32・落ちぶれた公爵令嬢(シルヴィア視点)
「なによ、この記事!」
ルネヴァン家。
その屋敷で──アリシアと同じ桃色の髪をした少女、シルヴィアが怒鳴り声を上げた。
シルヴィアの手には新聞が握られ、彼女の意識はそこに載る記事に向けられている。
『ルネヴァン家、没落止まらず!』
王国上位貴族として長年名を連ねてきたルネヴァン家が、ついに貴族名簿から除名されたことは記憶に新しいだろう。
関係者によれば、ルネヴァン公爵ギルベールは実の娘アリシア嬢を長年虐げ、家族ぐるみでの虐待が行われていたという。この行為がライナス王子殿下の逆鱗に触れ、除名処分に至ったとされる。
貴族名簿からの除名は、社交界での死を意味する。既に多くの家門がルネヴァン家との関係を断ち、晩餐会や舞踏会への招待も途絶えている模様だ。
没落の道を転げ落ちるルネヴァン家に、再起の道は残されているのか──。
「好き勝手に書きやがって……私たちのなにが悪かったのよ!」
思い出せば思い出すほど、シルヴィアの中で燃えている怒りの炎が強くなっていく。
──ライナスがルネヴァン家を訪問した後。
ライナスの予告通り、ルネヴァン公爵家は貴族名簿から除名されることになった。
除名から一月も経っていないので、その影響はまだ限定的だ。
だが、徐々に悪影響は広がり始めている。
商売先から取引の中止を言い渡され、社交界の集まりではバカにされる。
今まで、シルヴィアは社交界の花だった。
しかし、今は見る影もない。
お茶会でもダンスパーティーでも、シルヴィアに話しかけてくる人間はおらず、遠巻きから彼女を嘲笑っていた。
「こんなのおかしい……どうして、『無能』のアリシアが幸せになって、私が酷い目に遭うのよ。今まで、こんなことはなかったのに……」
生まれながらにして、シルヴィアには天賦の魔法の才があった。
先に生まれたのが『無能』のアリシアだったからだろう。シルヴィアは、両親からの寵愛を一身に受けた。
豪華なドレスとキレイな化粧に彩られたシルヴィアには、今まで数々の男性から婚約の申し出があった。
何人かの男性とは関係を持ったが……未だに婚約には至っていない。
今までの男が魅力的でなかったわけではないが、いまいち気が乗らなかったためだ。
「私は……神に愛された女なのよ。でも、『無能』は違う」
一方、姉のアリシアは対照的だった。
使用人同然の扱いを受け、ろくに外出もさせてもらえない。
肌は病的なまでに白く、髪も輝きを失っていた。
だが先日、街中で会ったアリシアはなんということだろうか。
キレイな服と化粧に身を包み、周囲の人々の視線を独占していた。
シルヴィアが嫉妬してしまうほど──に。
「しかも、これ……」
次にシルヴィアの目線は、ルネヴァン家の記事よりも一際大きい──一面に向けられた。
『ライナス殿下とアリシア嬢、結婚式が迫る』
ライナス王子殿下とアリシア公爵令嬢の結婚式が、いよいよ間近に迫っている。
式は王城大広間にて盛大に執り行われ、当日は王族をはじめ国中の名立たる貴族たちが参列する予定だ。
歴代最高の魔法の才を持つといわれるライナス王子殿下の婚礼に、早くも王都では祝福の雰囲気に包まれている。
「『無能』のくせに……なんであんたが、みんなから祝われるのよ!」
怒りのまま、新聞を床に叩きつけるシルヴィア。
「それに、ライナス殿下って残虐非道で冷酷な王子じゃなかったの!? 話と全然違うじゃない!」
ライナスは滅多に社交界に出てこなかった。ゆえに、アリシアも彼の姿を知らなかったのだ。
とんだ醜男だから、外に出ないのだろう。『選定の儀』に向かった令嬢だって、ライナスの不細工っぷりに辟易したに違いない。
だが、違った。
ライナスは今までシルヴィアが見てきた男の中でも、最も美しかった。
そんな男がアリシアの隣にいる。
街中で見た彼は心からアリシアを愛しており、付け込めない隙のようなものを感じた。
もっとも、先日屋敷を訪れたライナスは美しさはそのままに、冷酷な王子にふさわしい厳しい顔つきだったが……それほど、ルネヴァン家に怒りを感じているのだろう。
「こんなはずじゃなかった」
シルヴィアはそう呟く。
今まで、全てがアリシアの上をいった。それは未来永劫変わらないものだと信じていた。
しかし、今はどうだ。
かたや貴族名簿から除名され、社交界でも存在感を放てなくなったシルヴィアとは反して、アリシアはライナスからの寵愛を一身に受けている。
「許せない……あの『無能』に私が負けるなんて、有り得ない……」
シルヴィアの中で、ふつふつとどす黒い感情が生まれる。
ライナスからの寵愛を受けるのは、この私だ。『無能』な姉には、彼の隣はふさわしくない。
「そうよ。殿下の隣にふさわしいのは、この私だわ。アリシアの位置に、私がすり替わればいい」
今は気の迷いかもしれないが、ライナスだって『無能』なアリシアより、美しく魔法の才がある私の方がいいはずだ。
だって、この世界は魔法で全てが決まるんだから。
王家の連中だって、『無能』と王子が結婚することに嫌な顔をする者も多いだろう。そういう話を聞いたことがある。
だから、自分がライナスと結婚すればいい……と。
「だけど、どうしたらいいのかしら? 挙式はもうすぐだし……」
さすがに式を挙げてしまえば、シルヴィアだってアリシアたちに手が出せなくなる。
婚約破棄ならまだしも、王子が離縁となったら外聞に悪いからだ。外国にも舐められる。
ゆえに、行動は早く起こさなければならない。
しかし、シルヴィアはライナス、アリシア両名の接触を禁じられている。
どうすれば……。
《──ようやく育ったか、貴様の憎悪が。今なら、貴様の憎悪の炎を覚醒させることが出来る》
シルヴィアがそう思考を巡らせていた時──声が聞こえた。
「だ、誰!?」
咄嗟にシルヴィアは辺りを見渡す。
しかし、人影は見当たらない。
そもそもここは、お屋敷の中だ。両親や使用人以外は、いないはず……。
《探しても無駄だ。我は貴様の心と、共鳴しているだけなのだから》
そんなシルヴィアを嘲笑うように、その声は再び聞こえてくる。
「共鳴しているだけ? あんたは……」
《我は貴様の救世主だ》
邪悪な声が、シルヴィアの鼓膜を震わす。
「救世主? なにを言ってんのよ」
《貴様はこのままでいいのか? 自分が欲しいものを、姉に全て取られて、自分は奈落に落ちようとしている。それに満足するとでも?》
シルヴィアの問いかけを無視して、声は答える。
(満足する……わけないじゃない!)
『無能』には負けるはずがない。『無能』は地べたを這いつくばっていればいいんだ。
家族から捨てられた姉は、野垂れ死ねばいい。
幸せになるのはこの私だ──と。
「でも、このままじゃ『無能』は幸せになってしまうわ。この状況を逆転するためには、力が足りない」
《ならば、我が力を貸してやる》
突如、シルヴィアの前に黒いもやが現れ、それは手の形となって彼女前に差し出される。
《この力を受け入れよ。さすれば、貴様にはあの女の秘密も教えてやる》
「あの女って……アリシアのこと?」
《そうだ。さあ、どうする。悩んでいる時間はない》
急かす声の主。
(手を取っちゃいけないような気がする……そうしたら、もっと酷いことに……でも、このままじゃ『無能』は幸せになるのよ。そんなの……)
悩みながら、シルヴィアはこう口にする。
「私は……」
この時、邪悪なる二つの心はひっそりと共鳴し合った──。
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