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深緑のシルフィード(旧題:いつか、君の隣へ)  作者: U
第四章 伝統、行き着く先

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第十三話 蔵元鉄次

 優里菜たちが地下室に連れてこられてからおよそ二時間。

 永辻(ながつじ)信彦(のぶひこ)こと細川(ほそかわ)頼人(らいと)より、その真偽の程はともかくとして、永瀬(ながせ)義朋(よしとも)の管理下で行われてきた非道の数々が暴露された。

 特に女性の扱いが酷く、聞いていた女子の精神が徐々に不安定のものとなっていき、気分を悪くする者から近くの男子に近づけなくなる者もあった。

 加えて、正樹たちの声明を無視し、早々に血統主義の撤廃に反対の意を表明した天宿の天子がいる区画に対して、天力を限界まで奪い取るペナルティを与えていた。彼らの知り合いや優里菜たちが止めるように声を上げても、頼人は笑って却下し、止めることはなかった。また、頼人は結界内で天力量の多い天子に合わせて天力を吸い取る為、天力が少ない天子は瀕死状態に陥っていた。指先をピクピクと痙攣させ、口から泡を吹き、白目を剥いている。意識を保っていられた天子もその有様に怯えるばかりだ。"殺し"は決議後、その決議を継続させる為の一押しにするのだとか。頼人は反対を表明した結果を撮影し、天会に送信すると反対の意がぱたりと止んだ。本気度が全国に伝わったらしい。

 そういう訳で今は一段落し、他人の服のすれる音が気になるほどしんと静まり返っていた。

 優里菜もまた頼人の演説で気分を悪くしていた一人であり、何もできない無力さを痛感しつつ、体操座りでこの状況を打破する方法を思案していた。本当ならば光や大樹と話し合いたいが、頼人たちに聞かれる。一人で黙考する他なかった。

 そこに異変が起こる。

「え?」

 グラリと視界が揺れ、倒れそうになった。とっさに手をついて耐えたが、優里菜自身なにが起こったのかわからなかった。

「優里菜?」

「大丈夫ですか?」

「う、うん。なんだろう、一瞬力が抜けたかも」

 先程のとは感覚が違った。さっきのは『思うように動かせない』に対し、今回は『力が抜けた』だ。

「無理ねえよ。ただでさえ魔力の結界の中ってだけでも辛いのに、胸くそ悪い話を聞かされたらな」

 そこに隣の区画にいた広輝や勝炎と同じボディースーツを着たスキンヘッドの男が呆れたように話しかけてきた。

「おいおいおい、櫻守はともかく、瀬戸と月永は教えてもらってるはずだろう」

「何をです?」

「気配を消す時に使う、天力遮断の技術だよ。"断"とか"絶"、もしくは特に名前がなくて"遮断"とか呼んでることもある。魔力に打ち消されるよりかは楽だぜ」

 光と優里菜は顔を見合わせて、言われた通りに天力の操作を始める。

 光はすぐにできたようで「お?」と両腕を見ながら手応えを感じているようだった。

 優里菜は焦らず教わったことを順番通りに行っていく。まずは呼吸を整え、己の気を整える。次は天力を整える行程に入るが、今は体外に漏れ出た天力は魔術に打ち消されてしまう為、工夫が必要だった。いつもは肌の一センチ外側で行っていた天力の調整を肌下で行う。それができたら身体の内側へ、へその少し下の丹田へ巻き戻すように集め、全身の毛穴を塞ぐイメージで天力の放出を閉じた。

 優里菜はゆっくりと目を開け、空気の感触をまじまじと確かめる。少し窮屈さを覚えるが、スキンヘッドの男が言う通り大分楽になった。 

「ありがとうございます。えっと……」

「えーマジか? 確かにあん時は頭丸めてなかったけどさ。一回会ってるんだぜ」

「え」

 優里菜は頭をフル回転させる。言われてみれば、その声は聞き覚えがあるような気がした。でもどこだか思い出せない。鳴上…ならば思いつくはず、次は仕事…でも該当者がヒットしない、岳隠…一度にたくさんの人に会いすぎて憶え切れていない。ぎゅるぎゅる摩擦熱が出そうなほど回転させるが、目の前の男とイコールになる人が思いつかなかった。強いて言い訳を述べるなら、スキンヘッドが強烈すぎる。

 何拍経っても優里菜から名前が出て来ず、男は大ヒントを大きな溜め息と一緒に吐き出した。

「二本も打ったのにそりゃ無いぜ」

「!!? えr……鉄次さんですか!?」

「正解。エロ介って言いそうになっただろ」

「すみません」

「許す。広輝のせいだろうからな」

 このスキンヘッドの男は蔵元(くらもと)鉄次(てつじ)、本名は江口理介。優里菜の水鮮花に代わる双剣を打ち、広輝の太刀も造った岳隠出身の刀工だった。鉄次は上半身を捻り、他の天子にも遮断を勧める。

「って訳だ! できる奴はやってみろ。それからできない奴にコツを教えてやれ」

 正樹と頼人の目がある中で堂々と会話、人質へのアドバイス、見過ごしていた頼人の痺れも切れたらしい。

 石床を鳴らしながら、鉄次の結界の前に来て、小言を落とす。

「ちょっとは人質らしくしてほしいですね」

 鉄次は余裕を持って眼鏡の向こうの歪んだ瞳を見上げ、逆に鎌をかけにかかる。

「別にいいだろ、雑談くらい。どうせ出られないんだから。それとも、出られちゃう方法でもあったりするのかな?」

「いいえ? でもそうですね。度が過ぎれば注意させてもらいますよ」

「はいよー」

 鉄次は元いた場所に戻っていく頼人の背中にだらだら片手を振ると、優里菜のいる隣の区画に向き直る。

「で、お前さん月花と碧水はどうした?」

「千花ちゃんに預けてます」

 初伝の証に広輝と円から授与された大事な双剣。千花をどうにか逃がしたことで運良く敵側に没収されずに済んでいた。

「千花なら、まあ良いけど、扱いには気をつけろよ。二千万するんだから」

「にせっ!?」

 優里菜はその金額に目を見張った。玲菜の教育方針もあって、優里菜は一般庶民の金銭感覚も持ち合わせていて、普段の仕事の報酬で天会に支払われる金額、天宿で見聞きする金額が世間では大金であることを理解していた。その為、刀剣の相場を詳しく知らないが、高級車をも買えてしまうお金があの双剣に費やされていたことに驚きを隠せない。

「なんだ、聞いてないのか? 玉鋼八百万、製作・加工に一千万、諸経費二百万の計二千万円」

 隣の光も思わず苦笑い。玉鋼(材料費)だけで取り上げられた愛槍よりも高い。

 鉄次は思い出したかのように愚痴を次々に吐き出していく。

「そうだ聞いてくれよ。本当なら三千万相当の、ここ最近の会心の出来だったのにさ、広輝の奴が『鉄次さんが勝手にやったことでしょう? 依頼主の仕様と違う物を作ったんだから出来が良くったって見積通りの金額しか払いませんよ。納得しないのなら作り直してください。無駄にした材料はそちら持ちです』って言ってくんだぜ? 金あるくせに。ああ、生意気! 昔は可愛気があったのに。せめて片方五百は出せっての!」

「片、方……?」

「んあ?[月花]と[碧水]それぞれ二千万だ」

 金額が一気に倍増して呆けるように優里菜の思考が飛ぶ。合わせて首と視線が上向きに倒れそうなところに、鉄次がピシャリと言葉で差し止める。

「けど、覚えておけ。お前が持つからそれだけの価値を持つんだ。他の天子、たとえ紅が持ったとしてもあれはただの鈍らだ」

 驚いていたままの優里菜に代わり、横で聞いていた大樹が聞いた。

「なんでですか」

「月永優里菜にだけ馴染むように鍛えたからだ」

 熱の籠もった言葉に優里菜の思考が戻り、息を飲む。鉄次のそれは粗雑な扱いを許さない脅しに近い。

 広輝伝手に、双剣を受け取った時に聞いた『さっさと夜を照らせ』を、改めて言われた気がした。

「ところで、質問いいっすか」

「おう」

 光はかねてからの疑問をようやくの思いで訊いた。

「なんでそのボディースーツ来てここに居るんすか」

 敵の勝炎と白蓮、味方らしき広輝が着ていたその装備。共通点が見えそうで見えなかった。

 鉄次は一拍間を置いてから昇格試験の運営委員の三人を順番に指さす。

「あいつとあいつとあいつ、と広輝のせい」

「つまり?」

「最終試験の特別試験官のはずだったんよ。四対四のチーム戦に見せかけて、正体不明の強敵に遭遇した時の対処方法を見るんだと」

 例年と全く違う試験形式に運営側の意地の悪さが窺えた。同時にそのボディースーツの意味が腑に落ちる。

「合格基準は呉越同舟して半数が戦闘続行可能状態でタイムリミットを迎えるか、宿舎もしくは洋館(ここ)に避難すること、だったらしいぜ」

 "逃げる"選択肢があるとはいえ、その合格基準で特務隊は強敵すぎると受験者全員が思ったに違いない。

 しかし、これら全ては頼人の、正樹たちの思惑の内であり、この計画がかなり前から練られていたことになる。特務隊のほぼ全員をこの地に集めるには、相当の根回しが必要になることは想像に難くなかった。

「で、どうしても紅だけじゃ人数が足りないからって、[おかん]が広輝の奴を呼んで、その広輝から俺に声がかかったってわけ」

「なんであいつが?」

「聞いてねえから知らね。おかんに聞いてくれ」

 二人の繋がりを知らない光の横で、優里菜と大樹は「なるほど」と相槌をうった。

「広輝くんから鉄次さんは刀工に専念してるって聞いてましたけど、なんでまた?」

「それは、まあ……ちょっとやりすぎたみたいだから罪滅ぼし?」

 鉄次は苦笑いで目を上向きに逸らしながら頬を指で二、三回掻くと、紛らわすように咳払いする。

「そういう訳で試験官やってたら白鷺(しらさぎ)拓真(たくま)に強襲されて、他の天子を守りながらは無理そうだから大人しく投降したんだよ」

「白鷺って東北の?」

「そ。十年くらい前に失踪した白鷺の次男坊。三男だったか?」

「失踪……理由ってやっぱり」

「そういうことだろうな。正直、広輝よりも(くら)かったぜ。あいつの眼」

 そう言うと鉄次は体を後ろに倒し、床に両手をつけて顔を元凶の一人に向けた。

「なあ、永瀬義朋さん。この際だから訊くんだが、あんたら白鷺にちょっかい出したのか」

「…………」

 鉄次は瞳だけを動かした義朋に一瞥だけされ、返事はなかった。

「無視かい。そこんとこどうなの、頼人さんよ」

「ーー僕は聞いただけなので、そこで寝てる男の方が詳しいんですが……」

 やれやれと肩を竦ませて前置きすると、頼人が永瀬の関与を肯定する。

「答えは"YES"でもあり"NO"でもあります。長兄を上手いこと転がそうと何度か囁いたところで、正樹さんの妨害が入って干渉できなくなって、その後は長兄の自滅らしいですね」

「土壌はあった、て言いたいのか」

「はい」

 頼人は断言した。

 血統主義などと格好良く字面を並べてはいるが、その根本近くにあるものは長男教であり、どこの一般家庭とそう変わらない慣習である。先祖代々続く家系・血筋を容易に、無難に存続させることができるシステム。もちろん長子以外が家督を継ぐことはできるが、柔軟さを失った慣習が歪を生み、争いを生む。名のある家系になればなるほど、当主には否が応でも権力が生じ、ここに多くの親族や利権がしつこくこびりついている為、よりややこしくなっていた。

 かつて、稀人(天子)は[力]を理由に忌み嫌われながらも【人々を守る】と誓った。それは、自分と同じ力を持った同朋、そして持って産まれてしまう我が子を理不尽から守る為。決して呪われた力などではなく、与えられた力であり、胸を張って生きて良いのだと教える為。

 しかし長い年月の間にその純粋にして核なる決意の種は、大義名分を含んだいくつもの[願い]と[都合]と[欲望]を吸収して大樹(たいじゅ)へと成長し、成熟してしまった。このシステムは正常に働けば、何ら問題ない。上手くいく。けれど、僅かでも中心に綻びが生じればヒビまたは膿みが容易に中から広がっていく。

 慣習に疑いを持たず、自分が次期当主だと信じながらも、周囲の囃し立てと身内への劣等感を募らせて疑心暗鬼に陥った者が、そよ風のような悪魔の囁きに靡いてしまうのは、すぐだった。



 『彼らは知らないのです。次期当主の肩書きの重さを、その恐ろしさを』


 『家の為ならば多少の無理も仕方ありません。いずれ分ってくれます、貴方が次期当主なのですから』


  『貴方が当主にさえなれば全て上手く行く』


『改革には古き者は邪魔なのだ。当主不在の時、その権限は誰に行く?』


『忠告? 助言? そんなもの全て嘘だ。お前を貶める(まやか)しだ』


  『奪おうとするのならばお前が先に奪い、思い知らせれば良い』


 果てに白鷺は血と炎の赤に染まった。

 頼人の肯定を皮切りに、今まで感情を押し込めて沈黙を貫いていた一人の天子が怒りを露わにした。

「貴方達が、お前達がきっかけか!!」

 鉄次たちから離れた一つの区画の中が(あか)く揺れる。天力を打ち消すはずの結界の中で炎を焚き上げていた。

 中学生から高校生くらいの少年天子。大人しそうな見た目だが、今は激怒に染まっている。

「無理は身体によくありませんよ、朱鷺坂(ときさか)(きずな)君」

「黙れ!」

 その感情のままに結界に拳を叩きつけた。

「お前達のせいで、姉さんは! (たく)兄は!」

「気持ちは十分に解りますが、矛先はあちらの二人に。それから紅でも破れなかった結界、その程度の火ではどうにもなりませんよ……チームメイトも焼けてしまいますし」

「この……!」

 絆と同じ結界の隅で今日のチームメイトと試験官が身を寄せて縮こまっていた。今は己を守る天力が消えてしまう。

 絆は奥歯を噛み締め、怒りと炎を内に閉じ込めた。憤怒の眼はそのままに。

 その様子を見ていた鉄次が、壁の厚さを確かめるように結界を軽くノックすると青白い光が二度小さく瞬いた。意図的に天力を出したことで魔力との反発反応が起こったのだ。

冬城白蓮(氷帝)陽本勝炎(獄炎)がこれを破れなかったのか? 本当に?」

「……そうですが?」

「ふーん、頑丈なんだな」

 鉄次は素直な感想を言うと、考えているのかぼうっとしているのか判別つかない表情で口をつぐんだ。

 直後、轟音と地響きが降ってきた。

 全員が悲鳴を上げることなく身構え、状況把握に努める。動揺の大小の差があれど、冷静でいようとする姿勢はさすがは天子と言ったところだった。

 揺れはすぐに収まり、天井と壁から落ちてきた砂埃が床に散らばる。

 地震ではない。すぐに気づいた。なれば、人質への福音である。

 正樹がゆっくりと立ち上がった時、唯一の扉が開いた。

 姿を見せたのは長い髪を首の後ろで一纏めにした二十代後半の男。

「結界が破られた」

「紅か?」

「それと[堕天子]。人形とこちらの紅で足止めしているが、手が足りなさそうだ」

「わかった、上に行く。頼人、ここは任せる」

「畏まりました」

 頼人が執事のような見事なお辞儀をすると、二人は邪魔者を排除する為、背を向ける。

 その背中を呼び止める天子が一人。

「拓兄!」

 長髪の男が絆の呼びかけに足を止めた。が、それは一瞬だった。

「拓兄、待って! 話を……!!」

 白鷺拓真は肩越しに想い人の幼かった弟を一瞥し、櫻守正樹と共に地上へと向かっていった。

 義兄になるはずだった男のどこまでも闇くなってしまった眼に、怯んでしまった絆を置いて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! エロ介さんここにいたんですね笑笑 そして、あの双刀4000万ですか...凄いですね。天子の刀の相場っていくらぐらいなんですかね? 次回の更新も楽しみにして…
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