第二十四話 行き着く先
お待たせしました。
決着です。
「また捕らえに来たか」
「殺しに、だ。癌は取り除くに限る」
義朋は目を細める。その強気な発言の割に、腹部の衣服が血に染まっている。返り血ではないことは明らかだ。
「その体でか?」
「焼いて塞いだ」
正樹は匠に撃たれた箇所を手で押さえて即答した。治癒だけでは間に合わないと判断し、自分の肉肌を焼いたが、その痛みには顔を歪めた。
そんな狂った荒療治をせざるを得ない正樹に義朋は懐疑の目を向ける。
「できるのか、貴様に。白蓮も蓮王も俺に傷一つ付けられない有様だ」
「老いは悲しいな。傷の痛みも感じないか」
正樹が自分の右頬を指差し、義朋は左頬を右の親指で拭うとそこには血が付き、中指と薬指には裂傷を負っていた。義朋は小さく舌打ちした。
「[氷帝][青狼]、悪いがここからは譲ってもらう。治癒した後、まだ戦うのなら邪魔しないのなら加わってもらっても構わない。もしくは、そこの巨悪を必要悪として俺に敵対するならそれもいいだろう」
正樹は立っているのも辛そうな二人に一応の断りを入れ、火炎をその身に纏う。もう誰にも譲るつもりは無かった。
「負け犬の反逆者がよく言う。大言壮語も甚だしい」
正樹に応じて義朋も天力を備える。まだ値踏みの体勢で。
「元凶が貴様自身だと知れ。これは報復だ」
正樹は足の裏を炎で爆発させて加速、義朋の顔面目掛けて強烈な蹴りを繰り出すが、義朋の水守に防がれる。続けて炎の手甲で水守を打ち破る。
「! 年寄り相手に白兵戦。余程殺したいようだ」
白蓮と蓮王の戦いでは動かなかった義朋が正樹から距離を取った。義朋も正樹への認識を改めた。
自分に並ぶ強者だと。
「ああ、そうだ。貴様のような蛆虫を殺せるのなら、この命、燃やし尽くそう」
正樹の攻撃を義朋がより強力な防御天術で防ぎ、その衝突の僅かな硬直を狙って攻撃の天術を正樹に当てる。正樹は真正面から受け止め切り、義朋の次の攻撃を炎で相殺した。
お互いにダメージになる一撃を入れられず、次元の高い戦闘が繰り広げられていく。術の展開速度・強度・緻密さ、どれもが紅以上だ。
有効打がないまま戦いが長引けば、ジリ貧になっていくのは天力か体力が少ない方。
今回は体力に劣る義朋の分が悪くなっていった。
義朋が会話に引きずり込む。
「お前の事情を完全には把握していないが、仇は鳴上だろう? 陽本と櫻守、そして勝炎だろう? なぜ今俺を狙う?」
正樹の復讐に成り得る対象を並べるあたり、義朋はほぼ正確に知っている。その事実は、正樹の決意をより固くするものだった。
「天会は答えを出した。それを貴様に変えさせる訳にはいかない」
「なに?」
「鳴上は糞親父が死んで、平穏に向かっている。狂戦士は殺しても生かしても同じだ。だから奴を殺すのは貴様の後だ!」
勝炎の紅炎に劣らない炎を撃ち放ち、義朋が水の球体の中に閉じ込めると爆散。大量の水飛沫を当たり散らした。
実際に手を下したのが勝炎だと正樹も調べがついている。
当時、鳴上を抜けたあの二人を連れ戻すには生半可な戦力では不足していた。櫻守は月永直系の牽制と自身の体調もあり、場所が判明しても手を出せずにいて、それに痺れを切らした陽本は[異端児]を秘密裏に動かした。
結果、[異端児]は連れ戻すどころか、抗戦され、殺されそうになったことを理由に二人を焼き払った。まずは女を、その後に男を。
訂正。抗戦され、楽しくなった[異端児]は激闘の果てに二人を焼き殺した。
まだ[獄炎]と呼ばれる前の、当時中学生の陽本勝炎の所業である。
正樹が右手に深紅の炎玉を作った。
ーー天術・紅蓮弾ーー
その正樹に義朋は避け先を無くすように上左右から計八本の水の手を伸ばす。正樹の空きスペースは前か後ろ。後ろに引けば、水の腕がどこまでも追ってくる。
正樹は誘われていることを承知で最速で真正面に突っ込む。案の定、用意されていた無数の水の礫。分厚く隙間の無い弾幕が一斉に正樹を襲う。
礫の嵐を正樹は天力の全身強化と火炎の鎧で無理やり突破。顔面を左腕覆い、胸部には特に天力を集中させ、急所へのダメージを抑えた。
「っ! ーー!!」
無傷では済まず、礫が体に刺さっている。筋肉を破り、骨を打った。
正樹は痛みを歯を食いしばって耐え、義朋の目の前に出た。
「終わりだ」
正樹は義朋の胸部に紅蓮弾を直接叩き込む。紅蓮弾が義朋の体に触れ、炎が解放される直前。
「残念、外れだ」
義朋の体が水に変わり、正樹を水の球体で包み込んだ。
「!?」
紅蓮弾の炎が球体内で爆発。その威力は外に漏れることなく内部で消費され、辺りに大量の水蒸気を発した。
正樹は水の礫で傷ついた体で、自分の炎熱を浴びる。
「ーーっ!!?」
その球体内部は空気なき水の中。正樹の絶叫は水に溶けて消えた。
白い水蒸気の中から義朋が語る。
「忍の中でも限られた者しか使えなかったという、天術による分身の術だ」
正樹を水天球に閉じ込めたまま、義朋は水蒸気をも使い、水の槍を生成する。
晴れた正樹の視界に並ぶ夥しい数の水の槍。全包囲されていた。
「決着だ。櫻守正樹」
義朋は正樹の窒息を待たず、次の攻撃を許さず、水の槍を一斉射出。正樹の身体は全身串刺し。穴だらけの遺体ーーになるはずだった。
水の球体が消失した。水槍が穂先から削り消えた。
異質な紅き炎を纏う正樹が義朋を凝視してそこにいる。正樹の傷はそのままで、癒えず、癒えていかない。
「ーー何をした?」
義朋は久しぶりに未知に対する動揺を感じていた。
蒸発すらしていない消え方、天術で打ち負けた感じもしない。義朋をして経験のない事象だった。
「戦いで貴様を殺せないと分かった。だから俺は、俺で貴様を殺すことにした」
義朋は眉を顰める。台詞の文脈がおかしいことも然ることながら、今まで漏れ出ていた決意や怒り、信念や怨念が消え、正樹が冷静になっている。大事を前にして腹を括ったような、覚悟を決めたような雰囲気だ。
命を賭したであろうその覚悟に義朋は背筋に冷たいものを感じるが、同時に天秤の傾きにも気付く。
「その覚悟に敬意を払おう、櫻守正樹。だが、俺の粘り勝ちだ」
この場に正樹が現れた方角から麻美子と大樹が姿を現す。
「二手に分かれて正解だったわね」
「はい」
さらに、優里菜が再びこの戦場に戻ってきた。
「正樹さん……」
「……」
この時点で状況が一転している。白蓮も蓮王も傷を回復し終わっており、義朋に協力したくなくとも副長から命令があれば従わざるを得ない。加えて天術の攻撃力だけなら優里菜も大樹も特務隊に肩を並べることができる。
加えて優里菜の後を追って、人形の包囲網を一緒に戦った面々も姿を見せる。
永江兄弟、司と満は正樹を見て謝罪した。
「すみません、正樹さん。天会と直系が答えを出した今、我らは優里菜様に付きます」
「構わない、今までの協力に感謝する」
その後ろから千花と翠も追いついてきた。
「優里菜さん、そんなに先走ったら……誰ですか」
「櫻守正樹さん」
「犯人ですね」
千花が狙いを定めるように最後の敵・正樹を凝視しようと、目を優里菜から正樹に向けるとーー
「ーーーーーーーーーーーーーーーー」
正樹を纏っていた炎が消え、正樹は目を見開き、口も半開きで千花を凝視していた。
「?」
誰が見ても彼のその動揺は明らか。
正樹は目の前に現れた少女に、何を、どう訊いたらいいのか、言葉にしようとして声を引っ込めて、やっとの思いでそれを短く口にした。
「お前、名前は?」
「? わたし?」
千花は右を見て、左を見て、本当に自分への質問なのか確認すると、堂々とその姓名を名乗った。
「藤森千花、岳隠所属の天子よ。それが何?」
「岳隠……そうか」
千花の答えに正樹は一人納得する。
今の彼の心情を察することができる者はこの場にはいない。
(守りきっていたのか)
千花の存在が正樹の中の積み上げた怨念、心を刺すように思い返し続けた後悔、その多くを浄化し、救っていった。
それでも残る物がある。
今生に憂いを残さぬべく、変わろうとするものを阻む者は消していく。
今一度、櫻守正樹は覚悟を決めた。
再び異なる炎を纏い、声を張り上げる。目の前の義朋ではなく、血族へ。
「大樹、櫻守大樹!!」
「!?」
「お前に櫻守の炎を見せてやる! 何故この異なる炎が櫻を守ることになるか、俺たちを櫻守たらしめるのか、よく見ておけ!」
義朋が目の前の死神に天術を放つが、やはり削り消される。
「くっそ」
正樹に向かって地面が割れていくが、正樹はその地面を焼くと、その現象が消えた。地割れの始点で麻美子が目を丸くしている。
「武蔵野麻美子、邪魔をするな。雛鳥を守ってろ」
正樹は誰にも邪魔をさせないように、自分と義朋の周囲に炎の壁を建てた。
この壁は麻美子も翠も、白蓮も蓮王も、優里菜も大樹も、この炎の壁に天術を撃つが、誰も破ることが出来ない。
いかなる天術も削り燃やされた。
壁の内部は、誰にも邪魔できない処刑場である。
「な、なんだこの炎は。水が、天力が消える、ではないな。減衰……減殺!? こんなもの、いや……樹仁が言っていた特別な力とは、これかっ!?」
壁際に後退する義朋と追い詰める正樹。
義朋は僅かな情報から、この炎の壁を強引に突破できないと悟った。地下室で魔術の結界を破ったような"与え壊す"ことも、術式の弱点を天力で突いて"崩し壊す"こともできない。
正樹は右手に紅煉の炎を宿す。
「そうだ。これは天子が天子を焼く為の炎。天力を正の力とするなら負の力を持った異なる力。即ち、天子を仇なす天子を燃やし浄める炎。不浄を絶つ煉獄の業火」
故に、櫻守。
天子を傷つける天子あれば、その天子を諌める為の力。如何なる強大な天子であっても、いつでも殺せるこの力。櫻守家当主が月永家当主の側近を務めているのは、月永を支えることが真の役目ではない。導き手である月永が道を誤った時、守り率いるはずの天子を蔑ろにした時、その力で、その命を賭して諌める為に他ならない。
だから一樹は大悟にのみに仕えている。言い換えるのならば、月永当主を監視している。
名家のトップである義朋は月永が櫻守を置く理由に勘付き、その狂気に戦慄した。同時にこの異質な力を天子が持つ歪さにも気付く。
「ば、莫迦な! こんなのを近くに置いているのか、月永は!?」
「だから月永は、地に落ちてもお前たちのように道は見失わないんだろうな」
「くっ……それにこんなもの、天子が使っていい力ではーーがぎあああ゛あ゛あ゛!!!!」
正樹が左手で義朋の首を掴み、彼の足を地面から離す。
「察しがいいな。代償は己の命だ」
正樹は右手の焔を以て、義朋に断罪を下す。
今までの全てを込めて。
「消えろ」
ーー異天術・紅煉焔ーー
煉獄の炎の中から聞こえた断末魔が赤銅の空へ燃え上がって消えていく。
これがこの事件の最後の出来事となり、炎が消えた跡に残っていたのは、正樹の遺体だけだった。
***
空を染め上げそうだった茜色が西の山の向こうに徐々に沈み、夜の訪れを知らせる東の濃藍と入り混じって生まれた紺桔梗色が、空から落ちてきて広範囲に渡って緑を失った保養地を染め上げる。
その薄暗い景色の中に人工の明かりが二箇所に灯っていた。一つは天真館、もう一つは受験者たちの宿舎だ。そこに灯った明かりは、未熟な天子たちにはよく染みるに違いない。
血統主義に疑問を持つ天子たちによって起こされた一種のテロは、成功に近い形で幕を閉じた。
天子協会の最高位である黒に声明を出させ、血統主義の最右翼の永瀬義朋を屠ることで、舞台から退場させることができた。これから押さえつけられていた不満が、義朋を失った主に西日本で黒の声明と相まって噴出していくことになるだろう。
そのテロの舞台となった保養地を一望できる山の中腹に男が一人。男は長い髪を首の後ろで一纏めにし、顎に手を当てて思案に耽っていた。
「(天力を使った人形も使える程度にはなったか)」
「壁に耳ありです。独り言でも口に出さないほうがいいと思いますよ」
男は掛けられた女の声に振り返らず、仄暗い景色を見下ろしながら女に答えた。
「口に出した方が考えがまとまるが、今後は気をつけよう」
男は足音が近づいてきて右隣で止まる。女は天真館の方を見つめているようだ。
「で、どちらにするか決まりました?」
「いや。残念だが、決め手が無いな」
「いれば助かる程度なんですよね?」
女が頭一つ分背の高い男を見上げてきたので、男も女に視線をやった。西に沈んでいく燃えるような赤が女に宿ったかのような、彼女の赤い髪と瞳は薄暗い中でもよく映える。
「自転車が電動自転車に変わるくらいにはな。ちなみに坂道だ」
「……それは、いてくれたほうがいいですね」
女は視線を天真館へと戻し、寂しそうな表情を浮かべるが、男からは彼女の表情は映らない。しかしながら、それを窺い知ることはできた。男は何も気づかない振りをして、女と同じように場違いのように建てられた豪勢な洋館に視線を戻す。
「そういうことだ。もう少し様子を見る」
「了解です」
エピローグ抜きにして、あと二話続きます。
間章に入れようかと考えましたが、次の章以降のことを踏まえて本章に入れることにしました。
次回もお読み頂けたら嬉しいです。




