31・ドキドキで彼の顔が真っ直ぐ見れません
「どうしたんだ、アリシア。様子がいつもと違うぞ」
「い、いえ……っ」
ライナス殿下が、私を真っ直ぐ見つめる。
式が近いとはいえ、夜になるとライナス殿下の部屋を訪れ、彼の手を握ることは変わらない。
だけど、ここ最近では妙に彼を意識してしまい、会話も少なくなってしまっていた。
そのことを悟られたのだろう。
「な、なんでもありませんっ」
「嘘だ。最近の君は、俺の顔を真っ直ぐ見てくれない。特に今日は酷い」
うっ……図星。
お昼にミレーユさんから言われたことが頭の中で反芻して、真っ直ぐ彼の顔を見られなくなっていたのだ。
恋の病──。
初めて経験することだし、彼に言ったら「子どもっぽい」と笑われるかと思って、上手く言葉に出来なかった。
「そ、そんなことありませんよ。私はイツモドオリです」
「やっぱり、違うじゃないか。俺に嘘を吐くとは、大した度胸だな」
そう言って、ライナス殿下は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
彼はそのまま私から手を離した。
……? 今日はもう終わり?
そう思ったのも束の間、なんと彼はそのまま腕を伸ばし、私を強く抱きしめたのだ。
「で、殿下っ!」
「俺だってこれでも我慢しているんだ。だが、君が傷つくと思って手を出さない。君が言わないつもりなら、無理矢理にでも口を開かせるつもりだが?」
こんな大胆なライナス殿下は初めてだ。
すぐに離れようとするけど、それは出来ない。彼にこうして抱きしめられることは嬉しくて、とても心地いいから。
胸の鼓動が大きくなっていくのを感じていると、しばらくして、彼はゆっくりと体を離した。
「……すまない。困らせてしまったようだな。無理矢理だなんて、嘘だ。君がなにも言ってくれないから、ちょっと悪戯したくなってしまった」
「い、いえいえ! 私も悪いですから」
二人してもじもじする。
恋の病は治らない。それどころか、時が経つごとに酷くなっていく。
さぞ、今の私の顔は真っ赤になっているだろう。それを見られるのが恥ずかしくて、俯くしか出来なかった。
「……ともあれ、今日もマシになった。アリシア、いつもありがとうな」
ライナス殿下も、同じ恥ずかしさを感じていたのだろうか。
咳払いをしてから、そう礼を言った。
「こ、これくらいで殿下のお役に立てるなら本望です。最近では、魔力暴走も起こさなくなったんですよね?」
「そうだな。軽いものはあるが、我慢出来ないほどではない。これも毎日のように、君が手を握ってくれるからだ」
そこまで言って、一転、ライナス殿下の表情に真剣味が帯びる。
「アリシア、本当になにも心当たりはないか? どうして君が触れるだけで、俺の魔力暴走が治るのか……についてだ」
「……はい」
と頷く私。
──今までライナス殿下から、同じことを何度か聞かれてきた。
魔力暴走は急激な感情の奔流によって引き起こされやすい。
でも、私に触れると安心するから、魔力暴走が治る。
だからではないか。
……と思っていたが、さすがに少し考えにくいらしい。私に触れるだけで魔力暴走が治るくらいなら、彼も今まで苦労していないからだ。
「私は……昔から、蔑まれてきました。魔力を持たない、なにも出来ない『無能』だと。私に殿下の魔力暴走を治める力があるとは、考えにくいです」
「そうか……いや、いいんだ。無理に理由を解明したいとも思っていない。問い詰めるような真似をして、すまなかったな」
と謝るライナス殿下。
「話を変えようか」
空気がどんより重くなってきたことを感じたのか、ライナス殿下はベッドから起き上がり、机の引き出しを開ける。
彼が取り出したのは、書類の束であった。
「それは……結婚式当日の招待客リストですか?」
「そうだ」
と首肯するライナス殿下。
「式の当日には、多くの人が訪れることになる。それらに囲まれて、俺たちは結婚を祝われる」
「うぅ、分かっていたことだけど、想像するだけで緊張します」
「気持ちは分かるが、そう気張らなくてもいい。当日は俺に任せてくれ」
ライナス殿下は頼もしいことを言ってくれる。
続けて、顔を顰めて。
「ただ……ルネヴァン家──つまり君の両親や妹を呼ぶ気はない。今さら、あいつらに顔を出してほしくないからな。それに、貴族名簿から除名された彼らが逆恨みをして、俺たちに危害を加える可能性もある」
「危害……」
「だから、君の親族は不在となるわけだが……あらためて聞く。君はそれで問題ないか?」
「はい」
即答する。
両親とシルヴィアを招待しないことは、事前にライナス殿下から聞かされていたことだ。
私の幸せな姿を見てほしいという気持ちもちょっとはあるけど、それ以上に顔を合わせたくない。
一月ほど前の、シルヴィアとの一件もあるからね。
暴走した彼女によって、無用な騒ぎが生まれる可能性は否定出来ない。
「いいんです。家族との確執は解消出来なかったけれど、せめて式当日は安心して迎えたい。両親とシルヴィアが来るとなったら、不安で胸が一杯になってしまいます」
「分かった」
そう言って、ライナス殿下は招待客リストを引き出しに戻す。
「では、この話は終わりだ。当日は君の親族は不在のまま進行する。君は安心して、式に臨むといい」
「私も分かりました」
恋の病……っていう厄介な病気にかかったけど、結婚式に向けて順調に進んでいる。
だけど、どうしてだろう。
家族──特にシルヴィアのことを考えると、胸騒ぎがした──。
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