきんが好きな人とゲームセンターで出くわすなんて」
「……………………」
「? いつきん聞こえない」
ゲームセンターだから、金潟さんのぼそぼそ声は相当接近しないと聞こない。
ちなみに、俺はさっきそれをやった。感想? 良い匂いがしました。
しかし、確かに偶然とは怖いものだ。
初めて来た場所で、好きな人と出会う。まるで、ドラマのような展開ということを考えると、文字通り奇跡だと言えるだろう。
「そういえば、りんりん先輩はテスト前だというのに何でこんな場所に来てるんですか?」
「テスト前なのは水元もだろ? 今日は、本当は図書館に勉強しに行く予定だったんだよ。その証拠に、ほら」
俺は、鞄の中の教科書を二人に見せる。
「だけど、ゲーセン前に来たところで霧茅が『勉強する前に一汗かこうぜ』とかわけわからねえこと言い出してさ」
「なるほど、確かに意味不明ですね。でも、なら」
言って、水元は金潟さんの方を向く。
「どうする? このまま二人で何処かに遊びに行くか、先輩方と勉強しに行くか」
「…………」
少し考えた後、金潟さんはぼそぼそと水元に耳打ちした。
水元も、ちゃんと考えてるんだな。なら、俺も出来る限り金潟さんのアシストをしなければ。
「先輩方と勉強したいらしいです」
「分かった。じゃあ、皆を呼んでくるよ」
よし、パックをバチンバチンと打ち合ってる二人と、太鼓をバヂンバヂンと叩いてる木窯を呼びに行くか。
つか、そんなに勢いよく叩いたらパックが飛んでくぞ。
「あっ、危なっ――」
バチン。
鈍い音と共に、俺の鼻にパックが激突した。
ゲームセンターを出た俺たちは、図書館へと向かって歩いていた。
「へえ、お前が霧茅に告った子かあ」
「いやー、いいですなあ。やはり、女の子はこのくらいおしとやかで恥じらいがないと」
「はあ、警察に電話とかめんどくせえな」
「木窯殿通報しないで!」
水元によって、金潟さんが霧茅に告ったという事実が拡散されていた。
やっぱ、この子勢いだけで行動してやがる。
「いやー、でも偶然だよな。まさか、こういう形で一輝ちゃんと再開するなんて」
「…………」
振った男は特に気にする素振りを見せない一方で、振られた女はまともに目を合わすことも出来ない。
まあ、彼女の場合、目を合わせられる人の方が少ないのだろうが。
しかし、どうしたもんかな。霧茅の彼女さんから、霧茅を奪うためにはどうすればいいか。金潟さんの自慢のボディを使えば余裕な気もするが……っていかんいかん。
やっぱ、地道に霧茅にアタックするしかない気がするな。といっても、金潟さんの性格から考えて、その地道なアタックの回数もかなり少なくなるだろうけど。
まあ、そもそも地道なアタックで霧茅が揺らぐとは思えないが。
「そういえば、揺ちゃんたちは勉強道具とか持ってるの?」
「持ってないですよ」
「あれ、そうなのか。じゃあ、どうやって勉強するの?」
「それは……こう、ぐわわわわって」
「水元、金潟さんと一緒に一旦取りに帰ったら?」
「そうします」
言って、水元は金潟さんの手を引っ張り走って行った。
まあ、ゲームセンターに遊びに来てたんだから、勉強道具なんて持ってるわけないわな。
「――なあ、凛」
話しかけてきたのは、霧茅だ。
「ここは、普通に接するべきなのかな」
「金潟さんとか?」
「ああ。俺さ、こういうの初めてだから」
そりゃ意外。霧茅の性格と容姿を考えれば、それなりに告白はされてるだろうに。
「うーん、俺も良く分からねえけど。でも、普通に今まで通りでいいんじゃないかな。あんまり気を使うと、ほら――」
金潟さんが勘違いを起こすかもしれない。
なんて、言えるわけもなく。
「そうか。そうだな。あんまりこっちが気を使ったら、一輝ちゃんも気を使っちゃうもんな」
「ああ、そう思う」
勘違いを起こすかも、か。
金潟さん側に立ってる人間としての回答としてはゼロ点だな。
それだけに、霧茅が良い解釈をしてくれて助かったよ。
時間は少し進み、場所は図書館。
入口にて水元らと合流し、俺たちは図書館内の勉強スペースに向かっていた。
やはり、休日かつテスト前ということもあってか、図書館内では学生らしき人たちが必死に教科書やノートと睨めっこしている風景がよく見受けられた。
「やっぱ、人多いな」
霧茅の小声での言葉に、俺は頷く。
所々、席は空いているが六人が纏めて座れるスペースはどうやらなさそうだ。
「仕方ない。じゃあ、三人、三人くらいに分かれて――」
「あれ?」
水元の声に、俺は自然と彼女の向いている方向へと視線をやった。
そこには、六人掛けの机の端に座る女子と男子。しかも、それは見覚えのある人だった。
俺は、そこに座る風羅さん上園を確認したと同時に、歩き出そうとした水元の肩を掴んだ。
「はいはい、じゃあ揺ちゃんと一輝ちゃんは俺と一緒なー」
状況を察した霧茅は、ゾンビを殲滅していた時と同じ表情の水元とオロオロしていた金潟さんを連れ、空いている席へと向かって行った。
「自然にハーレムを作り出した霧茅殿は、天性の女ったらしですな」
「ああ。お前と一緒の意見なのは気に食わないけど、私も同意見」
そんなことをぼそぼそと言いつつ、二人も空いている席へと歩いて行く。
一方、俺はというと真面目に勉強している風羅さんと上園から目を離すことが出来なかった。
正直、今の気持ちを率直に言うなら『驚いた』だ。例えば、風羅さんだけがここに居たなら、それは別段不思議なことでもない。何故なら、風羅さんは読書家だからだ。
でも、今は上園といる。しかも、一緒に勉強している。
誘われたのか、それとも偶然会ったから一緒に勉強しようということになったのかは分からない。
しかし、その光景を見て、俺はより一層、二人の間が縮まっていることを感じた。
同時に、まだ風羅さんへの想いを胸の内に秘めていることを自覚した。
俺は、まだ彼女のことを諦められない。これだけの光景を見せつけられても、まだその想いに折り合いをつけることは出来ない。
でも、この想いが成就することはない。
成就することが出来ない想いはどうなる? ずっと心の中に居座り続けるのか?
「九賀羽殿?」
蹴珠に声をかけられ、俺はふと我に返った。
「そんなに、二人のことが気になるのですかな?」
「……いや」
名残惜しさを感じながらも、俺は木窯が座り寝ている席へと身体を向けた。
二グループに分かれて勉強を開始してから、三十分くらい経っただろうか。俺は、ふと思い立ち席を立ち、霧茅グループの方へと向かった。
「霧茅。そっちはどうだ? 捗ってるか?」
「あっ、りんりん先輩。きりりん先輩教えるの凄い上手いんですよ」
「いやいや、別にそんなことないよ」
謙遜してらあ。つか、霧茅が勉強を教えるのが上手いのは、中学の時から知ってるから別に驚きはしないけど。
俺たち四人を成績順に並べるなら、
霧茅>>俺>蹴珠>>木窯だし。まあ、木窯は本気出したら霧茅レベルまではいけるだろうけど。基本的に本気を出さないからな。最後に木窯の本気を見たのは高校受験前だったか。あの時の木窯は凄かったなあ……。
「そっちはどうだ?」
「俺と蹴珠は真面目にやってるよ」
「そうか。まあ、今年受験だし、そろそろ本気出すと思うから心配はしてねえけど」
「俺も同意見だよ。いや、それよりも――」
俺は、三人にメンバーチェンジを提案した。いや、別に何か意図があってそうしたというわけではなく、ただ単に俺自身も金潟さんのフォローをしてやりたいと、ほんとふと思ったからに過ぎない。
「うん、いいんじゃね。でも、誰と誰を交換するんだ?」
「水元と俺でどうだ?」
「揺ちゃんと凛の大型トレードか」
「いや、環境を変えるという意味だけの大して話題にもならないトレードだよ」
「まあ、何でもいいけど、俺はいいぜ」
「私もいいですよ」
「……私も」
「よし、決まりだな」
これで、蹴珠と寝ている木窯の元に水元が行き、霧茅と金潟さんのところに俺が行くことになった。
「そういえば、水元は頭良いの?」
「ああ。揺ちゃんも一輝ちゃんも、理解が早いからな」
金潟さんは分かる。でも、水元が頭が良いというのは意外と言わざるを得ない。
「じゃあ、教えるところもあまり無いのか」
「そうなんだよ。たまに、『ここってどうやって解くんですか?』って訊いてくるけど、大抵変なツボに嵌ってるだけだし」
「へえ、変なツボねえ……」
と、少し出しゃばり過ぎたか。金潟さんには出来るだけ霧茅と喋ってもらいたいからな。暫くは黙っておこう。
俺は、金潟さんに頑張れと目配りしてから自分の勉強に取り掛かり始めた。
メンバーチェンジしてから三十分が経過しただろうか。
俺は、もじもじと霧茅にチラチラと視線をやり続ける金潟さんの焦ったさに我慢出来なくなり、助け舟を出すことにした。
「金潟さん、分からないとことかある?」
「えっ……あっ、えっと……」
なんでお前が話しかけてくるんだよ! みたいなこと考えてねえよな? 大丈夫だよな? 俺は、あくまで助け舟を出してるだけだから。分からないところを教える時は、霧茅にパスするから。
「あの、ここが……」
「ふむふむ、なるほど……。霧茅、頼んだ」
「うん? どうした?」
我ながらナイスアシスト。
金潟さんよ、こういう一つ一つの小さな積み重ねが、やがて大きな……何か、何かとなるのだよ。
頑張れ、金潟さん。ファイトだ、金潟さん。
「――て、感じかな」
「あ、ありがとう、ございます……」
「いいよ。また、分からない所があったら訊いてね」
教えてもらった金潟さんは、その顔を酷く紅潮させていた。だけど、何処かその表情は嬉しそうでもあった。
つか、霧茅さん先輩として超模範。こんな、優しい先輩を俺は見たことがないぜ。
これなら、金潟さんが惚れるのも分かる気がする。いや、真面目にこういう優しいところに惚れたんじゃないかな。
さて、こっちはいい感じだが、蹴珠らの方はどうかな? ちゃんとやってるかな。
俺は、伸びをしつつ蹴珠らのいる机の方へと目を向けた。
蹴珠と水元は、普通に勉強していた。木窯? 変わらず爆睡してらっしゃるよ?
それにしても、木窯じゃないけど眠たくなってきたな。
でも、さすがに真面目な二人を前にして寝るのもな……。
…………。
………………。
……………………。
あとがき
『次回予告』
「あっ、加賀くんだー」
「味は……敢えて言わないけど」
「私が協力してあげよっか」
「胡椒をかけてズルっと一杯」
「全部コストの割りにボリュームがあるから」
「ご馳走様でした」
次回 「君は、麺類の中では何が好き?」




