第十四話 異父兄弟
本年度もよろしくお願いします。
洋館を覆うドーム状の結界へ五箇所同時攻撃。
広輝の烈風刄と千花の氷刃の竜巻の重ね技。
[嵐鎧]秋山翠による渾身の一撃。
[青狼]永瀬蓮王による高密度に練られた大水球の衝突。
[おかん]武蔵野麻美子によって森を抉り作られた山津波。
[氷炎]刄・ゼルク・ロードの氷点下の炎による焼夷弾。
紅の弩級同時攻撃により、結界は相殺された。
衝突時の衝撃は空を突き、森一帯を薙ぎ、地を揺らしたが、洋館は庭を含めて傷一つ無い。
「頑丈すぎる……」
[氷炎]の刄は首を傾げる。
仮にもここは協会の施設、強力な結界があってたとしてもおかしいことではない。自然の力を行使する天子も、魔術や陰陽術から術式を学び、天術による結界を手に入れた。
彼が引っかかりを覚えたのはその結界の構築方法にある。
一般的に結界は三種類の方法によって作られる。
一つ目、自分またはある一点を中心に球状の障壁を作る方法。これは広輝の風守や優里菜の水守の延長線上にある。作りやすく、全方向に力を供給しやすい。加えてウィークポイントが外に露出しないことがメリットだが、他二つより強度に劣り、複数箇所への同時攻撃に難があった。
二つ目、頂点と頂点を異能力で結び、できた線上に障壁を作る方法。昨年にギレーヌが用いた方法であり、準備が必要な分、一つ目よりも強度があり、複雑な形状も作れる。最大のデメリットは結界を構成する頂点を壊されると結界が解ける事だった。
三つ目は一つ目と二つ目の合せ技。強力な結界が出来上がる分、力の消費量が大きい。
では、今回の結界はどれかというと、一つ目にしか刄の眼には映らなかった。その結界が、紅クラスの必殺技五つを相殺してみせた。五大支部の結界もここまで強力なものは珍しく、鳴上支部の結界がオリバー・エクスフォードの雷撃によって風穴を開けられたことは記憶に新しい。もちろん刄はオリバーの一撃の強さを知る由もないが、今の同時攻撃よりも強力であるとは想像し難かった。
作戦を頭の隅に置いて考え込む刄の前に、一人の男が刄の前に着地する。
「なんだ、お前かよ。けど、その意味不明な炎を味見してみるのも楽しそうだ」
[獄炎]陽本勝炎が白い歯を見せ、前のめりで両手に炎を灯した。
その輝かしく煌めく彼の炎に刄は目を細めた。刄が見てきた炎の中で、勝炎の炎が誰よりも眩しい。純度が段違いに見えた。
「……その炎、誰が為に揮う?」
「ああ?」
「いや、何が為の炎だ?」
「知るかよ。味わえば分るんじゃねえか!」
勝炎はボールを掬い投げするように右腕を振り上げ、右手に纏った炎を炎玉として刄に投げつける。彼の手から離れた炎は本当に宝玉のようだ。
その炎玉を、刄は右腕で思い切り振り払い、弾き飛ばす。
地面へ着弾と同時に炎玉が膨れ上がると勢いよく炎の柱が立ち上がり、その横薙ぎの熱風が二人に吹き付ける。
子供が面白そうなおもちゃを見つけたかのように勝炎は笑みを浮かべた。
「へー、やるじゃねえか」
左手に纏ったままの炎の火力を上げ、肘まで炎で見えなくなる。
「お前は、楽しめそうだな!」
左肘を曲げ、左半身を一歩下げる。正拳突きで炎を射出しようとした時、紅の副長が刄との間に割って入った。
「残念だけど貴方の相手は私よ、勝炎」
「ちっ、クソババアかよ」
「…………ーーーーふふ、フフフ。その口に土でも詰め込んだら泥と一緒に今後一切の罵詈雑言を全部吐き出してくれるかしら」
青筋を立てながらの麻美子の満面の笑み。彼女の背後に恐ろしい虎が見える。
「刄、人形の掃討と外縁の子たちの無力化お願いね。くれぐれも近寄らないように。巻き込まない自信が無くなっちゃたわ」
「了解した」
麻美子の天力が膨張と言っても過言ではないほどに膨れ上がる。"ババア"呼ばわりが相当頭に来ているらしい。
刄は麻美子に言われた通り、その逆鱗に巻き込まれないように消えるように立ち去った。
「さて勝炎。覚悟はできているんでしょうね?」
「俺のセリフだ、クソババア。せいぜい肌黒にならねえように気をつけるんだな!」
「その性根、躾け直してあげるわ! アラサーのきかん坊!!」
***
辺り一帯がマグマになりそうな麻美子と勝炎の戦場から洋館を挟んで反対側。こちらは真夏にも関わらず、樹氷が広がっている。
凍った樹木を背にして追撃に警戒する蓮王が、同じように氷の樹木を背にした翠に愚痴をこぼす。
「ねえ、やっぱり無理じゃない? 兄さん抑えるのなんて」
「泣き言言ってんじゃねえ! ーーっと!」
木々の影から二人を狙う串刺しの影の槍。翠は四肢に纏う強固な天力で弾いて逃れ、蓮王はするりと躱す。
「しかもこの[黒麗]の影付き。無茶だって」
「今は[紅]として動いてんだ。任務を遂行しやがれ!」
紅ーー特務隊には、多くの特権と引き換えに義務も存在し、その一つに[任務の絶対遂行]がある。あらゆる事柄よりも任務が優先され、自分の命すら任務よりも優先度が低くなる。
副長の麻美子からの指令が下っても尚、うだうだ言っている連王に翠が激を飛ばす……というより叱っている。翠には、連王が自発的にでも動くようにする言い回しを考えている余裕がない。
二人を襲う影の槍は、まるで術者本人が二人の姿を視認しているかのように正確に突いてくる。翠は嵐鎧の攻防力によって辛うじて凌げているが、気を抜けば身体に穴が空く。気の抜けない冷や汗物の戦闘のはずだが、彼女に比べて覇気のない様子の蓮王はするりするりと最小限の動きで躱していく。
「デスヨネー……はあ。これ終わったら脱隊しようかな」
そんな明日のことを思う余裕すらあった。もう二、三の影の攻撃を避けきった後、今日一番の溜め息を深く吐くと「仕方ない」とぼやき、氷の帝王と影の美女の前に姿を晒した。
影の追撃が止む。
「鬼ごっこは終わりか」
[氷帝]の白蓮が訊き、蓮王が返す。
「ちょっと話をしてみようと思ってさ」
「貴様と話すことなど無い」
「そんなこと言わないでよ。生まれてこの方、まともな会話したことなかったじゃん? 異父兄弟のさ」
凍った地面から氷の斬撃が蓮王を襲い、連王はそれを紙一重で躱した。
「っぶな」
「俺に弟などいない」
「残念だけど、繋がってるんだよね。半分だけだけど」
今度は影の一刺しが蓮王の腹部目掛けて伸びるが、嵐纏う腕がそれを止める。
「何するの、翠」
「今水を差すのは野暮ってもんでしょ、美怜さん」
「そこの男が悪いわ。白蓮様の癇に障る言葉を選ぶから」
蓮王は苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「その通りなんだろうけどさ。事実は事実として飲み込まないと、嘘を真実だと吐き続ける虚言者になってしまうよ?」
「あんなやり方で産まれた貴様など認めはしない」
「言っとくけど、それについては僕も被害者だからね? 僕にはどうしようもできないし」
「どの口が」と白蓮が口を開く前に蓮王は暗い半生の一端を述べていく。
「どれだけ後ろ指差されたか知ってる? レイプ魔の子供、穢らわしい忌み子、あいつも強姦するに違いない……とかとか。性のなんたるかも知らない小さい頃から言われ続けたわけですよ。永瀬の名を背負わせておいて」
「当たってるだろう、色欲魔」
「いやいや。女の子から寄ってくるだけで、誓って強姦はしてないよ」
「節操なしには変わりないだろう」
蓮王の女癖の悪さは有名。任務ごとに一夜の女性を作っているのではと噂されるほどであり、二つ名もそこから来ているのだという誤解も生んでいた。
"虚言者"を口に出した手前、言い訳もできず、蓮王はわざとらしく咳払いして話題を変える。
「で。何が目的なのさ。まさか本当に血統主義の撤廃に賛同なんてしてないでしょ?」
「あ? どういうこった?」
翠が思わず口を挟んだ。主犯に協力している紅の内、翠は白蓮だけは賛同していると思っていた。他の二人、勝炎は戦いを望み、美怜は白蓮に付き従っているだけだから。
「血統主義が慣例になっているのは、"利"がちゃんとあるからなんだよ」
「"利"? 王様も貴族も民主主義に倒された。それが歴史だろ?」
「そうだよ。だけどその選択権を下々まで譲渡した結果、人気者が上に立つようになった。その人間が政も有能なら問題ないけど、パフォーマンスだけのクソなら迷惑この上無いってこと」
翠の指摘した歴史は近世から近代への移り変わり。学校でも習う人間の近代化の変遷だ。そして蓮王が挙げた問題点は現代へと続く問題点。暗に情報統制による思考の方向性のコントロールの強さとその数の暴力を指摘していた。
「その点、血統主義は前任者の目が情で腐らなければ強い者から強い者に引き継がれる。その為の教育を施した者の中からね」
「教育、ねえ。うまく行ってるとは思えねえ男がいるんだが?」
「アッハッハ、耳が痛いねえ。でも、なにもそれは上に立つ者だけじゃない。彼を支える周りの一族もまた同じ。上が愚かでも彼を立てつつ周りが暗躍できれば凌ぎはできるだろうさ」
極論を言えば、大局を鑑み、大を救う為に小を切り捨てる非情に徹せられるか。他人の顔色や情に左右されず、組織にとって最善を決断できるか。蓮王はそこを言っていた。
「翠も去年見てきたじゃんか。表の政治と同じシステムを取り入れて失敗した国を。大国の利権が入り込んで自分たちの決定だけで動けなくなった哀れな黒級と紫級を」
「……」
「それを分っていないはずがないんだ。[氷帝]の冬城白蓮が」
昨年、ギレーヌがまだ大陸で暗躍していた頃、紅の副長である麻美子を筆頭に蓮王と翠、他数名が外国にて事件の捜査に協力していた。派遣組は天子協会の捜査本部の指揮の下で、事件現場と多くの天宿の間を行ったり来たり。
本来であれば、強権を行使できるはずの高位ランクが、常に誰かの顔色を窺っており、その誰かへの贔屓がいつもあった。酷い時は大して重要でもない情報一つを開示するにもその誰かの許可を取っていた。加えて、縄張り意識が異様に強く、成果の横取り、面倒事の押し付けが当たり前のように横行していた。そのせいで、あと一歩、というところで取り逃す事態が幾度と繰り返される。
最初は引きつった笑顔で不満を飲み込んでいた麻美子も、ついに堪忍袋の緒が切れ、蓮王たちにも数え切れないほどの叱責という名の雷が落ち続けた。いつの間にか、彼らの「誰か」が麻美子に変わっていったのはまた別の話。
ともあれ、行きすれば目に見えて弱体化が待っている。
それを推してまで、白蓮が主犯に協力する理由とはーー
「まさか復讐? あのクソジジイの身柄でも貰えることになってる?」
「黙れ」
「えー図星? いまさら?」
彼は、紅随一の天力量と放出量を誇る[氷帝]冬城白蓮である。怨敵の永瀬義朋を殺そうと思えば、機会はいくらでもあったはず。連王からすれば、道場破りの如く正面玄関から堂々とやっても可能ではないかと思っている。
「なんでクソ面倒くさい今なのさ? まさか責任が分散されるからなんて言わないよね?」
「憎悪を溜め込むにも限界がある。それを超えただけのこと」
蓮王は頭を掻き、義朋が謀殺された後の地図を頭の中に描く。京都近辺をまず、かつて天子協会に煮え湯を飲まされた陰陽師の領域として色を塗る。次に、永瀬家が天守を務める天戸支部が掌握している地域を塗ってみる、その状況で、永瀬の目が無くなったと知った時の影響を考えてみる。永瀬の影響下にある中国地方と四国が危険だった。外国勢に狙われかねない。
蓮王の頭ではどう考えても勢力図が変わった。最低限、四国の瀬戸と九州の雀宮との調整が必要だ。
「あんなクソでも"強い"。傀儡の親父殿があのクソジジイの後をこなせるはずがない。付け込まれる」
「だからなんだ。大事の為に小事はどうでもいいと」
「タイミングと無策さが問題。あーいや、兄さんがその後任になるというのなら話は別だけど」
「俺に同じ事をしろ、と」
「違う違う。その席に座ってやりたいようにすればいい」
「不可能だ。黒が頷くはずがない。永瀬を失脚させたとして順当に行けば瀬戸がその席に座る」
「そうかな? 永瀬だって元を辿れば瀬戸の分家に過ぎない。本当に血統が問題ならそこの美怜さんと結婚すれば解決」
「!??」
顔色一つ変えない白蓮の横で、美怜の長い髪とドレスのスカートがふわりと浮いた。
「次代が冬城と竜胆の血筋なら文句は言わないさ」
「け、けっ……結婚!?」
口元を両手で押さえて美怜が沸騰し、浮足立つ。それはまるで生娘のよう。
場の空気が緩み始めた。
殺し殺される戦場だったはずが、蓮王によって和み始めていた。
その空気を白蓮が強制的に引き戻す。今一度、自分のやるべきことと根底を見直し、天力を奮い立たせて。
「お前のような能天気とは違ってな……積年の憎悪と怨嗟、肉親を殺された怒りは消えない」
冬城白蓮の脳に残る最初の映像は、全てを奪われたあの日だった。天会から距離を置き、狭いボロアパートで貧しい日陰暮らしをしていた白蓮の幼き頃。父が居て、母が居て、穏やかな笑顔が咲く家庭だった。父の力強さと大木に寄りかかっているような安心感、母の優しさと包み込まれているような温もりと肌が憶えている。けれど、目に残る記憶は、自分を守ろうとした母を庇う父の殺される瞬間だった。
「消えは、しないんだ!!」
真冬の雪林にいるかのような冷気の爆発。いつも冷静を装っている白蓮、理知的なイメージを与える細い眼鏡の向こうの両眼は怒りと恨みに濁っていた。
「やっぱり、全面戦争しなきゃダメか」
蓮王の周りに十頭以上の水で形成された青い狼が並ぶ。生きているかのように唸り声を上げて威嚇するこの狼全て、彼の天術だ。
戦闘に備え重心を下げる。
「美怜義姉さんを頼むよ、翠。こっちは全部を兄さんに注がないといけないから」
愛する人の認識はどうあれ、異父兄弟に変わりない蓮王の口から「義姉」と呼ばれた美怜の妄想は膨らむが、そんな彼女を置いて他三人の緊張が高まっていった。
「わかった……死ぬなよ」
「善処するさ」
特務隊No.6[氷帝] 冬城白蓮とNo.9[青狼]永瀬蓮王による初めての兄弟喧嘩が、美怜と翠を巻き込んで始まった。




