38・憎しみの力(シルヴィア視点)
「はあっ、はあっ……なんで……なんで上手くいかないのよ!」
シルヴィアは城内を駆け回る。
至る所から、騎士たちの叫び声が聞こえる。皆、シルヴィアを追いかけているのだ。
彼女はそんな彼らから逃げ続けていた。
遭遇した騎士を炎魔法でなんとか凌ぎ、逃げ延びていたが……それも、そろそろ限界だ。直に魔力が尽きる。
「なにが間違っていたの? 結婚式当日を選んだから? アリシアを攫ったから? さっさと殺せばよかった? それとも……魔神の声に耳を傾けたあの瞬間から、私は間違っていた?」
シルヴィアは魔神が語りかけてきた日のことを思い出す──。
〜〜〜〜〜
『……もう少し、説明してくれるかしら』
シルヴィアは手を引っ込め、そう説明を求めた。
『そう簡単に頷けないわ』
《貴様らの一族──ルネヴァン家は、光の聖女の末裔だ。我を滅ぼした後も、その血を受け継いでいた》
頭の中に響く声に、シルヴィアは耳を傾ける。
『光の聖女? 光の聖女っていったら、魔神を打ち消した存在……だけどあれはお伽話で、本当にあったことじゃないんじゃ?』
《違う。光の聖女と我の戦いは真実だ。光の聖女には“中和”の力があり、それによって我に勝利した》
魔神の話によるとこうだ。
数千年前、まだフェルディア王国が国として形取っていない時代。
人々の負の感情を糧にし、魔神は生まれた。
だが、魔神は光の聖女との戦いに敗北。
完全に滅んだかと思われてきたが……魔神は魂だけの存在となって、生きながらえていた。
とはいえ、その魂も直に消滅する。光の聖女との戦いによって消耗した魔神では、自らの力で復活を果たすことが出来なかったのだ。
しかし、状況は変わる。
魔法に重きを置かれる──魔法偏重社会と言い換えていいだろうか──世界の歪みが徐々に出始めたのだ。
魔力を持っていないだけで、『無能』と蔑み、娘でさえ捨てる。
化け物と罵られようとも、正当な血統と魔法の才さえあれば、王位につくことが出来る国。
その歪みは、人々の間で負の感情を増大させていった。
《我の拠り所として選んだ、あの王子……名をライナスといったか。ヤツはまさに、魔法偏重社会の象徴とも言えるべき存在で、負の感情が溜まりやすい『器』だった。ゆえに、我はライナスに宿った》
魔王の話は続く。
機は熟した。あとは『器』──ライナスの体を食い破れば、魔神は復活する。
いわば、ライナスの魔力は、自らのものと魔神のものが合わさったような非常に歪な形をしていた。
ライナスが歴代最高とも称される魔法の才を誇るのも、魔神の影響があったのは否めない。
魔神はライナスに宿りながら、彼の体を食い破ろうとした。
魔力の歪みと魔神の捕食によって引き起こされるのが魔力暴走。これにより、ライナスは常々、魔力暴走に悩まされることになった。
ライナスの体を食い破ることに苦戦していた魔神だが、焦ってはいなかった。
何故なら、人には寿命がある。百年も経たないうちに、ライナスの体は滅びるだろう。何千年も待ち続けていた魔神にとって、百年という年月は瞬きほどの時間であった。
しかし、ここで不測の事態が起こる。
《最早、その使命も忘れ、力を失っていた光の聖女の一族……ルネヴァン家から、“中和”の力を発現する者が現れたのだ。それが貴様の姉、アリシアだ》
アリシアの“中和”の力は完全に覚醒を果たしていなかったが、ライナスの魔力暴走を治めるには十分だった。
彼女の傍にいることによって、徐々にライナスの魔力暴走もその頻度を減らしていった。“中和”の力によって、魔神が消滅しようとしているのだ。
《今から八年前に一度、ヤツの力を見た時は偶然かと思っていたが……違った。それが我の最大の誤算であった》
このままではまずい。
ライナスの体が滅びるよりも先に、復活どころか、“中和”の力によって我は完全に消えてしまうだろう。
そう考えた魔神は、協力者を探した。
魔法偏重世界の歪みによって、負の感情を溜め込み。
現状に絶望し、怒りと嫉妬を激らせる人間。
《それが……貴様だったのだ、シルヴィア》
『私……?』
とシルヴィアは自分を指差す。
《我の体はまだ、ライナスに囚われたままだ。完全には力を渡すことは出来ないが……共鳴という形で、貴様に一部を譲渡することが出来る》
そう言って、魔神はシルヴィアにこう問いかける。
《再び命じる。我の手を取れ。さすれば、貴様の望みも叶うだろう》
〜〜〜〜〜
「だからって……そう簡単に手を取るわけにいかないでしょ!」
──現在に思考が引き戻される。
魔神の力は魅力的だ。
ライナスを歴代最高の魔法師にたらしめているのは、魔神の力あってのこそ。彼女が一部とはいえ、魔神の力を譲り受けたら勝算は高い。
だからといって、簡単に魔神を信じるほど、シルヴィアだって軽率ではない。
魔神はなにか罠を仕掛けている気がする。
そう考えたシルヴィアは、完全に魔神の力を受け入れることには抵抗があった。
断片的な力を受け入れたものの、そのせいで魔神の力は酷く限定的だ。
「そのせいで、転移魔法だって短距離しか出来ないし……しかも、もう使えない。一部とはいえ、それくらい出来なさいよ! 魔神なんでしょ!?」
文句を言いながら、やがてシルヴィアが辿り着いた場所は、場内の大広間であった。
丸テーブルがいくつも並べられ、豪華に彩られている空間。
おそらく、ここが結婚式会場だったのだろう。
あのステンドガラスをの前で、口づけを交わしているアリシアとライナスの姿を想像して──シルヴィアが吐き気と眩暈を感じた。
「やっと、止まりやがったかよ! おい、逃げんじゃねえぞ。お前はもう逃げられねえよ!」
シルヴィアが足を止めている間にも、後ろから続々と騎士たちが姿を現す。
先頭に立つのは赤髪の男だ。彼だけ、他の騎士と雰囲気が違っている。
シルヴィアは辺りを見渡し逃げ場を探すが、四方八方から騎士たちが押し寄せてくる。
「わ、私の負けなの……?」
ここから逆転出来る手はない。
いくら自分が魔法の才に優れているからといって、これだけ多くの騎士たちを相手にすることは不可能だった。
「あの『無能』に……? 今まで、『無能』に負けることなんて、考えもしなかったのに。どうして私が……」
じりじりと距離を詰めてくる騎士たちを眺めるシルヴィアであったが、ふと頭の中に声が響く。
《だから、言ったのだ。完全に我の力を受け入れよ、と。さすればこやつらなど、敵にもならん》
(魔神……?)
《さあ、どうする。ここで滅びを受け入れるか。我を受け入れ、足掻くのか。言っておくが……貴様が死ねば、あの光の聖女の子はライナスと結婚する。貴様では手に入れられない、幸せを手にするのだ》
アリシア──。
その名前を聞いて、シルヴィアの中でなにかが弾ける。
「……いいわ。私の全てをあげてもいい! だから魔神よ、私に力をちょうだい! こいつらを全員叩きのめすのよ!」
「……っ! おい、様子がおかしい。今すぐ、あいつを捕らえ──」
赤髪の男が声を発し、騎士たちが一斉に襲いかかってくる光景も──シルヴィアにはスローモーションに見えた。
魔神とシルヴィアの憎悪が、強く共鳴する。
《くくく……よくぞ言った。やはり、人間の業というものは限りなく深いものよ》
最後に。
シルヴィアの耳には、魔神の光悦とした声が響いた。
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!




