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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第73話

 太郎たちの通う市立東部中学校。

 市内の公立五校には、どれも校風や学校方針、施設などに、特段の目立った差別化はされていない。

 エリアによって農家が多いか商家が多いか、といった土地柄による若干の変化はあるものの、いずれも大部分は勤め人の家庭の生徒が占めており、違いがあったとしても成り行きによるものであって、とくにそれを目指して作り上げたわけではない。

 そうした中で、東部中には市内唯一と言える特徴がひとつだけあった。

 木造校舎である。

 ただし、既に使われてはいない。


 かつて世界大戦時に、陸軍の施設のあった土地を学校に転用された東部中は、ほかの四校よりも広い敷地を持っていた。

 そのため、老朽化した木造校舎から鉄筋コンクリートの校舎への建替えの際に、空いた土地に先に新校舎を建ててしまい、生徒をみなそちらへ移してから、その後に木造校舎を取り壊すといった方法を採ることができた。

 新校舎の土地確保のために、木造校舎を取り壊した土地が空くのを待つ必要がなかったのだ。

 結果として、木造校舎が残っていても日々の学習に影響しないこともあり、市の学校整備予算の中で、取り壊し工事は計画通りに進められず後回しにされてしまった。


 そんなことが何年も続き、そろそろ木造校舎が校内肝試しのメッカになりつつあった頃、たまたま著名な映画監督が、残された木造校舎を映画のロケに使わせて欲しい、と言ってきたのだ。

 当時の市長や教育長はこれを快諾、東部中でロケが敢行されて、一本のノスタルジックな青春映画ができあがった。

 比較的低予算で撮られたにもかかわらず、主演した若手女優がのちに大女優へと成長する出世作に当たったことも相まって、映画は当時としてはかなりのヒット作になった。


 ちょうど日本中で、地方自治体が映画のロケを誘致し、映画の制作に非営利で協力するフィルムコミッションが広まり始めていた時期にも当たる。

 市側はこれに味を占め、木造校舎のすべてではないが、取り壊しどころか保存することが決まってしまったのである。

 学校敷地内に、生徒はもとより学校関係者には使用できないエリアが発生することに対し、当時の生徒や父兄には反対意見も多かったのだが、木造校舎の一部を残してなお、東部中はほかの中学よりも敷地が広く、実際問題として学校活動に目立った支障はなかったことから、反対は押し切られた。


 加えて、もし木造校舎がロケに使われ、そこでエキストラが必要になった場合には、東部中の生徒から優先して希望者を募ると市側が確約したことで、在校生の反対意見がなんとなく沈静化し、つられて父兄も騒がなくなった。

 やがて保存が決められた木造校舎には特別に耐震工事まで行われて整備され、いまも東部中の一角にその存在を示していた。


 結局その後、木造校舎でのロケは三作の申込みがあったものの、うち一本は完成しなかったのか何か問題があってお蔵入りしたのか、そもそも公開さえされず、残りの二作もはじめの映画を超えるヒット作とはならなかった。

 太郎たちが入学するさらに以前から数年に渡って、ここしばらくロケが行われたことは一度もない。

 東部中生徒のあいだでは、木造校舎がなぜ残っているのかを知らない者もいた。

 使われなくともかかる維持管理費用が少なからず嵩んでいることから、そろそろ取り壊してもいいのではないか、といった意見が市議会ではちらほら出始めていたのである。


 ところが。

「ねぇ、おおとり、聞いた? ロケの話」

ことりが登校すると同時に、カバンを置く暇もなく佳子と真理が話しかけてきた。

「ロケ? ……まさか木造校舎の?」

「そう、来るんだって。来月」

「えー。すごいじゃない。卒業までには一回もないんだと思ってたのに」

佳子の話では、映画制作の記者発表が昨日されたばかりなのだという。

 それで来月というのはずいぶんと急いだ話だと感じたが、時期的には秋を感じさせるタイミングを狙ったという理由のようだ。

 木造校舎の周囲には紅葉する樹木が多く植樹されており、色づいた時期の窓からの景色は、季節感が出しやすい。


 「主演、誰なの?」

「ええとね、先生役で実倉(さねくら)まなみだって」

「ええ! そんな大物来るんだ?」

ことりは目を丸くする。

 誰あろう、その実倉まなみこそ、初めての東部中ロケ映画で、若手女優として主役を務めた役者であった。

 その映画を足がかりに順調にキャリアを積み、いまや日本映画界を代表する人気女優となったが、当時は生徒を演じたロケ地へ、今度は教師役として再びやってくることになる。


 「で、ほかには? 誰が来るの?」

「発表に名前があったのは、生徒役で野々原(ののはら)大志(たいし)藤木(ふじき)美由紀(みゆき)かな。監督は宮本(みやもと)仁之介(じんのすけ)

「……撮るのってアイドル映画?」

野々原は四人組男性アイドルのメンバー、藤木は18人もの大所帯女性アイドルグループのメンバーである。

 ともにソロ活動としては今回の映画が初となる。

 その二人の名前があるとなれば、ことりでなくともアイドルのための映画と思うのは不思議ではない。


 ただことりは知らなかったが、宮本は青春映画の名手として一定の評価を得ている監督であり、単純にアイドルの人気にあやかって動員を伸ばそうとする企画ではないとのことだった。

「あれ、でもその二人って、同い年じゃなくない?」

「ええと、確かノノタが17歳で、藤木美由紀のほうはあたしたちと同じ15歳よね」

ノノタは野々原のグループ内の愛称である。

「どっちに合わせた話になるのかしらね?」

「どっちにって……それ、なんか意味あるの?」

「あるでしょ。だって、ノノタに合わせたら高校の話になるじゃない。藤木美由紀に合わせるなら、中学の話もあり得る。ってことは……」

「ことは?」


 「あたしたちにエキストラのチャンスが来るかも、ってことよ!」

「おお!」

「なるほど、さすが真理、こういうのは冴えてる!」

「こういうのはってどういう意味よ?」

「まあまあ。じゃあ真理はエキストラやってみたいの?」

「そりゃあもう! だって映画になったらずっと自分の映像が残るのよ? 中学の良い記念になるってもんじゃない。それより何より、ノノタと同じ教室にいられるんなら、もうそれだけでサイコーだと思わない?」

「……顔、映んないかもよ?」

「うっさいな、佳子は! 背中だけとか、手だけだっていいの! それに、顔だってうっかり映してくれないとは限らないでしょ!」

それでも映るとしたらうっかりなんだ、とことりは思ったが口には出さなかった。


 (映画に出たい、かぁ)

普段の生活とは世界が違いすぎて、ことりにはピンとこない。

 チャンスがあったとして、自分が出たいのかどうかなどと考えたことはなかったのだ。

 面白そうだとは思うものの、映画の中に自分の映像が残るということが、ほんとうに良いことなのかどうか、いまの自分にとってはわからない。

 ストレートに「出たい!」と言い切れる真理がちょっと羨ましかった。

 そして、エキストラの件は思わぬ形で、真理だけではなくことりたち全員を巻き込むことになった。


 「え、クラス単位でエキストラとして映画に参加してくれ、ですか?」

太郎たち二組の担任教師である五十嵐は、校長からそう話をされて驚く。

「ああ。監督の宮本さんからの注文だそうだ」

いわく、全くの寄せ集めでは、エキストラといえどクラス内の雰囲気によそよそしさが出てしまう。

 全員が役者でないのだから当然のことだ。

 しかし、クラス替えのある春先ならともかく、設定として秋を選んでおり、その時点でクラスの中にそうしたよそよそしさを感じられるのは不自然である、ということらしかった。


 「だから、既にちゃんと生徒同士の関係ができているクラス丸ごとでお願いしたい、とね」

「そりゃわかりましたが、なんでうちのクラスなんです?」

五十嵐の頭には、どうしても外山のことが気に掛かる。なにもわざわざ爆弾抱えたクラスを選ばなくても良さそうなものだ。

「それがなぁ……」

校長も五十嵐の懸念は理解できている。

「毎年春先に、アンケート採ってるだろう?」

「はい」


 ここ何年もロケ自体がないためにすっかり形骸化しているが、ロケ対応の準備として、東部中では毎年全校アンケートが行われていた。

 主旨としては生徒たちに対し、もし映画の撮影があった場合にエキストラで参加する意志があるかどうかを問うものである。

「あれで、NOがいちばん少なかったのは、二組だったんだよ」

「ええ? そうなんですか?」

五十嵐にとっても、これは意外な結果だった。

 生徒たちひとりひとりの顔を思い浮かべ、あいつらがなぁ? と首をひねる。


 アンケートの設問では、エキストラをやることに関して、「参加したい」「参加してもいい」「どちらともいえない」「なるべく参加したくない」「参加したくない」の五段階の回答があり、どちらともいえない、までを拒否感のない生徒としてカウントしたときに、その人数は二組が最大であったのだ。

「三年生ってのも指定だというしな。まあどうしても嫌な生徒には抜けてもらっていいから。再度意志は問い直すとして、受けるのは二組という方向でお願いしたい。……もし辞退者が多くて、人数が少なすぎるようなら、やむをえんからそのときはほかのクラスからも補充を募るよ」

「はあ……そういうことなら。ところで、そのアンケート。外山はなんて書いたんですかね?」


 アンケートの結果はごく一部にしか知らされておらず、担任にも伝えられていなかった。

 というか、例年であればアンケートを採るだけは採るが、そのまま金庫にしまわれて誰も中身を確認などしないのだ。

 そして年度替わりにあらたなアンケートが採られれば、古いものは丸ごとシュレッダー行きである。今年ロケが決まったことで、急遽金庫から出されて記入内容をあらためたというのが実情だった。


 「……彼は、書いてない」

回答もなければ、名前すらない。

 二組で無記名・無回答のアンケート用紙が一枚だけ戻ってきたので、それが外山のものとわかっただけだ。

「あー、そうですか」

五十嵐はまた頭痛のタネが増えたかとばかりにうなだれた。


 朝のホームルームで、五十嵐からエキストラの話を聞いた二組は、予想どおり蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 真理のように飛び上がって喜ぶもの、逆に面倒がってやりたくないと言い出すもの、アイドルと会えると興奮するものなど、さまざまである。

 太郎は相変わらず無表情で、喜んでいるのか嫌がっているのか、心中は周りから察することができなかった。

 ことりは太郎の方を眺めながら、なんとなく面倒だなぁとぼんやり考えていた。


 「まだ続きがあるからちゃんと聞け!」

しばらく待ってから五十嵐が声を張り上げたので、やっと騒ぎは少し落ち着く。

「いちおう、もう一度アンケートがあるから、参加するのはこれに回答してからだぞ。慌てるな」

春先のアンケートは一般論としての意思表示である。

 具体的に映画が決まった後でも、同じ意志を示すとは限らない。実際に出るとなったら、気が変わるかもしれないのだ。


 「いいか、今度のアンケートは二択だけだ。参加か、不参加か。そのどっちかで間はないからな。あと、参加の場合に限ってだが、保護者の了承が要るから注意しておけ」

ええー! と何人かから声が上がる。聞いてないよー! と口を尖らせるものもいた。

「当たり前だろう。おまえたちは未成年だからな。ギャラの出ないエキストラとはいえ、保護者の同意無しに映画の撮影に加えることはできん。出たけりゃちゃんと親御さんを説得してこい。それと、映画会社から諸注意も来ているからな、一緒に渡しておくからちゃんと読め。あとで、書いてあるのに読まなかったから知りませんでした、は通用しないぞ」

五十嵐は新規のアンケートおよび、エキストラ向けの注意事項の紙を配る。


 注意事項の主旨としては、基本的に「撮影スタッフの指示に従え」を繰り返し書いてあるだけだが、もともと想定しやすい項目はいくつか具体的に記載がされている。

「見ればわかるが、言っておくけど役者と一緒に写真撮ったり、サインもらいに行ったりというのは禁止だからな? 原則として勝手に接触するな、という規則になっている。お近づきになれるなどと期待するんじゃないぞ」

ええっ? とまたも何人かから声が上がり、周りから「当たり前だろう」「なに期待してんの」といった揶揄も続く。


 「エキストラ参加者は、えーと一週間のあいだだな、木造校舎で授業を普通に受けてもらう。その間はいつ撮影されてもおかしくないそうだから、そのつもりで。居眠りしたらそのまま撮られると思え。あと、役者の先生の授業もあるようだな。……これ授業のコマにカウントしていいのか? 

 まあそれは後で考えるとして、一日だけ土曜日に、撮影用の授業へ参加してもらう。これは完全に脚本のあるものだそうだ。従ってこの日は授業ではなく、ほんとうに撮影エキストラとしてだけの参加だな。撮り直しとかも頻繁にあるらしいから、拘束時間はどのくらいかわからん。そういうところも覚悟しておけ。

 それから、やむを得ない病気などの休みは普通に学校休むのと同じ扱いだ。エキストラだからな、休んだことで撮影が変更されるような役を割り当てられるようなことはない。ああ、参加しないものは普通に授業だ。ただし、人数によってはここでやるかは未定なので、臨時でよそのクラスに居候することになる可能性もある」

実際に自分たちが何をやるのか、といったことがイメージされてくると、少し冷静になるのだろう。

 生徒たちから私語が減った。注意書きを熱心に読み始める生徒もいる。


 「参考までに言っておくが、過去にエキストラ参加したおまえたちの先輩の感想で、一番多かったのは『待ち時間ばかりで退屈』だったな。『つまらない』とか『もう二度とやらない』というのも結構あった」

今度はげげ、とか何それ、といった声が上がる。

 なんでいまそういうこというかなぁ? と非難めいたことを口にしたのは、とくに出たがっていた真理だろう。

「心配しなくとも、二度はやれんよ」

五十嵐の言葉に、一瞬教室内がしん、となった。


 「ここ何年も、ロケ自体がなかったんだ。このあとおまえたちが卒業するまでに、もう一度やるチャンスは来ない。もし仮に、年度内に別の映画が来るような話があったとしても、そのときは大半が受験生のおまえたちに出演の依頼はしない」

五十嵐は黙りこくった生徒の顔を一渡り見回した。

「たぶん、エキストラをやっているあいだに面白いことは何もないだろう。だが、面白かろうと面白くなかろうと、中学生活で、いや中学がこの一年で終わることを考えれば、一生でおそらくこの一回だけが東部中生として撮影に参加できる最初で最後のチャンスだ。それを踏まえて回答するように。提出期限は木曜の朝だ。映画会社への返答が要るから、それを過ぎて回答のないのは不参加と見做す。わかったな」

五十嵐はそれでホームルームを締めくくった。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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― 新着の感想 ―
凄くイイ! 話題づくりが上手だ♪ また、青春っぽくいい
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