33・結婚式当日
──そして、とうとう私とライナス殿下の結婚式当日を迎えた。
天気は快晴。国中から貴族がどんどん王城にやってくる。
街全体は祝福ムードに包まれ、刻一刻と開始が迫ってくるのを肌で感じた。
「アリシア様、とてもおキレイです」
城内の控え室。
ミレーユさんが私のウェディングドレスを見て、そう微笑んだ。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
今日に向けて、何度もウェディングドレスのデザインについては話し合ってきた。
ウェディングドレスに袖を通し鏡に映った私は、自分でも驚くくらいにキレイだった。
純白に彩られたドレスは、窓から差し込む陽光を受け、まるで光そのものを纏ったかのように輝いている。
頭にはライナス殿下から頂いた髪飾りを添え、少し動くたびにそれからは淡い虹色の光が零れた。
「へっへ、アリシアさん、ほんとキレイだな。ライナスの野郎も今のアリシアさんを見たら、美しすぎて卒倒しちまうんじゃねえか?」
控え室に立ち寄ってくれたリュカさんもそう絶賛してくれる。
我ながら自己肯定感の低い私だけど……今日の自分はいつもよりイケてるんじゃないかと自信が湧く。
その場でくるりと翻って、全身を細かくチェックしていった。
「リュカさんも、ありがとうございます。ライナス殿下のお姿も楽しみです。きっと、殿下もとてもカッコいいでしょうから」
「ああ、その通りだ。とはいえ、来客の女たちがライナスを見て、気絶しちまわないか心配だがな。美しすぎんのも困りもんだな」
冗談っぽく、リュカさんが口にする。
こうして話していると、本当に結婚式が始まるんだと緊張が高まっていく。
だけど、怖くない。
私の傍にはライナス殿下がいてくれるからだ。
別の控え室で始まりを待つライナス殿下も、同じことを思ってくれると嬉しい。
「おっと、こんなことしてる場合じゃなかった」
そう言って、リュカさんが踵を返す。
「俺はそろそろライナスんとこに行ってくる。あいつはあいつで緊張しているだろうからな」
「殿下が緊張を? なんだか想像しにくいです」
「普段は緊張なんかしないんだけどな。今日は特別だ。ヤツもこの日を、ずっと待ち望んでいたんだから」
そう言い残して、リュカさんは控え室を後にする。
そんな彼を、私とミレーユさんは手を振って見送った。
「アリシア様、もう少しお姿を整えましょう。式が始まってからでは、なかなかお化粧直しでも出来ませんからね」
「お、お願いします」
椅子に座って、ミレーユさんに背を向ける。
「アリシア様……私は本当に嬉しいです」
私の髪のセットをしてくれながら、ミレーユさんは不意にそう口にする。
「リュカほどではないですが……私も、殿下のことをずっとすぐ近くで見てまいりました」
「ライナス殿下は、ミレーユさんのことを数少ない信頼のおける人物だと言っていました」
「ありがとうございます。──だから、ライナス殿下が自分の魔法について、ずっと悩んでいるのも知っています」
ライナス殿下に宿る天賦の魔法の才。
それは次期国王の座を揺るがないものとしたけど、反面、周囲から恐れられることになった。
幼いライナス殿下を利用しようとする者も現れ、心を閉ざした彼は他者を信頼しないようになった。
そのせいで、残虐非道で冷酷な王子という噂が広がったのだ。
「それで……ようやく、婚約者を見つけられて、アリシア様がやってきました。正直に申し上げますと、最初は少し心配でした。殿下が恋する女性は、どんな方なのか……と」
「お気持ちは察します。私も、殿下の婚約者にいきなり指名されて、戸惑うことも多かったですから」
「ですが、アリシア様はとても優しい方でした。メイドである私にも分け隔てなく接してくれて……恋愛相談もしてくれて……少し失礼な話かもしれませんが、アリシア様のことをいつしか友達のように思っていました」
それは私も同じだ。
今まで、実家に閉じ込められて使用人同然のような扱いを受けていたから、友達なんて本の中でしか知らなかった。
だけど、変わった。
ミレーユさんが必要以上に遜ったりせず、気軽に私に接してくれたのが大きいのかもしれない。
「私も……です。ミレーユさんと洗濯物を干している時間が、私にとってかけがえのない時間です」
「ふふふ、結局最後までアリシア様はお仕事を手伝ってくれましたね。昨日だって、式が明日に迫っているのに一緒に洗濯物を干してくれて……」
「当然です。私、やめる気ありませんからね! たとえ王妃になっても、ミレーユさんのお仕事を手伝います!」
「ありがとうございます。でも、王妃が使用人の仕事を手伝うだなんて、前代未聞ですね」
とミレーユさんは楽しそうに笑みを零す。
「だから……アリシア様、本当におめでとうございます。どうか、幸せになってください。あなたの幸せが、私の幸せでもありますから」
「…………」
ミレーユさんの言葉に感極まって、すぐには返事が出来なかった。
思えば、今まで色々あったものだ。
誰からも必要とされず。
家族からは捨てられ、冷酷な王子の元に向かうことになった。
『選定の儀』でもてっきり選ばれないものかと思ったけど、ライナス殿下は私の手を取ってくれて……。
ライナス殿下からの溺愛を感じ戸惑うことが多かったけど、いつしか私も彼のことを好きになっていた。
私が人を好きになるなんて、実家にいる頃は考えられなかった。
でも……私はライナス殿下のことが好き。
そんな好きな人と一緒になれるなんて、この上なく嬉しいことだ。
「私……幸せになってもいいんですよね?」
「え? なにか言いましたか?」
私の呟きに、ミレーユさんが首をひねる。
……だんだんと膨らんでいく幸せを感じるけど、まだ結婚式は始まったばかりではない。
ライナス殿下に恥をかかさないためにも、今日は頑張らないとっ。
目を瞑り、家庭教師のマルグリットさんに教えてもらったことを頭の中で振り返っていると……。
トン──トン──。
床を叩きつけるような、高い足音。
続けてドサッと誰かが倒れる音がした。
「……? ミレーユさん?」
突如、人が倒れるような音が聞こえて、目を開ける。
「アリシア……様……どうか……お逃げ……」
振り返って視線を下に向けると、ミレーユさんが床に倒れ、私に向かって手を伸ばしている光景が目に入った。
え……? どういうこと?
戸惑っていると、死角から声が聞こえてきた。
「あんたにはその衣装、似合わないわ。それを着るのは、この私なんだから」
──ぞわっ。
鳥肌が立つ。
すぐに逃げ出そうと身を翻すけれど、それよりも早く、顔になにかを吹きかけられた。
一瞬でそれは鼻を伝って体の中に入ってくる。間髪入れずに、立っていられないほどの眩暈が襲いかかってきた。
「おとなしく寝てない。次に起きた時は、あんたの味方は誰もいない」
意識を失う前に──。
私と同じ桃色の髪が、視界の端に映った。
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