第十五話 打破
「どうした堕天子、その程度か!」
一面焼け野原となった黒い地面に剣を地面に突き刺し、片膝をついて荒い呼吸を繰り返す広輝は、今回の事件の主犯の一人である白鷺拓真と戦っていた。
拓真の炎は勝炎のような暴力的な炎ではないが、それでも一撃一撃が強力であり、爆裂の効果を持った炎術も戦術に組み込まれており、広輝をギリギリまで追い詰めていた。
「その程度で[雷鬼]オリバー・エクスフォードを討ち、[剣帝]星永慧輔を殺したのか!」
敵の挑発など勝手に言わせておけ、と思っていた広輝も師の名前を出され、黙っている訳にはいかなくなった。柄を握る手に力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。
「まさか……先生を手に掛けれたのはオレを乗っ取った鬼の力量、オリバーは仲間の助けがあったから」
「あの眉唾話か? [仲間殺しの堕天子]の真実とかいう……いまさら誰が信じる?」
広輝も心の中では拓真に同意する。
たとえ明かされた真実が本当だったとしても、岳隠支部で偽り続けた悪名に随分と都合の良すぎる事実。地に落ちた[堕天子]の名を救い上げるような、天子を乗っ取る鬼などという聞いたこともない妖魔の話を、無関係な他人が簡単に信じられるはずもない。
それでも、今生きている岳隠の人たちの為に反論しなければならない。
呼吸を整えながら再び拓真に相対する。
「オレの感情は抜きにして、あの時どうやれば[剣帝]の先生に要さん、[天炎]の美琴さん、達人の域にある徳裕さんと錦さんを殺せたのか、逆に教えてほしいですね」
「暴走、に見せかけた暗殺。それだけで充分だ。仲良くぬくぬくやっていたのだろう? 未熟者どもが」
広輝が[堕天子]と呼ばれるようになった所以は、慧輔たちを殺しただけではない。そこに暴走だけでは理由のつかない疑惑があったからこそ。真実を隠した欺瞞によって[堕天子]が完成した。
その為、拓真のように受け取られるのは広輝に原因があった。だからこそ、師と仲間を貶めるような言い方は、絶対に否定する。
「こんな小物の浅知恵で、あの人たちが敗れるとでも?」
「事実だろう?」
「……星の力、甘く見られたものですね」
「お前がその程度だからな」
広輝は頭の中にあったプランの中で、一番可能性が低いと思っているプランを選び取った。
『優里菜を助ける』、それは絶対だ。
しかし、星の力を、岳隠の力を、受け継がれる星の意志を侮辱されたままではいられない。
「……たった今、負ける訳にはいかなくなりました」
広輝は剣を地面から引き抜き、正面に構えて言った。
「? 『月永の娘を死ぬ物狂いで助けに来るだろう』と白蓮から聞いていたんだがな」
「助けますよ。ただ『ここで負けたとしても』から『貴方に勝って』に変わっただけです」
広輝の基本方針は"勝負に負けても試合に勝つ"である。局所的な勝敗に拘るよりも、主目的を果たすことを優先する。自分のプライドは二の次だ。もしも勝利が主目的に必要ならば、這いつくばり泥を啜すすってでも勝ちをもぎ取る。
広輝にとってそれは"何が大切か"を見失わない為の優先順位だった。
それを、気に入らない男がここにいた。
「小僧、一つ忠告しておいてやる」
拓真のプレッシャーが跳ね上がる。
両手に鮮血のような緋色の炎を纏う。広輝を追い詰め、辺りを焦土と変えた炎だ。
広輝の助ける為ならば"負けてもいい"と思っているその考えが、かつての自分の無力さを彷彿させる。あの何もできなかった自分への怒りが炎を豪強に燃え上がらせた。
「助けたいなら自分でやりやがれ。でなきゃお前は、永遠に奪われてばかりだ!」
広輝の左半身目掛け緋炎を放ち、広輝にこれを右に避けられる。そこに二撃目を与え、広輝の後方に着弾した一撃目が爆破し、広輝は爆風に押されながら二撃目の炎を潜るように前方へ脱出。してきたところに追撃の緋炎を叩き込むが、斜めに真っ二つにされる。
拓真はその瞬間を狙って左手を広輝にかざし、爆弾の起爆装置を押すように拳を握った。
広輝が斬った炎、だけではなく潜って躱した二撃目が広輝のすぐ後ろに留まっており、三つ同時爆破。広輝の姿が爆発に消えた。
爆風収まぬ間に、拓真は炎を重ねる。
「ーー渦炎」
まだ爆風の中にいる広輝を炎の渦の中に閉じ込めた。
拓真はまだまだ攻撃の手は緩めない。
右手を空に掲げ炎玉を掌に作り出し、その周りに八つの一回り小さい炎玉が公転する。
弓を引くように右腕を引き、左手でその狙いを定めた。
その時、炎の渦に刃筋が走った。渦の一部が斬り裂かれ、広輝の影が見える。
あたかも広輝が出てくることを見越してたかのように拓真はその炎を投げつけた。
ーー天術・火炎車ーー
炎玉の公転の直径がおよそ二メートルまで拡大。攻撃範囲が広がる。
炎から出たばかりの広輝は追撃を視認し、直感で火炎車の下を潜り抜けた。拓真の右腰から左肩に斬り上げる左逆袈裟、右足で力強く踏み込んだ。
「炎柱」
「!」
拓真は広輝が踏みしめた場所に目で狙いを付け、術名のみの最短詠唱。黒い地面が赤く変色。広輝は斬り上げを止め、拓真の横を前転して回避。直径一メートルの火柱が噴水のように打ち上がった。
「よく躱す」
拓真が後ろを向くと想像以上に広輝が離れていて、素直に感心する。拓真を斬ろうと踏み込んだその力は、一回の前転程度でそこまで跳ぶ力を持っていた。
立ち上がる広輝の全身から黒い土がはらはらと落ちる。口の中にも入ったのか、唾を吐き捨てた。
口を拭い、広輝は再び剣を構え直し、風を纏い直す。
「ーー[嵐]」
そして呼吸が完全に整わぬまま、剣を叩きつけた。
「火守」
拓真が左手で火の結界を展開、風の剣は止められる。
「この程度か、残念だ」
右手に濃密に燃える緋色の炎玉ができていた。
ーー天術・紅蓮弾ーー
鳴上の天子へ、正樹から教わった櫻守の炎術を決着の緋炎として贈り放った。
***
「さて、と」
鉄次はおもむろに立ち上がり、大きく体を伸ばす。両肩を引いて胸を張って力み、腰を右と左に大きく撚ると、ポキポキと背骨が数回鳴った。
「今度は何するつもりですか。あまり度が過ぎるなら貴方から殺しますよ?」
「いやーなに。そろそろ出る頃合いかなと」
「はい?」
頼人の忠告を無視して結界に近づくと、半身で重心を落とし、右手を上に、左手を腰下に構える。
そして結界が打ち消されるよりも多くの天力を練り、大きく息を吸いながら、両手を円を描く。
「コオオオ……」
右手が下に、左手が上に来たところで両手を近づけ、天力を手首より先の両手に集中。右腰横に引き、結界に掌打を繰り出した。
「ハアッ!」
魔力と天力が衝突し、弾ける音と一緒に青白い光が飛び散る。
それだけだった。
敵も味方も拍子抜けである。頼人たち運営委員を除けば一番天位の高い鉄次。何かする、してくれると思ってしまった。
頼人は見せしめの意味も込めて、鉄次には痛い目にあってもらおうと口を開こうとした時、鉄次がとりわけ大きな声で言う。
「って感じで出れないんだわ。力尽くで出られそうなのは、そこの月永・櫻守・瀬戸の三人セットが揃ったとこだけ。それを邪魔されると面倒だからーー」
ニヤリと笑った。
「よろしく」
「なにを言って……っ!」
ヒシャリ、ヒシャリとかき氷のような氷の粒の塊が石床に落ち、床を雪氷に変えていく。落下する氷が段々と頼人に近づく。頼人が上を仰ぐと天井から換気口の蓋が降ってきた。天力を纏った腕で顔を覆って防ぎ、改めて天井を仰ぎ見ると氷に覆われていた。だが誰もいない。
反対側から着地した音がした。
「くっ」
とっさに距離を取った。
氷の刀を持った少女が頼人を射るように見ている。少女が床を蹴った。
「小癪な」
雷を少女に向かって放つ。
普通の白色の天子相手ならば、それで事足りるほどの威力。
しかしーー
ーー星月二刀流剣術 弐ノ型[円巻輪]ーー
少女は氷でできた刀を振って雷にぶつけ、そのまま手放す。体を回転させて、氷の刀が砕ける衝撃を往なすように躱して、頼人の懐に入り込んで即座に創ったナイフのような短刀を頼人の胸に突きつけた。
「くっ」
この時すでに、頼人は床に広がった白い氷の華畑に足を付けており、膝まで氷に侵食されていた。
その侵食は触れただけの短刀からも始まり、すぐに頼人の体の半分が氷漬けになり、その氷はどんどん厚くなっていった。
「命は取りませんけど、何かしようものなら四肢は斬らせてもらいますよ。氷漬けのまま病院に行けばくっつきますしね、多分」
千花は短刀を持った逆の手に、自分の得物と同じサイズの氷刀を造り出して言った。そして、その台詞通りのことを、その目でみたことがある頼人にとって、千花の脅し文句は、到底脅しに聞こえないものだった。
あっという間に頼人は身動きが取れなくなり、千花の奇襲は見事に成功した。
千花のこの術は、かつて広輝相手に使った心臓をも止めて殺す為の凍結の侵食ではなく、氷漬けにして捕縛する術。白蓮が優里菜に使った術と同種である。
千花が鉄次に目で合図を送ると、鉄次は親指を立てて応えた。
急に現れ、あっという間に頼人を捕縛してみせた千花にほとんどの天子が唖然として状況を飲み込むのに脳みそを使っていた。それは優里菜たちも例に漏れない。
鉄次がそこにきつく活を入れる。特に最後の二文字には、三人に有無を言わさぬ圧が込められていた。
「ほれほれ、せっかく千花が見張りを黙らせてくれたんだ。ーーやれ」
目の前で手を叩かれたかのように、遠くに離れていた三人の思考が一気に引き戻される。声の主に目を向ければ、その声と変わらぬ迫力を持った眼で優里菜たちを見下ろしていた。
彼女らは息を飲み込んで、自分たちのやるべきことを瞬時に理解する。
立ち上がり、アイコンタクトで意思疎通を済ませて頷き合うと、ある一辺に向けて均等の距離を持つ。優里菜と大樹はゲーベルのケンタウロスの時のような同じ過ちを犯さない為に光の両側に立つ。
三人は天力を打ち消す結界内の魔術の力を上回る天力を練り始めた。
「は?」
氷で身動きの取れない頼人が戸惑いの声を上げる。頼人が用意した結界は、常人には天力を纏えられないくらいの強力な結界術である。頼人も身を持って体感し、強力な天術を行使するには労力を要した。
それをこの三人は自分の必殺技を行使できるレベルまで天力を纏わせている。それは三人の資質が一級品である証明であり、力量は下級天子の枠を軽く超えていた。
優里菜たちは各々の最大攻撃力を持つ天術の準備に入る。
優里菜が体の前に翳した両手には優里菜の眼と同じ色の水が、見ている者を吸い込んでしまいそうな勢いで生まれては収束していく。
大樹の身体は赤炎に燃え上がり、両腕に紅蓮の炎を宿らせていく。
碧と赤の間で黄光が稲光る。槍を持たぬ光は、全身に迸る黄色の雷を右腕に収束させ、槍の代わりとした。
水・雷・炎、三色の天術が閉塞した地下空間で眩く光輝く。
そして、三人同時に天術を、結界の一辺に向けて撃ち放った。
「水龍の牙」
「天獄の雷槍」
「紅蓮業火」
最初の衝突時こそ青白い光が一瞬光ったが、その後は三色に打ち消される。
硬いゴムの壁を押していくように、結界の壁が外側に膨らんでいくが、まだ破れない。まだ足りない。その攻撃力だけなら上級天子に届き得る彼らの天術に耐えるこの結界術はそれほどに強固だった。
天術と結界が拮抗状態に入ってしまう。
「てめえら家名だけの七光りか!? 違えだろ!」
鉄次が三人に発破をかける。ここが踏ん張りどころだと強く理解しているから。彼らの結界内が天術の輻射で酷い状況になっているが、お構いなしだ。彼らのダメージ以上にこの結界の打破には意味がある。
「権力の為じゃない、傷つける為じゃない、大事なもんを守る為にその力使うんだろうが! 魂振り絞ってみせろ!!」
歯を食いしばり、足の裏でしっかりと石床を踏みしめ、身を守る天力を最低限まで抑え、他を全て天術に集中させる。
筋繊維や血管がはち切れそうな勢いで三人の天力が腕に収束していく。
今一度、全身全霊で天力を送った。
「「「はあああああああ!!」」」
結界の壁が天術に押されて一層膨らみ、一つひびが入ると一瞬だった。
三色の天術が結界の壁を突き破り、そのまま反対側の壁に大きな穴を抉り作った。
結界は再構築されることなく、結界内に乱流していた天力が解放され水蒸気や砂塵を巻き起こし、三人の姿を覆い隠すのだった。
しばらくして視界が晴れていくと、膝に手を当てて汗を滴り落して息を切らしている三人の姿が見えてくる。
その彼らに、見事に強力な結界を破った三人に鉄次が称賛の拍手を贈る。
「よくやった」
光が汗を拭いながら鉄次を見ると、訝しがらざるを得ない状況があった。
「……なんで、出られてる、んですか?」
三人で死力を振り絞ってようやく出られた結界。それなのに鉄次を閉じ込めていた結界が消えている。他の区画の結界はそのままなのにも関わらず。
「結界が破れるタイミングで、お前らと共有してた壁を攻撃したら何か知らんが結界が解けた」
「そう、ですか」
不公平感が否めないが、今は体力とダメージを回復することに専念した。光だけでなく優里菜と大樹も筋肉痛に似た痛みが全身を苛んでいる。限界まで力を振り絞った反動だった。
その三人と同じ結界に囚われていた天子を置いて、鉄次は全体を把握する為、千花に状況を訊いた。
「で、外の状況はどうなってる?」
「紅の人たちと……ぷっ」
「おい」
「いや待って、コウ兄から聞いてたけど改めて見ると、ふふ、ごめんむり……ぷくく」
千花の記憶にある鉄次は、女性も羨ましがるキューティクルなサラサラヘアであり、それを首後ろで一纏めにしたり、侍みたいに頭の天辺で団子にしていた。
それが一転、スキンヘッドである。千花にはギャップが激しすぎた。
しばしお腹を抱えながら遠慮がちに、しかし今にも笑い転げそうな千花がなんとか会話ができるようになる頃には、光たちも息を整え終えていた。
目尻に涙を浮かべながら、千花が外の状況を改めて説明する。
「紅は紅の人たちが対応してくれてるよ。長い髪の男の人はコウ兄が足止めしてくれてる。もう一人は見なかったな。どっちがどっち?」
「その髪の長いのが白鷺拓真だな」
「そうなんだ……っく」
「いい加減にしろよ?」
「ごめん、ツボに入っちゃったみたいで……箸が転んでも笑っちゃいそう」
鉄次は顔をムスッとさせるが、千花の視界に入らないように気をつけ始める。
それでも半笑いの千花の意識を逸らそうと優里菜も質問してみた。
「千花ちゃん、ここにはどうやって?」
「通気口です」
千花は高い天井を指差し、優里菜たちはその先にある黒い四角を仰ぎ見た。七、八メートルはある。
千花は続けて肘を曲げた腕を交互に回して、匍匐前進のジェスチャーも付けて説明する。
「ダクトの中をこう匍匐前進で。竪穴が怖かったですけど」
麻美子がどこからか入手した天真館の図面には、地下階段の他にこの地下空間に唯一繋がっているダクトが図示されていた。ただしその大きさから小柄な千花しか満足に通れそうになかった為、彼女に白羽の矢が当たったのだった。
「あんな高いところから……ありがとね」
「それと預かった双剣はわたしの刀と一緒に隠しています。上に出たら渡しますね」
「あ、ありがとう」
四千万円の双剣、誰かに盗られないか心配で優里菜の心がそわそわし始めた。
和やかな雰囲気に頼人が冷や水を浴びせる。
「あなたたちが脱出したとしても戦況は変わりませんよ」
全員の視線が、いまだに首からした全部が氷漬け頼人に集まった。その視線全部が同じことを訊いていた「どういう意味か」と。
「紅の他に無数の天道人形と魔道人形、この計画に乗った天子たちがこの施設を包囲しているんですから」
「あの人たちだけじゃないのか」
「天道人形ってなんだ」
「……魔道人形の天力バージョン?」
囚われ組の空気が重くなる。想定していた以上に、正樹らの計画を止めるのは困難になった。
その不安を払拭するように、外の作戦を知る千花が努めて明るく言う。
「大丈夫ですよ」
と。
「全部込み込みで、優里菜さんたちを解放したら"どうにかなる算段らしいですよ」
「誰の算段だ?」
「特務隊副長[おかん]の」
鉄次の問いかけだったが、今回は千花は笑わなかった。
千花の答えで少しは希望を見出しそうになるが、頼人が再びそこに影を落とす。
「それは……見誤ってますね。かなり大きく」
「……どれをだ?」
「発起人の二人、特に櫻守の力を」
彼らの力を知る者だけが、まだまだ血統主義の撤廃を信じることができていた。




