39・救いの光
ライナス殿下ともにシルヴィアを探し回っていると、大広間に近付くにつれて、廊下には引き倒された花瓶。転がった椅子が目立ち始めた。
「殿下、これは……」
「ああ。シルヴィアがここを通ったんだ」
頷き、答えるライナス殿下の声を聞いて、徐々に緊張感が高まっていくのを感じた。
急いで大広間に辿り着くと──そこには、信じられない光景が広がっていたのだ。
「リュカ!」
ライナス殿下が叫ぶ。
式の会場として使われるはずの大広間。まるで嵐が通過したかのように散らかり具合の中、騎士たちが倒れている。
そして──中央には、シルヴィアに片手で持ち上げられているリュカさんの姿が。
シルヴィアは私たちに気付くと、軽々とリュカさんをこちらに放り投げてきた。
「だ、大丈夫ですか!? リュカさん!」
「……大丈夫だ。息はある」
慌ててリュカさんに駆け寄り心配する私に、ライナス殿下が冷静にそう口にする。
『──とうとう来たか、『器』と光の聖女の末裔よ。だが、一足遅かったな』
シルヴィアが邪悪に微笑む。
彼女から発せられている声で間違いない……でも、どこか違う。
声が二重に重なっているような、不気味な声だった。
これは……。
「ラ、ライナス……気を付けろ」
意識を取り戻したのか、ボロボロのリュカさんが辛うじて声を絞り出す。
「ただの令嬢だと侮るな……あいつの中に、誰かいやがる。俺と騎士たちが歯が立たず……」
「リュカ! どういうことだ!?」
ライナス殿下が疑問を発するが、リュカさんは再び瞼を閉じる。
どうやら、全てを伝え終わる前に気を失ってしまったようだ。
「……貴様は誰だ?」
気絶しているリュカさんをゆっくりと床に寝かせ、ライナス殿下はシルヴィア(?)に問いを投げる。
『ここまできて、まだ分からぬか? あれほど、我と貴様は一緒だったではないか』
「なんだと?」
『ようやく、シルヴィアが完全に我を受け入れてくれたおかげで、同化を果たすことが出来たのだ』
ゆっくりと、シルヴィアが手をかざす。
次の瞬間、彼女の掌を中心に魔力が奔流する。魔力は黒い炎となり、渦を成して私たちに襲いかかってきた。
「アリシア! 俺の手を!」
「はい!」
咄嗟にライナス殿下の手を掴むと、彼はそのまま黒い炎を回避する。
直進する黒い炎はそのまま背後の壁に当たり、大きな穴を空けた。
「……アリシア、一応聞いておくが、シルヴィアにあの黒い炎を放つ力はあったか?」
「い、いえ……実家にいる頃は、見たことがありません。魔法師としての才能はありましたが……」
ルネヴァン家の中でも随一の天才。
シルヴィアが両親から愛され、社交界でも存在を放ててた理由だ。
特に炎魔法の制御に秀でていたけど……今は異常だ。あんな邪悪な炎、シルヴィアだって放てなかった。
『休んでおる場合か? 続き、いくぞ』
まるで、シルヴィアは子どもを相手にするように、黒い炎魔法を連発していく。
私たちはその炎から逃げ惑うことしか出来ず、反撃に移ることが出来なかった。
「……ここまでくると、もうヤツの言うことを信じるしかないようだな。俺の中に眠っているのは、遥か昔、滅ぼされたと言われる魔神。そして、魔神はシルヴィアに手を貸した……と」
「そ、そうですね。ですが、どうしてシルヴィアに? それに魔神の力が宿るということは、あなたの中には……」
『随分と余裕そうだな、『器』と光の聖女よ』
シルヴィアが愉快そうに黒い炎を再び放つ。
「ちっ……!」
ライナス殿下はすかさず氷魔法で、私たちの前に壁を作る。黒い炎は氷の壁に直撃。防ぐことは出来たが……氷の壁は一撃で粉々になってしまった。
「シルヴィア! もうやめてください! こんなこと、許されません。お父様とお母様にだって、迷惑をかけ……」
『ほお? まだ、両親のことを気にかけるか? だが、我には関係のないこと。我はそこの『器』を壊し、完全に復活を果たす』
シルヴィアから返ってくる答えはそれだけ。
再び、魔法が連発される。今まではこちらがシルヴィアを追いかける側だったのに、今度は逆。
シルヴィアの魔法を前に、私たちは反撃の糸口すら見つけられなかった。
「これは仮定だが……おそらく、シルヴィアは魔神の思念に取り憑かれてしまっている。だから今喋っているシルヴィアは、彼女であって彼女ではない。魔神の声だ」
「な、なんということ……だったら……」
「君の声は彼女に届いていない。いくら語りかけても無駄だ」
冷酷に言い放つライナス殿下。
……分からないことばかりだ。
でも……戸惑っている余裕はない。
私が勇気を振り絞ろうしている間にも、ライナス殿下はその右手に氷の矢を錬成する。
「君の妹だからと躊躇していたが、こうなったら手加減する余裕はない。だから、少々怪我をさせてしま──くっ!」
そのまま発射しようかとした時、突如ライナス殿下が胸を押さえ、その場でうずくまってしまった。
「ライナス殿下!」
彼の額には汗の粒が浮き上がっており、顔色も見る見るうちに悪くなっていく。
「こ、こんな時に、魔力暴走か……っ!」
悔しそうにライナス殿下が声を零す。
「で、でも、魔力暴走ならっ!」
咄嗟にライナス殿下の手を握る。
今まで、これで魔力暴走を治めてきた。
もし、私の中に眠る“中和”の力が、魔神に対抗する唯一の手段なら……これが活路になるはず!
しかし。
「……っ! 治ってくれない!?」
いくら強く握っても、ライナス殿下が元に戻る気配はなかった。
『無駄だ』
それをシルヴィア──魔神は嘲笑うかのように見下す。
『貴様にはまだ、光の聖女の力を完全に扱えない。それに……仮に扱えたとして、どうするつもりだ? 力を手放すつもりか?』
「ど、どういう意味ですか……?」
問いかけるが、シルヴィアから答えはない。
ライナス殿下が苦しんでいる間にも、シルヴィアは容赦なく黒い炎を放つ。
なんとか彼と一緒に逃げるが、このままではジリ貧だ。
「……アリシア、思い出せ」
大広間を駆け回りながら、ライナス殿下はこう続ける。
「君が……俺の手を握る時、なにを考えているか。そこに光の聖女の力を御するヒントがあるはずだ……」
「私は……」
考える。
──ライナス殿下が苦しみを見て、私はなんとかそれを取り除きたいと考えていた。
八年前、彼と初めて出会った時も。
私は彼を守りたいと思った。
ならば……。
「私は……あなたを守りたい」
そう言って、私はライナス殿下の手を包み込むように握る。
「あなたは、私を大切にしてくれますが……私も、あなたを守りたい。だって、私たちは夫婦になるのですから。これから続く果てしなく続く長い道を、あなたと共に歩いていきたい……」
「アリシア……」
『そんなことを話している余裕はあるのか!』
一方、魔神は苛立った様子で黒い炎を錬成する。
一際大きい、まるで太陽のような炎。
それから逃げることもなく、ライナス殿下は私を守るように抱きしめる。
黒い炎は振り下ろされ、私たちに向かった。
しかし──。
黒い炎が私たちに当たろうかとした瞬間、それは嘘のように消滅してしまった。
『なに……?』
魔神は不可解そうに声を震わせる。
『そ、その忌々しき光……まさか──』
そう──。
今、私たちの体は神々しい光で包まれている。
それはまるで光の祝福が天から降り注いでいるかのように、救いを私たちにもたらした。
「……アリシア、ありがとう。今度は俺が君を守る番だ」
そう言って、ライナス殿下は私の頭を撫でて、ゆっくりと離れる。
「守りたい……その気持ちが大事だったんだな。ならば、俺はもう恐れない」
続けて、彼が軽く右手を払うと──そこには氷の剣が錬成されていた。
鋭い剣。
見た目は、冷酷な王子という名にふさわしい剣のように思えるけれど……私にはそれが、とても温かく感じた。
『わ、我が消える……だと? そんなバカな……』
一方、魔神は頭を抱えて、その場で苦しみ始める。
私の“中和”の力がライナス殿下を包んだことにより、彼の中に宿った魔神も消滅しそうになっているかもしれない。
だけど、まだ終わりじゃない。
ライナス殿下は私の顔を見て一度頷き、氷の剣を振り上げて、シルヴィアへと直進していった。
「魔神よ──俺はもう恐れない。生まれてから始まった、この長い戦いを終わりにしようではないか」
『く、来るな……っ! な、何故、それほどの魔法を扱える! 貴様の魔力には我の……』
「貴様の力など、元より必要なかったという意味だ。ようやく本気を出せる」
ライナス殿下の体が、さらに輝きを増していく。
その光景は、彼の体に宿る魔神が浄化されていくのを示すかのようだった。
守りたい──。
その強い気持ちが、“中和”の力を使うために大切なことだったのだ。
家族から捨てられ、途方に暮れて。
そんな私を、ライナス殿下は守ってくれた。
だけど……守れてばかりではいけない。
守りたい、とあらためて強く思うことによって、救いの光は魔神に打ち勝とうとしているのだ。
『ひ、光の聖女ぉぉおおお! 貴様さえいなければ! 貴様さえいなければ!』
魔神が髪を振り回しながら、さらに黒い魔法を放つ。
だけど、もう無駄だった。
次々と襲いかかる炎を、ライナス殿下は氷の剣で斬り、直進していく。
「さらばだ、魔神よ。長い付き合いだったな」
『く、くそがああああ!』
ライナス殿下がシルヴィアに氷の剣を一閃すると、魔神は断末魔を響かせ、完全に消滅したのであった。
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