第70話
午後からの競技が再開される前に、午前中の結果として各クラスの獲得ポイント集計が公表され、暫定順位がわかった。
「うーん、三位か」
小田原は腕を組んで唸る。
100メートル走のオーダーは思ったほどの効果が出ず、得点が伸びなかった。
さらに男子選抜リレーはバトンパスに痛恨の失敗があり、上位に食い込み損ねた。
女子は50メートル走、リレーともにかなり健闘したが、男子のポイントのロスが響いて、僅差で上にはふたクラスがいる。
「順位は三位だけど、点差は大きくない。まだ十分チャンスがあるさ」
吉崎が小田原の肩を叩いて言った。
「そうだな」
とはいえ、午後の種目は障害物リレーや大玉転がしなど、運の要素が大きな種目ばかりで占められている。
見る方としてはハプニングのある方が面白いだろうが、獲得ポイントは読みにくい。
できればトラック競技の多い午前中で一位をキープしておきたかった。
「くっそー。おれがバトン落としたばっかりに……」
森田が悔しそうに歯噛みするのを、小田原と吉崎で揃って宥め、じゃあここは一丁気合い入れ直すかと、午後のスタートも二組は円陣から始まった。
太郎はいちおう円陣には加わっていたが、雰囲気に染まるよりも、ただ体育会系ってすごいなーと感心するばかりだった。
午前中の100メートル走の後も、クラスメートからは無得点をなじられるどころか、立ち上がって完走したことに対して「ナイスガッツ!」と褒められるほうが多く、思っていたのと反応が違っていろいろと困惑したのである。
部活動の経験がないため、運動部の連中というのはみなああなのだろうか、と太郎には何とも理解が及ばない世界であった。
転んだあとの太郎に対し、ことりが何くれと気にかけてくれるのも嬉しかったのだが、怪我もしていないし、あってもすぐ治ってしまう自分に、世話してくれようとするのは申し訳ないので何とか固辞して、逃げるように水道へ向かったのだった。
お昼休みに母親から拳骨を喰らったことは、体操服を汚して洗濯の苦労を増やした以上は仕方がないのだが、それでもああいう想定のしやすい反応ばかりならこんなに戸惑わないんだけど、と太郎は小田原をはじめとする運動部連中を眺めた。
午後もスケジュールは滞りなく進み、競技が続けられた。
ただ太郎はしばらく出番がないことから、応援席の後ろでおとなしくしているか、たまにクラスの応援に添え物のように参加するだけで、ここは毎年の体育祭と何も変わらないなと思っていた。
やがて競技終盤になってくると、獲得ポイントに明暗がはっきり分かれ始める。
優勝の可能性は二組を含めた三クラスに絞られ、二組は二位の四組とは点差を詰めてあと一息というところまで迫っていたが、一位の一組とは逆に点差が開いており、逆転はかなり難しくなって来ていた。
一組は一学期の球技大会でも優勝したクラスであり、生徒の運動部比率は二組よりもやや低いのだが、男子の主将経験者が野球部の吉崎しかいない二組よりも、部の主将・エース級はむしろ多く集まっており、効率よく点数を稼ぐのに長けていた。
そうしてついに来た騎馬戦。
これもまた一年生から始まり、最後が三年生となる。
この時点で、ポイント集計前推定ではあるが二組はいまだ三位だった。
「よーし、勝負所だ! やるぞ二組!」
自らも出場する小田原が叫ぶと、おおーっ! と鬨の声が上がる。
「勝つぞ!」
うおおーっ! とさらに大きく応える生徒たち。
太郎はとりあえず周りの拳を突き上げる動きに合わせるのが精一杯だった。
(うん、やっぱりぼくに体育会のノリは無理だ)
あらためてそう考えていた。
下級生の騎馬戦が終了し、三年生の出番である。
騎馬戦の出場者が入場口に整列して、行進曲とともにそれぞれの陣地へ散る。
そこで四人一組となり、騎馬を組むのだ。
東部中の騎馬戦は、総当たりのバトルロイヤルであった。
各クラス最大四騎の騎馬を出すので、全て出揃えば八クラス分の32騎が戦うことになる。
ところが何しろ荒っぽい競技であることから、もともとポイント争いに関心のないクラスでは出たがる生徒のほうが少ない。
そのためクラスによっては四騎揃わないこともしばしば起きる。
棄権は認められず、少なくとも二騎は出すルールとされていて、今年の三年生はひとクラスが最低の二騎のみ、ふたクラスが三騎でエントリーしてきたことで、総数は28騎となった。
競技時間は一年生が三分、二年生は四分、三年生は五分と設定されている。
トラックの内側に線引きされた「戦場」から出なければ、戦っても逃げてもよい。
獲得できるポイントは、騎馬が崩れず帽子も取られず、戦場から出ずに制限時間を生き延びたら、その騎馬一騎につき五ポイントが与えられる。それならひたすら逃げ回るのがよいかというとそういうわけではなく、奪ったほかの騎馬の帽子はひとつにつき10ポイントになるのである。
もちろん、点が高いからと言って味方の帽子は奪っても得点にならない。
帽子を奪われた、または戦って崩れた騎馬はその時点で失格し、ポイントがゼロになるが、それまでに獲得した帽子のポイントは有効とされるため、ひとつでも帽子を奪えば仮に崩れてもペイできる計算である。
戦場で相手に帽子を奪わせないために自ら崩れたり、あるいは戦場の外に出たりした騎馬は、ペナルティとしてマイナス五ポイントとされる。
自ら崩れたか、それともやむを得ず崩されたのかは判定が難しく、ここは審判役の教師の判断に委ねられることになる。
騎馬戦に出ている生徒はたいていエキサイトしているために、ことに身体の大きくなる三年生などでいい加減な判定をすると、身の危険すらある。
そのため教師側も相当真剣に審判を務める必要があった。
リハーサルも学年別と全体で二度ばかりやっているが、そのときは基本的に手順の確認であって、騎馬同士の戦いは行われていない。
実際に帽子を獲り合うのはこの日が初めてとなる。
太郎は、外山、富田、吉崎の三人が作る、堂々たる体躯の騎馬に乗り込んだ。
リハーサルを見ていない保護者が、太郎の騎乗を見てざわついているのが聞こえる。
(うーん、そりゃあこの騎馬は見るからにバランスが悪いよねぇ)
太郎は苦笑したくなるのを堪えて前を向いた。
開始の合図に毎年使われるのは、合戦らしく法螺貝の音である。
そうして太郎たちの騎馬戦が始まった。
開始早々、太郎はいきなり困ることになった。
外山が騎馬にいるためである。
勢い込んで進む外山は、小田原の叫ぶ連携を無視して手近な敵に突進したのだが。
「逃げんな! てめぇら!」
外山が近づくだけで、どの組の騎馬も蜘蛛の子を散らすように逃げていくのだった。
それはもう見事なほどに、誰も向かっては来なかった。
これでは武者役のできることは何もない。
おそらく中には作戦として外山を避けている騎馬もいるのだろうが、手が使えない状態で、ルール上も攻撃してはいけないことになっている騎馬であっても、外山が迫ってくるのに逃げずにいられる生徒は誰もいなかったのだ。
(あらら~。これはまいったな)
開始後一分以上が経っても、太郎の乗った騎馬は帽子を獲るどころか、一回も他クラスの騎馬との接触がなかった。
逆に二組のほかの三騎はどんどん接敵を繰り返しており、一騎は帽子を奪われて既に失格していた。
はじめからほかの三騎と上手く連携ができたのなら、相手を逃がさないように追い込んで、外山の力を生かすこともできそうだったが、いまからではどうしようもない。
また外山も、素直にほかの騎馬と連携を取るとは思えない。
外山は憤って周りに罵声をまき散らすが、それは却ってほかの騎馬をより遠ざける結果となっていた。
(やれやれ。さて、どうしたものか)
このまま一度も戦わずに五分を終えれば、生存ポイントで五ポイントは確保できる。
戦わないのは太郎としては望むところであったものの、しかしそのあとの外山のフラストレーションが心配だった。
「外山君」
太郎はやむにやまれず、外山の頭を掴んで声をかける。
「一回だけぼくの言うとおりにして。ぼくの言うこと聞いて。あそこの三組の騎馬、一番近いやつ。あそこに向かって、何も言わずに近づいてくれないかな」
「はぁ? てっぺんは何を言ってるんだ。意味わかんねぇぞ」
指さして指示する太郎に、外山が鼻息荒く応えた。
「だから、威嚇したり叫んだりせず、黙ったまま近づいてみて、と言ってるの。それとも、このまま一回も戦わずに五分を終えたい?」
「……ちっ! 黙って近づきゃいいんだな?」
「そう。声さえ出さなければきっとぶつかる距離まで行けるから。富田君と吉崎君も、それでお願い。声出さないように気をつけてくれる?」
外山以上に、富田と吉崎は、太郎がいったい何を言っているのか理解しかねていたが、どうあれこの騎馬は外山の進みたい方へ進んでしまうので、任せることにした。
言われたとおり、外山が吠えることなく口を噤んで動き出すと、太郎は視線を前方にいる三組メンバーの騎馬に固定した。
いまこちらには背を向けており、接近に気づかれた様子はない。
別の組の騎馬が前方から迫りつつあって、そちらに注意を取られていた。
なおも太郎たちが近づくと、まさに正面から向かって来ていた別の騎馬は、外山の姿を目にしてぎょっとするや、くるりと向きを変えて逃げ出した。
太郎たちがターゲットにしていた三組の騎馬は、やる気になっていた相手がいきなり進路を変えてしまい、戸惑った様子であるが、まだ太郎たちには気がついていない。
にやりとした外山はスピードを上げたうえ、つい「いくぞオラぁ!」と声を出してしまう。
それでやっと太郎たちの接近を知った三組の騎馬も、慌てて逃げようとしたが、もう間に合わなかった。
どん! と音を立てて、外山が相手の騎馬に体当たりをかます。
ほぼ不意打ちであったがために、三組の騎馬はバランスを崩して、あっという間に倒れそうになった。
「あ、ちょっと。外山君、やりすぎ!」
太郎は急いで身体ごと手を伸ばし、相手の武者役の頭からぎりぎりで帽子を奪い取る。
直後にその騎馬は崩れてばらばらになってしまった。
相手の失格は帽子を失っても騎馬が崩れても変わらないが、ポイントを稼ぐという意味では、太郎たちが帽子を奪わなければ加点されない。
「ふう、やっとひとつか」
太郎はほっと息を吐いた。
「てっぺん! 次はどいつだ?」
外山が満足そうに怒鳴る。
「早く決めろ!」
なんで指示もらう方が威張ってんのと思いながら、太郎はすっと顔を巡らせた。
さきほどの三組の騎馬より少し距離はあるが、太郎たちに背を向けた六組の騎馬が目に付いた。
「……じゃあ、あの六組の騎馬で」
「よぉし!」
「今度は、最後まで声出さないでね!」
「おおよ!」
ほんとにわかっているのかな? と太郎は心配になったが、機嫌の直った外山は一目散に、指示された騎馬に向かって足を早めるのだった。
今度は最後まで外山も声を出さなかった。
するとほんとうに身体が触れるまで相手に気づかれることなく近づけたので、先の三組の騎馬と同様に、外山が騎馬の一人に思い切りぶつかり、またも不意を突いた形になった相手が崩れかかるところを、さっと太郎が帽子を奪い取った。
「ん。ふたつめ」
「いよおぉぉっしゃあっ!」
外山の意気が上がる。富田に吉崎も、気合いが乗ってきた。
「さあ、次だてっぺん! どれが標的だ?」
「えーと。じゃあ、あれで」
またも自分たちに背を向けていた八組の騎馬の一騎を目指して、太郎たちは突進を繰り返す。
そうして五つまで帽子を難なく集めたのである。
ますます楽しそうな外山の後ろで、だが富田と吉崎は、顔を見合わせていた。
(なあ……何が起きているんだ?)
(わからん)
簡単すぎるのだ。
確かに外山の体当たりは強烈だ。これをまともに食らって平気なものなどいないだろう。
しかし。
(なんでみんな、まともに食らうんだ? どうして近づくまで気づかない?)
始めは快進撃にただ喜んでいた二人であったが、まったく同じパターンで五つもの帽子が集まると、さすがに違和感を抱き始めたのだった。
騎馬戦とは、もっと混乱の中での勝負になるものではなかったか。
結果として勝ち続けることはあるかもしれないが、一騎がそんなにいくつも帽子を一方的に獲得できるものなのか。
一対一ではどちらにも勝つ可能性があるような、場合によってはダブルノックダウンさえもありがちな、泥仕合ふうの取っ組み合いが普通ではないのか。
少なくとも、これまで二人が見てきた騎馬戦とはそういうものだったはずだ。
(なんだ、これは?)
勝っているのに、富田と吉崎は薄ら寒さを感じていた。
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