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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第72話

 開始の合図とともに、一組と二組の綱引き決勝戦が始まった。

 京子はビデオで太郎を撮りながら、「さすがにこれは活躍できないわね」と思っていた。

 何しろ体重が軽い。

 力がない。

 いないよりましといった程度でしか、太郎の働きは見られないだろうと、却って気楽に眺めていることができたほどだ。


 決勝までの勝負を見る限り、一組の優位は素人目にも明らかだった。

 ひとクラスだけ、レベルの異なるチームが混じってしまったと思えるくらいで、太郎たち二組の優勝は難しいかなと京子はちょっと悲観的に考えていた。

 実際今回も、一組の動きは見事に一糸乱れぬ様子を見せており、かけ声、姿勢、引くタイミングの合わせ方、いずれも前の二試合からさらに気合いの入ったものに感じられた。


 ところが。

(……あら。動かないわね?)

京子は首を傾げる。

 勝負の判定に用いられる綱の中央を示すマーカーは、開始時点の初期位置からまったく動いていなかった。

 これだけ一組が引いていれば、すぐにも勝負が決まってもおかしくないと思えるのに、いくら引いてもピタリと静止して、ずれていく様子が見られない。

 二組の方も頑張って引いてはいるが、その動きは全体にまとまりがなく、いかにも素人じみていて、一組との差は明らかだ。

 これでマーカーが動かないのは不自然だった。


 (なんでかしら?)

 京子には理由がわからない。

 誰かものすごく力の強い子が混じっているのだろうか。

 もしや前の方の大柄な子たちが特別強力なのか。

 しかしここまでテクニックに差があるのを埋め切ってしまうほど、個人の力に差が付くといったことが起きるものだろうか?


 不思議に思いつつ、京子はカメラが捉えている太郎の姿を見直した。

(ん?)

あらま、と思った。

(この子、引いてないの?)

太郎は綱を持って後傾の姿勢を取ったまま、ただ足を踏ん張っていた。

 普通はかけ声に合わせて、引く力に強弱のリズムを付けるものだろう。

 現にほかの子どもたちはみな、身体に動きがある。

 一組に比べればつたないとはいえ、タイミングを合わせて一斉に引き、より大きな力が綱に伝わるよう工夫している。

 しかし太郎は動いていない。

 これは……これではまるで、太郎が文字通りアンカーとして、相手に引っ張られるのを開始位置のまま繋ぎ止めているようではないか。


 (まさかね?)

 さすがにそれはないだろう、と京子は苦笑した。

 となると、太郎はただ引くのをサボっているのか。

 それは良くないなと思ったが、では太郎が皆と同じように引いたとしても、いくらも貢献できないことに変わりはなさそうに思えた。


 勝負は膠着状態のまま続き、このまま時間切れになるのでは、と心配になるころ、ようやく動きが出始めた。

 なんと、二組の側へ綱がじりじりと引き込まれている。

 どうやら一組に疲れが出てきたらしい。

 先ほどまでの統率の取れ方に、乱れが見えていた。

 何人か、もう同じようには綱を引けなくなってしまった子がいるとわかる。

 対する二組は、なぜかまだ元気である。

 素人臭さは抜けないが、最初と同じペースで頑張って引いている。

 太郎は相変わらず動きが見えない。

 足を突っ張った姿勢のままだ。


 (あ、違う)

動いていないと思えたが、足の位置が下がっていた。

 綱が二組側に引かれたぶんだけ、太郎の足の位置も後方に移動している。

(これって、まさかほんとうに太郎がアンカーになってる?)

自分で考えたことながら、それは到底信じがたい話で、京子はますます首を傾げて唸った。

 時間が経てば経つほどに、一組の乱れは大きく、二組側への綱の動きは早くなっていく。

 そうして規定の競技時間ぎりぎりで、ついに審判役の教師が決着の合図を出した。


 「そこまで! 勝者、二組!」

マーカーが勝利判定ラインを超えたのだった。

 高らかに勝者宣言されると、一瞬の間があいた後で二組の生徒たちが綱を放り出し、わっと喜びに弾けた。

 太郎も満面の笑みとはいわないが、静かに笑っていて、後ろの女子にハイタッチを求められ、おっかなびっくりでおずおずと応じていた。

 それを見たとき、京子は体育祭や運動会で笑う息子の姿を、これまで一度も目にしたことがなかったのに気がついた。

 逆に一組の生徒は、信じられないといった顔で立ち尽くし、まだ綱から手が離せないものも少なからずいた。


 すると、一組の中から一人の男子生徒が歩み出てきて、審判役の教師に何か話しかけた。

 教師はしばらく黙って聞いていたが、やがて首を左右に振った。

 おそらく一組の生徒は、何らかの反則や不正行為を疑ったのではないかと考えられた。

 それでも食い下がる男子生徒に、教師は肩をすくめて、二組側の綱のチェックを許可した。

 まだ二組の生徒もそのまま綱の横に残っており、反則があったのなら証拠が残っているだろうと考えたのかもしれない。


 すぐさま二組の生徒をかき分けるようにして、男子生徒が綱に沿って調べ始める。

 喜びに沸く二組の生徒は、その一組の生徒に気づかないものも多かったが、何人かは「何しに来た?」と咎めるものがいて、危うく口論になりかけ、再び審判役の教師が飛んできて、やむなく一緒にチェックを再開するという一幕もあった。

 やがて生徒は綱の最後……つまり太郎と苑子のところまで到達したが、どうやら何も見つけられなかったらしかった。

 非常に悔しそうな表情を見せたが、ややあって審判役の教師に頭を下げ、再度一組の側へ戻っていった。

 これにより結果も確定し、三年生のクラス対抗綱引きは二組が優勝、そして総合順位も、二組が一組を逆転し、優勝を勝ち取ったのだった。


 市川苑子は初めての体育祭の優勝を喜んでいた。

 一年生のときも二年生のときも、順位は下位にしかなったことがなかった。

 苑子自身、運動はどれも苦手で、役に立てる競技がないのが悩みだったものの、クラスのために何かできることはないか、と常々考えてはいたのだ。

 そこへ仲のよいクラス委員の篠崎(しのざき)綾子(あやこ)から鉢巻き作りを持ちかけられて、二つ返事で了承した。

 付き合っている小田原のためだというのは丸わかりだったし、それはそれで微笑ましく応援したいと思っていたとはいえ、準備期間の短い作業はもう大変で、生まれて初めての徹夜なぞも経験することになったが、何とかほかのクラスメートとも協力して間に合わせることができた。

 みなが気に入ってくれるか心配したけれど、評判も悪くなく喜んで巻いてくれたので、やった甲斐があったと嬉しかった。


 体育祭当日はあいにくというか予想通りというか、出場種目で得点を稼ぐことはできなかったが、活躍するクラスメートが自分の作った鉢巻きを巻いて競技を行っているのを見ると、自分も一緒に活躍しているような気になれた。

 だから、ほんとうに一緒に参加できる綱引きも、懸命に力を振り絞ることができたのだ。

 その結果、二組の仲間みんなで優勝という大きな目標を手にすることが叶って、こんなに嬉しいことはない。


 しかし。

 その優勝を決めるときに、気になることが起きたのだった。

(決勝の綱引き……なんかおかしかった)

前のふた試合と、綱を引いたときの感触が明らかに違っていたのである。

 というのも決勝の試合の最中、苑子はただの一度も、一組の側に引っ張られていないと感じていたのだった。

 あれだけ強力なチームを作ってきた相手である。

 決勝はいままででいちばん、ぐいぐいと相手側へ引っ張られることを覚悟していた。

 一組と先に当たって負けたチームには、最後に前へ将棋倒しのようになって引きずられる生徒が出たところもあるくらいだったのだ。


 にもかかわらず、決勝で苑子はほんの一秒さえも、まったく前に引っ張られる手応えを感じなかった。

(何が起きていたんだろう?)

苑子にはわからなかった。

 ただなんとなく、自分のひとつ前にいた穂村太郎が、違和感の原因であるような気がしていた。

 というのも、試合終了直後に苑子は確かに見たのだ。

 太郎の足が、地面にめり込むようにしてできた深い足跡を。

 始めはそれが何なのか、またどういう意味を持つのかわかっていなかった。


 しかしふと思ったのである。

(雨上がりでもない今日の硬いグラウンドで、どうやったらこんなに深い足跡ができるのかしら?)

苑子がいくら強く踏んでも飛び跳ねても、地面には凹みなど少しもできる気配がない。

 苑子よりはさすがに背は高いが、男子としては小柄な太郎が力いっぱい踏みつけても、結果はそう変わるものではないはずだ。

 とすると、あとは……?

(とんでもない力で足を踏ん張ったからって……ことなの?)

例えば、一組の綱引きの力を、すべてひとりで受け止めてしまうくらいの。

 その後ろの自分に、相手の引っ張る力がこれっぽっちも伝わらなくなるほどの。


 いやいや! 苑子はぶんぶんと頭を振って、いまの考えを自分の脳裏から追い払おうとした。

 そんなことがあるはずはないし、できるわけもないのだ。

 あの外山であったって、そこまでの力はないだろう。

 太郎は外山に喧嘩で勝ったらしいのだけれど、それでもこれだけ体格が違えば、単純な力で太郎が外山に勝てるとは思えなかった。


 優勝の瞬間、誰かと一緒に喜びたかったが、最後尾の苑子に手近な相手は太郎しかいない。

 そこで太郎にハイタッチを求めると、気恥ずかしげにしながらも応じてくれた。

 その様子はとてもではないが、ひとり対ひとクラスの綱引きを成立させてしまうような、お化けじみた存在には見えない。

(うーん。あれ、足跡と思ったけど、はじめからあったグラウンドの穴だったのかな)

あらためて地面を見たとき、苑子はぎょっとして動きを止める。


 (え? ない! 足跡が……なくなってる?)

慌てて周囲を見直す。場所を間違えたのか。

 いや、間違っていない。

 苑子が確かに見たはずの、太郎の深い足跡が、一つ残らず見えなくなっていた。

(ど……どういうこと?)

自分の目がおかしくなったのか。

 それとも足跡があったということが気のせいや思い違いなのか。

 苑子は混乱した。


 そこへ一組のクラス委員である一ノ瀬(いちのせ)(じゅん)が、どうやら不正を疑ったらしく二組の綱周りを確認しにやってきたため、そちらに気を取られたり場所を空けたりしているあいだに、足跡の消失についてはうやむやのまま退場することになった。

 苑子は、自分があまり物事を深く考えるのには向いていないと思っている。

 だからもう、足跡があったかどうかも、あったとしたらどうしてできたのかも、考えないことに決めた。

 だって考えようにも、もう足跡はグラウンドのどこにも見えないのだから、仕方ないではないか。

(……いいよね、だって優勝できたんだもん!)

そうして、苑子は自分が見たと思った深い足跡も、なかったものと見做すのだった。


 (ふぃーっ。あっぶなーい)

 太郎は冷や汗をかく思いで、やってきた一組の一ノ瀬を見ていた。

 彼が自分のところまで辿り着くその前に、なんとか足下の深く掘れてしまった穴を、塞ぐか隠すかしないといけなかったが、きわどいタイミングだった。

 途中で一ノ瀬の行為を咎める生徒がいたため、そちらにみなの注意が集まってくれたおかげで、気配を消す隙ができた。

 そうして急いで足下の穴を蹴ったり踏みつけて均し、元通りとはいかないまでも、ぱっと見はわかりにくいように復旧させたのだ。


 彼が勝負の結果を信じられず、何かの不正行為があったことを疑って、二組側のチェックに来たということはわかったので、ここで自分の足が作ったグラウンドの穴を残しておいては、変に疑われかねない。

 普通にはどうやったって、踏ん張ったくらいで乾いた地面に足がめり込むことはないからだ。

 別に反則を犯したわけではなく、ただ太郎が遠慮せずに力を使っただけであるのだが。

(まあ、それ自体が反則みたいなものだしね)


 実際、一組はほんとうに強いチームを作り上げてきていた。

 あるいは、きちんとした綱引き競技のコーチを付けて練習してきたのかもしれない。

 もし太郎が何もしなければ、前の対戦クラスと同じように、あっという間に勝負が付いて一組が勝利していただろう。

 二組も弱いわけではなかったが、事前準備のレベルがこれだけ違うと、気合いだとか根性だけで何とかできる範囲を超えていた。


 太郎は自陣に綱を引き込むことはしていない。

 ただ、一組側に引かれることを完全に阻止していた。

 いまいる位置よりも前には動かないように、綱を固定する。

 太郎がしたのはそれだけである。

 そうして太郎が持ちこたえているうちに一組が力を使い切り、弱ったところへまだ余力を残していた二組の頑張りで、こちら側へ引き込んだ。

 その気になれば、実は太郎一人で勝ててしまった勝負である。

 それを太郎は、二組が負けないようにすることだけに力を使い、勝ちを掴み取るのはクラスみんなに任せることにしたのだった。

 太郎なりに考えた、力の使い方の線引きであった。


 悔しそうな一ノ瀬の表情に太郎はちょっぴり罪悪感を持ったものの、自分だって二組の生徒には違いないし、身体以外に何か道具を使ったわけでもない、と自分自身に言い聞かせた。

 それよりも、二組みんなの力で優勝できた喜びの方が大きかった。

 まさか自分が、体育祭で嬉しい思いをすることがあるなどと、これまで想像したこともなかったため、これは太郎には大きな驚きだった。

 後ろの苑子がどうやら太郎の足の作った穴を見てしまい、いろいろと困惑している気配は感じ取ったが、気づかないふりを通すことにした。


 体育祭はすべての競技を終え、表彰式が行われていた。

 一年生、二年生と優勝クラスの表彰が進み、三年生の総合成績が読み上げられる。

 八位から順に成績発表があり、もうわかっていることではあるが、一位は太郎のいる二組であった。

「優勝、二組」

獲得ポイントとともに二組の優勝が告げられると、あらためて生徒が歓声をあげ、喜びを爆発させた。

 小田原などは既に涙ぐんでいて、吉崎らと健闘を称え合っている。


 各学年、三位までのクラスの代表が前に呼ばれて、校長から表彰状が順次手渡されていった。

 おなじみヘイデンの「見よ、勇者は帰る」のメロディが流れる中、クラス委員として小田原が誇らしげに賞状と、申し訳程度の小ぶりなものではあるが、優勝旗を受け取った。

 これは太郎たちが卒業するまで、教室に飾られることになる。

 小田原の笑顔は、次に二位で賞状を授与された一組の一ノ瀬の仏頂面とは好対照だった。


 校長が閉会宣言を行い、全日程が終了すると、あとは片付けをして帰るだけである。

 まずは運び出した椅子を教室へ持ち帰るために太郎が応援席へ戻ると、加藤慎一が小田原と二言三言話したと見るや、大声で集合を呼び掛けた。

「おおい! 優勝旗囲んで、みんなで記念写真撮ろうぜ!」

「いいね!」

「よし、集合!」

まだ優勝の高揚が冷めやらない二組のメンバーは、たちまち小田原の持つ優勝旗の周りにわらわらと集まり始めた。


 見れば誰の保護者かはわからないが、高級そうなカメラを持った父兄が既に三脚を立てて準備を始めている。

 反対する理由もないので、太郎も集団の端に寄っていくと、小田原が太郎の姿を見るなり大げさに手招きした。

「穂村! そんなとこにいないで、こっち来いよ! ほら、早く!」

「いや、ぼくはここで……」

もごもごとつぶやく太郎を、ほかのクラスメートも笑いながら背中を押して、太郎は真ん中の優勝旗の横に引き出された。

「騎馬戦の活躍は、MVPにふさわしかったと思うぜ。優勝に大きく貢献したんだ、胸張ってくれよ。な?」

小田原は笑いながら、自分の持つ優勝旗を太郎にも握らせ、二人で左右にしゃがむ位置を取らせた。


 クラスを優勝へと牽引したのは間違いなく小田原なのだから、MVPがあるなら自分などではなく小田原以外にあり得ないと太郎は思っており、彼の申し出に困惑したが、いつの間にか自分の隣りに来ていたことりがこれも良い笑顔で頷くので、おっかなびっくりで優勝旗に手を添えた。

 小田原のそのまた隣りにはこれまたちゃっかり篠崎綾子が寄り添っていて、二人が付き合っているなどと知らない太郎は、優勝旗を挟んでクラス委員が並ぶほうが適切じゃないのかなぁ、と考えていた。

「はい! じゃあみんな、こっち見て!」

カメラマンを買って出た父兄が呼び掛ける。


 「ちょっとはみ出るな、みんなもっと中央に! 優勝旗の方にずいっと寄って!」

その声に、優勝旗めがけて全体がぎゅっと押し縮められると、ことりの身体が太郎にぴったり密着してくることになった。

(うわ! ことりさん近い近い!)

それどころか、ことりの両手が太郎の腕にしがみつくように回されてくる。

 どこかに掴まらないと押されて不安定になるのはわかるが、それは非常によろしくない姿勢だ。

 そんなことをされたら、太郎の二の腕にはことりの上半身まで押しつけられてしまうではないか。それは太郎にとってあまりにも刺激が強すぎる。


 (ちょ、ことりさん? それ以上はっ!)

とはいえ太郎も、ここでことりの腕を振り払ったり、押し返しすようなマネはさすがにできない。

 いっそこの場から走って逃げ出したかったが、いまはただただ、されるがままになって耐えるしかなかった。

 まずい、このままでは真っ赤になった焦り顔のまま写真に残ってしまう。

 太郎は懸命に心拍数を抑えようと頑張った。


 「はい、撮るよ~。さあ、みんなのクラスは何組だ?」

にぃ! と大声で応えてとびきりの笑顔を作る二組の記念写真の中で、なぜか中央の太郎だけは能面のような無表情であったことが、のちに卒業アルバムで注目されて話題になるなどとは、まだこのときの太郎には知る由もなかった。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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