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第十六話 「この世で一番残酷な拷問は何だと思いますか?」

 ゴールデンウィークが明け、再び学校生活が始まる火曜日。

 朝、窓際の一番後ろの席に座る俺の視線の先には、本を持ち話を聞く風羅(ふうら)さん、そしてそんな彼女に話しかけているのは上園(かみその)……ではなく、水元(みなもと)さんだった。

 確か、風羅さんと上園の関係を引き裂くために、先ずは風羅さんと仲良くなる必要があると話していたのが、ゴールデンウィーク前の木曜日の放課後だ。

 さすがの行動力といったところか。しかし、風羅さんの反応が、初めて上園に話しかけられた時と似ているところを見る限り、そもそも出会ってまだそこまで経っていないのだろう。

 本を読みたいのに、親しくない人が親しく話しかけてくる。しかも、殆ど一方的に。ここが、上園と違う点である。あいつは、質問から入り、また相手の反応をちゃんと待っていた。

 だが、水元さんは矢継ぎ早に話題をぶつけ、風羅さんに反応する隙すら与えていなかった。

 これで、困惑するなというのが無理な話である。今、彼女の中では疑問符が大量に発生し、今にも爆発寸前といったところだろう。


 ちなみに、上園はというと。風羅さんが、せっかく同性と話しているのに邪魔してはいけない、と勝手に彼なりに空気を読んでか否か、教室前で踵を返して戻って行った。

 残念だったな、上園。風羅さんとしては、来て欲しかっただろうに。あーあ、かわいそうー。


 ……って、何考えてるんだ俺は。

 と、そうこうしてるうちに朝礼のチャイムが鳴り、水元さんは笑顔で手を振りながら教室を出て行った。

 対する風羅さんは、ただ話を聞いていただけにも関わらず、全体力を消費したようにぐったりと机に身体を投げ出していた。


 ……仕方ない。水元さんに少し抑えるように言っておくか。











 昼休み。俺は弁当を持ち廊下で、水元さんの登場を待っていた。

 そして、俺の予想通り水元さんは弁当を持って現れた。しかも、走って。……廊下は走るな。


「あれ? りんりん先輩」

「増えてる……じゃなくて、ちょっと話があるんだけど」

「でも、私には小夜先輩と一緒にお弁当を食べるという指名が」

「それは、また今度。とにかく、行くぞ」


 俺は、半ば強引に水元さんを引っ張り屋上へと向かった。











 霧茅(きりがや)は、リアル友達が多いのでアウト。蹴珠(けだま)は、オタ友が数人いるのでアウト。木窯(こかま)は、ああ見えて同性の友達はそれなりにいるのでアウト。


「私、立ってお弁当食べるの初めてかもしれません」

「そうか、俺は実は過去何回か経験してる」


 ということで、暖かな風が吹く屋上である。食堂でも良かったのだが、たまには日の下で昼食を取るのもいいだろう。

 ちなみに、屋上にはベンチがあるが、この前木窯が喧嘩を売った好青年Aと美少女たちが座っていたので、こうして立っているといった具合だ。

 といっても、好青年はやはり中身も好青年らしくベンチを譲ってくれたのだが、やはり先客はあちらさんだし、なんか悪いと思ったので断った。


「それにしても……」


 屋上の隅で弁当を食す俺たちから見て、ベンチは左側にある。屋上といっても、そこまで広くないので当然彼らの様子は視界に入ってくるのだが、まるでゲームとかアニメの世界だな、と思うのが正直な感想だったり。


「で、私をこんな所に連れてきた理由は何ですか?」

「ああ、風羅さんについてなんだけど」

「りんりん先輩と違って、私は直ぐに親しくなれましたよ?」

「いや、そういうことじゃなくてさ」


 やっぱり、自覚してないか。つか、こいつさりげなく貶してきやがった。


「水元さんはさ、今日で風羅さんに話しかけたのは何回目なんだ?」

「うーん、二回目?」

「に、二回目!? いや、殆ど初対面の人に対して、あそこまで話せるのは一種の才能だと思う。けどさ、風羅さん困ってたよ」

「困ってたんですか?」

「うん。前にも言ったけどさ、風羅さんの性格を考えて、そんな隙あらばアタックしたらどうなるよ」

「……迷惑」

「そう。だから、もう少し抑えた方がいいと思う」

「分かりました。常日頃から、小夜先輩を見ているりんりん先輩がそう言うなら」

「誤解を生みかねないので、今後そういう表現はしないでください」

「でも、事実ですよ?」

「ごもっともで」


 常日頃見ている、という表現は何も間違ってないな。うん。


「まあ、とにかく抑える方向で」

「分かりました」


 これで、大丈夫だろ。

 まあ、直ぐにマシンガントークを抑えられるかというと難しいだろうけど、それをやり続けたらどうなるかは分かっただろうし。

 ただ、俺としてはもう一つ不安な点があるんだよな。

 暫くは、空気を読んで来なくなるだろうけど、それがずっと続くとは限らない。その終わりが来た時、つまり上園が風羅さんに会いに来た時、水元さんがどうなるか。それが、予想出来ないのが怖い。

 だけど、そもそも作戦を考えるなら、確実に水元さんと上園が出会わなければならないわけで。それが、今日明日の話になってくると難しいだろうけど、有る程度仲良くなった後ならば、水元さんもある程度は余裕を持って接することが出来るんじゃないかなと。


「りんりん先輩、この世で一番残酷な拷問は何だと思いますか?」


 昼休み、屋上で後輩の女の子から「この世で一番残酷な拷問は何だと思いますか?」という質問を何の脈絡もなく投げられるという、この世で一体何人が体験出来るか分からない貴重な体験が出来て俺は嬉しい……わけない。


「水元さん、訊く相手を間違ってるよ」

「そうですか? あと、前から気になってましたけど呼び捨てでいいですよ」

「そうか。じゃあ、水元。さっきの質問だが、木窯なら良い回答をしてくれると思う」

「ダメですねー。せっかく、私が間を繋ごうと話題を振ったのに」

「その優しさに感謝したいし、そのチョイスに文句も言いたい」

「じゃあ、りんりん先輩が先輩として話題を振ってくださいよ」

「話題、なあ……」


 つっても、後輩の女の子に何を振ったら良いのか……。さすがに、あいつらと話す時のノリはダメだろうし。こういうのは苦手だな。

 うーん……、あっ。


「水元的には、ああいう男一に対して女多数はどう思う?」

「別にどうも思いませんよ」

「そうか」

「はい」

「…………」

「…………」


 俺が悪いんだろうな。うん。

 まあ、俺だって同じ質問をぶつけられたら返答に困るからな。


「……えっと、水元の弁当は親が作ってくれてるのか?」

「はい。りんりん先輩もですか?」

「うん」

「へえ」

「…………」

「…………」


 いやさ、弁当の話題から膨らませられない俺が悪いと思うよ。でもさ、いざ話題を振れって言われても、俺には荷が重いというか、なんというか……。

 ……そうだ、風羅さんのどんなところが好きなのか訊いてみよう。これなら、水元が勝手に膨らましてくれるだろう。


「水元はさ、風羅さんのどんな所が好きなの?」

「全部ですよ」

「抽象的だな。もっと、細かく」

「頭のてっぺんから足の先まで好きです。舐めろと言われれば、喜んで舐めるくらいに」

「そ、そうか。てことは、見た目が好きなのか」

「もちろん、中身も好きです。心が舐められるなら、喜んで舐めるくらいには好きですよ」

「お、おう、舐めてばっかだな。えっと、つまり、性格が好きってことだな」

「はい。あと、肉体的にも精神的にも、言葉で表現出来ないほど大好きです」

「まあ、前に結婚したいって言ってたもんな。つか、会話したのは今日が二回目なんだよな? なら、いつどのタイミングで好きになったんだ?」

「偶々、図書室で見かけて一目でやられました」

「一目惚れか。それは、分かるかも」

「ということは、りんりん先輩もですか」

「ああ、俺も一目惚れだよ。本を読んでる姿にやられた」

「奇遇ですね。私も、本を読んでるところを見てやられました」

「そうか! やっぱいいよな、なんか雰囲気がいい」

「分かります! なんというか、小夜先輩の周りだけ時間が止まっているような」

「そうそう。吸い込まれそうになるよな!」

「いやー、りんりん先輩よく分かってますねー」

「そりゃ、水元と同じで風羅さんに一目惚れした人間だからな」

「確かに。なんだか、りんりん先輩とは良いライバルになれそうです」

「ああ、俺もそう――」


 そう思う?

 ゴールデンウィーク前に、俺は諦めたはずだ。

 これからは、風羅さんの恋を影ながら応援すると。上園は応援しないけど。でも、風羅さんには後ろからパワーを送ると。


「りんりん先輩?」

「……いや。うん、そうだな、良いライバルに」

「はい!」


 "なれそう"は、"なる"ではない。

 そこまで、真面目に答えなくていいじゃないか。


「じゃあ、そろそろ戻るか」


 自分自身の中途半端な立ち位置に、少し嫌気が差す。

 なあなあで続いていることが、どうしようもなく。


 俺の悪いところだよ。本当に。











 今月二回目の金曜日。

 早くも日常に溶け込んだ、水元と風羅さんのやり取りを横目に、俺は教室を後にしていた。

 もう、風羅さんは依然のように困惑の色を出していない。

 自分のことを伝えたい。その気持ちを出来るだけ抑え、水元は質問を交えながら彼女との会話を成立させていく。

 その気持ちが伝わったのだろう。風羅さんも、出来る限り水元に応えようとしているのが分かる。

 これなら大丈夫だろう。あとは、上園の登場タイミングだけだ。


「クソみたいな顔してどうしたよ」


 廊下を他称『クソみたいな顔』で歩いていた俺に話しかけてきたのは、木窯だった。


「いや、別になんも――」

「いや、待て。当ててやる。……ズバリ、水元が風羅とあっさり打ち解けてムラムラしてんだろ」

「おお、正解……じゃねえよ! ムラムラはしてねえ!」

「そうか。右手をポケットに入れてるからそうなのかと思ったんだけどな」

「今は通常体だ! ノーマルだ! あと、携帯で時間を確認しようとしただけだ!」

「いや、でも動いてたし」

「歩いてるんだから動くよ!!」


 どんな変態だよ!

 ったく。でもまあ、水元と風羅さんがそれなりに打ち解けたからっていうのは正解なんだよな。

 水元は行動的だ。空回りするほどに行動的。そんな彼女だから、風羅さんともあっさり打ち解けたのかもしれない。

 でも、それは、じゃあ俺だったら無理だという理由にはならない。

 どうしてもチラつくのは、俺でも少し頑張れば出来たんじゃないかという希望だ。

 複雑な想いが、心をぐちゃぐちゃに引っ掻き回していく。形の見えない可能性が次々と浮かんでは消えていく。

 風羅さんの印象は、この数週間で大きく変化した。例えるなら、絶対無敵の城だと思われたけど、よく見てみると穴がちょこちょこ空いているといった感じか。

 ……俺ならどうだっただろう? 全く想像がつかない。


「おーい、どうしたー? ムラムラしてきたのかー?」

「いや、してねえから。つか、お前が廊下に出てるなんて珍しいな」

「人を引きこもりみたいに言うんじゃねえ」


 今は昼休みだが、昼休みに木窯が廊下を一人で歩いているのは、あまり見たことがない。

 そもそも、木窯は移動教室やトイレを除けば、あまり自分の教室から出てこない。理由は、めんどくさいからだそうだ。


「少し気になったんだよ。水元、上手くやってるかなって」

「へえ、優しい先輩ですなあ」

「ああ、年中ムラついてる先輩よりよっぽど良い先輩だと自負してるぜ」

「ム、ラ、ツ、イ、テ、ねえ! つか、年中にレベルダウンしてんじゃねえか!」

「年中だとレベルダウンなのか。お前、凄いな……」

「そういう意味じゃねえよ! つか、引いてんじゃ――」


 「うるさい!」

 背後からの声と共に、平手打ちが俺の脳天に直撃する。


「おっ、水元じゃん」

「こかまん先輩」

「今度、"こかまん"て言ったらお前の根も葉もない噂を風羅に言うぞ」

「すみません、木窯先輩。あと、風羅"さん"です」

「あのさ、先ず俺じゃね」


 背後から唐突に先輩に向かってチョップしといて、無視して木窯と話すか普通。


「りんりん先輩、うるさいです」

「それを! その言葉を言ってもらいたかった!!」

「言いましたよ」

「俺の言い方が悪かったよ! 手を振り上げる前に言って欲しかった!」

「それは申し訳ないです」


 水元は、頭を下げた。

 素直なのはいい事だけど、勢いで行動するのは辞めて欲しいもんだな。


「つか、水元、さっきまで風羅さんと話してなかったっけ?」

「話してましたよ。でも、廊下からお二方の声が聞こえてきたので」

「あのさ、お二方の声なら俺だけ叩かれるのはおかしいと思うんだ」

「でも、りんりん先輩を叩いた後、わざわざ木窯先輩の元に向かって叩こうとしても絶対避けられますし」

「ごもっともすぎて反論できねえ……」

「それより、戻らなくていいのか?」


 木窯の言葉に、ハッと水元は「そうでした!」とB組へと戻って行った。全く、忙しい子だ。

 それにしても、そんなに声が大きかったのか……恥ずかしい……。


あとがき


『次回予告』



「自然にハーレムを作り出した霧茅殿は、天性の女ったらしですな」


「変なツボねえ」


「あっ、えっと……」


「捗ってるか?」


「俺さ、こういうの初めてだから」


「大型トレードか」


「警察に電話とかめんどくせえな」


「揺ちゃんも一輝ちゃんも。理解も早いしな」


「あんまり気を使うと、ほら――」




次回「それは……こう、ぐわわわわって」

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