表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深緑のシルフィード(旧題:いつか、君の隣へ)  作者: U
第四章 伝統、行き着く先

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/191

第十六話 その理由

 舞台は昇格試験の会場から一気に東側へ移動し、関東の鳴上支部。

 月永と陽本の両幹部が畳の会議室に一同に介し、月永の分家の一つ永江家当主の奏上を聞いていた。

 途中、同じく分家の一つ永澤家当主の怒声がその訴えを遮るも、当主の大悟がそれを諌め、永江賢一(けんいち)の訴えは最後まで述べられた。

 月永側が閉口する中、陽本代表・勝弘が眉間を押さえて深い溜め息を吐く。

「また勝炎(あいつ)か。何度灸を据えれば懲りるんだ」

 傍に控える陽本の分家、陽森家当主と賀陽家当主も掛ける言葉が見つからず、視線を遊ばせるだけ。

 そこに永澤家当主・(ひろし)が、我慢の限界とばかりに顔を真っ赤に染めて怒声を張り上げる。

「そんなことより今はこいつだ! どういうつもりだ、永江の! そんな計画に協力するなど!」

 永江家当主たる賢一(けんいち)は、今にも飛び掛かってきそうな博に動じることなく、淡々と意見を貫き通す。

「既に申し上げた通り。我らは行き過ぎた。ここで立ち止まらなければ、いずれ憎しみの大炎が月をも飲み込むでしょう」

 賢一の警鐘は単なる脅しではないことは全員が理解している。今起こっている事件が正に憎しみの炎が顕在化した証拠だったから。

 分家筆頭、永倉家の当主・(はじめ)が、眼鏡でその眼を隠しつつ苦言を呈する。

「賢一殿、そんなやり方では何も変わらないどころか、更に立場を悪くするぞ。分家から外されても言い訳もできまい」

「そんなものの為に加担した訳ではありませぬ」

「このっ」

 永澤博が再び声を張り上げようとしたところを、肇が冷静に尋問を続ける。

「月永の嫡子を危機に晒したことも、その理由に値すると?」

(白々しい)

 賢一は口から出そうだった言葉を、嘔吐に耐えるように腹の中に留めた。肇が優里菜だけを心配するのに対し、賢一は櫻守の嫡子である大樹にも言及して答えていく。

「それに関してはお二人に申し訳なく思っています。しかし、お二人がいてもいなくても計画は実行された。タイミングが悪かったのです」

 月永直系の隆也と優里菜に対し、かつて一番礼儀を欠き、無礼を働いていたのは肇だ。二人が"使えない"と分かると、隆平と玲菜を離婚させ、玲菜に新たな夫を迎えるように提言したこともあった。側室のような男でも構わないとすら裏で言っていた。それを伝え聞いた玲菜の堪忍袋の緒がついに切れ、生活の拠点を天宿から今の邸宅へ変える理由の一つに至り、必要最低限の用事以外で天宿に寄り付かなくなった。そんな過去があるにも関わらず、二人が徐々に頭角を現すようになるときれいに手の平を返す。

 直近の例は二つ。昨年の春、優里菜が魔術師ゲーベルの企みによって攫われると、それまでのオリバーに対する考えを改める姿を露骨に見せ、ここぞとばかりに協力し始めた。堕天子の名を持つ礼儀知らずな久下広輝が提案した作戦に一番に乗り、救出隊に息子三人を送り込んだ。その年の秋、ギレーヌ狙いが風凰神社だと勘付いた玲菜にも協力し、風凰神社の冬宮の警備に同じく息子らを差し出した。死にはしなかったがそれなりの怪我を負った彼らと肇は、大悟からの恩賞を授かっている。

 今、永倉肇の立ち位置は当主補佐を務める櫻守一樹に迫っている。

 ちなみに婚約を反故にされた永澤博は一番怒っていたが、その後は隆平に嫌味を吐き続ける一方で玲菜に関わろうともしていない。

 賢一は分家当主の肇や博ではなく、宗家当主の大悟を動かす為の言葉を並べる。大悟にとって孫娘たちの命は、こんな主義思想よりも重いはずだと睨んでいるから。

「代わりにはなりませんが、私の愚息二人が会場の守備に就いています。大悟様が撤廃の方向で会議に向かってくださるのなら、(つかさ)(みつる)をお二人の救出に向かわせましょう」

 それは人殺しも厭わない勢力からの、明確な鞍替えだった。裏切り者が捕まった時、何をされるかわからないハイリスクを伴った永江のカード。それを肇と博も無下にすることはできず、押し黙って判断を当主に委ねた。

 上座に座るその当主の大悟は、終始和服の袖の中で腕を組んだまま聞いていた。賢一の決死の覚悟を否定も肯定もせず、厳しい顔を崩さずにじっと賢一を見つめ続けていた。

 一秒の針が重い。一つ動くだけで十秒以上経ったかのように。

 賢一はこの沈黙に耐えかね、もう一枚のカードを切ってしまいそうになる。大悟の考えがわからない今、それが吉凶のどちらに転ぶかわからない。冷静な顔の下で様々な考えが思い浮かんでは消えていった。

 一分にも満たない間だったが、大悟がその口を開くまで、誰一人として声を発する者はいなかった。

 大悟は腕を解き、手を腿に置いた。

「永江の」

「は」

「なぜ月永が血に拘っているのか、理解しているのだろうな?」

 賢一の脳裏に"失敗"の二文字が走る。ここで血統主義の理を説くならば、叶わぬ説得をしてくるだろう。賢一は唾を飲み込み、まずは大悟の問いに答える。

「はい。導き手たる月の血を、精霊の血を絶やさぬ為。即ちそれは、かつて稀人(まれびと)と忌み嫌われてきた我ら天子の拠り所として在り続ける為」

「それだけか」

「ーーーー」

 賢一は答えられない。他に一体何が有るというのか。幼い頃からそう教わり続け、建前と実態を知った。それしか無いからこそ、賢一は積年の思いで行動に出たのだ。

 しかし、大悟は有ると確信して全員に問いかける。

「答えられる者はおるか」

 沈黙。

 大悟の問いは月永に投げ掛けられたものだが、実力主義の陽本が答えて嘲笑するのも一興……が、答えられない。

 教師が生徒を指名するように大悟が名指しする。

「一樹」

「……主犯が我が血族。この場で責められることこそあれ、逆はなりませぬ」

 答えを知ってか知らずか、櫻守当主は回答を控えた。

 此度の事件を引き起こしている櫻守正樹は一樹の従弟(いとこ)にあたる。当時の立ち回りの失敗を思い出し、唇を噛んでいた。

「隆平」

 まるで黒子のように存在感を消していた優里菜の父であり、月永の血を持たない異例の次期当主候補の隆平に視線が集まる。

 隆平は今にも優里菜を助けに飛び出しそうな身体を必死に押さえつけてこの場に留まっていた。この場でも下手(へた)に「助けてください」と下手したてに出て恩を売れば、直系の立場を弱くする。それは天守の判断をも狂わせかねない。加えて、打開の議論の進め方にも難があった。人質の救出に重きを置けば賢一に血統優先を印象付けさせてしまい、妥結を目指せば分家に口を挟む口実を作る。主にこれらが発言を控えていた理由でもあった。

 ただし今は発言を促された状況。慎重に声色を選びながら、一つだけ言った。

「……誇り、でしょうか」

「そうじゃな。それもまた一つ」

 大悟は頷き、賢一を見て、全員に語り始める。

「永江のが言った通り、我らはかつて忌み嫌われていた。しかし今、その力を使い、人々を脅かす魔を浄化することを生業とすることで衣食住を得ている。我らしか持っていない力で人々を守っている。それは普通の人々よりも優れている力を持っているとも言える」

 一息置いて、天子であれば誰もがドキリとすることを言った。


「そこには悦に入ってしまうほどの優越感もあるだろう」


 普通はできない。自分にしかできない。その者だけの技能・知識・力。頼られ、与えたら厚遇を得た。

 鼻を伸ばしてしまうのも無理はない。

「しかして、誰かの役に立っているという実感こそが我らに誇りを(もたら)してくれる。決して日の目に出ること無い我らだが、確かに人間社会の一部に在るのだと教えてくれる。この誇りが無くなれば、天力はただの暴力となっていくだろう」


 ーー矜持、自尊心。


 人が一人の人間として確立する時、地に足を付けて自立する時、己の芯の一助になってくれるもの。「自分にはこれがある、これができる」、それが背筋を伸ばし、胸を張って歩かせてくれる誇りに他ならない。

 大悟は"誇り"の話から次の話に移った。

「そしてこの力、厄介なことに血の濃さに依存するところが大きい。『人々を守る』などと大言を吐いても、力が伴わなければ無視されるだけだ。加えて思想と力があっても、証拠がなければ信じてもらえぬし、恐怖を植え付けるだけで終わってしまう。その恐怖は我らを再び迫害の対象へと戻すだろう」

「その証拠が血筋だと?」

「少し違う」

 大悟は賢一に、他の月永に、陽本にも諭すように言葉を重ねる。

「我らを含めた祖先が積み重ねてきた"守り続けた"、"傷つけていない"という実績だ。血筋は、家名は"力を悪用せず"、"守ってくれる"存在なのだと、人々に判り易く提示できる実績の代わりなのだ」

 家名が裏付けになるならば、それは天子協会から配られる菖蒲(アヤメ)が刻まれたバッチと大差ないと、月永の当主が言う。

 さらりと流してしまえば軽く聞こえるが、よく考えれば考えるほど重く受け止めなければならなくなる。この国において"月永"は(はじ)まりの三家、つまりは天子協会の歴史そのもの。"月永"に傷が付けば、無くなってしまったらそのまま天子協会の傷になりかねない。

 故に、月永は血統主義なのだ。

 賢一はいつの間にか伏せていた顔を、はっと気づいたように上げると、苦笑する大悟と目が合った。

「だから一樹と勝弘が頭を痛めておるのじゃよ」

 名前を呼ばれた二人を見ると、大悟よりも苦い顔を浮かべていた。

 櫻守は三家の一つであり、陽本も歴史の長さは三家に匹敵する。天子協会の看板には相応しく無いと、鳴上支部の権威がさらに落ちていく様は明白だった。

 事件を打開するには、正樹や賢一らの要求を飲むのが早いが、血統主義の撤廃は、連綿と続いてきた天会の実績の裏打ちの在り方を根本から消す、または変えてしまう可能性がある。

 賢一は失敗を悟った。大悟が折れるはずがない。他の黒も折れるはずがない。この前提崩しは由緒ある家名を持った天子だけではなく、全ての天子に影響する。壊したかった因習は、今を築いてきた伝統と表裏一体、いや根や幹を共有する大樹(たいじゅ)だったのだ。


「さて、永瀬が不在となれば、厄介なのは竜胆(りんどう)雀宮(すずみや)か。折れてくれるかのう、二人とも強情じゃからな」


 大悟が「やれやれ」と呟いてゆっくりと腰を上げる。

 肇が眼鏡から目が飛び出そうなほど驚いて、部屋の出口に向かう大悟の背中に言葉で追いすがる。

「と、当主!? 撤廃に賛同されるのですか」

「永江のも言っていたじゃろう。行き過ぎたのじゃ、我らは」

「し、しかし」

「なに、撤廃は無理かもしれんが妥協点は探らなければなるまい」

 大悟は出口前で振り返り、全員を見渡す。いつも仏頂面の一樹と隆平もぽかんと口を開けている。写真を撮ってそれぞれの愛妻に送りつけたいほどだった。

「一樹、勝弘。わかっているな? これは儂らの失態だ。責任持って解決にあたるぞ」

「はい」

「わかっている」

 櫻守の直系に生まれながら、血統主義を否定する正樹。彼はその主義のど真ん中で育ちながら、それがおかしいと気づき、ある意味革命にも手を出す男だったのか。

 否である。

 それがおかしいことなど誰でも分かる。しかしそれが、社会を秩序立てる必要悪であれば飲み込まざるを得ず、利益が自分に入ってくると知れば尚更見て見ぬ振りをするようになるもの。だが、逆鱗に触れるほどの不利益を、理不尽を被れば全て逆転する。

 必要悪を許すことはできず、利益を懐に入れる輩が笑っていることが許せない。

 復讐の炎で世界を変えようとする。

 その原因を天守たちは知っていた。

 大悟は黒同士の会議に入る前の最後の指示を出していく。

「隆平、賢一から司と満に連絡させ、特務隊副長らに協力させよ」

「はい」

「それから事が終えるまで賢一を勾留し、人質を害せぬよううまく使え」

「ーー承知しました」

「賢一」

「はっ」

「処遇は全部落ち着いてから伝える。一家離散も覚悟せよ」

 大悟らも賢一たちの言い分は理解できる。この強硬な手段に出なければ意見を通すことも叶わなかった事情も理解できる。しかし、それを許していては組織統制が瓦解してしまう。首謀者の正樹や白鷺拓真、協力者の賢一たちが今の天会の幹部と取って代わらぬ限り、相応の処罰は必要だった。

「……覚悟の上でございます」

 賢一は静かに頭を下げる。

 大悟が部屋を退出し、それぞれが動き出そうとした時、月永派の成り行きを見ていた勝弘が思い出したように隆平にアドバイスを送った。

「あー、隆平殿。現場に広輝がいるから仲介させろ。その方が話が早いはずだ」

「ーー了解です……が、なぜ彼が会場に?」

「そう言えば秘匿情報だったな、これは。特に身内が受験する者には」

 そもそも何故そんなに敵味方両陣の紅が事件の中心地に集まっているのか。今回だけの特別試験の趣旨・趣向の伝え聞いた限りを勝弘は簡潔に話した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


投稿数が一○○話に到達しましたので、間章1に「第四幕 あたたかな日々」を記念に投稿しています。


もしよければ、そちらもご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! そして、100話おめでとうございます! 間話も読みたいと思います。 次回の更新も楽しみにしています!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ