第十二話 ∞() → da()rk
風羅さんと上園が、同じアパートかつ隣同士の部屋に住んでいたという衝撃の事実発覚から一夜。
俺は、今日も楽しく話す、いや主に上園が一方的に話し、風羅さんが相槌を打つという見慣れた光景を視界に入れていた。
数週間前までは、風羅さんが静かに読書を楽しむという光景だったのに、どうしてこうなった。
……もしかして、手遅れなのだろうか。
もう、多少邪魔をしたところで何も変わらないのだろうか。
ラッキースケベ作戦とか、行動を制限とか、意味が無いのだろうか。
でも、せっかく皆と話し合って決めたのに……いや、でも使えなきゃ意味が無い。
…………。
なら、どうする? 諦めるか?
俺の視界には、風羅さんしか映っていない。
一目惚れだったんだ。夢に出るくらい。こんなに感情を動かされたのは初めてだって胸を張って言えるくらい。
だから、簡単に諦められるわけがないじゃないか。
ここで何もしなかったら一生後悔する。それだけはごめんだ。
どうにか策を練るんだ。上園と風羅さんの間に亀裂を。修復不可能なほど大きな亀裂を。
整理しよう。
今、友人である三人を除くと
・上園の幼馴染であり上園の事が気になっている、火七海輝耶。
・火七海さんの友人である、不地方薫。
・風羅さんラブで後輩の、水元揺。
が、俺の使える手駒だ。
・霧茅ラブで後輩の、金潟一輝。
も、場合によっては使えるだろう。霧茅をちらつかせば協力してくれるはず。
さて、問題はやはり水元さんか。対上園を考えれば、これ以上なく使えるが、やはり彼女の目的が風羅さんとくっつく事である以上、使いづらいことこの上ない。
というか、水元さんは自分で風羅さんにアタックを仕掛けたことはあるのだろうか。初めてあったあの日、確か彼女は「小夜先輩!」と呼んでいたし、何処かで既に会ってはいるんだろうけど。
地味に、二人の出会いが気になるな。もしかしたら、水元さんが一方的に好きになって、その行動力で風羅さんの名前を調べた可能性もあるが。というか、多分こっちだな。
……水元さんは、例えば俺と風羅さんが話していたらどう思うだろう。やはり、刺してくるだろうか? いや、もちろん風羅さんの前じゃなくて、風羅さんのいないところでだけど。
自分で例え出しといてなんだが、怖いな。
もし、俺が水元さんと風羅さんをくっつけるのに力を貸したと認められれば、風羅さんと話しても許されるか? それとこれとは話が別と一蹴されるか? イマイチ、彼女の性格が読めないからな。どうなるか全然分からん。
でも、もしそうなるなら、その後俺と風羅さんがそれとなく仲良くなっても問題はないか。そりゃ、一番は水元さん自体を遠ざけることだが、何されるか分かったもんじゃないからな。
刺される可能性も十分にある。……こうやって考えると、水元さんヤバイな。
まあ、今はいい。先ずは上園だ。
とにかく、ラッキースケベ作戦が機能するかどうか見極めないと。
問題は、誰を一番最初に当てるか。やはり、不地方さんが適任か。一発目ということでインパクトもあるし、何よりあのキャラクターが良い方向に行く可能性は十分にあるからな。
……とすると、どう頼むかだが。
…………。
………………。
……………………でか。
席に座っている俺は、基本的に前しか見ない。まして、風羅さんに釘付けなので、後ろなんて見るはずもない。
だが、今何と無く、そう、考えごとをする過程で、ただ何と無く後ろを向いたら、すげえデカい胸を携えた女子が歩いていたのだ。
まあ、驚きはしない。彼女は、うちのクラスの女子で、名前は確か内海さん? だったかな。
あんな、女子とラッキーな出来事に遭遇しないかなー。いやさ、上園に当てる前に自分に当てたい。彼女が上がいいな。いや、なんかの拍子に抱きつかれたい。あわよくば、手が胸にいったりしないかなって。
……ごほん。真面目に考えるか。
頼み方。そうだな、先ず火七海さんに言うかどうかだけど。言わないでおこう。
例の読書部の件を見るに、あの人見た目と中身があまり合致しない人だからな。真面目な人。しかも、根が真面目な人だ。そんな人の前で、友人を意中の人とアクシデントを起こさせるなんて言ったら絶対に止められる。
そうすると、不地方さんに対し一対一で頼むわけだが、不地方さんは逆に適当、というよりあまり一般的な思考をお持ちでない方だろうから、火七海さんのためとか何とか適当言ったら余裕で受けてくれるだろう。
もし、不地方さんが、あれで実はめっちゃ頭が切れる人だったら、俺は間違いなく人間不信を起こすだろうな。
さて、意見が纏まったし、早速行動するか。
昼休み。俺は、飯をちゃちゃーと食べ、不地方さんのいるE組へと向かったが、不地方さんは火七海さんと仲睦まじく昼飯を食べていたので、用があるから飯を食べ終わったら図書室に来てと伝言を残し、先に図書室に来ていた。
「どうですか? 本の調子は?」
「いやー、まだまだ序盤で……」
今、俺の目の前には、読書部であり俺に初心者でも読みやすい本を紹介してくれた佐倉川さんが立っている。図書室に入って早々目が合い、こうやってあちらから話しかけてきたという感じだ。
ちなみに、まだまだ序盤と答えたが、実は全く触れてすらないというのが現状だったりする。せっかく、紹介してもらったのだから、読了したいところではあるが……。
「そうですか。一週間で読み切れなくても、返却日に返して、また直ぐに借りるということも出来るので」
「うん。読み切れなかったらそうする」
そうやって、ダラダラと明日こそ読むを続けて、最終的に読んだと嘘をつく……つかないように頑張って読もう。
「もし、合わなかったら言ってくださいね。他にも色々あるので」
「うん、ありがとう」
そう言って、彼女は会釈し席へと戻って行った。
その優しさがプレッシャーとなり……。
いや、有難いんだけどね。今は、その気持ちだけで十分だよ。
さて、何して待つか。こんな事なら、家から本を持ってくるべきだったな。少なくとも、家よりは読める気がするし。自分の部屋にいると、ついつい携帯弄っちゃうんだよなあ。
にしても、暖かい昼休みの図書室か。
本を読んでる人。勉強してる人。小声で談笑してる人。眠そうにしてる人。調べ物をしてる人。
改めて見ると、色々いるんだなあ。……眠たい。
って、人を呼んだのに俺が寝てどうするんだ……。
……やばい。そうだ、立っていよう。さすがに、仕事帰りのおっさんじゃないんだから立ちながら寝ることはないだろう。
……。
…………。
「九賀羽くーん」
「!?」
……ああ、不地方さんか。少し、意識が飛んでた。
「ごめんごめん。じゃあ、えっと外出ようか」
さすがに静かな図書室で話は出来ない。というより、し辛い。というか、寝てしまう。
俺は、眠たいまぶたを擦りながら図書室を後にした。
ひんやりとした空気が漂う廊下に、俺は思わず身震いする。
やっぱ、図書室が良かったかな……。
「それで、話ってなにー?」
「ああ、えっと上園の事なんだけど」
歩きながら、俺は簡単に説明を開始する。
名称は伏せたが『ラッキースケベ作戦』及び、それによって起こる効果の説明。そして、そのために不地方さんの力が不可欠だと力説し、不地方さんだからこそ出来るということ。また、この作戦は火七海さんのためでもあることを強調した。
「うーん? つまり、ぶつかればいいのー?」
「まあ、そうなるな」
「わかったー」
そうなるわな。
ここまでは予想通り。問題があるとすれば、火七海さんにこの事を話すかどうかだが、そこも当然ちゃんと考えてある。
「あとさ、火七海さんにはこの事秘密にしておいてくれない?」
「いいけど、なんでー?」
「ほら、火七海さんは上園の事が好きだろ? だから、作戦のためとはいえ上園と不地方さんがぶつかったと知ったらどう思う?」
「うーん?」
「……まあ、火七海さんが知ったら怒ると思うから言わない方がいいってこと」
「わかったー」
最近、割と真面目にこの子の将来が心配になってきた。
まあ、とにかく不地方さんの了解は得られたし、これで準備は整ったな。
「じゃあ、来週の月曜……は休みだから、その次の火曜日にやるから。朝、俺がE組に迎えに行くから待っててね」
「りょうかいー」
これで、大丈夫。
さて、どうなるかな。
三連休を挟んで火曜日。
朝、B組前廊下にて俺は不地方さん、そして協力してもらう蹴珠と霧茅、水元さんに対して、改めて作戦の説明をしていた。
作戦内容は、今現在、風羅さんに話しかけている上園に対し、作戦実行時自分の席にいる俺に会いに行くという設定で、不地方さんを走らせ上園にぶつかってもらうというものだ。
なお、今現在の上園は廊下に向かって背を向けている状態である。この身体を窓を向けている上園に対し、どのようにしてぶつかれば一番良い状態になるか。
答えは簡単。自分のクラスに戻ろうとした上園に、不地方さんがぶつかればいい。
ぶつかる場所は、黒板前辺りか。まあ、風羅さんの視界に入る範囲なら何処でもいいが。
纏めると、先ず不地方さんはB組前から少し離れたところで蹴珠と適当に話していてもらう。また、不地方さんとは逆の方向に水元さんと話し相手、いや監視役として霧茅を待機させる。
次に、ここから二つのパターンに分かれるが、チャイムが鳴ったのと同時に上園が帰る場合、同じく同時に不地方さんが教室内に走って入り、上園とぶつかる。
または、チャイムが鳴る前に上園が帰る場合、水元さん及び霧茅に合図をさせ、不地方さんを教室内へと走らせる。
これが、本作戦の概要である。
まあ、ぶつかるという意味では成功するだろう。ただ、不地方さんが上園とそこまで強くぶつからなければ、本作戦は失敗したと見ても仕方ない。
一番良いのは、上園の上に不地方さんが覆い被さるように倒れることだ。そうなったら、ガッツポーズものだろう。
「じゃあ、念のために不地方さんは眼鏡を外しておいてね」
「わかりましたー」
「ふっじー先輩! ご武運を!」
「うん、ありがとうー。えっとー……」
「二年の水元です! 数日前からこの作戦に参加することになりました!」
「水元さんかー、よろしくですー」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
声だけ見ると元気な後輩なんだが。さっきから握り拳が解かれる気配がないな。
しかし、ふっじー先輩と呼ばれても、それを華麗に流す不地方さんって凄い。
「じゃあ、各々配置について」
締めの言葉は言わない。前回、恥ずかしいって分かったからな……。
朝礼の始まりのチャイムまで残り三分程度。
ここ数日の傾向を見るに、上園は三分から二分前には移動を開始している。
今のところ、話が盛り上がっているとかはないようだし、恐らくもうそろそろ動き出すだろう。
「じゃあ、また」
「うん」
上園が、教室に戻ろうと小走りで歩き出したと同時に、不地方さんが教室内へと走って入ってくる。
いけ、不地方さん! 上園と風羅さんの仲を気まずくするため、のほほーんオーラをまといて敵をぶち抜け!!
「うわっ!?」
ドン、という低い音と共に上園、そして不地方さんがぶつかり、そのままの衝撃で二人は床に倒れこんだ。
そう、俺が思い描いていた通りの体制で。完璧に。
前のめりに倒れる不地方さんに押される形で、上園は背中から床に激突した。
「いててて……」
どうなった? と、俺が立ち上がったと同時に、視界の端から倒れた二人に駆け寄る人物が一人。
丁度、教卓に隠れる形で倒れた上園は、まるでそのての漫画の主人公のように、不地方さんと見つめ合う形で呆然としていた。
「大丈夫!?」
直後、ざわつく教室内に声が響く。
やった、と小さくガッツポーズを取った俺だが、直ぐにその拳を解いた。
風羅さんだ。風羅さんが、倒れている上園に心配そうに駆け寄ったのだ。
珍しく、大きな声を上げて。
「ああ、大丈夫」
ごめんなさいー、と立ち上がった不地方さんになど目も暮れず、上園は風羅さんに答える。
「いや、でも、背中が、それに凄い音がしたし」
「いや、大丈夫だって。特に痛いところもないし」
「でも、一応保健室に行った方が」
「大丈夫大丈夫。だから、そんな心配そうな顔しないで」
笑顔で言って、上園は今度は不地方さんの方へと振り返った。
「すみません。俺の不注意で」
「いえいえー、走っていた私が悪いんですー」
まるで、作戦など無かったかのように自然に振る舞う不地方さんは、さすがとしか言いようがない。
だが、今はそんなことどうでもいい。
俺は選択を間違えた。
小さな亀裂を走らせるための作戦が、逆に二人の間をより近づけてしまった。
不意に鳴ったチャイムの音に、俺は崩れるように席に座った。
俺は、目の前が真っ暗になった。
あとがき
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↓
〆




