40・二度目の結婚式
──それからの話。
中止になった結婚式は、日があらためられることになった。
シルヴィアのせいで、メチャクチャになってしまったもんね。安全面の考慮もあるし、気を取り直して式を……とはさすがにならなかった。
そして、肌寒さもなくなってきた季節。
二度目の結婚式が、王城で開催されようとしている。
「アリシア様、とてもおキレイです」
城内の控え室。
髪のセットを手伝ってもらいながら、私はミレーユさんにそう声をかけられる。
「ありがとうございます。なんだか、このやり取りも二度目ですね」
クスリと笑う。
鏡越しに映る私は、純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
先の事件で、一着目のウェディングドレスはボロボロになってしまったので、これは二着目だ。
一着だけでもかなり高いのに……と申し訳なさも感じたが、ライナス殿下の前ではいつもキレイな私でいたい。
そう思ったので、二着目を用意してもらうことに頷いたのだ。
「何回見ても、同じことを言いますよ! アリシア様の美しさは変わりません。アリシア様、本当におめでとうございます!」
ふんわりと柔らかい笑みを浮かべるミレーユ。
シルヴィアとの一件で、ミレーユさんは罪悪感を抱いていたようだが……心の傷も癒えて、こうして笑えるようになった。
そもそもミレーユさん、全然悪くないし。
これからも、ミレーユさんは私の大切なメイド──いや、友達だ。
「俺からも同じことを言うぜ。アリシアさん、おめでとう。今の美しいアリシアさんを見たら、ライナスの野郎は卒倒しちまうんじゃねえか?」
冗談っぽく、そう口にするのはリュカさん。
開演が迫っているというのに、リュカさんはずっとこの控え室にいる。
前回はリュカさんが控え室から出て行ってから、あのような凶行が起きてしまった。
その反省もあるのだろう。式が始まるその時まで、リュカさんは私の護衛についてくれることになった。
「ライナス殿下の晴れ衣装も楽しみです。前回は、ゆっくり見ている余裕がありませんでしたから……」
「ライナスも張り切ってると思うぜ。まーた、緊張してるんじゃねえのかな? 前は俺が呼びかけても、ろくに反応しなかったし」
ガチガチに固まってるライナス殿下を見てみたい気もするが、彼には肩の力を抜いて式に臨んでほしい。
なにせ、結婚式がやり直しになって、最近の彼は以前にも増して忙しくなったのだ。
なかなか難しいかもしれないが、彼には式を純粋に楽しんでほしいなと思った。
「それにしても、ライナスも相変わらずだな。以前にも増して仏頂面が酷いし──魔力暴走も治った」
そう──。
あの事件以降、ライナス殿下を苦しめてきた魔力暴走は一度も起こっていない。
やはり、シルヴィア──というか魔神が言っていたことは、間違いなかったんだろう。
ライナス殿下の体には、魔神が宿っていた。
魔神が彼の体を食い破ろうとし、魔力が不安定になるから、魔力暴走が起こったんだ……って。
なのに魔力暴走が起こっていないということは、魔神はあの時、完全に消滅してしまったんだろう。
私の“中和”の力でね。
だけど……ここで疑問が残る。
「魔神が消滅した……とはいえ、ライナス殿下の魔力はそのままなんでしょう? それどころか、以前にも増して魔力が増していると聞きました」
ライナス殿下の魔力は、魔神と混ざり合っているような状態だったらしい。
だったら、魔神が消滅すれば、魔力も弱まるんじゃないか……と危惧していたが、今のところその兆候はない。
私の質問に、リュカさんは目を丸くし。
「アリシアさん、ライナスから聞いてないのか?」
「え?」
「あいつ……肝心なことを説明してないな。面倒臭かったのか……それとも、アリシアさんの前でカッコつけたかったのかは分からないけど」
あちゃー、とリュカさんは頭を抱える。
「まず、ライナスの中には『ライナスの魔力』と『魔神の魔力』が混ざり合ったような状態だった。ここまでは分かるな?」
「はい」
「だとすると、魔神が消滅すれば『魔神の魔力』もなくなるはずだ。そうすれば、ライナスは魔法師として凡庸になる」
──その力、手放すつもりか?
あの戦いの最中、魔神が口にした言葉。
魔神はそのことを理解していたのだ。
魔神を倒すためには、“中和”の力が必要。
だけど、魔神を消せば、ライナス殿下の魔法の才もなくなってしまう。
だからこそ、魔神は自分が負けないはずだとタカをくくっていた。
魔力が全ての世界で、魔法の才を失うことは自殺にも等しいのだから。
「しかし……ライナスは変わらず、この国一番の魔法師だ。だからあの後、ライナスと俺は考えた。そもそもライナスは、今まで本気を出していなかったんじゃないか? と」
「どういうことですか?」
「あいつはな、昔からその強すぎる魔力で苦労していたんだ。魔力暴走も、もちろんことだが……一番はあいつの母上でもある王妃に『魔神の生まれ変わり』と言われたことだな。今は表面上にこそ出さないものの、ヤツはそれで深く傷つついた」
それは初耳。
血の繋がった家族に、そんな酷いことを言われるなんて……。
ライナス殿下の心中を想像すると、胸が痛くなる。
「王妃の言ったことは、ヤツにとって呪いの言葉になった」
「呪い……」
「それから、ヤツは無意識に力をセーブしちまったんだと思う。本気で力を振るえば、恐れられるから。また、『魔神の生まれ変わり』と言われるかもしれない──と」
だが──とリュカさんは続ける。
「だが、そんなライナスが変われたのは、アリシアさんのおかげだ」
「私のおかげ……ですか?」
「ああ。あいつは言ってたよ。魔神と共鳴したシルヴィアと戦っている時、アリシアさんを守らないと、と強く思ったんだって。そう思ったら、まるで堰き止められていた壁がなくなるかのように、力が出せた──って。アリシアさん、君はライナスを呪いから解き放ったんだ。『魔神の生まれ変わり』って呪いの言葉からね」
「…………」
リュカさんの言葉を、じっと胸に刻む。
私が……ライナス殿下の呪いを……。
いまいちピンとこないが、それによって彼は今まで以上に笑顔で暮らせるようになるだろう。
今はそれだけで十分だった。
「魔神との戦い……で思い出しましたが、ルネヴァン家も大変ですね。妹様があんな凶行を引き起こしてしまって」
私が黙りこくってしまったからなのか、ミレーユさんが気を遣って話を変える。
──魔神と協力し、私たちを殺そうとしたシルヴィアだが、一命は取り留めた。
どうやら、あの時のシルヴィアは魔神の体を乗っ取られていたわけではなく、共鳴した形だったみたい。
ライナス殿下の中にまだ魔神は宿っているはずなのに、どうして……と後から振り返って疑問だったが、共鳴という形なら納得がいく。ライナス殿下が、シルヴィアと魔神の繋がりを氷の剣で断ち、彼女は正気に戻ることになった。
だけど、彼女のしでかした罪が許されたわけではない。
魔神に利用されていただけ……とはいえ、彼女はすぐに投獄されることになった。
これからシルヴィアの罪については、裁判で決められていくことになると思うが……あまり明るい未来ではないと聞いている。
よくて無期懲役。悪くて死刑だろう。
シルヴィアもあの事件以降、魂が抜けたみたいに気落ちしているらしい。
自分のしでかしたことの大きさを、今になって実感しているんだろう。
そして、私のお父様とお母様。
先日の事件──両親は無関係であったことは後の調査で分かっているが、ルネヴァン家の娘が、ライナス殿下とその婚約者を殺そうとしたことは事実。
社交界ではさらに居場所をなくし、結果的に両親は今の屋敷を手放して、田舎に逃げていったらしい。
爵位もなくし、今まで贅沢三昧だった両親に、田舎暮らしは辛いと思うが……命までは取られなかったのだ。
これで両親も、少しは悔い改めてくれるかもしれない。
「ほーんと、家族があんな形になっちまって……アリシアさん、もしかして落ち込んでる?」
「私が? いえ、全然」
きっぱりと言い放つ。
確かに、最後まで両親からの愛を得られなかったのは心残りではあるが、それは時間が経っても変わらないような気もしていた。
薄情かもしれないが、シルヴィアと両親には、もっと自分たちの罪と向かってほしい。
今はそのための冷却期間なのだ。
それに。
「血の繋がった家族とは、もう会えないかもしれませんが……寂しくありません。だって、私にはミレーユさんにリュカさん──ライナス殿下という新しい家族が出来るんですから」
そう言うと、二人はきょとん顔。
やがて少し照れがちに、嬉しそうに笑ってくれたのであった。
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