第十話 文学少女(++)攻略作戦〜延長編〜
まだ、今日を含めて三日あると取るか、今日を含めないであと二日だと取るかに分かれるであろう水曜日。
俺は、改めて作戦の整理を行っていた。
先ず、前提として水元さんを仲間に入れてしまった関係で、先ずは上園と風羅さんの仲を引き裂くことを本作戦の目的とする。
俺と風羅さんが仲良くなるための作戦は、その後でだ。
そして、その作戦は二つ。
一つ目は、上園が風羅さんに会い行こうとするのを何らかの方法で邪魔する。
二つ目は、上園が風羅さんに会いに行きづらい様に邪魔をする。
改めて考えると、一つ目の作戦はそう何回も使えない。だから、実行するならば長期的な何らかの理由で上園を縛り付ける必要がある。といっても、そんな都合の良い方法は残念ながらそう簡単には思いつけないが。
で、要となる二つ目に関してだが、これは数をこなせばこなすほど風羅さんの中には疑心が溜まり、上園の中には何らかの外的要因の可能性を肯定する材料が溜まっていくだろう。
回数をこなせばこなすほど、俺にとって風羅さんは良い方向に進み、上園は悪い方向に進む。といっても、上園はイメージ回復のためにそれどころじゃなくなるかもしれないが。
何にせよ、ある程度しっかりとした計画を立てる必要がある。
取り敢えず、一回試しに不地方さんを使ってみるか? いや、せっかくの使いやすい手駒だ。使い所を間違えるわけにはいかないな。
となると、最初は……いや、待てよ。火七海さんという手もあるのか。
火七海さんは、上園の幼馴染。だったら、何をしているのかと様子を見に来るのは自然な動きだ。その過程で、俗に言うラッキースケベを発動させる。
どうだろう? つか、やるにしてもどうやって頼めばいいんだ? 不地方さんなら適当に言ってもやってくれそうだが、火七海さんは難しそうだからな。そういうキャラだし。
……難しいな。その人の性格を読み解き、上手く配置させる。
でも、なんだろう。少し楽しいや。
…………嫌なことを思いついてしまった。
風羅さんを利用し、上園を拒絶させる方法。
やり方は、風羅さんの友人を風羅さんと上園が話しているところに当てる。もしくは、水元さんと風羅さんをそれなりに仲良くさせ、水元さんに風羅さんをからかってもらう。
例えば、「上園とはどういう関係なの?」みたいに。
恐らく、水元さんなら上園を潰すためと言ったら渋々協力してくれるだろう。
そして、風羅さんの性格、いや俺の中での彼女の性格を考えるならば、普段関わりのなさそうな異性との関係を指摘されれば、彼女は強がってその関係を突っぱねるはず。
…………いや、やめよう。こんな事をしてまで、上園を遠ざける意味はない。風羅さんを傷つけることになる。
それだけは、ダメだ。
視線の先では、真剣な雰囲気で本を読む風羅さんの姿がある。今日は、まだあいつは来ていない。そういう日もあるのだろう。
この席からじゃ、後ろ髪くらいしか見えない。微かに横顔も見えるといえば見えるが、深くその表情までは伺えない。
今、彼女はどんな顔で物語を感じているのだろう。今、彼女はどんな気持ちで文字を追っているのだろう。
……やはり、想像出来ない。分からない。その分からないを、少しずつ自分の頭は勝手に補完していく。
やめてくれ。これ以上、イメージを作らないでくれ。
…………。
少しずつズレていく現実と妄想。
それを否定しようとする自分と、動こうとしない自分。
この肥大化する妄想の行き着く先は、何だろうか。
誰か教えてくれよ。
放課後。
珍しく皆の都合が合わないということで、俺は一人で帰ろうとしていた。
「…………」
していた。が、知らない女子に呼び止められた。
言い直すなら、知らない性的な女子に呼び止められた。
補足するなら、陸上部のユニフォームを見にまとったムチムチかつ気弱そうな女子に呼び止められた。
陸上部のユニフォームというと、上はノースリーブに下はブルマーみたいなパンツである。
これが、またヤバイ。何がヤバイって、陸上部だから下半身がヤバイし、腕もそれなりにヤバイ。
ある種の凶器である。胸とはまた別ベクトルの凶器。そんな、凶器に俺は呼び止められたのだ。
しかも、後ろから裾を引っ張られて。
ええ、びっくりしましたよ。そりゃ、普通に歩いている時に後ろから裾を引っ張られたら誰だってびっくりしますよ。びっくりして振り返りましたよ。そしたら、相手もびっくりして後ろに数歩下がったんですよ。
なんだこの小動物! しかも、露出度高い!!
……で、今に至る。
俺の目の前には、変わらず俺を呼び止めた小動物さんがもじもじと何かを言いたそうにしている。
正直、このまま彼女を見守っているのもいいが、さすがに埒が明かないので俺から話しかけるか。
「……あのさ」
「!?」
声を出した瞬間、ビクッと彼女は更に数歩下がる。
なんだろう、謝りたい気分。
「えっと、何か用かな?」
「……あ、あの」
ようやく声が返ってきた。だが、凄く小さい。気を抜いたら、聞き逃してしまうほどのボリュームだ。
「き、霧茅先輩のお知り合い、ですよね?」
「ああ、そうだけど」
「あ、あの……これを」
言って差し出されたのは、白い封筒だった。薄さ的に、手紙が入っているのだろう。
……手紙。霧茅"先輩"に手紙。もしかして、ラブレター?
考えていても仕方ないので、俺はそれを手を伸ばして受け取った。
「霧茅に渡せばいいんだよね?」
「……はい」
「えっと、君名前は?」
「か、金潟一輝、です」
「かねがたさんね。了解。じゃあ、渡しとくから」
言い終わるのと同時にサッと頭を下げた彼女は、逃げるように走り去って行った。
うーむ、あんな子からラブレターを貰えるなんて……、霧茅シネ。
まあ、いいや。つか、もしかしたら霧茅まだ教室にいるかもしれないし、今日のうちに渡しとくか。
にしても、今時ラブレターか。見た目は普通の質素な白い封筒。表面には自己主張の薄い綺麗な字で『霧茅先輩へ』、裏面には『二年B組 金潟一輝』と書かれている。
新潟の潟って字を使うのか。へえ。
つか、二年だったか。おどおどしてたし、一年かと……って、あまり人の手紙をジロジロ見るもんじゃないな。さっさと渡して帰るとしよう。
D組前。恐らく友人であろう人たちと談笑していた霧茅を俺は呼び出していた。
「ほい、可愛い後輩ちゃんからお手紙だ」
「手紙?」
受け取った手紙を霧茅は不思議そうに見る。
どうも反応からして、金潟さんとは知り合いではないようだ。
「なんだろ?」
「ラブレターだろ?」
「ラブレター? いやいや、この時代にラブレターって」
「気弱そうな女の子が、メルアドも電話番号も知らない意中の相手に想いを伝えるためにはどうすればいいでしょうか」
「一輝さんは、気弱そうな子だったのか」
「まあ、俺の第一印象ではな」
「ふーん。まあ、サンキュ」
言って、霧茅は手を振り教室内に戻って行った。
そういえば、霧茅に彼女はいるのだろうか? 少なくとも、特定の異性の人と一緒に居るっていうのはあまり見ないし、そういう素振りを俺たちに見せたこともない。
まあ、別にどうでもいいけど。
さて、ミッション完了したし帰るか。
にしても、霧茅に恋する女の子かあ。陸上部。二年。性的。気弱。
…………。
「九賀羽君?」
「うわっ!」
背後からの声にびっくりして振り返った先、立っていたのは火七海さんだった。
ああ、びっくりした。
「ちょっと、急に大声出さないでよ」
「いや、悪い」
「はあ、別にいいけど。それより、ちょっと気になる噂を聞いたんだけど」
「噂? なんの?」
「風羅さんとりゅ――上園君について」
瞬間、背筋を何かがスッと通り抜ける。
風羅さんと上園について? 噂? 正直、あまり聞きたくはない。でも、聞かなくちゃならない。
俺は、生唾を飲み込み、彼女の次の言葉を待った。
「二人は同棲してるって」
…………。
それは、あまりに違和感のある言葉。
『同棲』。一緒に住んでいる? 学生が? 一緒に? なんで? どういう理由があったら同棲するんだ?
もし、この世界が漫画とか小説の世界なら、そういうことがあっても不思議ではない。しかし、この世界は現実だ。そんなこと、普通はない。
もしかして、二人は従兄妹という関係か? いやいや、そんな都合の良い話があるわけない。それに、従兄妹だからといって同棲する理由にはならない。
でも、ならどういう意味だ?
「あの、同棲してるってどういう」
「知らないわよ。ただ、ちょっと図書室で調べものをしてる時に小耳に挟んだだけで……信憑性は低いけど、一応あんたの耳に入れておこうと思っただけ」
「そうか……分かった、ありがとう」
「どういたしまして」
じゃあ、私は行くから。
そう言って、火七海さんはスタスタと歩いて行った。
…………同棲。聞いたというのは嘘ではないだろう。火七海さんが、そんな嘘を俺につく理由が無いからだ。
だとすると、どうしてそんな噂が出来たんだ? 火のないところに煙は立たない。何か理由があるはずだ。
仲がいいから同棲してるというのは飛躍しすきだ。となると、住んでる所が一緒だから……帰り道が一緒? 一緒に帰っているところを目撃された?
いや、いやいやいや。
風羅さんは、ほぼ毎日誰よりも早く学校を出て行く。そんな、帰りたがりの風羅さんが知り合って間もない上園を待つか? いや、それ以前の問題だ。彼女の性格を考えるならば、異性と一緒に帰るなんて恥ずかしくて出来ないはず。
でも、上園の性格を考えるとどうだ? 一緒に帰ろうと誘うことは、不思議でもなんでもないだろ。
……調べなくては。噂の真偽を。同棲が本当だとすると、凄く面倒なことになってくる。いや、一緒に帰ってる時点で……まあ、それはいいか。いや、よくないな。
とにかく、明日だな。
明日、あいつらを誘って二人を尾行する。
あとがき
水元揺
推薦図書『破壊日和』
内容は、破壊衝動に襲われる主人公が、適当な理由をつけて破壊行動を行っていくというものです。もちろん、主人公の破壊衝動にも理由はありますし、単に破壊だけしていくだけでなく、葛藤だってあります。常識と非常識。善の心と欲の心。二つの狭間で擦り切れていく中で、主人公は一体何を見るのか。必読です。




