第十二話 状況確認
「報! 連! 相! ちゃんとしなさいって、いつも言っているでしょう!!」
[おかん]こと武蔵野麻美子の叱声が宿舎の食堂に響く。
「いやだって、紅全員に声かけるって言ってたから[おかん]も知ってるかと、ねえ?」
「そうそう」
「『そうそう』じゃありません! 翠、"白鷺拓真"って向洋さんのご兄弟でしょう? なんで教えてあげてないの」
「いやだってあの人、今の拓真さんのこと知ったら殺してでも止めそうじゃないですか。弟殺しさせたいんですか」
「そういうことではなくて」
言い訳を並べるも悪びれる様子が無いのは、紅メンバーの永瀬蓮王と秋山翠。
蓮王は整髪剤で髪を整え、左耳にはリング状のピアスが二つ、生まれ持った整った顔を生かして爽やかさを演出。首から下げたダングステンのネックレスが薄手の黒いジャケットから覗き、白のスキニーデニムがスマートな雰囲気をアップさせていた。彼がにこやかに微笑めば、一瞬で女性を虜にしてしまいそうな威力があるが、彼の本性を知る翠からすれば「毎度毎度ご苦労なことで」くらいの感想だった。そんな翠はボディースーツを脱ぎ捨て、水色のダメージデニムと黒いタンクトップの涼しそうな格好に着替えている。
二人とも麻美子の目を見てちゃんと話を聞いている風を装っているが、頭の中は「早く終わらないかなー」である。
そもそも、麻美子が何故こんなにも怒っているのかというと、今回の事件の犯人とその背景を蓮王と翠がバッチリ知っていたからだった。
二人によれば首謀者は"櫻守正樹"と"白鷺拓真"。彼らが蓮王たち紅を勧誘した謳い文句を要約すると「血統主義の因習を終わらせる。その為に力を集めている」だった。蓮王個人としては『協力してあげても良いけれど、兄次第』というスタンスだった為、後に白蓮が犯人側に付いたことを知り、止める側に回った。また、翠は即座に「興味ない」と突っぱねたようだ。
その横で千花は、麻美子が[おかん]と呼ばれる理由を目の当たりにし、紅二人に呆れ、隣で顎に手を当てて首を傾げる広輝に視線を移した。
「コウ兄、どうしたの?」
「……『櫻守正樹』ってどっかで聞いたような気がするんだけど、思い出せない」
広輝は時間が経つに連れて頭に上った血が下がっていき、逸る気持ちが無い訳ではないが、今では普段に近い冷静さを取り戻している。
「鳴上に居るんだから、横耳にでも入ってきたんじゃない」
「んー、いや、もっとはっきり聞いたような……」
麻美子の雷が食堂に響き渡る中、もう一人の紅が姿を現す。
その人は栗色の長髪で鼻梁の通った中性的な欧州風の顔立ちであり、男性か女性か判別できなかったが、その声は間違いなく男性だった。
「ただいま戻りました」
麻美子の鋭い視線が男性へ向く。
「あなたも知っていたなんて言わないわよね? 刄」
「何を?」
「櫻守正樹と白鷺拓真のこと」
「……貴女は知らなかったのか?」
「頭痛いわ」
額に手を当てて深い溜め息をつく。
そろそろ麻美子の心労が心配になってくる広輝と千花だった。
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テーブルに周辺の地図を広げて、刄が流暢な日本語で偵察の結果を報告していく。
「[堕天子]の情報通り拠点は天真館で間違いなさそうだ」
[堕天子]の呼び名に千花がピクリと反応した。
「結界も張られて、人形も配備されているが、[氷帝]に[黒麗]、[獄炎]の姿は見当たらなかった。恐らく中にいるのだと思われる」
その人形には広輝もこの宿舎に戻ってくるまでに数体と遭遇している。それはゲーベルの魔道人形にそっくりだった。
蓮王がこちらの戦力と敵側の戦力を比較し、楽な道を提案する。
「ふーん、やっぱり応援待ったほうがいいんじゃない?」
「それはあまり期待できなさそうだ」
「なんで?」
「この周辺一帯をぐるりと天子の小隊が人形と共に配置されていると推測する。見たのは東から南までだが、あの様子だと外縁を囲っている」
蓮王はそのくらい簡単に突破できそうだと言いそうになって止めた。強さのものさしが一般の天子と自分たちでは異なる。
当分の間は無援が確定した。麻美子はひとまず情報提供者を労った。
「早々に拠点がわかったのは良かったわ。お手柄ね、広輝」
「いえ、優里菜の機転です」
優里菜が連れ去られる間際、口の形で伝えたヒントは「端末」。翠のおかげもあって上った血が下がった広輝は、端末で優里菜の位置情報を確認し、それが洋館[天真館]の庭園あたりに進んだ時にぷつりと消えた。
その情報を受けた麻美子は、刄を偵察に出したのだった。
おおまかな内側の状況がわかったところで、千花が外側の状況を尋ねる。
「ところでおかん、天会の方はどうなってるの」
「将弦さんが黒を招集してくれてるわ。要求を飲めるかは半々ってところ」
武永将弦ーー天位:黒にして特殊任務執行部隊隊長。一癖も二癖もある紅を秩序立てる豪傑である。麻美子が彼らの母的な役割ならば、その背中で標を示す父の役割を担っていた。
「『言うだけ』なのに半々?」
千花の疑問に蓮王がリアクションを示す。
「プライドが高いんだよ、無駄に」
「そんなに必要なのかな」
「あっはっは。全く以て同感だね」
どこか嘲笑を含む蓮王の笑い声に疑問を覚えるも、広輝に話を無理やり切りられた。
「その辺は帰って天守たちから教えてもらえ」
その広輝は、まるで不埒な男から妹を守る兄のようだった。千花がそれを問う間もなく麻美子が話を次に進める。
「さて、決議が下りない時を考えて次善策を考えましょうか」
「下りないとか有り得るの? 月永に櫻守、瀬戸の嫡子の命がかかってんのに。あ、ついでにクソジジイも」
「最終的には下すと思うわ。でも、しなくてもいい手段が失敗に終わってからでしょ」
「ああ、なるほど、ね」
紅に並ぶ実力者は各地に点在している。彼らをここに投入できれば、力関係はすぐに逆転する。
また、軍事兵器を投入すれば殲滅も可能。天子は確かにその特異な力で普通の人間を圧倒できるが、それが近代兵器の前に通用するとは限らない。一発や一台ならば問題ないかもしれないが、数十台となれば話は変わってくる。その物量に間違いなく圧殺される。その伝手を、黒は持っていた。
「わかったけど、無理でしょ。僕らだけどうにかするのは、戦力的に」
「って蓮王は言っているけど、翠はどう?」
翠はざっくり頭の中で状況を俯瞰し、首を左右に一回ずつゆっくり振り、結果を推測した。
「紅が一人二人足りない、と思う」
「刄は?」
「無理」
即答。補足もなかった。
麻美子は流れるように蒼色の広輝にも同じように尋ねる。
「広輝は?」
「……………………人質の解放、いや、光さん、優里菜、エロ介さん、それから大樹の攻撃力をうまく使えれば、なんとか?」
「ふむ」
紅に選ばれる多くの天子は才能の塊である。その才のままに考え、実行し、戦う。そしてその判断はほぼ感覚的な事が多く、概ね間違ってはいない。逆に彼らが「できない」と思っても、詰めれば「できる」見込みが生まれる事もある。
麻美子は後者を視野に入れ、頭の中でシミュレーションし始めた。
その間に千花が話に出てきた知り合いについて広輝に訊く。
「エロ兄も来てるの?」
「ああ、オレと同じ補充要員で。スキンヘッドにしてたぞ」
「まじで? あのサラサラヘアを?」
スキンヘッドの彼は北陸に鍛冶場を構える刀工だが、岳隠出身の天子なので二人とも面識がある。むしろよく遊んでもらった相手であり、あらゆる面で遠慮の要らない相手である。
試験最終日である今日まで、紅の面々と広輝たち補充要員は洋館の中で好き勝手に過ごしていたが、お互いにほとんど顔を合わせることがなかった。けれど、一斉に説明を受ける時や、食事の時にはそのスキンヘッドは嫌でも目立つ。ニックネームを言われてもピンと来ない紅三人も、特徴を言われればヘラヘラ笑う彼を思い出した。
「朱よりの蒼ってだけじゃないの? あのハゲ坊主」
「……奥伝一歩手前、だったよな」
「多分」
「星月流の強さのものさしがわからないんだけど、つまりこの中でどのくらいの?」
「僕より強いです」
「へえ」
「……」
蓮王が面白そうに関心を示す隣で、翠は懐疑的である。かつて神堕としで翠とそのチームメンバーを戦慄させた広輝が、剣術が同等以上なだけの天子より本当に弱いのだろうかと。
似たような感想を千花も持ったらしい。なぜなら、今の広輝は大金星の戦果を上げているから。
「いや、コウ兄、それは無いでしょ」
「そうか? オレあの人に勝ったこと無いけど」
変に広輝に謙遜されれば、分析が鈍る。蓮王は自分のわかるものさしを広輝に提示した。
「オリバー・エクスフォードとそのハゲ坊主、どっちが強いんだ?」
「ーーオリバーですかね……いやでもあの勝ちは隆也さんの援護があって」
「なんにせよ、ハゲ頭はあてにしていいってことだ」
再び広輝がごちゃごちゃ言い始めた為、翠がむりやり終わらせた。広輝とほぼ同等の実力を持った天子、それだけで十分だ。光と優里菜の実力は、洋館の各部屋に設置されたモニターにライブ配信されていた為、翠も知っている。それらを加味してもう一度戦力だけを比較してみれば、3:7〜4:6になりそうだった。
脳内シミュレーションを終えた麻美子が、彼のあまりの呼ばれようにため息をついてフォローを入れる、のだが……
「あのね、あんたたち。彼にも江口理介って立派な名前があるんだから。可哀想でしょ」
「エロ介さんが」
「可哀想……?」
広輝は腕を組んで、千花は顎に手を当てて、同時に首を傾げた。
「あなたたちは庇う側でしょうが」
麻美子も理介の人柄を知っているとはいえ、可哀想どころか哀れに思い始めた。
咳払いを一つ置き、話題を真剣なものに戻す。
「話を戻すけど、広輝の案で行くわよ」
「マジで? 無理でしょ」
「翠も私たちがもう一人二人いればって算出したから」
「副長が決めたなら従うけど、実際どうするのさ」
気の進まない蓮王が懸念する通り、人質の救出は言うほど簡単ではない。敵は紅クラスの天子と大量の人形、外縁の天子も正樹と拓真の応援に来る可能性もある。
彼らの目を盗むような作戦が必要だった。
麻美子は別のテーブルから一枚の見取り図を引っ張り出す。
「白蓮たちは私たちが受け持つとして……鍵はあなたよ、千花」
「……え、わたし?」
思いもかけない指名に耳を疑う千花。今、この場で一番弱い自分が何で鍵になるのだろう。麻美子の説明を理解するまで疑問符は消えなかった。




