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白黒出版~モノクロになったとしても売れる表紙を考える~  作者: 伊阪証


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蒼白の畏怖

色が多いことには、光がある。所詮白黒で表現しようと世界は広く、奥深い。世界は白黒で十分であり、モダンという概念には大理石が相応しい。プラスティックも良いは良いが、色の見えない自分には分からない、サルガッソーの様な色があるらしい。鮮血とインクの差も見分けがつかない、そんな世界で自分は生きていた。

その上で言おう。自分は色を知りたいのだ。

平民が成り上がるには二つの色があった。それが「赤と黒」である。スタンダールの小説であり、また、この題が示すのは軍人と聖職者である。

世界に均衡を、無二の秩序を。

サイケデリックな色の塗り方には美しさ等は無かった。白と黒から世界は始まる。上と下から世界は始まる。

モノ、ギリシャ数字での1を示す。モノレールは一本のレールという意味合いで、モノラルは単一音声という意味を持つ。モノクロームは単色であり、ガチャ石の交換してんじゃねぇぞそこのお前。衣装購入用にとっとけ。

そしてクロ、彼女は大地主の出故に、その心意気があった。モノとクロ、而してモノクロ。

二人の真逆は交わり、やがて優しい灰色となるのだ。


机の中央に置かれた表紙は、朝の白さに紛れながら、そこだけ別の明度を持っていた。白髪の人物が真正面からこちらを見ている。額を隠す前髪は中央へ向かって細く落ち、耳の脇では少しだけ外へ逃げる。髪の一本一本を細密に描き分けるのではなく、大きな白い束の面を残し、その境界に必要な線だけを置いていた。線を増やせば白髪は灰色へ沈む。減らしすぎれば背景へ溶ける。その中間を選び、輪郭を閉じ切らず、目の周辺と頬、顎先、首筋へ濃度を集めることで、白地の中から顔だけを立ち上がらせている。

クロは冊子を両手で持ち、少し遠ざけてから、今度は鼻先へ届くほど近づけた。

「まず、白髪を白い背景へ置いた判断から話す。普通なら分離させる。灰色の縁を足すか、背景を落とすか、髪へ影を入れる。でも、これはどれもしていない。髪の外周を全部囲わず、毛先と目元だけに線を残して、顔の存在を髪ではなく骨格で持たせている」

声は大きい。だが速度は遅く、クロは一語ずつ位置を選ぶように口へ出した。モノは机の端へ腰を預け、表紙とクロの横顔を交互に見た。

「髪を見せたい表紙じゃないからね。白髪を描いているけど、見せたいのは白髪の情報じゃない。白い塊が顔の周囲にあって、目と顎を押し出せればいい。毛束を増やすと、人物の説明が始まる。これは誰で、どういう手入れをしていて、どんな髪質か、そういう情報が前に出る。ここで欲しいのは個人情報じゃなくて、顔を見た時の距離感だから」

「線画の情報を削って、人物の情報を増やしている」

「逆に見えるけど、そう。髪の線を増やすと髪は詳しくなる。でも顔から離れる。髪を大きい白面にしておくと、視線は一番濃い目へ落ちる」

人物の目は、表紙の中で最も強い黒を持っていた。睫毛の外周は細いが切れず、上瞼は水平に近く、目尻だけが僅かに下がっている。瞳は淡い灰色で埋めず、中心へ薄い濃度を置き、白目との境を曖昧にしていた。大きな目ではあるが、丸さで愛嬌を作る形ではない。縦幅を抑え、正面の視線を逸らさず、見ている側が「見られている」と気づくまで離してくれない。

クロは人差し指を目の少し下へ置いた。

「ここは大きさじゃなく、開き方。オンジェヌに寄せるなら縦へ開き、下瞼を丸くして、瞳の光を増やす。そうすれば幼く、触れても拒まれない目になる。でもこれは横へ伸ばして、光を抑え、何を考えているかを読ませない。可愛い顔の部品を使いながら、可愛い見え方を拒否している」

「目の大きさを小さくして美しくしたんじゃない。大きいまま、安心させない形にした」

「そう。部品の分類と、完成した印象は別。丸い目だから可愛い、細い目だから美しい、ではない。どこへ黒を置くか、どれだけ相手へ感情を返すかで変わる」

眉は細く、毛流れを主張せず、目へ近づきすぎない位置に置かれていた。眉間へ力は入っていない。怒りも悲しみも演じず、しかし完全に弛緩しているわけでもない。鼻筋は一本の線で説明せず、目頭の下と鼻先の影だけで高さを示している。唇は僅かに開き、上下の輪郭のうち下側を弱く残して、肌へ溶かしていた。笑みではない。緊張で閉じてもいない。発声直前にも、何かを聞き終えた直後にも見える。

「口が答えを持っていないのも大きいね」

モノは冊子へ顔を寄せず、少し斜めから眺めた。

「笑顔にすると、その瞬間に人物の側から説明が始まる。悲しそうにすると、今度は写真が悲しい記憶に決まる。怒らせると事件への反応になる。だから口を止める。目も泣かせない。表情を薄くしたんじゃなくて、複数の意味が同時に残る位置で止めてる」

「無表情ではない。感情の不在ではなく、感情を一つへ絞ることの拒否」

「写真の意味を決めないために、顔の意味も決めない」

クロは表紙を水平に戻した。顔の周囲には複数の写真が舞っている。縦長、横長、正方形に近いものが混ざり、どれも同じ角度では置かれていない。人物の左右へ均等に分配されず、片側には大きい写真が近く、反対側には小さな写真が奥へ退く。紙片の端は直線だが、回転角と前後関係が揃っていないため、画面全体に旋回する流れが生まれている。一部は人物の髪へ掛かり、一部は背後へ沈み、一部は画面外で切れていた。

「写真を円周上へ綺麗に並べていない」

クロが言った。

「均等にすると装飾になる。左右の枚数も、大きさも、角度も揃えれば、人物を囲うフレームとして読める。でもこれは近いものと遠いものを混ぜ、切れるものまで置いている。だから写真が飾りではなく、画面の外から入り、また外へ出ていく物体になる」

モノは上段の一枚から下段の一枚へ指を滑らせた。

「視線も同じ。上の帯から顔へ落ち、目を見た後、右下の写真へ逃げる。その写真の角度が次の写真へ繋いで、最後にまた顔へ戻す。写真を読ませる順番はあるけど、内容を読む順番はない。中身が判然としないから、紙の向きと濃度だけで目を運ぶ」

写真の内部には、人影らしい黒、建築物のような縦線、光に焼けた白が入っていた。しかし、どの写真も決定的な場面を見せない。顔を認識できる人物も、場所を特定できる標識も、時刻を断言できる光源もない。写真という形式だけは明確なのに、証拠として必要な情報は欠けている。

「写真なのに証明しない」

クロはタイトル帯へ目を上げた。

「題は証明を要求している。でも写真は、何かが写ったという事実しか渡さない。何を意味するかは渡さない。表紙だけで、写真は真実を残すものではなく、真実らしさを増やすものだと見せている」

「題字と絵が同じことを言ってないのがいい。題字は断定したがっている。人物は断定しない。写真も断定しない。三つが同じ画面にあるのに、役割が噛み合っていない」

上部の黒い帯は画面を横断し、白い人物の頭上に硬い境界を置いていた。帯の内部には英字が並び、その一部へ青緑、赤、橙に近い色がぼやけて残っている。色は人物の髪や瞳や服へ配られていない。帯の一箇所に閉じ込められ、背景へ溶けず、かといって画面全体を支配するほど広がってもいない。

モノは目を細めた。

「僕には、この色同士の名前や差を正確には言えない。でも、白黒の濃度として見ると、帯の中に異なる重さがある。真っ黒な文字の隣へ、灰色でも白でもない塊が入って、そこだけ境界が濁る」

「私には逆。色が分かれすぎると、全部が別々に前へ出てくる。赤は赤の強さで、青緑は青緑の冷たさで、橙は橙の熱で押してくる。でもここは面積を限定している。帯の中へ押し込んで、人物の肌や髪へ侵入させない。だから色が説明ではなく異物になる」

「髪色を売らない。瞳色も売らない。服の配色も売らない。色を人物の属性にしない」

「色があるから人物を覚えるのではなく、人物を見た後で、上にだけ色が残っていたと気づく」

「モノクロにした時も、帯の濃度差は残る。色が消えても構造が死なない」

クロは指で帯の幅を測るように、親指と人差し指を開いた。

「しかも帯が太すぎない。太くすれば雑誌名の方が主役になる。細くしすぎれば、画面を締める力が消える。人物の頭上へ重量を置きながら、顔を押し潰さない幅で止めている」

「縦長の表紙で、上端を黒く閉じると重心が上がる。普通は不安定になる。でも中央の顔が大きく、首が下へ伸びているから、上の重さを受け止めてる」

「首が長いのも、ただ華奢に見せるためじゃない」

「顔から下へ線を落として、縦の軸を作る。写真は斜めへ動く。帯は横に止める。顔と首が縦に立つ。横、縦、斜めが全部あるから、白い余白が空白じゃなくなる」

クロはそこで一度、冊子を机へ置いた。両手を離しても、表紙の視線は正面から二人を追った。人物の肩はほとんど描かれず、服も白へ溶け、胸元の輪郭だけが下部へ消えている。身体のポーズを読み取る材料は少ない。腕も手もない。脚もない。腰の角度も、体重の掛け方も、何かへ触れている動作もない。

「SNSで伸びる絵なら、ここへ動作を置く」

クロの声はまだ低い回転を保っていた。

「雨の中へ立たせる。写真を一枚握らせる。破る。振り返る。泣く。笑う。そうすれば一目で状況が読めるし、感情へ入りやすい。でも、これは何もさせていない」

「ポーズが不平等だって言われる時もある。二人いるなら、片方ばかり大きい、片方ばかり正面、片方だけ顔が見えるって。でも、均等にしたいなら最初から同じ大きさで並べればいい。もっと分かりやすくするなら、お色気ポーズかギャルピースでもさせればいい」

「それは二人へ同じ仕事を与える方法。表紙全体へ必要な仕事を与える方法ではない」

「主役を二人とも同じ比率で出すことと、表紙を強くすることは別。役割が違うなら、面積も角度も違っていい。平等な配置は説明として親切だけど、画面として必ず美しいわけじゃない」

「この表紙は、人物へ動作を与えない代わりに、写真へ動作を与えた。本人が動けば、写真と同じ方向へ流される。本人だけ止まるから、周囲の情報と切り離される」

「何が起きたかを表紙で説明してない。何かが起きた後に、この顔だけ残ったように見せてる」

「だから見る側が、写真の意味を探す。でも、探しても確定しない」

「確定しないから、顔へ戻る」

クロは再び表紙を手に取り、今度は目を半分閉じた。細部を捨て、明度だけで全体を見るためだった。白い顔、黒い目、上の帯、散る写真。その四つは縮小しても消えない。髪の細い線や写真内部の像が潰れても、構図の骨格だけは残る。

「自己満足で作ったのに、縮小耐性はある」

「自己満足だから、何を残すかが明確だった。全部を見せようとしてないからね」

「顔を見せる。写真が舞う。上に異物の色がある。それ以外は捨てる」

「ディテールを増やして何度も見てもらう絵じゃない。最初の一秒で顔へ捕まえて、その後で写真の意味を考えさせる表紙」

「SNSの流速へ合わせたのではなく、本として手に取った時の滞在時間へ合わせている」

「でもサムネイルでも顔は残る。結果として伸びる条件の一部は満たしてる。ただし、伸びるために作ったんじゃない」

「好きなものを削らず、嫌いな親切を足さなかった。その結果、構造が濁らなかった」

二人の間で、短い沈黙が落ちた。声量の大きさだけが引いたのではない。論理が一つの場所へ集まり、どちらも次の言葉を急がなくなった。クロは人物の目から口へ視線を落とし、モノは写真の一枚へ指を置いたまま動かなかった。

「可愛いと美しいは、同じ褒め言葉として並べられやすいけれど、必要な感情は逆だと思う」

モノが先に口を開いた。

「可愛いには安心感がいる。丸い、小さい、柔らかい、近づいても拒まれない、触れても傷つけられない。美しいには不安感がいる。距離がある、理解し切れない、近づけば自分の方が変わるかもしれない。だから、この顔へ愛想を足さなかった」

クロは頷いた。

「女の子は、その二つを同時に要求される。幼いうちは化粧を禁じられて、卒業すれば化粧をしないことを恥とされる。可愛く見せろ、美しく整えろ、でも時間を掛けすぎるな、目立ちすぎるな、媚びるな、集団から外れるな。矛盾した規則を説明出来ないまま、守れない側から振り落とす」

「僕は男の子として始まったから、美しい方だけを選べた。可愛く見せなきゃいけないって前提が最初からなかった。男の娘になった後も、自分の顔や体をどう使うか考える時、可愛いと美しいを一度分けて見られた。だから、この表紙みたいに可愛いを抜いて、美しいだけを伸ばすことに迷いがない」

「大きな目も、白い肌も、中性的な輪郭も、可愛くすることは出来る。でも、君はそれを安心させる方向へ使わない。見られる側を守る部品にせず、見る側を止める部品にする」

「可愛いを否定してるんじゃない。今回の目的に入れなかっただけ」

「そこが、モノじゃないと出来ない」

クロの声が一段だけ低くなった。表紙へ向けていた目が、モノへ移る。

「女の子は、美しさだけを選ぶと、可愛げがないと言われる。可愛さだけを選ぶと、幼い、安い、媚びていると言われる。その両方を知りすぎているから、どちらかを完全に捨てる時に迷いが出る。でも君は、必要な方だけを残せる。この表紙の冷たさは、君が男の娘だから作れた冷たさだよ」

モノはすぐに返さなかった。袖口に重なる黒いレースを親指で持ち上げ、その下から覗く白い布を見た。丸い袖、細いリボン、脚へ巻かれた飾り、髪に垂れる鎖。自分の外見には、先ほど表紙から排除した可愛さが、隙間なく入り込んでいた。

「でも、ゴスロリや地雷系みたいに、可愛いと美しいを同じ身体へ置くのは僕一人じゃ出来ない」

クロの眉が僅かに上がった。

「フリルは安心させる。リボンは丸くして、体を小さく見せる。でも黒は距離を作る。鎖や細い線は、触れたら傷つきそうに見せる。可愛いと美しいは逆なのに、君は両方を殺さずに一着へ入れる。僕の服がこうなったのも、君が僕へ可愛いを足して、美しいだけだった僕を染めたからだよ」

「染めたのではなく、似合うものを適正配置しただけ」

「僕の身体に君の審美眼を勝手に配置したんだろ」

「似合ったのだから問題はない」

「問題はある。所有者の意見が後回しになってる」

「地主の判断は土地だけに限られない」

モノは表紙から手を離し、クロの胸元に結ばれた黒いリボンを指した。

「それなら、君の方こそ証明してる。可愛いと美しいを両立させるのは、矛盾をずっと着てきた女の子にしか出来ない。僕がこの表紙を作れたなら、僕をこの格好にしたのは君にしか出来ない」

クロの指が止まった。目だけが一度、モノの袖から顔へ上がる。序論から積み上げてきた理屈が、相手の輪郭へ届いた瞬間だった。

「だからこの表紙はモノにしか作れないんだよ! 可愛く見せなきゃって逃げ道を全部捨てて、美しいだけで真正面から殴れるの、君しかいない!」

モノの肩が跳ねた。次の瞬間、彼は自分のフリルを両手で掴み、クロへ突き出した。

「でも僕をこんなに可愛くしたのはクロちゃんだろ! 美しいと可愛いを同じ服に詰めて、矛盾ごと着せた犯人は君だ!」

「犯人じゃない! 地主の審美眼による正当な統治!」

「人の服を領地にするな!」

「似合う身体を遊休地にする方が罪!」

「暴君!」

「最高の表紙を作った暴君に感謝しなさい!」

二人の声で机上の冊子が僅かに震えた。言い切ったクロはすぐに表紙へ目を戻し、モノも袖を放して椅子へ座り直した。騒音だけが一度天井まで跳ね、次の呼吸には元の速度へ落ちる。

「それで、写真の左下だけ濃度が足りない」

クロが平然と言った。

「分かってる。増刷前に直す」

「なら良い」

表紙の人物は、二人の結論にも、その直後の修正にも何ひとつ答えず、白い写真の群れの中央から静かにこちらを見返していた。



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